ようこそハッピーワンダーランドへ
カチ カチ カチ カチ
静かな部屋で秒針が時の進みを奏でている。
一定の周期で奏でられる音やけにうるさく耳の中で木霊する
隣では、私より大きな彼が小さな寝息を立てて寝ている
「やっと会えた♪また君のフェアリルに選ばれて嬉しいよ♪これって運命なのかな♪」
彼と私が出逢ったのは必然だったのかもしれない
こんな大きな世界の1人、日々、命が生まれ落ち消え行く世界で再びあなたと逢えた。
一度繋がった絆は簡単には切れない
運命の糸は神様が操っているのではなく、雁字搦めに絡まっているだけ
この世に生を受ける前から決まっている
複雑な結び目は奇跡的な出会いを、単純な結び目は単純な出会いを
絡まった糸は簡単には解けない。数が多ければ尚更
琥珀と私の糸は切れない。今は彼と私は誰よりも強く繋がっている
だから...私は彼とずっと一緒。
「今度は隠し事無しだよ」
彼の熱を感じるため、鼓動が聞こえるくらい密着する
ドク ドク ドク
「あぁ、ちゃんと生きてる…」
閉じた瞼にかかった髪を退かし、彼の顔を吟味する
ブルーグレーの髪、綺麗な灰色の眼、細い四肢、白い肌
全体的に印象は薄い彼。でも、とっても素敵な彼
私にとって彼は誰よりも大切な人
いつも笑顔で優しくて...
時々すごく悲しそう
私は知っている。彼が自由でいられるのはここでの3年しかないこと。3年が過ぎたら、彼は連れていかれてしまうことを
笑顔で本性を隠して、周りには愛想よく振舞っている
最後だって、私を庇って笑顔で大丈夫って言ってなんにも教えてくれなかった。
酷いよ悲しいよ辛いよ
彼は人に頼られても頼ることが出来ない、いや頼ろうとしない。最後まで1人で抱え込む
もっと私を頼ってよ
だからね、今度は私が守る番
二度と傷つけさせない
もし彼を壊そうとする人がいるのなら
何を犠牲にしても
彼を
守る
「四話 覚醒パノプティコン」
「んー...朝?眩しい...」
窓からさす光が眼を刺激する
「朝か…」
なんで朝ってこんなに眠いのかな?
ふかふかな毛布と身体が沈むような感覚のシートに気力を吸われて動けない
もう布団から出たくないよ
昨晩考えた結果、琥珀に不自然に思われると色々と都合が悪いので私はフロースを演じることにした。不思議なことに私にはある程度記憶が残っている
カチカチ ジュー カチカチカチ ヨシ♪
「んー、いい匂い...」
焼けた肉の匂いが、半開きになった扉の向こう側から漂ってくる
「琥珀がいない...」
目覚めてから数分、徐々に意識が覚醒する中、彼が隣にいないことを知りなかなか不機嫌だ
「朝ごはんでも作ってるのかな...ってことは、久しぶりの手料理?」
妄想に背中を押されベットから飛び起きる
「手料理手料理♪なにかな〜」
ドアノブに手をかけた時
「あ、起きました?」
彼が扉から顔を覗かせた
「おはようございます。朝ごはんが出来たので一緒に食べましょう”アンバー”」
「アンバーって誰」
「えっ、俺そう言ってましたか?」
頷くと表情が微かに暗くなった
「どうやらまだ寝ぼけているみたいです...コーヒー飲んできます」
嘘
アンバーが誰かなんて知ってる
でも...でも、なんで今の君が知ってるの
また置いていかれる
また...またっ...
