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ようこそハッピーワンダーランドへ

ガヤガヤ ザワザワ


昼休みの喧騒が私のココロを逆撫でする


うるさいなぁ…ホント…


顔を伏せながらひたすら時が過ぎるのを待つ。教室で独り机に伏せる姿は誰の目にも映らない。真っ暗な空間に色を付け世界を創る。私が主人公の輝かしい学園ライフ……いや、私にそんなのは似合わない。神になって街を壊しては創り変える身勝手な神様。気に入らない人がいたら練り物みたいにぐっちゃぐちゃにして新しく創り変える。絵の具で塗り潰してカッターで切り刻んで……。みんなにバカにされたってどうだっていい、愚かなコイツらには興味無い。私には緋佳璃ちゃんだけがいればいい


「今日も沢山話そうね。私だけのマイフレンドちゃん」


緋佳璃ちゃんは赤と水色のメッシュがかかった髪を靡かせ窓枠に座っている


「今日は何を創ろうか?夜魅ちゃん」




「5話 表裏一体イマジナリーフレンド」




7時50分


「はわぁーあ、眠い」


メーティスが眠ってから、窓の外の流れるように変わっていく風景を眺め黄昏ていたがマジで誰も来ない。暇すぎる。もう50分だぞ。どんだけお寝坊さんなんだ。それとも初日に何かあってみんなが登校したくないのか…。配布されたスマホを覗き込んでも面白そうなアプリは無いし、調べられるものは全て調べた。遺書だって書いた。いっそこのまま寝てしまおうか。


タッ タッ タッ


「キョウハドンナタノシイコトガアルカナ?ミンナトナカヨクナレルトイイナー。タノシミダヤミチャン」

廊下に響く足音と声が教室まで届いてくる。誰か来たようだ。会話をしていることから2人であることが予想できる。その足音は丁度俺のいる1-Bで止まった。メーティスは第一印象が大切だって言ってたし、最初くらいは挨拶を…


ガラガラ


「私は〜」


「おはようございます!」


「………あ…ぁぁ……」


誰かと話しながら入ってきたはずだったが、そこには1人しかいなかった。しかもめっちゃ絶望した顔をしている


「どうかしましたか?」


「なんでもないですっ」


何か気まずかったのか、彼女は俺に謝るや否や陸上部も驚くような速度で俺の前の席に座り、鞄を横に掛け顔を伏せてしまった。


「ブツブツブツブツ」


なんか小声で言ってるし、気まずいな…何か話そうかな




(昨日は災難だったね夜魅ちゃん)


「そうだね緋佳璃ちゃん…」


(どうしたの?元気ないけど大丈夫?)


「うーん。だってさ、私が一人で喋ってるからって『不気味女』って酷くない?」


(ほんと最低だね。夜魅ちゃんはとっても可愛いのに)


◆❖◇回想◇❖◆


(素敵な人と一緒になれるかな夜魅ちゃん?)


「きっとなれるよ緋佳璃ちゃん」


私には大切な人がいる


(ねぇ夜魅ちゃん、新作はいつ出来そう?)


「あと1週間くらいかな」


私の大の親友、緋佳璃ちゃん


(ほんと!?楽しみだな〜。夜魅ちゃんの絵は繊細で、全部素敵なものばっかりだから期待していい?)


「うん。任せといて」


私は[[rb:橘夜魅 > たちばな やみ]]。小学校中学校共に女子校で、家族を除き男という生き物と話したことが無い。それに加え、人と目を合わせて話すことはおろか、まともに話すことさえできない。そんな私はこの閉鎖的な学校”黒葉妖高等学校”に来た。男女共学という人生初の大きなハードルがあったが、過去の自分を知らない人がいない学校はここしかないと思った。そのために私は血の滲むような努力をした。流行のファッション雑誌を読んだり、空想の友達を描いて話してみたり、 オシャレ(パーカー、眼鏡、マスク、帽子)して画材買ったりした。その努力が報われて私は此処に立っている。ナイス私、よくやった私。偉い。すごく偉い。お母さんにもお父さんにも緋佳璃ちゃんにも褒められた。けれどすごく心配された。本当に大丈夫?一人でやって行けるの?って。何を言っているんだ。私は天下の夜魅様だぞ。不可能なんてない!モウソウノナカナラ


だって見てみろ。今の私は盛大にバスを飛び出して、段差で転んで…みんなに笑われて……


現在に至る


「朝さ、ヤバい子いなかった?」


「あぁーwいたいた」


「しかもその子めっちゃ一人で話してるし、幻覚でも見えてるんじゃないかな?」


「ww」


あぁーキッッッツ。ホントきつい。初日でこれとか終わったでしょ私の青春。いや、元から終わってたわ…寝よ。おやすみ緋佳璃ちゃん。永遠に。


◆❖◇回想終了◇❖◆


「はぁ、一人で話してるところ見られたぁー。しかも昨日の私を知らない唯一のクラスメイトだったのに…。絶対ヤバいやつに思われてるって…。助けて緋佳璃ちゃん」


(話しかけてみたらどうかな?「私、橘夜魅。よろしくね♪」って)


「ダメだよ…数秒前の私との温度差激しすぎて、私も彼も風邪ひいちゃうよぉ」


あぁーつら。私の1年間の努力が一瞬でぶっ壊れた。スキマス〇ッチもびっくりだよ…


(大丈夫だよ。第一印象は最悪でも、まだ何とかできるから。ね?)


