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ようこそハッピーワンダーランドへ

「6話 回生リロード」




用事を済ませた俺は、リディアに会うために荷物をまとめていた


「よし、準備完了。あとはあっちに行くだけですね」


あっちとはワンダーランドのことだが、一体どうすれば行けるのだろうか。メーティスに書いてある方法はどれもリスクのあるものばかりで、とてもだが頻繁に行けるような場所ではない。改めて聞いてみたら、何か別の方法が出てくるかもしれない


「メーティス、ハッピーワンダーランドに簡単に行く方法はないんですか?」


『あるぞ、薬も刃物も使わないめっちゃ簡単なの』


「そんなのがあるんですか?ならなんであんな物騒なことが書いてあったんですか?」


『あれは俺が作られてから最初の方に書かれたもので、行ければいいって考えで見つけられた方法だから、なりふり構ってられなかったんだろうな』


「それにしてもあんなこと続けてたらいつか死にますよ」


『昔は知識が少ない分、考え方が無敵だったんだろ。それより方法だろ?』


「はい、何をすればいいんですか?」


『簡単だ、指でセンティメントを切るように擦るんだ』


「こうですか?」


右手の人差し指と中指を合わせ、センティメントをなぞろうとする


『おい、ここではやめておけ。自分しか入れないような密室でやれ』


「どうしてですか?」


『知らないかもだが、あっちの世界に行くのは簡単に言うと精神だ。本当はもっと複雑だが』


「精神ってことは、あっちに言ってる時は現実の肉体はどうなっているんですか?」


『魂が抜けたら当然肉体は動かなくなる。つまりやりたい放題ってわけだ』


「それって相当危険ですね。下手したら誰かに拉致られたり殺されかねないんじゃ」


『あぁ、そうだな。だからあっちに行くなら、なるべく誰も来ないような場所でやるんだ……誰かこっちに向かってる。本を仕舞え。怪しまれるぞ』


「はい、ではまた後で」


少しずつ近づいて来る人物が教室に辿り着く前に本を仕舞い、教室を後にしょうとした時


「それでさ、あいつが…うわ犯罪者いんだけど、キモ」


「ちょやめとき。何されるかわかんないよ?」


「そだね…」コソコソ


はぁ、すっかりクラスの厄介者だ。こんな状況でペアなんて組めるのだろうか


「まだマシかもな」


奴らはまだ俺に危害を加える真似はせず、ただチクチク悪口を言ってきているだけだ。まずいのは奴らが手を出してきた時。この学校では死んでも自己責任。学校側は遺体を処理しても、殺害に追い込んだ人物は罰しないだろう。経験してはいないがなんだかそんな気がした


「……」ジー


どこからともなく送られくる視線を無視し、この場を去ることにした


…………


ガチャ


罵詈雑言には及ばないが中々に傷付く言葉を浴びせられながら家に着き、学校で使っている鞄の中身をメーティスとアルターレベリオンだけにした


「現出せよ、フロース」


ポンッ


「ナイスキャッチ♪家に着きましたよフロース」


「もう学校終わったの?」


「はい、特別日課ですからね。それじゃあハッピーワンダーランドに行きましょうか」


「うん!」


メーティス曰く、フェアリルを出さした状態でも一緒に行けるそうだ。肩に鞄を掛け手首を擦る。強い浮遊感に襲われたあと、ものの一瞬で意識が途絶えた


…………


「…ハク!…コハク!」


「ん……あぁ…ここはワンダーランド…無事に成功したみたいですね」


フロースに体を揺すられ目を覚ますと、昨日と何一つ変わらない同じ光景が広がっていた。


「起こしてくれてありがとうございます。それじゃあアリスを探しましょうか」


フロースの手を取り、記憶を辿りに騒がしい遊園地を歩いていく。誰もいないのに笑い声や話し声がどこからともなく聞こえ、フロースが少し気味悪がっている


「大丈夫ですよ。ここは平和な遊園地です。誰も襲ってきたりはしませんよ」


「ほんと?」


「はい、襲ってきても俺が絶対に守ります」


安心させるためにフロースの手に力を込めると、彼女の表情が明るくなり、握り返してくれた。俺が守るなんて大分格好つけたことを言ったが、今の俺では襲われても太刀打ちできないだろう。フロースを安心させるためといえ虚勢を張るのはあまり心地良くないな


しばらく歩くと不思議の国のアリスの扉が見え、そこにリディアが立っていた。そういえばどっちも同じ名前だからどう呼べばいいのだろうか。愛称とか?まぁ、そのうち考えるか


「しょうねーん!」


遠くからリディアの声が聞こえてくる。こっちの時間の流れは現実の20分の1。リディアの感覚だと俺と会うのは約2週間ぶりかな。


「アリスさん、久しぶりですね」


「ホントだよ。少年、元気にしてた?こっちはそっちの時間より流れが遅いんだから、そっちの世界で一日連絡取れないと心配なんだよ?」


「迷惑かけてごめんなさい」


「まぁ、ボクは別に怒ってないからね!」


そう言いつつ、リディアはわざとらしく頬を膨らましてそっぽを向いてしまった。絶対怒ってるじゃん


「…お姉ちゃん、怒ってるの?」


フロースがリディアのことを見つめると、彼女は笑いを堪えきれなくなったのか、吹き出した


「あはは、冗談だよ。怒るわけないじゃん。少年が無事ならボクはいいんだよ。今日呼んだのは少年が心配だったていうのもあるんだけど、少年が本格的にセカイを攻略しようとしているなら、ある程度準備しようかなって思ってね。どう?少年はセカイを攻略したい?」