「行かないで」
エプロンを外しながら台所へ向かおうとする彼の手を握る
「...」
「どうかしましたか?」
離れていく彼を見ていたら...ただ彼を失いたくなくて気が動転してた。なんて言えない
「えと...一緒!」
そんな苦し紛れな言葉に、彼は一瞬狐につままれたような顔をしたあと、いつもの笑顔で私を見た
「そうですね。一緒です」
彼は私の手を握って歩き出す
歩幅は違うけど、私の歩幅に合うようにゆっくり歩いてくれている
彼と過ごした時間は短いものだけど、今までの行動から、私のことを割れ物のように丁寧に扱ってくれていることが分かる
彼はひょっとしたら紳士なのかもしれない
「琥珀」
今度は名前を呼んでみた
「どうしました?」
必然、彼は振り返り私を見つめている
彼を呼んだのには大きな意味はなく、ただ、彼との時間を大切に過ごしたいだけだ
「呼んだだけ♪」
当然のように彼は困惑した顔をみせたが、直ぐに柔らかい笑みを浮かべた
「ふふっ、そうですか、フロースは朝から元気ですね。私にも分けてもらいたいです」
「それなら分けてあげるっ、ぎゅー」
「あはは、ありがとうございます。元気出ました♪」ナテナデ
彼の手は大きいのに不思議と怖くない
「にへへ♪」
「不思議な笑い方ですね。俺も、少しだけ元気をあげます」ギュー
「えっ!?ちょっ///」
「どうしました?」
なんでいきなりっ///
「な、なんでもないよ?」
ただぎゅってされただけじゃん。なに緊張してんだ私///
煩いくらいに鼓動する心臓を宥めていると机に着いていた
机には彼が作ったと思われる湯気の出ている料理が幾つか並んでいる
「椅子届きますか?」
うーん、チョット甘えようかな?
「ムリそう...」
「わかりました。少し失礼しますね」
彼は私を抱え、椅子にゆっくりと座らせてくれた
その後、彼は私の正面にある椅子に座り、向かい合う形になった
「それでは食べましょうか」
私が椅子に座り直しているのが終わったのを確認し、食事を食べる合図を出した
「では命に感謝して、頂きます」
いただきます?
「何それ?」
「あ、フロースは知らないんでしたっけ。これは、日本のご飯を食べる時に行う儀式みたいなものです。牛さんや豚さん、お野菜を育てた農家さんなど、様々な人や動物さんに感謝するものなんです。郷に入っては郷に従えです、フロースも一緒にしましょう」
「よく分かんないけどやる」
「わかりました。では、おててを合わせて...」
「「いただきます」」
彼の料理はなにか懐かしく感じた
故郷は無いのに故郷のような温かさがあった
「なんか不思議ですね...」
「どうしたの?」
私の言おうとしていたことを彼が口にした
箸を置いたあと、彼は外を眺めた
「春ってこんなに暖かくて、明るいものなんですね...」
「悲しいの?」
「いえ、違いますよ」
だったら、なんで...
別に悲しい訳では無い
ただそう感じただけだ
こんなにも後先を考えず笑うことのできる生活はとても新鮮で嬉しくて、なのに何かが変で、分からない。ナニをすれば変われるのかだろうか。ナニをすれば終われたのだろうか。ナニがこの先待っているのか。生きていて報われる時が訪れるのか。自由過ぎて、制限がなくて、生きている意味を見つけることができない
明確な目標があったあの場所とは違い、ここは目に悪い、五月蝿すぎる
「だったら、なんで...泣いてるの?」
言われて始めて頬を伝う感触に気付いた
「さぁ、どうしてでしょう。スープが少し塩辛かったからでしょうか...」
なにを言っているんだろうか
「そうかな...?普通に美味しいけど...」
それはそうだろう。分量を間違えたつもりも弄ったつもりも無い
たまごの焼き加減もトーストの時間も完璧だった
料理が悪いわけじゃない。けど...いや、もういい
忘れましょう。全て
「なんでもないです。...んー!我ながら美味しいですね」
「琥珀...」
「どうしたんですか?早く食べちゃいましょう」
それからは会話が弾むことは無く、食器の音だけが室内に響いた
