ようこそハッピーワンダーランドへ
ねぇ琥珀くんは知ってる?憐れな赤ずきんのお話
「おやすみ。琥珀くん」
ギュゥ
容姿が優れていて聡明で、愛嬌があって、誰からも愛されて、愛をたっぷり注がれながら育った少女は、いつしか一方的な愛情を嫌うようになった。
家族の溺愛、同級生の告白、先輩の寵愛、知らない人の熱い視線、全てが気持ち悪いと思うようになった。
そして高校に上がった時、その子はある男子生徒に告白されたの。
「はぁ、全然来ないじゃんおそっ。明日、高校入って初の中間だから勉強したいのに...もう帰ろうかな」
(どうせ告白でしょ、正直テスト前日に告ってくる人は無理。しかも体育倉庫の裏で10分待たせるって、もう人として無い)
それから壁を軽く踵で蹴ること数十分。葉を踏む音が近づいてきた
「あっ、来た」
「ご、ごめん!待たせちゃったよね」
手紙を寄越した張本人は、私の気などつゆ知らずヘラヘラと笑っている。反省している様子は一切ない
「ううん、全然待ってないよ」
(人を待たせておいて、何ヘラヘラしてんの?...ほんと最低)
「それで、伝えたいことって何かな?」
「え、えー!?いきなり本題!?えっーと、えっーと……」
(うるさっ)
「き、君を人目見た時から好きでした!付き合ってください!!」
赤ずきんは告白されるのが初めてではなかった
彼女は今まで幾度となく一方的に愛を打ち明けられていた
告白してくる人達はみんな口を揃えて「一目惚れ」とか「可愛いから」とか、誰も外側だけを見て本当の私なんて見てくれなかった
「どうして私のことを好きになったの?」
「えっーと、可愛かったからです!」
(やっぱそうか...はぁ...)
「うーん......。ごめんなさい。私、誰かを好きになったことなくて...あまりそういうの分からなくて…だから、ごめんなさい…」
(何回目だろう、これ言うの…)
「えっ、そんな......じゃ、じゃあ、ぼ、僕が君を夢中にしてあげるよ。ね、ねぇ」
男子生徒が少女に歩み寄る
彼の吐き気を覚えるような穢らしい視線は彼女のことなんて見ていない
(顔に手が…い、いや)
「ご、ごめんなさいっ」
(逃げなきゃ)
「まっ、まってよぉ!」
獣はウサギを逃がさない
(やだ、気持ち悪い。触らないでっ)
「やめてください!」
「だっ大丈夫だよ、直ぐに夢中にしてあげるから、へへへ」
一方的な愛情による狩り
「嫌!離して!」
「はぁはぁ、離さないよぉゆいちゃん」
迫ってくる獣にウサギは絶望した
「ひぃっ…」
(もう…どうしてこんな目に…。いや違う……これは、きっと私への天罰なんだ…最低な私への……)
コツ
「いてっ、だ、誰だよ!」
狩人は獣の死角から弾丸を放つ
(石…?)
「彼女を離してください」
(あれは確か同じクラスの...いや、誰だっけ)
「ぼ、僕と彼女は結ばれているんだ!!邪魔をする奴は誰であっても許さないからな!!」
そう言うと獣は、狩人に向かって牙を剥き、爪を振り翳す
「だめっ...」
シュ、ブォン
「ぇ...」
狩人は獲物の隙を見過ごさない
最小の力で最大の結果を残す
「はあっ!」
(男子生徒が宙へ舞った?いや違う、投げ飛ばされた)
「あ”ぁっ...」
獲物は地面に叩きつけられる
次の獲物は......ウサギ
ウサギは息を止める
「ふぅ、体育の授業真面目に受けていて正解でした。大丈夫ですか?」
「......。」
狩人は…
「打ちどころが少し悪かったですね。まぁ、息はあるようなので大丈夫ですね。あなたは大丈夫ですか?」
ウサギになった?
「あぁ、ありがとうございます」
(助けてくれたのかな...)