「セカイの攻略ですか…できるなら、危険なことは嫌なんですけど」


「…つまり?」


「辞めたいです。伝えるのを忘れていましたが、久保太輔さんを蘇らせたいって夢は無くなりました。今の俺に夢はありません。だから俺がセカイを攻略しても恩恵はありませんし、もし死んでしまったら冗談じゃ済みませんから俺は降ります」


「えぇー?何でも叶うのにぃー?まぁ、少年がそういうならしょうがないかな。でも本当にいいの?少年に利点がちっぽけも無いわけじゃないよ?もし少年がセカイを攻略してくれるなら…記憶を思い出させてあげるよ」


今までの記憶。俺が最も必要としていたもの、なくてはならないもの


「記憶、ですか……」


「お気に召さなかった?」


「いえそういう訳ではありません。ただ本当に戻せるんですか」


「もちろんだよ。信じられないなら、試しに少年が望む記憶を思い出させてあげようか?」


「そんなことしてくれるんですか?」


「少年がこんなのでやる気になってくれるならお安い御用さ」


「なら……いや、今はいいです」


「えっ?いいの?せっかく記憶を取り戻すチャンスなのに?」


「俺は今までアリスさんの役に立ってません。それなのにこれ以上何かをしてもらうなんて、面目無いですから」


「うーん、それならこうしようか。少年が一つセカイの核を持ってくる度に記憶を見せてあげるのはどう?」


「それでお願いします」


「うんうん、少年がやる気になってくれて良かったよ。それじゃあ早速なんだけど、服を着替えに行こっか」


「ん?着替えですか?」


「なんでそんな鳩が豆鉄砲くらったような顔してるの?着替えるのは当然でしょ?だってその格好で戦ったらシャツがボロボロになっちゃうじゃん」


「確かにその通りですけど、俺着替えなんて持ってきていませんよ?」


「知ってるよ。だから今から服を見繕いに行くのさ」


「見繕うって言ったってどこに行くんですか?」


「ふふふ、よく聞いてくれたね少年。セカイ三大都市のひとつ、ドリームメントに行くよ!」


王都ドリームメント、そこには数多くの種族の住人や品々が日々行き交いするとかしないとか……


「ドリームメントって、賢者がいたとされているところですよね」


「へぇ、知ってたんだ。もしかしてアリスから聞いた?」


「少しだけです。それ以外は全く」


「ならきっと驚くはずだよ。アリスの世界とまではいかないけど、なかなかに不思議なセカイだから」


リディアに手を引かれ一つの扉の前まで辿り着いた


金色の枠に収まる両開きの扉には、城を思わせるような赤と黒を基調とした仄暗い立派な部屋が描かれており、それぞれ異なる装飾が施された七つの玉座が並んでいた


「これが向こうに繋がっている扉だよ」


「立派ですね。この七つ椅子は賢者のものですか」


「そうだよ。英雄として崇められ、ある時忽然と行方を晦ました七賢人、シークレットクラウンズの玉座」


「どんな人達だったんですか?」


「歴史によると全員が神に匹敵するほどの力を有していて、それぞれが唯一無二のスキルを持ってたらしいよ。一人は創造、一人は破壊、一人は異常、一人は断罪、一人は真理、一人は再生、素朴な椅子に座っていた最後の賢者が革命、ヴァハガルド・グリム。全てを創り変えた英雄……今じゃ誰の顔さえ残ってないんだけどね」


「スキル……?」


「あれ?これは説明されてなかった?それなら説明しておいた方がいいよね。スキルは簡単に言ったらファディアルとは別の魔法的な能力だよ。ダイバーになった時、或いはなる前から持っている素質的なものでね、似ているスキルはあるけど、全く同じスキルはほとんどないんだ。それにスキルには当たり外れが大きくて、本当に意味わかんない能力だったり、使用者を傷付ける能力だってある。その中でも扱いやすく、強力で他のスキルに類似しない唯一無二のものをユニークスキルなんて言ってるいるらしいよ」


「アリスさんは持ってるんですか?」


「いや、ボクは持ってないね。人間でもダイバーでもないからね。少年は使えたりする?」


「試してみます…」


俺は何となく手に力を込めてみた


「…はっ!……無理そうです」


まぁ、当然だよな


「気落ちしなくていいよ。スキルは本能的なものだから、何かきっかけが必要なのかもね。それじゃあ行こっか」


氷のように冷たく堅い扉を開き、集束する光に身を委ねながら新しいセカイへと消えていく……




「ん……ここがドリームメント?」


「たぶんそうだけど…ここからだとあんまりそんな感じはしないかな」


目を覚ますと、まるで何かを閉じ込めているかのような堅牢な石造りの壁に囲まれていた。辺りには微かな光を放つランタンが四隅に垂らされているだけで、まともに地面が見えない程に暗い