「「ご馳走様でした」」
もう時間だ
椅子に掛けたジャケットを来て鞄を用意する
「もう学校行っちゃうの?」
フロースが姿見の前まで駆け寄ってくる
「えぇ、やる事が多少あるので、少しでも早く着いてやろうかと...。フロースはどうします?ここで待ってますか?」
「私は...センティメントの中でいいかな」
「俺の中で待ってていいんですか?特に楽しいことないと思うんですけど...」
「私は琥珀の中がいいの」
「わかりました。戻れフロース」
身体が眩い光に包まれた後、泡のように弾けてセンティメントに吸収された
身体が僅かに軽くなる気がする
センティメントの中は一体どうなっているのだろうか。何か部屋があるのか、それともずっと寝ているのか、後でフロースに聴こうかな
「それでは俺も...行ってきます」
鍵がかかっていることを確認し、部屋を後にする
朝が早いと、心做しか空気も空も澄んでいて気持ちがいい
昨日の記憶が無いせいか、初めて投稿する気分だ
特に気になりはしないが、俺が記憶を失った昨日はどんなことが起こったのだろうか
1年間苦楽を共にする仲間たちと挨拶を交わしたのだろうか
それとも1人寂しく教室に佇んでいたのか
いくら姿を想像したって、憶測だけで確かなものでは無い
姫乃結衣や久保大輔なる人は現実に存在するのか
夢で見たあの光景は現実で起きたことなのだろうか
分からない
もしかしたら白雪先生が言ったように壇上から落下し、記憶が飛んだのかもしれない。その衝撃で記憶が改ざんされたのかもしれない
無数の考えが頭に浮かぶが、どれも有り得そうで何とも言えない
「何か決定的なものがあれば、後は推測で補う事ができるんですけど...それはあまり重要じゃないので、後ででいいです」
過去のことで悩む暇なんて今の俺には無い。それに、今をどう生きるかを考える方が合理的だろう
「よし、これからどんな学校生活を送りましょうか」
咲き誇る桜、頬を撫でる風、五感、身体全体で春を感じる
背中を押すような日差しを胸に、風景を噛みしめながら煉瓦の上を歩く
学校生活はたったの3年。人生の3分の1を寝て過ごすとすると、残りは約730日。たったの730日。学校に行けるのはその内の670日
3年なんて瞳を閉じて入れば一瞬で終わってしまう
この3年は俺にとって1番大切で、きっと意味のあるものになる。いや、意味のあるものにする。一日たりとも無駄にはしたくない、なぜなら...
突風と同時に倦怠感が全身を襲う
身体が前に倒れ、咄嗟に左足が出た
次の瞬間には感覚が無くなり、耳鳴りがするほどの静寂が俺を包んだ
「まだ本調子じゃないようです。暫くは大人しくしていましょう」
謎に痛む左手を押さえながら校舎へ入る
昇降口には当然ながら誰もいない。今までの道のりでも誰もいなかった
「俺の出席番号は多分2、3番なのでここら辺に...あっ、ありました。けど...なんで40番なんでしょう?か行なのに最後って相当じゃないですか?」
大体の学校は五十音順で出席番号を決めていると思っていたが、ここは違うのだろうか
「1番は...天野さん、2番は安藤さん、3番が浦島さん...ってことは五十音順なのに俺だけ弾かれてるんですか...何故?」
この学校が類を見ないイレギュラーということは知っていたが、さすがにこれは理解に苦しむ。如何なる理由があってこうなったのか、先生に質問という名の尋問でもした方が良いのだろうか。まぁ、学校生活に支障が無いのならスルーでいいが、理由は知っておきたい
「とにかく、今は校舎の探索が目的です。他の生徒が登校する前に終わらせましょう」
昇降口を後にして、教室に向かう。敷地が大きなだけあって校舎もなかなかな大きさだ。1学年6クラスの40人、俺のクラスは1-Bらしい。校舎は北、中、南の3つで、教室は中校舎だ。
「おはようございまーす。って誰も居ませんね」
声は虚しく教室に響いた
「俺の席は...最後列の窓側ですね。黒板が見ずらそうですけど、先生に見られないし景色見えやすいし当たりですね」