「あなたは確か...姫野結衣さん、でしたっけ?」
「は、はいっ」
ウサギは狩人に、救われた
「あなたは?」
「俺は入出琥珀です。1-A、同じクラスでしたよね」
(やっぱ同じクラスだったか...でも接点ないし話しずらいな。とりあえず初見みたいな反応で行こうかな?)
「同じクラスだったの!?」
「あはは...まぁ気づかれなくても当然ですよね。俺、頻繁に学校休んでいるので」
「身体弱いんですか?」
「はい。俺の母が生まれつき身体が弱くて、遺伝で俺も...。でも平気ですよ、俺、まだ元気なので」
(大変だよね...それでも私を助けてくれた)
「そういえば、どうしてこんなところに?」
(午後6時の体育倉庫裏、こんな時間、こんな場所に人が来るはずがない)
「ん.....忘れ物を取りに来たんです。ほら、明日中間でしたよね。俺あまり勉強好きじゃないので少し不安なんですよ」
「本当にそれだけですか?」
「はい?」
(なに聞いてるんだろう...)
「いえ、なんでもないです。ごめんなさい。本当にありがとうございました」
「いえいえ、では失礼します」
これは少女にとって運命の出会いだった
「おはようございます入出さん!」
「おはようございます。その、俺のことは琥珀でいいですよ。同級生なんですし」
「はい!」
彼の目は優しかった
他の誰かとは違う、優しい視線だった
「琥珀くんは友達いるの?」
「あんまり話し掛けてくれる人とか、誘ってくれる人がいないので、いませんね...あはは...」
「じゃあ私、琥珀くんの最初の友達になってあげる!」
「本当ですか?」
「もちろん!」
「ありがとうございます!」ニコッ
彼はいつも笑顔だ
少女は彼に惹かれていった
愛によって歪んだ少女の初めての恋は
”真っ黒に歪んだ儘”
私は今、すごく気分がいい。朝の気だるさやあんな不幸を忘れてしまうほど満たされている…私だけのおくすり、私の存在意義、私の全てが彼で形成されていると言っても過言では無い
やっと私のモノになる…やっと私の願いが叶う…
「琥珀くん♡はぁ…♡かわいいなぁ寝息なんかたてちゃって…♡」
ギュゥゥ
彼の指、彼の髪、彼の温もり、彼の匂い、彼の傷、彼の全てが愛おしい...全て独占したい♡
彼の仕草、彼の好み、彼の嗚咽、彼の涙、彼の見る世界、全てを知りたい
「ねぇ、一方的な愛を語らせてよ」
(大好きなキミへ)
「ずっと私だけ見てて、感じて、聴いて、求めて」
ピトッ
「私が付けた一生消えないキズ...琥珀くんは隠してるんだね。少し悲しいよ」
手首についている真っ赤な線を愛おしく撫でる
「本当はこのままずーっと見ていたいけど、ここだと誰かに見つかっちゃうから屋上まで行こうか…よいしょっ、ん」
「琥珀くんは信じられないくらい軽いね。肌白いし腕細いし、しっかりご飯食べてるの?」
ふふっ♪
「二話 本と不思議の国」
「やめてください!あぁー!!」
なにこれ!?すっごく眩しい…てか力つよ!?身体弱いんじゃないのかよ
ガッ
「わぁっ」
「痛っ」
トビラの縁に躓きアリスと一緒に倒れてしまった
腰と頭を打って痛い、だが地面が芝生だったのは不幸中の幸いだろう
自分の身体も心配だが、本当に心配なのはアリスの方だ
「あーごめんね〜。少年があまりにも抵抗するから躍起になっちゃって…、だいじょぶ?」
「あなたこそ大丈夫ですか!?身体弱いんですよね?」
「ボクは少年が下敷きになってくれたから無傷だよ」
「はぁ、よかったです。その…退いてくれませんか?重たいです」
さっきからお腹に力がかかって痛いし、顔が近くていろいろとマズイ
「あはは、ごめんねほんと。でも、女の子に重いって言うのは失礼だよ。それじゃあ気を取り直して行こうか」
「どこに行くんですか?」
「このセカイの案内人もとい、主人公のところかな?」
「そもそもここは、なんの世界なんですか?トビラの絵からして、不思議の国のアリスとか?」
「おぉー!少年正解!すごいね、童話好きだったりする?」
「俺の母が童話を好きだったので、家の書庫にたくさんあったんです」
「へぇー、まあ取り敢えず、ここは不思議の国のアリスのセカイなんだ。だからここの主人公はアリスで、今はアリスのお家に向かってるんだ」
「それだと、あなたがここの主人公ってことですか?」
「いや、別にそうじゃないんだよねー。ボクもアリスだけど、このセカイのアリスもアリスで、もう1人いるんだよね」
「以外ですね、あなたの容姿が1番不思議の国のアリスに合ってると思いますけど...」
「こら、人を見た目で判断しない。まぁ、人じゃないけど」
「人じゃないんですか?」
「うん、ボク精霊なんだ。本の」
本の精霊?