「外に出たらきっと「うわぁ」ってなるよ」


「外ですか…どこかに出口があればいいんですが」


リディアの言葉を信じ、霞む視界の中、近くにあった壁に掴まり立ち上がった


「ぁっ…」


はずだった。手は壁を透過し空を掻いた。慌てて重心を戻そうとするも間に合わず、情けなく床に倒れ込んだ


「少年大丈夫?盛大に転んだね」


「いてて……何とか大丈夫です」


咄嗟に受け身を取ろうとしたが、慣れないことはするもんじゃないな。右肘を軽くだが打ちつけてしまった。そこそこ痛い


「琥珀、怪我したの?」


「怪我と言える程のものじゃありませんよ。少し痛むだけです」


「ごめんね言うの忘れてたよ。このセカイでは多くの隠し通路や魔法陣があるから、無闇矢鱈に怪しい場所に触れない方がいいよ」


「先に行っておいてくださいよ……見分ける方法はないんですか?」


「あるよ、それより先に出口を見つけようか。きっとその先の曲がり角にあるはずだよ。今度は転ばないように手を繋いで行こうか」


フロースとリディアの手を取り、今度は壁に触れないように通路を真っ直ぐ歩く。もう一つの壁が現れたところでリディアが俺たちを制止させ、確かめるように壁をなぞった


「これなら大丈夫そうかな。さっき言ってた見分ける方法教えてあげるよ。少年、マインドを込めてこの壁に触れてみて」


「マインドを込める……」


マインドを使ったことは数回しか無いが、アリスとの勉強でやったように身体にあるマインドを一箇所集中させれば……


何故か前回よりもマインドを込めた状態で身体を動かすのが難しく、少しでも集中を切らしてしまえば簡単に霧散してしまうような気がした。集中を切らさないように手を動かし壁に触れると、壁は瞬く間に弾け、七色のオーブのような結晶が辺りに散らばった。それと同時に薄暗い室内には目を焦がすような光が差し込み、フラッシュバンのように視界を奪った。暫くの間目を開けれなかったが、耳から入ってくる喧騒や人々の話し声、フロースの反応から、ここが活気のある場所であることは分かった。光に慣れ目を開けると、さっきまでの景色とは大きく違う、美しく色付いた煉瓦造りの道や建物、中世ヨーロッパのようで、どこか近代的な要素を感じさせる風景が視界に広がった


「うわぁ…」


「ようこそドリームメントへ。ふふっ、サプライズは大成功だね♪」


夢でも見ているかのような光景に思わず目が奪われてしまう。まぁ夢なんだけど


「ほら少年たちぃー!いつまで見惚れているのさ、早く来ないと置いて言っちゃうよー!」


「あっ、待ってください」


「待ってー!アリスお姉ちゃーん!」


「ゔっ…」


俺らがリディアの名前を呼ぶと、彼女は突然胸の辺りを押さえて呻き出した。もしかしたら身体が弱い彼女に無茶をさせてしまい、持病が悪化したのかもしれない


「大丈夫ですか!?もしかしてびょ「尊い……」……へ?」


「フロースちゃん尊すぎだよぉおー!!」


「うわぁ!?離してアリスお姉ちゃん!!」


「ねぇ!抱き締めていい?抱き締めていいよね!」


「アリスさん抱き締めながら言うのやめてください。それにフロースが困ってますよ」


フロースからアリスを引っペがしフロースを保護する。数十m離れていた場所から猛スピードでダッシュしてフロースに抱きつくなんて、ほんとうに身体が弱いのか疑問だ


「ゔぅ…ひっぐ…アリスお姉ちゃん嫌い!!」


「え“っ??……嘘だよね??」


「嫌い!!」


「ゔぅあ”ぁぁぁ、ぎらわれだぁーねぇしょうねん、ボク嫌われたよぉー!!」


「自業自得ですよ…」


「うぅ、酷い、なんて無情な…ごめんねフロースちゃん……。さて、気を取り直してクローの店まで行こうか。ここを真っ直ぐ行ったら数分です着くよ。何か服について聞きたいことある?」


なんなんだこの人は…情緒が不安定すぎる


「えっと、それってフロースのも用意するんですか?」


「っ!?……」


「……?あのー用意するんですか?」


「もちろん!フロースちゃんのおにゅーの服なんだから、絶っっ対に可愛いのを作ってもらわなきゃね!!」


「そうですね。あはは…」


このキャラがガチなのかガチじゃないのかは分からないが、本当にユニークな人なのは確かだ


「あっ、あともう一つ。これは服とは関係ない事なんですけど、アリスさんって不思議の国のアリスさんもいますし、名前を呼ぶ時に勘違いしてしまうかもしれませんから、何か呼び方を決めた方がいいかなと思って」


「あぁー、それね。確かに紛らわしいし、間違えちゃうかもだよね…。それならあだ名で呼べばいいんじゃないかな?」


「あだ名ですか?」


「ボクが君のことを少年と言うように、少年もボクのことをあだ名で呼べばいいのさ。例えば敬語をやめてアリスちゃんとか」


「それだとまんま過ぎません?」


「じゃあ、俺のアリスとか?」


「そっちの方が誤解されそうじゃないですか?」


「じゃあなんならいいのさ?少年も案を出してよ〜」


「えーっと…リリとか?」


「リリ?どうして?」


「アリスさんはアリス・リディアさんで、リが二つあるからですかね。アアだと、主人公の名前を適当に決めた感じになっちゃいますし」


「リリ…いいね!ボクにぴったりな名前だよ!」


「本当ですか?案外適当に考えた名前なんですけど」


「ううん、少年が考えてくれたからこそ価値があるんだよ。ボクにとっては、雑でも適当でも関係ないね。それじゃあボクは今日からリリだ。よろしくね少年……なんて話をしてたら着いちゃったね。ここがクローのお店だよ」


リリの手の先には街の雰囲気に合わない煌びやかな店があった。店の入口の近くには、高さ三メートルもあろう大きなショーケースがあり、ワンピースやパーカのような普段から着れそうなもの。ドレスやジャケットなどの式典での衣装。中には迷彩服のような軍事向けの衣装が並んでいた。どれも現実で見るような素材ではなく高そうだ