机の中にはいくつかの教科書やプリント、学生証や規則をまとめた冊子が入っていてた。冊子に関しては入学前に呼んだことがあるから興味は無いが、プリントの一番上にとてつもなく不吉な字が見え言葉を失った
“遺書”
「...ん?見間違いですかね...」
そうであることを信じ目を擦るが言葉は何も変わっておらず、それはより明確なものとなった
「本気なんですかこれ...書き方なんて知らないし、死ぬつもりでここに来てませんよ俺」
信じたくは無いがある限りは信じるしかなさそうだ。まさか、学校に来た初日に遺書を書かされると誰が想定していただろうか。少なくとも俺はそうでは無い。多くの生徒が絶句したであろう書類に目を通す。
『在学中、如何なる理由で負傷、又は死亡した場合、責任の一切を負いません。』
またもや不吉な文字が...やはりこのこの学校にはアレが出るのだろうか。
『黒葉育成高等学校で起きた事故、事件、事象を外部に漏らさぬように。これは卒業後も保持してもらいます。守れなかった場合、その者の卒業後の安全は保証できません。』
うわっ...絶対そうだろこれ。やっぱ異常な現象が起きるんだここ。
ジーー
視線......息を潜めて俺の様子を探っている。誰だ。ここの生徒で俺と関わりのある人物は1人も居ないはず...それともただ興味があるだけか?いずれにせよ無視はできないな
「誰かいますか?」
振り返り、扉の影に潜む人物の特定にかかる。腰まである艶やかな瑠璃色の髪、整った顔立ち、アクアマリンのぱっちりした大きな瞳。扉に背を預け佇む姿はまるで芸術のようだった。そんな彼女は突然投げかけられた言葉に困惑し、目を丸くしている。
「あなたは...?」
「わっ、私は愛、[[rb:一ツ葉愛 > ひとつば あい]]っていうの。君は一年生だよね」
両手を忙しなく動かし自分をアピールをしているが、気になっているのは名前じゃなくてその格好だ。白と黒基調とした生地に、ウエストを絞るベルト。ゴシックなミリタリーテイストのワンピースを身に纏った姿はこの空間に違和感しか無かった
「そうですけど、どうして俺を見てたんです?それにその格好…」
「あっこれ!?えーっとこれはね…私、スクールアイドルやってるの!!」
す、すくーるあいどる?なんだそれ
「私ね、実はちょっと変わってて、おかしなモノのが見えちゃうんだ。変なモヤだったり幽霊だったり。それでみんなにバカにされて勇気をもてなくって…ちょっとした不登校になってたんだ。そんな時に私の好きなアイドルのライブがあってね。その時にこの話をしたら『他の人と違う世界が見えるのは特別な事だよ!凄いねっ!』って言ってくれて、それが嬉しくてアイドルを目指してここに入ったんだ。入学して直ぐにアイドルグループを作っていっっっぱい練習したんだけど…あんまり上手くいかなくて、みんなには後指刺されてばっかで…」
確かにここには『ユメ』が叶うって噂のような迷言があるからな、それに踊らされてここに来たのか…それに『入学して直ぐに』って言ってたから彼女は上級生なのか?なら彼女も俺と同じように遺書を渡されて…
「『夢を見るな』とか『お前じゃ無理だ』とか、みーんな私たちのことを否定してばっか。自分じゃ何にもできないからって頑張ってる人の邪魔をする悪い子ばっかで嫌になってちゃて。でも、実際力がないのは事実だし、頑張っても無駄って思ってきて、二年生で無理だったらもう辞めちゃおうかなって…」
よくもこんな出会ったばかりの他人に素性を晒せるよな。少し心配だ。彼女はというと、結構深刻そうな顔付きで語っているからきっと本気なのだろう
「他人に言われてユメを諦めてしまうなんて勿体なさすぎですよ」
彼女がどう思っているかは知らないが、他人と俺からするとそんなのは愚か者がする事だ
「自分がしたいことを他人に委ねちゃダメですよ。1度きりの人生なんだから自分のしたい事を好きなだけやって楽しまなくちゃです」
自分には出来なかったことがこの人には出来る。俺と違って選択肢が与えられているのだから、選ばなければ後悔しか残らない