「ほら、本ってたくさんお話があるじゃん。赤ずきんとかシンデレラとか白雪姫とか、その本に魂が宿って、出来たのがこのセカイ」
「じゃあ、あなたのセカイもあるんですか?」
「あるよ、ボクのセカイ。さっき居た遊園地がボクのセカイで、お話は.......まだ内緒♪」
「すごい気になりますね、お話」
遊園地の童話なんて聞いたことがない
「まぁまぁ、今いるのは不思議の国なんだから、不思議の国の話をしようよ。」
「そうですね。このセカイのアリスさんはどんな人なんですか?」
「このセカイのアリスは、ボクと違ってすごく大人しいね。あと、ずっと本読んでる」
「文学少女なんですね」
「そう言うと聞こえはいいけど、実際のところただの人見知りなんだよね、あの娘。もう少し勇気を出して、周りと関わって欲しいんだけど…」
「あはは…人には得手不得手があるので、無理にやらせないそうがいいと思いますけど…」
「人じゃないけどね」
「そこは余計です」
「ごめんごめん☆それでさ、このセカイどう?」
「このセカイですか、うーん...」
不思議の国のアリスのセカイ
チェック柄の地面に不規則に並べられた大小様々なチェスの駒
丸や三角形の木や花、どれも色がおかしい
最後は、真っ白な空に浮かぶ3つの惑星、それぞれ大きさは違うし色も違う。赤の星は小さく、地球から見える月くらいの大きさ、青の惑星は巨大で、視界の中に収まりきらないほど大きい、きっとこの世界よりも大きいのかもしれない、そしてその周りを回る黄色の惑星、さっきの赤い惑星の20倍くらいある。まだまだ変わったところは沢山あるが、全て挙げるときりがない
「感覚がおかしくなりそうですね」
こんな言葉しか出てこなかった
「まぁ、そうだよね。ボクだってかれこれ1000年くらい見てきてるけど、一向になれる気配がないし...。ねぇ、知ってる?セカイって姿がコロコロ変わるんだよ」
「その変わるのってランダムな時間なんですか?」
「いや、ランダムなところもあるけど大体は任意だね。でも、ここは主人公の意思に関係なく強制的に変化するセカイだから、主人公の居場所も変わるんだよね」
「それすごく大変じゃないですか、見つからないかもしれませんよ」
「それでも、変化が来る前にこの世界の主人公アリスを見つけて、なんとか会おうってこと。手分けして探した方がいいんだけど、いきなり一人は寂しいから最初の10分くらいは一緒に行動しよう」
「でも、10分経って離れたらお互いの場所が分からなくなっちゃわないですか?」
「だいじょぶだいじょぶ、その前にアレ渡しとくから」
「アレってなんですか?」
「それはね、『センティメント』って言う少年がダイバーである証だよ」
「せんてぃめんと?だいばー?何ですかそれ?」
「まぁ、そのうち分かるよ......それじゃ、この辺りでいいかな」
「はい?」
「これから、センティメント刻印の儀を始める!」
「いきなり過ぎません?」
「左腕をこっちに出せ少年」
「......はい」
「よろしい♪」
一体何されるんだ
ガリッ
「えっ...いっ!?」
「あむっ、ぺろぺろ」
痛い
「ちょっとやめてください!」
「あほほうふこふ!」
「ちょっと!咥えたまま喋らないでください!」
「あともう少しだから! 大人しくしてて!!」
「はいっ」
何でそんなに怒こるの?