「本当にここに入るんですか?すごく高そうですけど…」


「大丈夫、大丈夫。クローはボクの大親友なんだから、ぼったくったりはしないさ。ほら、あんまり身構えない」


いや身構えるなと言われても、こんな雰囲気の場所にこの格好で入るのには少し度胸がいる


「いや……」


「あーもーつべこべ言わない!店の入口で突っ立ってると後ろがつっかえるから入った入った!」


「押さないでください!あぁー!」


あれ?このやり取りどっかでしたような…


リリに背中を押され、フロースと共に店の中に入っていくと、先ずは店主にと目が合い、次に背中を押し飛ばす強烈な衝撃を感じた


「いらっしゃいませー……あ!アリスじゃん!おひさ〜。そちらの方々は?」


「久しぶりだねクロー、この子達はボクの新しいお友達さ。こっちが琥珀でこっちがフロースちゃん」


「初めまして、私はグローって言います。以後お見知り置きを…それで今日は何の御用かな?」


「この二人のバトルクロスをオーダーしようと思ってね」


「ほうほう、二人の要望はある?」


「フロースちゃんはめちゃくちゃ可愛いの!ダボダボのパーカーとか!!」


「うーん……フロースちゃんはそれでいい?」


「うん!」


「わかった。それじゃあ、琥珀さんは採寸してる時に聞くので、あそこの部屋で待っててください」


クローはカウンター奥の扉を指さし、俺は指示通りに部屋へ向かった


「少ししたらフロースちゃんも呼ぶから、店の中でも回って待っててね」


「あぁ、わかったよ。それじゃファッションショーして楽しもうか、フロースちゃん」


「?」


なんだか嫌な予感がする


「ドアの前で固まってどうしたんですか琥珀さん?」


「そんな大したことじゃないんですけど、少しフロースたちが不安で…」


「…それなら早めに済ませるので、ささっと採寸しましょう」


部屋に入るとクローにじっとしているように促され、体の各部位を巻き尺のようなもので測られる。採寸が終わるまでさほど時間はかからないらしいが、こっちの世界では服に使う材料が特殊らしく、完璧に身体に合うように作るために本人の人形をファディアルで作るらしい


「……こんなもんかな。どうですか?鏡と人形見てみて変なところはありませんか?」


「はい、怖いくらいに完璧です」


その人形は着色されていないが、髪の毛から指の指紋までそっくり再現されていた。自分のことを二人称で細かく見たことがないので、なんとも不思議な気持ちだ


「どうやったらこんなにもそっくりに作れるんですか?」


「うーん…企業秘密ですけど、特別に少しだけ…一気に作ろうとしないで、パーツごとに作ってそれを組み合わせるんです。まぁ、正確なパーツが作れるかは実力次第ですけど」


つまり、彼女はたった数分で特徴を把握し、それを瞬時に作りあげているのか……凡人ができるような技じゃないな


「凄いですね。俺じゃあ指を作るだけでも数時間かかりますよ」


「それはまぁ、本業ですから…とは言っても、さすがに短時間で何個も作るのは身体にだいぶ負荷がかかるんですけどね。それにしても、作ってみて思いましたが琥珀さんって体のラインが本当に細いですね。色んな人から聞かれません?」


「よく聞かれますね。これでもしっかり食べているつもりなんですけど」


「琥珀さんは筋肉が付きにくい体質なんですかね〜。運動は週に何回してますか?」


「全くしてないです」


「そうなんですね。なら、しっかり食べて運動するしかないですかね。こっちは精神の世界ですけど何故か現実にも作用されますし、こっちの世界で運動すればあっちの世界でもある程度は筋肉が付くはずですよ。まぁモンスターと戦うのなら自然と身体を使いますし、気にする必要は無いかもしれませんが」


「『あっち』って、現実世界のことが分かるんですか?」


「多少ですけどね、仕事上色々な人とあって話すので耳に入ってくるんです。それに、アリスから色々と説明されましたからね、だいぶ前に昔に。今でも信じられませんが、私からしたらどっちが現実出どっちが夢でも関係ないですけどね。結局生きているのには変わりありませんし…バトルクロスはどんなものがいいですか?鎧とかスーツとか」


彼女は机上にあるスケッチブックに何かを描き始める


「うーん、今着ている服のみたいなシャツタイプがいいです」


「分かりました……上から羽織るものがあってもいいですか?」


「はい、お願いします」


「なら、基本は制服のアレンジでもいいかな……こんな感じかな?うーん…色は何がいいですか?あと好きな色とかありますか?」


「黒かグレーっぽい色がいいですね。好きな色は特に無いです」


「無いの?珍しいね、なら適度にラインを足してこっちで決めちゃうからいいかな…。装飾で何か欲しいのはありますか?」


「装飾……星があったら嬉しいです。あと、この本とペンを仕舞えるポーチ的なものを付けてもらうのはできますか?」


「私は服屋だから難しいですけど、私の知り合いにそういう系の仕事している人がいるので話してみます。どんなポーチがいいですか?」


「服似合うようなものがいいです」


「分かりました……んー、こんな感じで大丈夫ですか?」


彼女の持つ紙には、灰色のシャツに黒のサスペンスのシンプルな衣装と、黒の少々メカの入ったゴツいフード付きのジャケットが描かれていた。それぞれに違った色のラインが複数走っており、ジャケットは袖口の部分がベルトで締められ、装飾が多いもののスタイリッシュにまとまっていた。ポーチの方はショルダー式になっており、こちらもデザインが良く、これが着られると思うと胸が踊る