「俺にはあなたが何を考えているかは分かりません。でもアイドルを続けたいってことは分かります。それともあなたの目指したアイドルは他人に指図されて簡単に諦めるような人だったんですか?」
「っ!そんなんじゃないよ!」
「なら絶対に諦めちゃダメです。絶対にアイドルになってバカにしてきた人達に見せつけてやるんです」
「でも…今の私にはできないよ…」
「あなたの積み重ねてきた努力はそんな簡単に切り捨てられるようなものではないですよね…俺にも手伝わせてくれませんか?」
「手伝うって…アイドルを!?君もアイドルやるの!?ピンクのフリルのスカート着て、えーっ!?」
「ちっ違いますよ、ぷろでゅーさー?ってやつですよ」
「あーそっちの方か、まぁそうだよね良かった」
「万一俺がそんなの着たって笑われるだけですし」
「え〜そうかな〜?」
愛は俺の身体を舐めるように見る
な、なんだこの嫌な感じ
「君なら肌綺麗だし、中性的な顔つきだし、腕細いし全然OKだよ!」
「真面目に考えないでくださいよ…」
女装した俺…考えたくないな。忘れよう
「あはは、まぁ君から言質取ったし約束だよ?プロデューサーの件」
「一ツ葉さんがいいならいいんですけど…」
「よし!それじゃ、いきなりなんだけど今日の放課後って空いてる?私のグループの子に君を紹介したいんだけどさ」
放課後か…あの世界や本について調べたいがそんなこといつでもできる。人との出会いは大切にしないといけないって誰かが言ってた気がするし、これも何かの縁だ。二つ返事で先輩の誘いを引き受ける
「ありがとー!そういえば君の名前聞いてなかったね。なんて言うの?」
「入出琥珀です」
「こはく?なんかかっこいいね!よしっ!琥珀くんよろしくね」
「よろしくお願いします。一ツ葉先輩」
差し出した手を握ると先輩は目を丸くして、何やら嬉しそうにしている
「どうかしましたか?」
「おぉー!先輩呼びいいね!初めてされたわ私」
「そ、そうなんですか?」
「いやーほら、私ってさ先輩って感じしないでしょ?」
「確かにそうですね」
「こら」
先輩は頭に軽くチョップをかまし、ドアの方へ向き直るとゆっくり歩き出した
「あまり先輩をからかっちゃいけないぞっと。じゃあ放課後、屋上に来てね。ちなみに、約束すっぽかしたら罰ゲームだから」
罰ゲーム?約束をすっぽかす可能性は零だが、万が一に備えて知っておきたい。俺の学園生活を守る為に
「具体的には?」
「具体的には?そーだな…その時はプロデューサーとしてではなく、アイドルとして琥珀くんに支えてもらおうかな?」
先輩の目はガチだ。嘘を言っているような顔じゃない。冗談じゃない絶っっ対嫌だ…恥ずかしくて死ねる
俺の青ざめた顔を見て勘づいたのか、イタズラをする子供のような笑みを浮かべた
「あくまで約束を破ったらだから、そんな顔しなくていいよ」
「どんな顔してます…?」
「悪魔に魂売って裏切られたような顔」
「例えがユニークすぎますよ」
素っ頓狂な笑いを上げる先輩をトリガーに何かがフラッシュバックする。いつも笑顔な素敵な誰か。いつも可哀想な惨めな誰か。誰なのかはわからない。
それはそうだ、だって記憶が無いから
「あははっあ、あぁーあ笑い疲れた。それじゃあ放課後屋上ね。待ってるよ♪」
先輩は走り去ってしまった。それにしても嵐のような人だったな。あんなに楽しそうに学園生活を謳歌しているのは羨ましいし、それをこれから経験すると思うと楽しみだな。けれど、あんな誓約書のようなものに怪奇現象、極めつけに遺書を目にしているはずなのに、何故あそこまで陽気でいられるのだろうか。それとも忘れてしまっているのか
「忘れられるようなモノでは無いと思いますけどね…」
独り言のように呟く。独り言なので当然返答はない。時刻は7時30分。早く来すぎてしまった感は否めないが、やることが他にできたから問題は無い。正直、校舎の探索より書類の内容の方が重要だ。それに今日は校舎の紹介や部活の紹介が授業に組み込まれているからする必要は無い。他の人が来るまで書類を見てるか…