そもそも馴れ合う必要が無いのでは?天才か私。天才すぎてこど…


「あのー大丈夫ですか?」


「くぅぅぅ!?!?」


さっき迷惑を掛けた彼は私の前にいて、私に目線の高さを合わせ話しかけてきた。突然話しかけられたせいで身体が大きく跳ね、椅子の前脚が浮く


あっやべ、これ死ぬやつ


重力に引っ張られ机の角にぶつかるまでの一瞬の時間が無限に感じられる。ドーパミンが溢れる。世界が止まる。何かを掴むために振られた手は空を泳ぐだけだ


「危ない!」


彼が手を伸ばし私の手を追いかけるが、間に合わない


「しっかりしなよ夜魅ちゃん」


そのとき、彼女の声が聞こえ背中が押される。不自然に前に跳ね返された私は彼と激突した


「「いったぁー!?」」


痛い。本当に痛い。頭から血出てるよねこれ。そんぐらい痛い。それに身体も熱い


「あはは、2人とも大丈夫?」


「えぇ?」


涙目で振りかけるとそこには…


上がった口角、吸い込まれそうな瞳、黒いリボンで纏まっているツインテール。私と正反対な彼女。間違いない、緋佳璃ちゃんだ


「緋佳璃ちゃん…っ!」


「うん、初めまして夜魅ちゃん」


「なっなんで!?緋佳璃ちゃんは私の中だけのはずなのに…。あっ、もしかして頭打っちゃっておかしくなっちゃったのかな?」


定番のように頬っぺを抓るけれど当然痛みを感じる。それに緋佳璃ちゃんの幻覚は消えない


「酷いな夜魅ちゃん。幻覚でも夢でもなんでもなく、私はしっかりここに居るよ?」


「わぁっ!?」


緋佳璃ちゃんは窓枠から腰をあげると私を抱き締めた。爽やかなシトラスの匂いが私の鼻腔を擽る。いい匂い…


「やっと会えた。すぅーはぁー…。夜魅ちゃんのいい匂い…」


「ど、どうして?」


「どうしてって?私がここにいる理由?それとも私のこと?」


「どっちもだよ!なんで…なんで緋佳璃ちゃんがここにいるの?」


「それはね…。わかんない。私にもわかんない。ただね、ここにいるとすごく力を貰えるんだ。いつもより大きくてあったかい力を。そのおかげかな、私が夜魅ちゃんを助けたいって思ったら、なんか来れちゃった♪あっそうだ、放置しちゃってごめんね?私は[[rb:緋佳璃 > ひかり]]。夜魅ちゃんの唯一の友達であり大親友。君は?」


「俺は入出琥珀です…」


「入出くんだね。よろしく!ほら、夜魅ちゃんもしっかり自己紹介して」


「えっ、えー…。橘、夜魅です。よ、よろしく、お願い、します…」


「はい、よろしくお願いします。橘さん」


自己紹介をすると速攻で緋佳璃ちゃんを盾に後ろに隠れる


「もう、夜魅ちゃんは恥ずかしがり屋だなぁ」


「ひ、緋佳璃ちゃん!馬鹿にしないでよ!」


「でもー…」


ガヤガヤ




なんだこの違和感


突然現れた彼女に驚きはしたが、何かが変だ。空間がねじ曲がったような感覚が体を襲う


「メーティス」


本を手に取りメーティスを呼ぶ


『どうした?』


「彼女、なんかおかしくないですか?」


『そうだな、やつは人間じゃない。精霊だ』


「まさか橘さんもダイバーなんですか?」


『そうかもな、力はいきなり発現する』


「どうしたの?本と会話するなんて、まるで夜魅ちゃんだね」


「ちょ、ちょっとぉ!」


まさか…な


「あの、水を差すようで嫌なんですが、もしかして橘さんのフェアリルですか?」


彼女の顔が歪む


「……入出くんは色々と知ってるんだね…。そうだよ、私は夜魅ちゃんの精霊」


「なら橘さんはダイバーなんですか?」


「そうだよ。知られたくなかったけど…。そもそも君に見えちゃってるのが問題だったね」


「ごめんなさい」


「謝らなくていいよ。いつかはバレちゃってたし、それが早いか遅いかの違いだよ」


「何言ってるの緋佳璃ちゃん?」


「うん、今の夜魅ちゃんには少し早い話かな」


タッ タッ タッ


「2人とも誰か来たよ?座りなよ」


「待って、ちゃんと説明してよ」


「それは入出くんにお願い。私より詳しく知ってそうだし…それじゃあ、私は戻るね」


緋佳璃は天色の水晶になって夜魅の手首に吸い込まれていく


沈黙が世界を包む


「なに今の…ねぇ、説明してよ。さっきのなんだったの?それに精霊とかダイバーとかなんなの?」


緋佳璃が残した言葉によって彼女の矛先が自分に向いた。ネクタイを掴まれ、首が締まる


「ごめんなさい。この話はあまり人に聞かれていいような話では無いので、今日の昼休みでいいですか?」


「……わかった。けど、誤魔化さないで全部話すって約束して」


「約束します。なので離してください。苦しいです…」


「あっ、ごめんなさい」


夜魅がネクタイを離すのと同時に3人組の生徒が入ってきた。彼女は再び顔を伏せ、今度は黙りこくっている。入学早々こんな場面を見られたら除け者扱いされてしまうかもしれない。かという来訪者は制服を着崩し耳にはピアス、明らかに真っ当な生徒では無いことが格好からわかる。俺はネクタイを直しつつ来訪者に挨拶をした


「おはようございます」


「……。それで綾斗がまた振られててさww」

「またかよwwホント懲りないな、彼女いんのにww」


ガヤガヤ


どうやら無視されたようだ。まぁ、初対面だし、きっと恥ずかしかったんなだろうな。気落ちしないで頑張ろう


「うっさい」ボソッ


「橘さん?」


突然毒を吐く夜魅に驚くが、もしかしたら彼女は賑やかなのが苦手なのかもしれない。確かに彼らの話し声は大きく、あまり好感は持てないと自分でも思う


「あいつ、あんな根暗ブスに話しかけてんのかよww」


「しかもいきなり挨拶してきたり、良い子ちゃん振ってんの痛すぎww」


「あんなもやし野郎どうせ童貞だろww」


「おいそんな事言うなよ可哀想だろww」


「それに、もう根暗ブスとヤッて童貞じゃないかもしれねぇぞwww」


「お似合いすぎてキツいわww」


「……」


拳に力が入る


俺への悪口や侮辱なら、あんなゴミ共なんて気にはしない。だが、橘の悪口は無視できない…さすがに失礼がすぎる


「あの、そういう話をするのはやめませんか?正直言って不快です」


「あぁ?なに?俺らが何しようが俺たちの勝手だろ?お前に指図される義理はねえよ」


「そうですか…。あの、わざわざ敵を作るような行動は取らない方がいいと思います。この学校すごい変わってますし、もしかしたらそのせいで不利になってしまったり……」


ガンッ


金髪のガラの悪い男が机を蹴り立ち上がりと、距離を詰めてきた


「何が言いてぇんだお前?知ったような発言やめてくれる?上から目線ですっげぇムカつくんだけど」


「……俺は仲良くしましょうって言いたいんです。友達は多い方が学校生活は楽しいはずで───」


「は?お前の御託に付き合ってる暇なんかねぇんだよ。黙ってろカス」


「……そうですか、なら黙ります。その代わり、あなた達も俺の言う事聞いてください。俺はあなた達の言う事を聞いて黙る。あなた達は人と喧嘩をしないで仲良くなれる……そしたらお互いwin-winですよね?」