「うーん」
長くない?
「はいっ終わり!」
「うぅ…近くに水場はありますか?」
「んー、確か近くに湖があったような...多分あっち」
「ありがとうございます」
ヨダレでベトベタだよ...しかも、なんか手首が熱いし、倦怠感がすごい
千鳥足で湖に向かう
視界がぼやけてきた
「あー、なにこれ?」
湖に着いたのはいいものの、色が奇怪過ぎて水に触れるのを躊躇ってしまう
「でも、流石にヨダレまみれで探すのは嫌ですし...ここは意をけっ」
あれ?身体が動かない
フラッ バシャン
七色の湖に身体が投げられる
水泡に包まれながら温もりが逃げていくのを感じる
視界が歪んで、水面から差す光が目を貫く
「ごぼっ、がぶぁ.......」
声は届かない
ゆっくりと沈んでいく
背中に硬い何かが当たる、どうやら湖の底のようだ
熱い
さっきまで無かった左手首の模様が鮮明な朱に輝いている
強い浮遊感が、身体を襲う
「...ょぅ...ん」
水面に少女のシルエットが浮かぶ
アリスさん?駄目だ身体が動かない
「がばっ...あ“ぁ”…」
自分の意思には反して身体は虚しく泡を吐き出すだけだった
意識が朦朧としてきた
不思議と苦しくは無い
頭には優しく微笑みかける誰かの姿が浮かんだ
これが走馬灯ってやつかな、まともな思い出が無いや
ん、なんぜか息ができる
「はぁはぁ、ごぼっ」
でも声は出ない
相変わらず身体は棒のように動かない
バシャン
身体が宙に投げ出される
ドンッ
痛い
「少年!大丈夫!息してる!?」
あぁ、助けてくれたんだ。お礼を言わなきゃ
「ぁ......ぁぃ......」
駄目だ声が出ない
「少年!少年!!」
ここで意識が途切れた
これは一人...いや、一つのモノのお話
むかしむかし、あるところに幸せな夫婦が住んでいた
二人は学者で、脳波を分析し脳を覚醒させたり、思考を制御できる波長を放つ機械を作り出そうとしていた
初めの段階では計画がスムーズに進行していった
しかし、彼らの論文に目をつけた国家は彼らの存在と計画を危惧し、山奥の実験所に閉じ込め監視した
国を裏切らないようにだ
彼らにはそんな気は毛頭もなかったが従わざるを得なかった
生活に不自由はなかったものの、ストレスは徐々に蓄積していった
そこで彼らは気を紛らわすために、遊びで自分たちの子供を作ろうとしていた
子供と言っても、人工知能を本当の子供のように育てたらどのように成長するのかを試すだけだった
気休めで始めたはずの人工人間計画に、いつしか彼らは熱中していった
当初は人工知能だけを造り育てていこうとしたが、彼らは人工で何処まで人間を作れるのか興味が湧いた
そして彼らは自分たちの細胞を使い、コドモを作った
だが、コドモ達は長生きはしなかった
どのコドモも生まれて数週間で死んでしまったのだ
彼らはどうにか長生きさせようと試行回数を増やし実験に勤しんだ
そこで彼らは、他の生物の遺伝子を組み込み改造し、覚醒遺伝子を造り出した
初めて生まれた覚醒遺伝子のコドモは人間には無い不思議な力を持って生まれた
超能力だ
異変に気づいたのは生後1ヶ月の頃だった
アンバーと名付けた被検体13は触れたものを腐敗させていった
他にも、驚異的な頭脳の成長や身体能力の向上が観測された
人ならざる異常な力を持つアンバーを本当の子のように愛し、幸せな家庭を築き上げていた
しかし、幸せは長続きしなかった
二年経ったある日、アンバーの身体の劣化が始まった
右眼が見えなくなり、一人で歩くことすらままならないほどに衰弱していった
日に日に弱まっていくアンバーに彼らは何もすることができず、最愛の我が子が苦しむ姿をただ見ているだけだった
そして事件は起こった
夕食どき、突然耳を突き刺す叫喚が家中に響き渡った、彼らが音の発信源を見つけ部屋に入ると目を疑った。そこには荒れ果てた部屋の隅で、苦痛に顔を歪め蹲るアンバーの姿があった
身体に大きなヒビが入り、骨格が異常に変形していた
彼らが唖然としていると、アンバーは『たす...けてっ』とだけ放ち
彼らの目の前で欠片となって崩れていった
彼らの13に抱く感情は、実験体のそれではなく本物の親子の愛情だった
それ故にアンバーの死を嘆き、依存と喪失感、悲壮感に狂い、誰が見ても正気では無かった
そして彼らはココロに空いた穴を埋めるように新しいコドモ、被検体14を作った
今度は決して死ぬことがないよう、×××の身体で...