どれほど時間が経っただろうか。全て書類に目を通すのにそんなに時間がかからず、だいぶ余ってしまった。暇を潰したいところだが、生憎とそんなものはあの本以外に持ってきていない。まぁあるだけマシか
「確か前の方に…」
鞄から本を取り出し、適当なページで開く。すると、文字が浮かび上がり問いかけてくる
『どうした?』
「なんでもありませんよ。ただ暇なだけです」
『暇ならフロースと遊んで見たらどうだ?』
「他の人が来たらどうするんですか?」
『安心しろ、精霊は常人には見えない。見えるとしたら、お前と同じくダイバーくらいだ』
「ダイバーってそんなそこらにいるようなものなんですか?」
『ここら辺なら10人に1人くらいの割合でいるんじゃないか?』
「10人に1人!?多くないですか?」
『ここら辺って言っただろ。この学校が異常なんだ。そもそもダイバーって言うのは強い欲望かユメがあれば誰でもなれるもんだ』
「そうなんですか?」
『あぁ、ハッピーワンダーランドはそんな奴が願いを叶えるための場所だからな。それに見合う魂さえあれば器は勝手にあっちで作ってくれる』
「なら下手したらそこら辺にいる人でも彼処に行けるってことですよね。だったらなんであんな世界が知られてないんですか?」
『そりゃ、いきなり「魔法やモンスターのある世界に行ったんだ(* 'ᵕ' )☆」なんて言って信じるやついるか?』
「いませんね」
『物的証拠だって、あの世界の住人かダイバーじゃないと見えない。あの世界は常人には認識できないようにフィルターが違うからな。それに都合のいいことばっかじゃない。ハッピーワンダーランドに魅入られて一生帰ってこなくなった奴や気がやられて自殺しちまった奴だっている。あの世界は命を賭けてでも叶えたい夢がある奴か自暴自棄な奴しか行かねえよ』
「俺ってもうあっちに行かなくてもいいですよね?」
『お前は行くべきだ』
「どうしてですか。行ったってもう俺にメリットはないですよ。それに行ったらいつか死んでしまいます」
『行ったって行かなかったって此処ではいつ死ぬか分からないんだ。それにお前にはやるべきことがあるはずだ。知らなきゃいけないことがあるはずだ。そうだろ?って言っても今のお前には分からないよな。とにかく、お前はあの世界に行ってコアを集めろ。まずは1つ。1つ集めたら続きを話す』
「無理です。俺にそんな力は無いですよ」
『だから俺がいる。それにアリスだってフロースだっているだろ?少なくとも今のお前には力は無い。そりゃそうだ、だってまだ何もしてない。本気で戦って本当に苦しなった時はお前を舞台から下ろさせてやる。だからそれまでお前は戦え。お前は俺が今まで見てきた奴の中で一番ポテンシャルがあるやつだと信じてる。お前は選ばれたんだ”神に”』
「……神は信じません。俺が信じるのは神じゃなくメーティス、あなたです。今は大人しくお前の指示に従います。だから、力を貸してください。取り引きです」
『もちろん』
センティメントが赤く光る
『取引成立だ。裏切るんじゃねえぞ』
刃物が突き刺さるような痛みが手首を襲う
「あ”あ”ぁ”ぁ、はぁ、はぁ」
『それじゃあ早速力を貸してやる。お前に全部のファディアルを叩き込むから指示したページを開け』
メーティスに指示されたページを開く。無数に並ぶ文字の羅列が頭に刷り込まれていく
『この章を全部頭の中に叩き込め。叩き込むまで次に進ませねえから』
『ここらが限界かな』
「はぁ、はぁ、あたまがこわれる。おかしくなる。われそう…」
『そろそろ人が来そうだからしっかりしろ。第一印象は本当に大事だからこんなん見られたらおわるぞ。それと、時間があったらこまめに読むようにしろ。絶対にお前の力になるはずだからな』
「……はい」
『俺は休むから、俺が必要な時は呼べ。呼んだら来てやるよ』
「休むって、本なのにですか?」
『……。』
「もう寝たんですか?フロースと同じですね。おやすみなさい、メーティス」
『呼んだ?』
「おやすみなさい」
パタン