「はっ?知るかよバカ」


「……はぁ。なら、学校で教わりませんでしたか?人にされて嫌なことはしない。人にした事は自分に返ってくるって?」


「生憎と、俺が人にした事は1度も帰ってきたことはねぇな?例えばこうっ」


男は耐えきれなくなったのか俺の襟を掴もうと手を伸ばす。しかし、その手は俺の服を掴むことなく俺に掴まれる


「やめてください」


「っ!てめぇっ!」


睨みを効かせると体を硬直させたが、逆に刺激を与え過ぎたのかすぐさま襟を掴まれ拳を振り上げた


「二度とその生意気な口きけねぇようにしてやるよっ!」


振り翳した拳は顔へ狙いを定め、弾丸のような速度で空気を切った。俺はすかさずポケットからペンを取り出したが何故か撃てなかった


タッ


「止めておけ」


空気が冷たく張りつめる。どこからともなく現れた女性が加速する右手の手首を掴み、圧倒的な力で制止させる。彼女はどっかで見たことあるような…


「生徒会長!?」


そうだ、彼女は学校のパンフレットにいた人だ。名前は確か朝比奈零。生徒会長という言葉が世界一似合うと言っても過言じゃないほどの貫禄がある


「おい不良、入学早々暴力沙汰はやめてくれ。こっちも処理が大変なんだ」


彼女が男を睨むとさっきまでの威勢はなくなり、すっかりと借りてきた猫のようになっている


「それにモブ、お前もだ。いくら貶されたってすぐ挑発するな。私が止めなかったらお前は今頃血濡れになってたぞ」


「……そうですね。ありがとうございます」


モブ……多分それは俺のことだろう


「あの、なぜモブなんですか?もう少し別のあだ名ぐらいあったと思うんですけど……」


「あぁ、名前を知らないからな。勝手にあだ名をつけた」


「由来はなんですか?」


「オーラがない、影が薄い、色素も薄い、筋肉が付いてない……まだあるが言うか?」


「そうですか……俺には一応、戸籍上に入出琥珀って名前があります。その方で呼んでほしいんですが……」


「考えておこう」


もし会長が割って入らなかったら…きっと大惨事になってただろうな。けれど、少し不満もある。


会長は一瞬だけ俺の手に握られた万年筆を見たがすぐに視線を逸らした


「お前ら、次はないからな」


「はい…」


会長は手を離すとすぐさまどっかへ行ってしまった。不良少年は目をつけられたことに動揺しているのか固まっている。どうやら、全員と仲良くすることは無理っぽいな…まぁ、そもそも不可能だって最初っからわかってたけど。俺は静かに自分の席につき万年筆を弄り始める。そういえばメーティスには名前があるけど、これには名前がなかったよな。何かいいかな……自在に変化し、強化する武器。相手を欺き命を奪う兵器。アルターレベリオン……なんてね


「ねぇ」


自分の世界に入っていると橘に話しかけられた。なんだか彼女は少し怒っている様子だが、何か気に障ったのだろうか


「はい?」


「なんであんなヤツらにわざわざ目付けられるような事したの?」


「ただ単にイラついたからです。それ以外のなんでもありませんよ」


「あんたねぇ、もう少しは考えなさいよ」


彼女の意見はごもっともだ。俺が奴らと関わったせいで彼女も巻き込んでしまったかもしれない。もしかしたら、ヤツらに何か良くないことをされるかもしれないし……


「俺は人一倍心が丈夫なので平気です。…それに見ているだけは嫌なんですよ。何もしない選択を俺はできないんです」


「なんで?我慢すればそれ以上悪化しないじゃん」


「耐えるのもひとつの選択ですけど、それだけじゃ現状は変わりません。悪化しなくたっていつまでも耐える訳には行かないでしょ?俺ははっきり物事を言いたいんです。嫌なら嫌、好きなら好き。言わなかったらきっと後悔します」


「嘘をつくのもひとつの護身術だよ」


「そうですね」


「…あんたは何にイラついたの?自分をバカにされたこと?」


「それもですけど…橘さんを馬鹿にされたこともです」


「…なんで?」


「橘さん可愛いのに可愛くないなんて失礼ですよね。もっと自信を持っていいと思いますよ?」


「はっ、何言ってんのあんた///」


「[[rb:嘘 > 馴れ合い]]ですよ?」


「…はっ?」


「えっ?」


彼女はさっきの不良のパンチよりも早い速度でチョップをかまし、今までのように顔を伏せてしまった


「ご、ごめんなさい、機嫌直してくださいよ。橘さんが可愛いってのは本心ですよ。だから…」


「うるさい!!もう黙って!!」


「はい…」


あぁ、もう無理かもしれない。暫くは黙っておこう


…………


黙ってから暫く経った。机の大半は席が埋まっていて、長針は15分を指している


ガラガラ


長身の男性が賑やかな教室に足を踏み入れた。その途端空気が重くなり、静寂が場を支配する。長身の男は黒いスーツに仮面をしていて不気味だ。まるでこの世の生物とは思えないような雰囲気を醸し出し、その姿は海外の都市伝説になっている『スレンダーマン』にそっくりだ


「……」


長身男がチョークを握ると達筆な字で次々と何かを書いていく


『私は今日から1年間君たちの担任のXです。社会の授業を受け持っています。好きなものはありません。事情によって喋れませんが、1年間よろしくお願いします。*˙- ˙*)ノ”』


絵文字?それに意外と優しそうな先生だ。それから先生は今日の日程やらなんやらを書き始めた


『後で校則や学校についてのプリントを配布しますが、質疑応答については時間が取ってあるので、その時にします。気になることがあったら纏めておいてください。それではホームルームを終わりにします。入出さん号令お願いします』