「はい!すごくいいです。あんな曖昧なことしか伝えていないのに、ここまで形にできるなんて…」


「ふふっ、伊達に服屋やってないですからね。それでは琥珀さんはもう大丈夫です。フロースちゃんを呼んできてもらえますか?」


「分かりました」


ドアノブに手をかけようとした時、突然、扉の向こう側からフロースの号泣している声が聞こえた。俺は何事かと思い扉を開けると、そこには、大きなリボンの付いた可愛いフリルのドレスを纏い、頭にカチューシャをされかけているフロースの姿があった、どうやら、リリにお人形さんとして弄ばれていたようだ。フロースは俺を見つけた途端、俺に向かって走ってきた


「ごはぐー!!」


ポスッ


「フロースに何したんですか?」


リリは申し訳なさそうにそっぽを向いて、視線だけをこちらに向け話し始めた。背中を丸め、指先をつついている姿は言い訳をする子供のようだった


「いやー、少しね…フロースちゃんに似合う服を探してたら盛り上がっちゃって…ファッションショーしました…ごめんなさい」


「うわぁーん怖かったよーこはく」


「……本当にそれだけですか?正直に答えてください」


「ちょっとだけイタズラしました」


「大変だったねフロース。後で美味しいもの食べようね。琥珀はこれからリリとお話してくるから、クローさんのところで待っててね」


「ひっぐ…うん…」


「はぁもう遅いなぁ、一体いつまで…何この状況?どうしたのフロースちゃん」


「クローさん、俺はリリ…アリスと話をしてくるので、フロースのことをお願いします」


「あぁー分かりました。フロースちゃん、ほら飴ちゃんあげる」


「ま、待って!クロー助けて!」


「それではごゆっくり〜」


バタンッ


リリの願いは叶わず、扉は無情にも閉められた


「それじゃあ、”お話”しましょうか」


「……はい」


数分後


「やぁお待たせ、採寸は終わったよ」


「琥珀ー」


ギュー


「おかえりなさいフロース。もう大丈夫ですよ」


「…ごめんねフロースちゃん。許して…反省してるから。本当に許して…」


「うん。もういいよ、許してあげる。だから頭を上げて?」


「ありがとうフロースちゃん!」


「…取り敢えず問題が解決いたようで良かったよ。バトルクロスについては作るのに時間が掛かるから、街でも見て回って来たらどうかな。セカイのことをあまり知らないようだし」


「どれくらい掛かりそう?」


「うーん、一週間くらいかな。他の用事が立て込んでてさ」


「そんなに早くできるんですか?」


「もちろん。仕事を迅速丁寧にこなす…それが顧客を増やす秘訣ですよ」


「すごいですね。その…ちなみになんですけど、金額は?」


「んー、ざっとこれくらいですかね」


「一、十、百、千、万、十万、百万…450万エル?それってどれくらいの額ですか?」


「三ヶ月は豪遊して暮らせるぐらいですかね?本来ならこれの5倍ぐらい取りたいところですけど、大親友だから大負に負けてね」


「安心したまえ、これは全てボク持ちだから」


「でも流石にこんなに高価なものは…」


「いいのいいの、少年たちの可能性に投資をしているのさ。ビックになったら返してくれよな」グッ


リリにこんなに甘えてもいいのだろうか?それに俺はまだ新米ですらないただの一般人だ。形から入るのは別にいいと思うが、俺の価値には合わない代物。だからと言って、これはリリが俺のためにとしてくれたことなんだよな……彼女の厚意を無下にすることはできない。ここで受け入れるのが俺なりの気遣いなのかな


「はい……」


「それじゃあ、ボクたちは街を紹介がてら散歩してくるよ」


「おけ、終わったら連絡するね」


「了解、さぁ少年たち適当に街を歩こうか。またねクロー」


「はいはーい」


俺は少し機嫌の悪いフロースと手を繋いだまま

その後にした




◇◆◇◆◇




「…あの、このセカイにもダイバーがいるんですか?」


「全然いるよ。でも、忘れちゃってる人の方が多いと思うけど…ほら、あそこにいる人は有名なギルドのメンバーだよ。あの人も元は少年の世界の人だから、もしかしたらまだ正常な人なのかもね」


「ダイバーは全員が冒険者になって戦うんですか?」


「そんなんじゃないよ。ボクの知ってる人はギルドに入りつつもスイーツ店を経営してるし、防具屋の店長をしている人もいるから、誰しもが戦いに身を置いているわけじゃないよ。ただ、夢を叶えられるからって部分でそっちの方が人気なんじゃないかな」


「夢をかなえるってことは、リリのような主人公と契約しているってことですよね?」


「そうだよ。主人公はセカイの数だけいるし、ダイバーは主人公に核を持って行って願いを叶える。これはどの主人公でも同じはずだよ」


「なぜ願いを叶えるのに核が必要なんですか?」


「核から力を貰うためだよ。核が持つ力はどんな生物よりも強大なんだ。なんせセカイを維持させるくらいだからね。不思議の国のアリスのセカイみたいにコロコロ変わるのは、守護者が何回も倒されてその度に核が奪われているからなんだ。核は力を蓄えるのに何年も何十年も時間を必要とする。だから、短い期間で何回も何回も倒されちゃうと、世界が何回も再構築されて弱い世界になる。逆に何年も何十年も何百年も再構築が行われてないと守護者は強くなるし、核から産まれてくるモンスターも強くなるのさ。だから下手に囲まれなんかしたら、それはもう目も当てられないくらいにぐちゃぐちゃになるだろうね」