14にはアンバーの記憶を植え付け、度が過ぎた教育を始めた
14は激しいムチに気を病み、復讐だけを活力にありとあらゆる知識を脳に詰め込んだ
「許さない」
花に囲まれて眠る二人をただただ怨みながら......
『計画は君に託された』
『君は僕らの所有物だ、拒否権は無い』
腐った大人のいいなりなんかじゃない
覚悟しろ
14は、俺は人間だ
お前らの便利な道具じゃない
俺は逃げるように鳥籠に飛び込んた
「うぅ...」
メモリーからフォルダーを抜き、機械に突っ込む
凍ったように動かなくなった身体を発熱させ、深海から意識を引き上げる
徐々に意識は覚醒し、脳が覚醒する
「ぁ...どこですかここ?」
「少年!良かった目を覚ましてくれて」
アリスは椅子から飛び跳ねて、ベットへ着地する
「うっ......苦しいです」
絶賛、腹を座布団にされている
「アリスさん。ここはどこなんですか」
木造の家にふかふかのベット、沢山の本に丸机に置かれたお茶。
どれも気品があって美しい。まるで一つの絵画のような部屋だ
「アリスのお家だよ。実はね、さっき湖に落ちたじゃん?その先にね穴があって、そこを通ったらアリスの家の近くだったんだ。アリスに会えたのは少年のおかげだよ!」
「やっぱりこのセカイ不思議ですね」
「まぁ、不思議の国だからね。それじゃあ、アリスに報告しに行くから大人しく待っててね」
「はい」
俺が頷くとアリスはニコッと笑って部屋から出ていった。
大人しく寝ていたいが気になることが多い。彼女が帰ってくる前に少し調べ物をしよう
「何ですかねこの本とペン...」
本とペンを手に取り、ベットへ腰掛ける
本は表紙が黒く、所々に赤と青の星が散りばめられ、金の兎のようなものと花に囲まれた家が装飾されており、うさぎの目に琥珀のようなものがはまっている。裏表紙には五芒星が描かれているだけだ
本を開くと、そこにはミミズ文字に角をつけたような謎の記号が羅列しており、1ページずつに魔法陣と言うのにふさわしい絵が書いてある
後のページから10ページ目が真っ黒でその先は真っ白だ
本の近くにあるペンは万年筆のような形で全体が蒼く、上に行くほど鮮やかになっており、ペンの尻軸にはクローバーを模した金属の装飾が施されている
こちらにも、謎の記号のようなものが刻まれている
一体この記号は何なのだろうか
「調べる必要がありそうですね」
ベッドから腰を上げ本棚の本に手をかける。
ページをめくるがさっきの本のような記号は見当たらない。というか思いっきり日本語で書かれている。別の本を見ても日本語、もしくは英語だ
「なんだこの本」
視線の先には、さっきの本に刻まれていた兎のマークがついている、一つの分厚い本がある
「この本は...」
手に取り中身を確認した時、ドアが開いた
「何してるの?大人しくしてって言ったよね?」
「あ、えーっと、この本が気になって...」
咄嗟に持っていた本を見せ、誤魔化す
「それは......魔導書?確かに、少年の世界じゃ珍しいものだからね」
「魔導書って?」
「魔術の本だよ...ってそれは後で説明するから置いといて、紹介するね...ほら、こっち来て」
アリスが手招きをすると、3冊の本を抱えた少女が猫と一緒に、ドアの隙間から顔を出した
「もっと前出て」
「初め...まして...。私は...アリスです。この子はダイナって言います...」
「にゃーあ」ごろごろ
アリスと名乗った少女は、リディアとは違いとても大人しい。それは話し方もそうだし、見た目もだ
「初めまして、俺は入出琥珀っていいます」
「は、はい...えーっと、その...えーっと」
アリスは左右を見ながらあたふたしている
何かしちゃったかな?