「えっ、ん、起立、気をつけ、礼」


なんで俺が…変に目をつけられたかな…。そういえば番号のことについて聞いておかないと


ホームルームが終わると、Xこと先生は煙のように教室から消えてしまった。どこに行ったんだよ。急いであとを追いかけるが、気が付くと見失っていた


「何処に…いっ」


ゴンッ


角を曲がろうとすると謎の壁にぶつかり、姿勢を崩してしまった


後ろに倒れる体を四本の触手なようなものに支えられる。触手を辿るとその先からは機械のような人間のような、独特な声が聞こえた


「ザァーザァー、あ、あああ。ちょっと聞きづらいですけどこれで許してください。すいません大丈夫ですか?」


「ありがとうございます。ところでX先生話せたんですか?」


「いや、これは仮のものです。脳波をソフトウェアでデータに変えた後にスピーカーで音波に変えてるんですよ」


そんな機械が…ってそれより


「先生」


「どうしましたか?」


「ひとつ質問していいですか。どうして俺の出席番号だけおかしいんですか?」


「うーん……それは難しい質問ですね。私から言えることは限られてますが、ただひとつ言うならばそれはあなたが望んだからです」


「望んだって…俺は何もしてないですよ」


「うーん、それでも、もう決まってしまっていることなんです。この話はもう終わりにしますね。これ以上は私が怒られてしまいます」


X先生は話を無理やり切り上げると、再び煙のように消えてしまっていた


「神出鬼没だな」


目的は完全には解消されなかったが、まずはいいだろう。最初の時間は学活だ。親睦を深めるためにも教室にいよう


来た道を戻る途中、どこからか視線を感じた気がするが、気のせいだろう


「ジー………」


うーんなんだろう。凄く嫌な感じがする


「まぁいいや」


肌を突き刺すような視線を気にせず教室へ戻る


ガラガラ


「「「……ザワザワ」」」


教室に入ると一瞬静まり返り、俺に向かってみんなが一斉に視線を飛ばしたが、瞬きするうちにその視線は無くなっていた。静かに自分の席に着き、窓の外を眺める。さっきの視線はただの視線なんかじゃない。それぞれに違いがあったとしても、一貫して軽蔑や嫌悪の視線だった


「ねぇ、あいつでしょ?霧斗くん殴ったの」


「うわっ…如何にも陰キャって感じでキモイんだけど」


何の話だ?


「なんだけってあいつの名前…虎?」


「ちげぇよ琥珀だよ」


「あーwそうだった気がする」


えっ俺?


窓の外から視線を外し声のする方を向くと、2人の生徒と目が合った。いや違う、ほとんどの生徒が俺を見ていた。しかし、さっきのようにすぐにそっぽ向いてしまった


「あー最悪、あいつと目ぇ合ったんだけどキモっ」


「こんっち見んなよ最低ー」


どうやらさっきの悪口もといチクチク言葉は、俺に向けられていたらしい。それにあの女性生徒は霧斗を”殴った”と言っていた。俺には全くもってそんな記憶なんてない。まさか1日目に何かやらかしたかと思ったが、教室を見回すと異様な人物がいた。それは顔にはあたかも殴られたように腫れていて、あからさまに痛がっている不良少年だった。


「いてぇーわホント。あいつ、俺殴ったらすぐビビって逃げたんだぜ?」


「まじカスだよな、死んだ方がいい」


不良少年とその周りの生徒は俺に軽蔑した視線を向けた。俺は目が合う前に窓の外へ視線を逃がす


「……はぁー、嘘ばっか言っててイラつく。しかも、それを皆信じちゃってるしね。あんたは何か思わないの?」


「橘さん?俺は……少しだけ悲しいですね。皆とは仲良くできそうにないですし」


「そんなこと思ってる場合じゃないでしょ。もし『何もしてない生徒を殴って逃げたクソ野郎』なんて噂が学校中独り歩きしたら、あんたの評判はヤバいんじゃない?」


「うーん…確かに良くは無いですけど、人の噂も七十五日です。俺が大人しくしてれば大人しくしてればきっと収まります。さっきは我慢してれば…なんて言いましたけど、あれは我慢できなかった俺が悪かったですし…」


「それ本音?」


「はい、そうですよ」


「ならあんたにひとつ忠告。多分、あんたはこれから先も裏であろうと表であろうとグチグチ言われ続ける。一回始まった虐めは簡単に無くならないから……だから…あんな奴らの話にまともに耳を傾けない方がいいよ」


「善処します。それよりも、俺と話さない方がいいんじゃないですか?橘さんも標的になっちゃいますよ」


「そうね。なら最後に……もし思いつめたらなら、塞ぎこまないでちゃんと相談してよ」


「はい」


橘さんはどこか悲しそうな顔をしたが、きっと心配してくれたんだろう。俺は目を伏せることにした


…………


「えー、それではこれから黒葉妖高等学校の説明と君たちに配られた配布物について説明します」


1時限目は学活。担任のX先生がモニターに資料を出しながら話している


「この黒葉妖は資料にある通り膨大な面積を所有しています。迷子になった時は皆さんに配布せれている学校用の端末の、現在地の分かる校内マップを見てください。端末には他にもや色々と便利な機能があるので、時間があったら使ってみてください。校則については端末の方でも確認できますが、重要な部分はリストアップして皆さんに配布されているので、そこを確認してください」


俺は資料に再び目を通し、時間が過ぎるのを待つ


「それでは、君たちに配布されている資料の封筒に入った紙を取り出してください」


それからは俺が朝確認したような事が説明され、誰もが愕然とした表情で手元にある資料を眺めていた。きっとX先生が話している内容は頭に入っていないのだろう。初見ではなかった俺は、話が終わるまで周りを観察しながら思考にふけっていた……


「それとこの学校には留年というものが存在しません。赤点を取った人や出席日数が足りない人は退学となるので、気をつけてくださいね」


ザワザワ…


初耳な情報が出てきて思わず声を上げてしまいそうになった。赤点をとったら即退学という言葉に額から汗をダラダラと流す生徒が数名いたが、俺は大丈夫であろう


「そしてこの高校ならではの特別な仕組みがあります。端末の“学生ステータス“を確認してください。ここには自分の個人情報や学力や運動神経、その他の評価のグラフが順位込で載ってます。あなた達は新入生なので入試の点数や今までの評価だけで初期のステータスが決まってます」


自分の端末を開くが学力の評価は疎か、他の観点から見たものもない


「更にそこから右上にあるPのマークを押してください」


Pを押すと、画面にノイズが入ったあと幾何学的な背景が表示され、中央には1だけが書かれた画面が出てきた


「そこに表示しれている数字はあなた達の価値です」


「「「は?」」」


は?意味がわからない。価値?