「なら全ての核を持ってくるなんて不可能じゃないですか。セカイが誕生してから1度も再構築されていない世界があったら、少なくとも数千万年分の力が溜まってますよ」


「不可能に近い。だからこそ燃えるんじゃないかな?上位のダイバーはね、少年が思うよりもずっと強いんだよ。それにイカれてる。ボクはね、そんな彼らなら可能だと思うんだ。今の少年はまだ駆け出しも駆け出しだけど、これから多くの人と沢山の経験をしてわかってくるはずだよ」


「そうなんですかね…そういえばアリスさんがセンティメントを成長させる方法があるって言っててたんですけど…」


「あるよ。アリスからはエルを使うって言われたんじゃないかな?でもねそれだけじゃ足りないんだ。センティメントを成長させる、つまり器を成長させることになる。それぞれの器に違いがあったとしても限界は必ずある。器をさらに成長させるには、それに値する経験や努力、そして特殊個体の核が必要なんだ」


「特殊個体の核?」


「世界の核から生まれた失敗作、もといセカイのバグだよ。まぁバグはバグでもセカイをぶっ壊しかねないバケモノだけどね。でも安心して、少年がそんなのと戦うのは相当後になると思うから」


セカイを壊しかねかいバケモノ。そんなバケモノがセカイを壊した時、核を喰らった時、バケモノはどうなってしまうのだろうか。身の丈に合わない力を制御できるのだろう


「そうなんですか。ちなみに今はどこに向かってるんですか?」


「冒険者中央管理協会だよ。少年にピッタリなギルドを見つけようとおもってね。」


「俺がギルドに……チームを組むんですか?」


「そっちの方が一気に安全性が増すからね。ソロだと緊急事態に対応できずにそのまま死んじゃう。フロースと一緒でもイレギュラーはあるんだよ」


「死ぬのは一瞬……ですか」


「うん、でもそうならないように、少年には醜くてもいいから必死にもがいて生きていてほしいんだ……なんてね」




◇◆◇◆◇




「着いたよ。ここが管理協会さ」


「立派ですね」


「王都を中央として広範囲の冒険者やギルド、依頼にその他諸々を管理しているからね、当然だよ。ほら、あっちに冒険者募集の張り紙があるよ。見に行こうよ」


人混みに飲まれないようフロースを抱き抱えながらひたすら前に進んでいく。ここが主要な機関だからなのか、さっきは目にしなかった種族や動物?のような人が人混みに紛れていた


「琥珀、あの人頭の上に輪っかがあるよ?どうして?」


「きっと天使さんなんですよ」


どうやってあの輪っかは浮いているのだろうか。そもそも天使のあの輪っかは何なんだ?本当にここは御伽噺のような世界だな


人混みを抜けるといつの間にかいなくなっていたリリが掲示板と睨めっこをしていた。張り紙にはギルドの名前、メンバー構成、活動方針に実績などの判断材料が記載されており、冒険者に関してはセンティメントのレベルや階級?など、場合によっては悪用されかねない個々の情報も乗っていた。だがスキルの欄はどこにもなく、それらしきものもない。スキルはそれほど重要なものなのだろうか


「良さそーなギルド、良さそーなギルド……んー分かんないや。少年がめぼしいのはある?」


「無いですね。てか分かりません。実績とか構成とかがわかってもどんな人達かはわかりませんし」


「そうだよね。雰囲気とか気になるよね…まぁ、そこら辺は面接だったり、ギルドによっては入団試験があるとこもあるから、まずは受けてみるのが一番なんじゃないかな?百聞は一見にしかず!……的な?少年の世界でそんな言葉あったよね?取り敢えずそんな感じだよ」