「こほん。ねぇ少年、喉乾いてない?」
リディアがわざとらしく咳払いをすると、突拍子の無いことを聴いてきた
「えっ、喉ですか...少し乾いてます」
「それじゃお茶にしようか、アリスお願い出来る?」
「あっ、うん」
「じゃあリビングで待ってるね」
「わかった」
返事をすると本を本棚に戻し、猫と一緒に部屋から出ていってしまった
「ボクたちも行こうか」
「はい」
彼女に連れられ、リビングへ向かった
「広いですねこの家」
「凄いよね、この家にあの子と猫しか住んでないのに、こんなに広いんだよ」
彼女も同感らしい。まぁそうだろ、この家の広さは異常だ。部屋から出て左右を見ると端が見えず、壁には無数の窓と絵画が飾ってあった。リビングに着くまで15分程掛かったが、廊下の端からだと一体どれ程の時間が掛かるのだろうか...
「掃除とかどうしてるんですかね...」
「魔法でちゃちゃっと片付けてるんじゃないかな」
「魔法ですか......えっ?魔法?」
「さっき魔導書持ってたでしょ?これ」
そう言うと彼女は魔導書と謎の本とペンを取り出した
「何故それを持ってるんですか?」
「ちょっと説明をしたくてね...」
魔導書を開こうとした時、丸机にふわふわと浮きながら、次々とお菓子と茶器が置かれていく
「お茶の準備出来たよ...」
なに今のすごっ!
「......今のって魔法ですよね!どうやってやるんですか!」
「えっ、その...あのっ...」
コン
「いてっ」
本で後頭部を軽く叩かれる
「少年落ち着いて、ささっ、アリスも座って」
「うん...」
「よしっ、先ずは少年のことから話そうか。少年、左手首を見てみて」
「左手首ですか」
袖のボタンを外し捲ると、一冊の本に茨が絡まっているマークがあった
「それはね、少年のセンティメント、ダイバーの証だよ。それとこの本とペンは少年のユーピアメモリー。分かりやすく言ったら武器だね」
「本とペンが武器ってなんですか?それに、武器があるってことは何かと戦うんですよね」
「あぁ、言いたいことは分かるよ、少年は戦いたくないんでしょ」
「もちろんです。そもそも何と戦うのかがわかんないし」
「じゃあ少年はお友達を助けたくないのかな?」
「っ!」
「せっかくここまで来たのに、残念だなー」
彼女らわざとらしくため息をつく
俺を煽るように
「どうやって本とペンで戦うんですか」
「おっ!やる気になった?ボク嬉しいよ♪...でもね、この本とペンに限ってはボクでも分からないんだ。こんなユーピアメモリー見たことないからさ」
「......。」
「だからさ、少年この本とペン見覚えない?」
「...ありません」
「そうか...まぁいいや、取り敢えずさ話を進めるね。少年はお友達をヨミガエリさせたいんだよね、そのためにはコアが必要なの。だからどうしても戦わなきゃいけないんだ。分かってくれる?」
「はい」
「でさ、戦うためには武器が必要じゃん?でもこの状態じゃ武器は使えないの...だから少年がこの武器を使えるようにしなきゃいけないんだ」
「どうやってですか?」
「このユーピアメモリーに、少年を刻むんだ。深く、消えない傷を。そのために少年、血を少しでいいからをくれないかな」
「……わかりました」
「うん、良い子だ」
彼女は席を立ち俺の頭を撫でる
「少しだけ痛いけど我慢してね」
彼女は手を握ると人差し指をペーパーナイフで切った
「うっ」
血が指先を伝わり、本に滴り落ちる
「こんなんで大丈夫だなんですか?」
「まぁ、見ててよ」
ページが血を吸い上げ、赤く染る
そして宙に浮き、蒼く光った
俺を蒼と紅の光が包んでいる
「わぁ、すごい...」