「意味がわからない人が多いはずです。それもそうです。いきなり自分の価値が可視化されたらびっくりしますよね」


「先生、その価値はどのようにして決められているんですか?」


「それを今から説明します。人が話終わるまでは質問等はしないでくださいね嘉賀くん。それで、価値はどんな決め方をしているかというと、ステータスを1000倍にした値に学内での成績を足して出しています。ステータスが100ある人なら今は100000と表示されているはずです。ちなみに、ステータスや価値は月に2回更新され、上限はあって無いようなものなので、どんどん上を目指してください」


自分のステータスは無いから1000倍したって0になるはず……なんで1なんだ?俺が学内では功績と言えるようなことは1度もしていないのに


「このポイントにはしっかり意味があり、あなた達のお小遣いになります。この学校の敷地内には様々なサービスが存在し、それを受けるためにそのポイントを使います。簡単に言ったら、お金とは別の通貨ですね。ここでの飲食は対象の店舗であれば無料ですが、家具を買ったりゲームを買ったりするのにはお金が必要です。その時にお金やこのポイントを使えます。皆さんは月にいくらか親からお小遣いを貰っていると思いますが、足りなくなった時の足しにしてください。そして、お金には無い、ポイントの特別な要素もあります。ホームに戻って“ショップ“を開いてください。ここはポイントでしか買えないものがあり、基本的にはなんでも買えます。これは比喩ではなく文字通り何でもです。買いたいものがあったら頑張ってくださいね」


なんでも買えるか…


気になった俺は、検索欄に医師免許がないと扱えないような薬品を検索したが、300万ポイントで売っていた


マジだこれ


「次にステータスの画面まで戻って“ランキング”を開いてください」


画面開くと、自分であろうデフォルメされたキャラクターがヒエラルキーの最底辺に立っていた


「そこには自分の学内での順位が見えます。この順位はステータスを基に決まっています。順位によって何かプレゼントがある訳ではありませんが、自分の位置を確認し、日々の生活で役立ててみてください。話は一通り終わりましたが、なにか質問はありますか?」


「先生、ペアのランキングとはなんですか?」


「あぁー、これはいけませんね。私としたことが、言うのを忘れていましたら。ありがとうございます藍繰さん。皆さん、もう一度端末のランキング

を開いてください。さっきの個人のランキングとは別にペアのランキングがあり、このランキングはペアのステータスと自分のステータスを掛けた値を順位にしています。このランキングには上位になればなるほど特典が豪華になります。内容は言えませんが。それで、皆さんには今週中にペアを組んで欲しいんです。このペアは別のクラスの人と組んでもいいことになっています。基本的に卒業するまで解消されないものなので、慎重に選んでくださいね。」


ペアか、俺は組めそうにないな。ステータスが0である俺と組もうとする人は、よっぽどな変人でない限りいないだろう。それにこのクラスにでは俺はヤバいやつのレッテルが貼られている。そのうち他のクラスにまで噂話は広がるだろう。まずいな


「他にありますか?」


「もしペアが組めなかった場合どうなりますか?」


「それは、こちらで組んでない人同士を勝手に組ませてもらいます。改めて言いますが、本当に大切な事なのでしっかり考えて組んでください。後悔しても私は助けられませんからね。他に質問はありませんか?……それでは、そろそろいい頃合ですね。最後に、君たちはこの学校三十六期生であり、試験を勝ち抜いた立派な人間です。しかし、合格して終わりではなく始まりです。悔いの残らないような生活を送ってください」


30分にわたる長い話が終わり、時計が終業のチャイムがなる15分前を指す


「やっと終わったか…」


眠気を誘発させるような時間が終わり、自然と本音が漏れてしまった。それよりも、まだ時間が十分にあるということは、このあとは何をするつもりなんだろうか


「それではみさなんお待ちかねの’’自己紹介’’しましょうか」


さっきまでの謎に圧のあった声色から柔らかさを含んだものに変わった。心做しか、仮面の下の表情がにこやかになった気がした


「自己紹介か、子供っぽいな」


X先生の言葉に頬杖をついた1人の青年が愚痴をこぼした


「確かにそうかもしれませんね。けれど、これから1年間過ごす仲間を知ることは大切なことですよ。もしかしたら、気の合う人がいるかもしれませんからね」


「くだらない」


「気に召しませんか波崎くん?まぁ強制でないので、嫌ならパスって言ってくださいね。これは皆さんもですからね」


語りかける声への返事はなく、X先生が困ったようにみんなの顔を見ていた


「皆さん、呼び掛けにはしっかり返事をしましょうね。それとも私のことが分からなすぎて戸惑っているんですか?」


きっと両者だ。人間味のないビジュアルに、この場にいる人は見ていないが、背中から伸びていた触手には恐怖を覚えた


「まぁ、いいでしょう。早速自己紹介を始めましょうか。テーマはありませんが、必ず自分の夢を言うようにしてください。無い人は、誰々みたいになりたいとか、賢くなりたいとか何でもいいですよ。自由に自分のことをアピール、もとい紹介してください。けれど人を不快にさせるような言葉は言わないでくださいね。」


「はい!」


「おぉ!言われたことを直ぐに実行するなんて素敵ですね。藍繰さんに先生ポイントプラス3です」


「やったぁ!けど、それ何に使えるんですか?」


「それはまだ決めてませんが、きっといいことがあるでしょうね」


「?」


「では、出席番号1番から順にお願いしますね」


「もうですか?」


「はい!」


X先生が頷くと、さっきの元気よく返事をしていた藍繰さんが立ち上がった


「はーい。私の名前は[[rb:藍繰菜月 > あいくる なつき]]でーす!呼び方は、あいちゃんでもなっちゃんでも好きな風に呼んでね。趣味はショピングかな〜。あと人間観察!夢は〜大富豪!よろしくね〜♪」


パチパチパチパチ!!!


「あははぁ…」


耳が痛くなるような盛大な拍手は主に男子からのものだ。万人に愛される裏表のなさそうな第一印象や明るさ、声、ルックスなんて締まるところは締まっていて、出るとこは出ていて男子にはクリティカルヒットだろう。それにしてもあからさま過ぎて彼女は若干苦笑い気味だ


「それでは、続けて次の人どうぞ」


「コホン、私は[[rb:綾乃弥瑚乃 > あやの みこの]]だ。みんなからはののちゃんなる愛称で親しまれていた。好きな物は……」


その後も順調にスピーチは進んでいき……


「……よろしくな!」


パチパチパチパチ


「いいスピーチでしたね。それでは最後、入出くんおねがいします」


俺の番になってしまった。何を言おうか…。別に考えていなかった訳では無い。人のスピーチを聞いて自分なりに練ってはいたものも、あまり定まっていない。どんなテンションで行くのか、どんな構成でいくのか……考えれば考えるほど意味わかんなくなってきた。とりあえず立つか……


「えー、俺の名前は入出琥珀です!小中一貫の学校に通っていました。好きなことは音楽を聴くことです。夢は……」


夢、そう、夢。あれ?俺の夢ってなんだっけ?友達を生き返らせること?違う。友達なんて居ない。もっと大切な何かが無い


「夢、ユメ、は……」


わからない、何も無い、思い出せない、憧憬なんてない、頭が真っ白になる。視界に色がない。自分でも今何を言っているのか分からない。口が空いては閉じてを繰り返している。果たして言葉を発しているのだろうか?