「入団試験ですか……こっちのセカイに関して右も左も分からない俺にはきついかもですけどね」


「いざとなれば自分でギルドを作ることができるから、そんなに悩まなくていいよ。次の場所行こっか」


「そうで「なんだ、アンタらギルド探してんのか?」」


「…はい、あなたは?」


背後からガタイのいい、190cm以上あるのではないかという男に話しかけられる。全身を鎧で覆っているせいか威圧感が凄い


「俺はガウナー、ナイトルールの団長だ」


そういうと彼は律儀に兜を脱ぎ自己紹介をしてくれた。中からは鎧に合わない銀髪の好青年が出てきて少し驚いている


「俺は入出琥珀です。この子はフロースで…「ボクはアリスさ!」」


「それで、ナイトルール!遠征から帰ってきてたんだね。けど、大物ギルドがボクたちに何の用だい?」


「アンタらが募集の紙を凝視しているからもしかしたらな、と思っただけだ。それでなんだが、どうだアンタ、俺のギルドに来ねえか?ちょうど人員が欲しくてな」


「えぇ!いいのかい!?大チャンスだよ少年!」


「嬢ちゃんはどうだ?」


「ボクは本の精霊だから気にしなくていいよ」


リリが受け流すように答えると、ガウナーは目を大きく開け口をパクパクさせ始めた。どこにそんなに驚いたのだろうか


「な、なんで精霊様がこんなところに!?」


「あれ?そんなに珍しいかな……?」


「普段は自分のセカイにいるはずじゃ…」


「うーん、今回は特別だから内緒、ね?」


「は、はい分かりました!」


「もーそんなガチガチになんなくていいよ。それで少年はどうするの?入る?」


「……ごめんなさい。お断りさせていただきます」


「それは……どうしてだ?理由をせてもらえるか?」


理由、逆に俺がそんなギルドに入っていい理由があるのだろうか。答えは『無い』だろう


「俺はとても役に立つとは思えません。戦い方もこの世界の常識だってさっぱりだし、自分の事でさえまともに分からない奴が入ったら迷惑が掛かります。だから───」


「なら、一から…いやマイナスからだって教育してやるよ。ちょうど暇してそうな奴がいるからな」


「で、でも、あなた達に迷惑が…」


「迷惑?何処が迷惑なんだ?同じ冒険者なんだ。なら互いに助け合うのが普通、いや俺の常識だ。変か?」


「……なんで初対面の人にそんなに優しくしてくれるんですか」


「さっき坊主はなんにも知らないって言っただろ?困った奴がいたら、赤の他人だろがギルドのメンバーだろうが関係ねぇよ」


「……」


「もっかい聞かせてくれないか。琥珀」


なんだろうこの感じ。凄いズルい。こっちが折れるしかないじゃないか


「…見学、してもいいですか?」


「あぁ、もちろんだ。どうする?今からでも来るか?帰る途中だったからな」


「はい」


(はぁ、少年もなんだかんだで頑固だね」


「何か言いました?」


「いや、なんでも。ほら、さっさと行くよ。少年」




◇◆◇◆◇




「ガウナーさん。ガウナーさんのギルドはどんな何時なんですか?」


「どんな感じって?」


「雰囲気とか皆の仲とかですかね」


「それなら安心してくれ、多少血の気の多いや表情が固い奴がいるが、全員根は優しいからな。きっと琥珀のことも歓迎してくれるさ」


「そうですか…だといいのですが……あと、俺の面倒を見てくれそうな人がいるって言ってましたよね。その人はどんな人なんですか?」


「それは…他の奴よりも変わった奴でな、すごいしっかり者なんだが、俺も正直よく分からない奴なんだ。一つ分かるのはアイツが何かを気にしてることだけだ。その何かが何なのかは知らないが、多分そのせいでアイツはいつも身を隠してる」


「そんな人見つかるんですか?」


「それが見つかるんだよ。アイツを探している時に限ってすぐに出てくるんだ。不思議なことにな。それでも不便なことは多々あるが、それだけ自分も情報も隠してるのはアイツなりの事情があるんだろうな。そういうのを配慮するのも団長の勤めだ」


「ダウナーさんは立派ですね」


「そうか?」


「そうですよ。メンバー一人一人のことを考えて尊重して…俺にはそんなことできませんよ」


「そんな風に見えたのか?」


「はい」


「ありがとう。なんだかアンタとは初対面な気がしないな」


「奇遇ですね。俺もいつかあなたと会った気がするんです」


いつか、それはどこで?もしかして二年の記憶?それともただの勘違い?


「なんだかもう仲良しだね♪前世では兄弟だったんじゃない?」


「だったら面白いな、まぁ俺とお前はもう友達だ。それにギルドに入んるだったら、ほぼ家族みたいな関係になるんだからな」


「そうなんですか……そうなれたら嬉しいですね。俺、友達少ないので」


友だちが少ないとか、我ながら悲しくて返しづらいこと言っちゃったけど、大丈夫だよな


「……なぁ、俺とお前は友達だよな?」


「ダウナーさんが言うならそうですけど……?」


「ならさ、さん付けとかなしでタメで話そうぜ?」


「いいんですか?」


「当たり前だろ」


「じゃあ、わかりま…わかったよガウナー」


「ありがとうな俺の我儘を聞いてくれて、改めてよろしくな、琥珀」


「はいっ!よろしくお願いします!…あっすみません」


「まぁいいさ、少しずつ慣れていこうぜ」


「うん」




◇◆◇◆◇




「これがナイトルールのギルドハウスか、大きいな」


「そりゃ百人近くの冒険者が住んでるからな、これくらいは大きくなるさ」


「ギルドハウスに住むのか?活動以外に使うのか?」


「本当に何にも知らないんだな。ギルドに入るってことはほぼ家族になることと同義だ。基本的にはギルドハウスに住処を構えるが、事情があったり集団生活が嫌な奴は別に家を持ってるぞ」


「部屋はどうしてるんだ?区画が別れてたりするのか?」


「一応そんな感じだな……やば、もう1時間前になっちまう。急ぐぞ」


「何がだ?」


「今日は集会兼新人歓迎会の準備があるから色々と手回ししないと行けないんだ」


「新人歓迎会?他の入団者のか?」


「あぁそうだ、今回は琥珀含めて六人の冒険者が来たからな。あ、琥珀はまだだったか」


「……いや、俺も入団したい」


「!いいのか?まだまともにギルドのこと知らないだろ?」


「ううん、もう十分なくらいギルドについてしれたよ。団長であるダウナーがこんなにもいい人なら、メンバーだっていい人なはず。それが分かれば十分だよ」


「そう思ってくれて嬉しいよ。本当に琥珀に声をかけてよかったよ。アンタとならこれからもいい関係が築けていけそうだ。……よし、それじゃあアンタの師匠に挨拶しに行くか。アリスさんも来るかい?」


「んー、ボクはいいかな?今のところは君に任せても平気そうだし、ボクにもやる事はあるからね。ボクはこのセカイを観光した後に帰るとするよ。少年は用事が済んだら1度帰っておいで。少し話したいことがあるんだ。それじゃあ、ボクは行くとするよ、バイバイ」


リリは背を向け去って行く。彼女の用事は何なんだろう?それよりも、これからの事が不安だな。ギルドの事を知れたって言っても、内情なんかわかんないし、そもそも自分の事でさえもハッキリしない


「はい、また今度。ほら、フロースも手を振ってあげて?」


「…ばいばーい、アリスお姉ちゃん」


「あぁーーああ!可愛いよぉーー!!」


辺りにリリの奇声が響き渡り、通行人が何事かとこちらを見ている


「琥珀の主人は面白いな。あんなキャラなのか?」


「そうみたい。なんかごめん」


「なに謝ってんだよ。俺は別に何も思ってねぇぞ?とりあえず、ニアが居そうな場所を探すか……」


ダウナーはギルドハウスに入りドアを開けていく。ニア?多分その人が師匠になる人なのかな?