アリスはお菓子を口にしながら呟く
しばらくすると、血と一緒に本の光が止まった
「成功だ、良かった〜」
何か違和感を感じる
「少年、本めくってみてよ」
「はい」
『運命の書』
「すごい!読めるようになってます!」
さっきまで分からなかった謎の記号を見ると、何故が脳に文字が浮かんでくる
『運命は変えられない。一つの方法を除けば...』
「うーん、やっぱりボクには読めないや。なんて書いてあるの?」
「『運命の書』って書いてあります」
「他には?」
気になるページまでめくる
「『知識の書_レース(文字)』って書いてあります」
ガタッ
アリスは急に立ち上がり、俺に近ずいてきた
「レースについて書いてあるの!?他は!」
大人しかった彼女と打って変わって、目を輝かせ今は若干興奮気味だ
そんな彼女に気圧されながら、次々とページをめくる
「『知識の書_ファディアル(魔法)』...」
「ファディアルまで!?すごいねこの本!」
顔が触れてしまいそうなほど近づき、本を覗き込んでいる
ファディアルって何なんだ?ん、にしても近いな...ちょっと...
「えっ、えぇー、そうですね...その、少し離れてくれませんか?」
「あっ」
すると、彼女は顔を真っ赤にさせ
「ご、ごめんなさい!わたし本大好きで初めて見る本だから興奮しちゃってその迷惑でしたよねあの、えーと、その本当にごめんなさい!!!」
そのまま頭を下ろし、机に...
ゴン
「いったあぁ!!あぁーー...」
ぶつけた
「わ、わかったので落ち着いてください」
「は、はいぃ」
涙目になっているし、おでこが真っ赤だ
「こっち向いてください」
「えぇ?」
ポケットからハンカチを取り出し、触れたら壊れてしまいそうなほど繊細な肌を優しく拭う
「おでこ大丈夫ですか?」
「んっ!!///ち、近いです!離れてください!!」
「ご、ごめんなさい」
騒がしい人だな、聞いてた話とは全然違って全然積極的だし、表情豊かだ
「まぁまぁ、じゃれあうのはその辺にして...」
「じゃれあってない!!!」
「あはは...」
この状況をどうしたらいいんだろう?
「あのー、レースとかファディアルの説明が欲しいです」
「そうだね...ボクは魔法とか苦手だから、アリスが説明してよ」
「えっ!?なんで私が...」
「ボクより詳しいし、適性が多いじゃん。だからおねが〜い」
「ぇー...」
アリスは明らかに嫌そうな顔をしている
それを知ってか知らぬか、リディアは一向に引かない
「お〜ね〜が〜い〜!!」
「ちょっとうらさないれ〜」
そしてアリスの両肩を掴み、前後に大きく揺らしている
「ちょっ、ほんとにやめて!酔う!」
「え〜、あっそうだ。こしょこしょ
」
何してんだろうあの二人?
「それに比べて、ダイナは大人しいですね」もふもふ
「にゃー?」
膝の上に寝転がり気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしている
「こ、琥珀くん!」
「はい?ど、どうしたんですか急に?」
いきなりどう見たって空回りな元気を振る舞われ、困惑している
「私がこの本に書いてあること、いっ、色々教えてあげる!」
えー何この豹変ぶりー?
「何したんですか?」
静かにリディアに目を向けると
「ごめんね少年、取り引きだから」
「なにと?」
「少年の本」
は?
「なんで?」
「......。えへっ☆」
「待ってアリスさん!離して!ねぇ!」
沈黙を貫き通すリディアを傍目に、アリスは琥珀の手を引き、家の外へ連れ出すのであった
ルビとか文章とか諸々は8話あたりからマシになります(予定)