「……夢を見つけることです……」


…パチ……パチパチ……


「夢を見つけることが夢ですか。素敵ですね。それならここに来て正解ですよ。だってそれを見つけるのが学校ですら」


「はい…」


「少し早いですが終わりにしましょう。入出くん号令お願いします」


また俺か、まぁいいか


その後は集会があり、終わり次第解散となった。


…………


「この後、各部活の見学がありまーす。興味ある人は、各部の場所に移動してくださーい」


部活動か、文化部に入ろうかな


「んー、はぁ」


立ちっぱなしで固くなった体を何となく伸ばし、体育館を後にしようとすると、1人の人物がこちらに向かってきた


「こら、帰ろうとすんな。私、まだあんたか話聞いてないんだけど」


「橘さん?緋佳璃さんのことですよね」


「それも」


「なら、歩きならでもいいですか?少し用事があるので」


「わかった」


俺たちは屋上に向かって歩き出した


「まずは何を話したらいいですか?」


「あんたのこと教えてよ」


「俺のことですか?関係なくないですか?」


「いいから、いつ精霊を知ったのかとか、どこでそれを知ったのかとか。あっ、それと、あんたの親とか、出身とか、なんで特別扱いされてるのか教えてよね」


「前者ならともかく、後者は本当に関係あります?それに、俺は特別扱いを受けてませんよ」


「そりゃ、あんただけ出席番号おかしいし、先生には目付けられてるじゃん」


「残念ですが、俺もそれは知らないんです。さっき、先生にそれについて聞いたら『全部君が決めたことだ』って言われて」


「決めたら覚えてるんじゃないの?」


「いえ、全く覚えてないです」


「へぇ〜、まぁ、私も覚えてないことあるし」


「覚えてないこと?」


「あんたはここにどうやってきたか覚えてる?」


「そりゃ車で……あれ?」


「ほら、あんたも覚えてない。私はバスで来たことは覚えてるんだけど、それまでの道のりが全くね」


「不思議ですね。2人が同じことを覚えていないなんて」


「2人だけじゃないわよ。さっきCクラスの人の会話を通った時に聞いたんだけどね、あっ、別に盗み聞きしたって訳じゃないからね?」


「は、はい」


「ツインテールの子が『そういえばウチって、どうしてここにきたんだろう』って言ってて、赤髪の子が『確かに私もないわ、なんならここ1年くらいの記憶ないんだよね』って言ってたわ。あんたはどうなの?」


「俺は昨日以前の記憶が無いですね」


「昨日以前ってことは…えっ!?嘘!?一番ヤバイんじゃない?」


「正確に言ったら昨日の午後7時からですけど。橘さんは?」


「いや、この状況で他人のこと気にしてる場合じゃないでしょ。私はあんたよりマシよ。せいぜい1、2週間くらいよ。てか、記憶がほぼないくせに自分の名前とかわかんの?」


「あぁー、それが、自分のことは覚えてるんですよね。今までどんなことが好きだったのかとか。けど、それに至るまでの記憶はありませんけど」


「つまり、過程は覚えてないけど結果は覚えてるってこと?」


「それに近いですね…けど、昔の思い出はほんの少しだけ覚えています」


「変わった記憶喪失の仕方してるわね。まぁ、記憶喪失自体が変わってるんだけど」


「そうですね…数十人が一度に記憶喪失なんて、何かがあるようにしか思えませんね。例えば、乗り物の中で全員が特殊なガスを吸わされたとか、敷地内に特殊な電波が流れてて、記憶を改ざんされてるとか」


「何バカげたこと言ってんのよ。そんなことができるヤツなら世界征服してるわよ」


「…そうですね」


「じゃあ話を戻して、あんたの親ってどんな人?」


「親ですか…とっても優しい人でしたよ。それはもう過保護すぎるくらいに」


「へぇー良い親なのね。名前は?」


「母は入出真子さん。父は入出真人さんです」


「入出…あんたってさ…出身が特別な人だったりする?」


「どうしてですか?」


「いや……なんかこう…他の人には無い何かがあるような気がしてさ?オーラってヤツ?それで、何かあるのかなって少し疑問に思ったの。それに、政治家にあんたと同じ苗字の人がいた気がしたのよね。」


「入出和義ですか?」


「あぁ、それ!」


「うーん、俺は知らないですね。俺の親戚にそんな名前の人いませんし。それにあの人関西の政治家だった気がします。きっと別の人ですね」


「そう……。まぁいいわ。次の質問。緋佳璃ちゃんが言ってたことについて、あんたはどこまで知ってるの?」


「どこまでって言われても、昨日までそれが存在していること自体知らなかったので全くです」


「……」


突然無言になった橘さんは俺の左腕をじっと見ていた。そういえば、センティメントを隠すの忘れてたな。こんなの手首にあったら、厨二病か変な人だと思われてしまう。家に帰ったら包帯でも巻いて隠そう


「橘さん?どうかしましたか?」


「…あぁ、ごめん。参考になったわ。ありがとう」


「はい?」


「あんた用事あるんでしょ?」


「あ、はい」


「今日は色々とありがとうね。また明日」


「また明日…」


なんだったんだろうか。彼女の態度が急変したことがなんだか腑に落ちないが、本人がいいのなら大丈夫であろう。あと少しで屋上だな


新品同様な姿を保っている校舎を歩き、屋上への階段を登ろうとした時、屋上からポップな曲が聞こえてきた


もしかしたら練習を始めているのだろう。もしそうなら。邪魔しないように終わるまで待ってるか


階段を登り終わった俺は、屋上へと繋がる扉に背中を預け、静かに待つことにした


それにしても音楽はいいものだな。今まで聞いてきたような系統とは違うメロディーが頭に焼き付いて離れない


端末を弄りながら時間を潰そうとしていると、端末からピコンと跳ねるような音が鳴った。どうやら何かのメッセージを受信したようだ。メッセージアプリを開くと、1番上にあるトークには意味不明な文字の羅列に、いくつかのファイルが添えられており、いかにもな雰囲気を醸し出していた