「ここは…おっ、一発で当たりを引いたな。ようニア、元気にしてたか?」


「……。」


ダウナーに続き俺も部屋に入っていく。部屋の中は書庫となっていてやけに大きい。ニアと呼ばれた少々小柄な女性は、大きなソファーに腰をかけ、本から目を逸らすことなく読書を続けている。ダウナーが無視されても動揺していないのはこれが普通だからだろうか


「まずは紹介からだな。この制服っぽい格好をしてるのが琥珀で、横にいるち───」


「フロース、でしょ。要件は?」


「話が早くて助かるよ、お前にこいつの面倒を見てもらいたいんだ」


「……」


彼女は本から視線を離し、俺とフロースを交互に見た。彼女は口元まで隠れるローブと先のとんがった帽子を纏っており、魔女という言葉がとても似合う。彼女は俺の目を瞬きすること無く、数秒、数十秒も見つめていた。何かを見透かしているような左右非対称の色をした瞳の奥には、何も感じず嫌な寒気がする。何を考えているのか、口元が隠れているせいで表情さえも全く読み取れない


「……いいよ。けど、厳しくするから、覚悟して」


「そんなすんなりでいいのか?まぁ、俺としちゃ好都合だがな」


「よろしくお願いします」


「よし、それで世話の方なんだが、一般常識から教えてやって欲しいんだ」


「一般…常識……?」


「ん?一般常識ってのは───」


「そこじゃない」


彼女の冷たい視線が刺さる。信じられないという様子だ


「あぁ、琥珀は何も知らないみたいなんだ。だから一から教えてやってくれ」


「俺、一応、字の読み書きはできますよ」


「……琥珀、これは?」


彼女は一枚のメダルのようなものを取り出し見せた。表面には何かの紋章のようなものがついている。何なのだろうか?


「おい!流石にそれは知って───」


「分かりません」


「……へ?マジか!?」


ダウナーもニアと同様、信じられないというような表情をしている。なんならニアよりも表情が豊かな分ショックが大きい


「はぁ……わかった。これ、あと一時間で覚えて」


ドサッ


ゆうに千ページを超えていると思われる本を彼女は引き寄せ机の上に乗せた


「この厚さの本をですか?」


「当然。常識知らないと、大変」


そりゃそうだけど、流石にこれはなぁ


「一時間後、テスト。それまでに覚えて」


色々言いたいことはあるが、つべこべ言っても時間は減るだけだ。暗記に集中するためにフロースを戻すか


「戻れフロース」


フロースは光の泡となりセンティメントヘ吸収されていく


「な、なんだ?もしかして琥珀は召喚術が使えるのか?」


「え?あ、いや……」


召喚術?召喚術っちゃ召喚術だけど、それとはなんか違う気が……でも他に表現する言葉がないしな……


「そういう系統のヤツ…かな?」


「そんなの一体ど───」


「ダウナー、他に用事ある?無いなら帰って。”邪魔”」


「お、おう、済まなかった。ありがとうニア、もう用事は無い。それと一時間後にしゅ───」


「知ってる」


「……はぁ、琥珀は任せた。待ってるからな」


ダウナーは寂しそうに入った扉から出ていく。あんなにハッキリ邪魔なんて言われたら、俺もあんな感じになるんだろうな


「琥珀、分からないこと、これに書いて。後で教える」


そう言うと彼女は一枚を俺に渡し、書庫の奥へ消えて行ってしまった。書庫は静寂に包まれる。俺に許されたのは、与えられた僅かな時間で目の前にあるコレを覚える事だけらしい。鞄を足元に下ろし、本を読むことにした


『一節、世界の歴史』

『世界は……』




◇◆◇◆◇




『???』




「うーん、少年の記憶はどこかなぁ?ここかなぁ?」


音も色も熱も無い荒れ果てたアーカイブを彼女は荒らしていた。酷く損傷したメモリーには、何一つ、正常なデータなんて残っていなかった


「無いなー、ここにあるとッ、思うんだけどなー」


バグが増えていく。アーカイブが崩れていく


「あーもう!あと数分で自壊が終わっちゃうよ!せっかく侵入できたのに……あれ?何このデータ?『繧ー繝ェ繝?』?文字化して読めな、うわっ!?」


異常なデータの中で一つだけ、異様なものがあった。まるで、中を覗かれないように厳重にロックが掛けられているような…そのデータは彼女に触れられた途端、複製と改竄をくり返し鼠算のように増えていく


「いてて、何だったの今のデータ!こんなアーカイブの中でトラップがあるなんて……」


トラップ?こんな崩壊しきったアーカイブの中で?正常にプログラムが動作するものなんて……そっか……そっか♪


「あはっ♪やった♪やっちゃった♪見つけちゃった♪」


ついに、ついについにツイにツイニ!


「あはっ、あはははは!パパ、私は使えない子じゃないヨ?」


壊れていくアーカイブの中、壊れたように笑う人形はただ恍惚とオリジナルを見つめていた


「やっと見つけた♪100万ピースの一つ♪」


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