怪しい…どうみたって詐欺メールとかの類いだろこれ。開こうか10秒ほど考えたが、昨日あんなことにあったばっかりだ。文字をメーティスに解読させて、危なさそうだったら開くのはやめよう


「メーティス」


『なんだ?』


「これなんですけど、解読できますか?」


メーティスにスマホの画面を向け、文字の羅列を指さす


『……いけそう。30秒くれ』


「わかりました」


『……』


メーティスからは返事がなく、既に解読に集中しているようだ


「はぁ、これからどうしましょうか…」


なぜ入学しようとしたかも分からない状況で学校生活を送れとなっても無理だ。目的がないのだからどう行動すればいいのかが分からない。目的を思い出す、もしくは見つけるまでは様子を見つつ、この学校について調べるとしよう。ネットで情報を検索してもホームページすらヒットしないこの学校は間違いなく異常だ。まずは存在しているかどうか分からない怪異からだ。昨日見た夢?では俺が2年の時、久保田大輔がいなくなった。何の怪異かは知らないが、存在していることにかわりがない。さて、どう調べるか…


『終わったぞ』


「なんて書いてありましたか?」


『「あ、い、う、え、お、お、お!!届いてるかな?私だよ!容姿端麗、頭脳明晰、才色兼備のアリスリディアちゃんだよ!届いてたら上から2つ目のファイルにある”メッセージ追加”を押して、『Alice Kawaii!!!!』って打ってね!」っと書いてある』


なんだその怪文書


「は、はぁ…」


『あっ、おい勘違いすんなよ、本当にそう書いてあったんだからな!』


「はは、わかってますよ」


『本当にわかってんのか?ったく…』


内容はともあれ、アリスからのメッセージだったようだ。書いてあった通りに2つ目のファイルを開きパスワードを打つ


「アリス…かわいい…びっくりびっくり……あ!きました!」


『何かあるか?』


「いえ、何も……えっ!?」


『どうした』


メーティスからメッセージ画面へ視線を向けると、マシンガンの射出速度のようにメッセージが送られ、おびただしい数に増えていた。これは完全にちょっとしたホラーだ。


『ねぇ、届いた?』

『良かったぁ、届いたんだね!』

『元気?』

『急に倒れて消えちゃうからびっくりしたよ!』

『少し気になることがあるんだけど、あのファディアルって何?』

『アリスの世界の山が、1つ消しとんじゃったよ』

『ほら』


送られたものは山の中央だけが大きくえぐられた画像だった


『ヤバくない』


やばいのはそのメールの数だよ…


「あぁーどうしましょう。なんて返せば…」


『おい、音楽が鳴り終わったぞ』


音楽が終わった…そうだ


『ごめんなさい。少し用事があるので、あっちで話しましょう』


これでいいかな?


ピコンピコン


『えーそうなの?』

『用事が終わったら帰ってきてね?』


『はい』


『またね?』


何とかやり過ごしたな。とりあえず彼女たちに会いに行くか。体を起こしドアノブに手をかけ回すと、一葉先輩の声が聞こえてきた


「あっ、もしかして見学に来た子?入って入って!」


磨り硝子の向こうから1つの影近づいてくる


「ごめんなさい。見学に来た訳じゃ無いです」


端末をしまいながらドアを開けると、ひらけた屋上には3人の美女がいた。そのうち2人は困惑した顔でこちらを見ていた


「琥珀くんだー!ようこそ我がアイドルグループへ」


「こんにちは〜?」


「…誰?」


「えー、はじめまして。新入生の入出琥珀です」


「じゃあ改めて自己紹介しようか。私は一ツ葉愛。センターをしてるよ♪ほら2人も」


「私も?それじゃ、私の名前は[[rb:縁祈織 > よすが いおり]]。祈織先輩でいいよ。よろしくね」


「ん…私は…[[rb:丹崎美琴 > たんざき みこと]]。丹崎でも、美琴でも、どっちでもいいよ…よろしく…」


「よろしくお願いします。祈織先輩、丹崎先輩」


「ん……」


「それで、入出くんはどうしてここに?」


「それは…「私が呼んだんだよ」」


「愛が?」


「うん。この子はね私たちのマネジャー兼プロデューサーだから」


「「え?」」


「私…そんなこと、聞いて、ない、よ?」


「だから紹介しようと思って、来てもらったんだ」


「いきなりすぎない?突然そんなこと言われても、彼のこと全然知らないし、信用出来ないよ」


「私…も…」


「あはは…ですよね…」


当然だよな、知らない男がいきなりプロデューサーになりますって言われても、はいそうですかで納得出来ないよな


「うーん、そっかー。そうだよね…」


「…でも…人手が増えるのは…嬉しい…かな?」


「そうね…それなら、アシスタントからでいいんじゃない?」


「アシスタント…いいんじゃない?琥珀くんはどう?」


「はい…それでいいならいいんですけど…てか、俺ってもうここに入ること決定してるんですか?」


「うん、このグループ専属のアシスタントさんとして私たちのアシストよろしくね。あっ、ここって部活の掛け持ちOKだけど私達のこと疎かにしちゃダメだよ?」


「……ちなみにグループの名前は?」


「彗星ブルームだよ♪」


「いい名前ですけど…」


他の部活に入ることができないなんて…まだ見てない部活だらけなのに…でも、約束だからなぁ…


「入ってくれないの?」ウルウル


「あぁ……うっ……」


そんな捨てられた子犬のような目で見ないでっ……ざ、罪悪感に…押し、潰されるっ……


「入りますから、そんな顔で見ないでください」


「よし、部員確保〜。入部届けはここにあるから、早く書いて出し行こ♪」


「…はい」


「あっ、でもでも、もし、もしだよ?他の部活にも入りたいなぁ〜ってなったら、私たちの了承を得てからにしてね」


「そういうの早く言ってください…それなら他の部活も入ることができますし、良かったです」


「専属アシスタントなんだから、他のことにあんまりうつつを抜かしちゃダメだからね」


「はい」


さて、入部届けを書くか


「そういえば、顧問はだれなんですか?」


「あぁー、聞いちゃう?」


「はい?」


「顧問は髙田小春先生って言うんだけど、あの人放任主義だから、週に1回くらいしか顔出さないんだよね」


「いつ来るんですか?」


「それが全く分からないんだよね〜あの人の気分次第だから」


「大変ですね…はい、書きました」


「よし、それじゃ、ちゃちゃっと職員室まで行って、小春先生に出し行こっか」


「はい」


「私、琥珀くんと行ってくるから、2人は休んでて」


「りょ!」


「わかった…」


「職員室までしゅっぱーつ♪」


…………


「…一ツ葉先輩。アシスタントってどんなことをすればいいんですか?」


「んー、私たちのアシスタントをするわけだから…私たちの言うことを聞く?」


「それじゃあ執事じゃないですか?」


「なら、踊りとか歌のアドバイスかな」


「そういうのは素人の俺がするようなものなんですかね…」


「いいんだよ。私たちとは別の視点からのアドバイスとかすごい助かるし、それが嫌だったら…あっ!そうだ!琥珀くんも私たちと一緒に練習すれば感覚は掴めるんじゃないかな?」


「えっ、でもいいんですか?」


「うん、その方がお互いの感覚を共有できるから、より的確なアドバイスができるんじゃないかな?」


「確かにそうですね」


「それに踊るのは楽しいよ!」


「考えてみますね」


「うん!」


その後は軽い雑談に花を咲かせながら、長い廊下を歩いていた。一ツ葉先輩は聞き上手で話上手だからか、どうってことない話題でも会話が続いて楽しい。どうしたらそんなに言葉が引っ張り出せるのだろうか。俺もあんなに気さくに話せたら、今みたいにならなかったのかもしれないな


コンコンコン


「失礼します。2年2組の一ツ葉愛です。髙田先生に用事があってきました!」


「…あー、はいはい…はぁ、頭痛い…どうしたの愛?」


「先生!」


「あ”っ頭が…もう少し静かに話して…」


「先生また飲みすぎですか?」


「えぇ、少しね…」


「いつも通りなので大丈夫ですね。それで先生。なんと、ななんと!うちの部活に新入部員が来たんですよ!」


「静かに…あぁ、もういいや。それでその子は?」


「こんにちは、入出琥珀です」


「入出…あぁ、この子か…」


「先生知ってるんですか?」


「少しね。それで入部届けは?」


「これです」


「ん、ども…」


髙田先生は入部届けを受け取ると、俺を見詰め、なにかブツブツと呟いていた


「…んー合格。入出、これからよろしく」


「は、はい。よろしくお願いします」


「良かったね琥珀くん。じゃあね先生」


「また明日…」


確かにユニークな先生だったな…


「それじゃあ琥珀くんも今日は解散でいいよ。明日は絶対来てね♪っとその前に…メール交換しよっか」


「メールですか?」


「うん、連絡できた方が色々と便利でしょ?ほら、早く携帯出して出して」


「はい」


初めてメール交換した人が女性、しかもひとつ上の先輩だなんて……けど、初めては先輩じゃなくてアリスだ。忘れてた。まぁ、人間で初めて交換した人は一ツ葉先輩だから、そういうことにしとこう。


…………


「じゃあ改めて解散!」


「わかりました」


「ばいばーい、また明日♪」


「はい、また明日」


階段で別れ、俺は鞄を取りに教室に戻ることにした。明日は何をするのだろうか。それにしても、先生の耳にまで俺の偽の悪評が入ってるとは噂話は恐ろしいな。今は今回のことを軽視しているが、対処しないとまずいかもしれない…


気がつくと時刻はもう1時を過ぎており、昼飯には少し遅い時間帯になっていた


「ハッピーワンダーランド……」


これからほんとにどうしたものか…あんな不可解な場所に戻っても痛い目にあうに決まっている。いくらアリスの世界が安全だといっても他の世界はどうか分からない。多少センティメントで身体能力が上がっていても、自在に変化する武器があっても万が一は起こる


死んだらどうなるのかな


何考えてんだよ俺、そうならないようにこれから頑張るんだろ……確か、アリスがファディアルは強化できるって言ってたよな。方法は知らないが、今より強くなれるんだったら何でもする。現実世界でどれほどの影響を与えるのかは分からなくても、やる価値はあるだろう。問題はエルについてだが、やっぱり戦わないと手に入らないのだろうか。できれば戦地に赴くことなく稼げればいいんだが、世界のコア手に入れるためには戦闘は避けられないだろう。エルを稼ぐついでに戦闘スキルが身につくと考えたら、戦うのも良いのかもしれないな。それよりもご飯が食べたい。そのためにも早く鞄をとっても帰ろう


「…足が疲れてきました、なんでこんなにここは大きいんでしょうか」


教室棟とは分かれているから教室までが遠く、だいぶ手持ち無沙汰になってしまった。確か、フェアリルは普通の人には見えないんだよな。俺が知っている限り、ダイバーは橘さんしかいが、メーティスの言葉を信じるなら学校です出すのは危険かもしれない


「はぁ……」


いや、待てよ。俺のユーピアメモリーは杖に変えることができるから、多少の身体強化ならかけれるかもしれない。アルターレベリオンをポケットから取り出し、人が居ないことを確認してから、昨日のように杖を思い浮かべる


「よし、出来たけど…少し違う気か……まぁ何でもいいです」


強化系のファディアルのページまでめくると、数多くの強化魔法があり、どれを選べばいいのか分からなくなる


「似てるものも多いけど、少しの強化ならこれかな?『エンチャント』」


体の奥底から何か溢れるものを感じ、体が煌めいたと思ったら軽くなっていた。試しに軽く助走をつけ飛んでみると、8mくらい飛んで、驚いた拍子に危うく転びそうになった


「マジですか…これでも低級のファディアルなのに、こんなに効果があるなんて…ファディアル恐るべし…」


グリモアを見ていて気づいたが、ファディアルには詠唱を必要とするものと、無詠唱で発動するものがあるらしい。今のファディアルは無詠唱のもので、特定の詠唱を加えることでより強力なものになり、詠唱が長ければ長いほど強力なファディアルになるらしいが、マインドの消費も激しくなるので戦闘で使うには難しくなりそうだ。


「現実でファディアルが使えるなんて相当便利ですね。これなら、どれだけ長い距離でも楽に移動できますし、それ以外でも重宝しそうです」


強化された足で風をにるように校舎を走り、鞄を取りに向かった


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