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望まない役割 ③

「なにをするのですか」


 驚いて逃れようとしたが、高延は常磐の抵抗など気にも留めない。大股に奥の間に入ると寝台の上に常磐を放り出した。


 まずいと思って飛び起きたが、すぐに高延が馬乗りになって動きを封じてくる。


「やめてください」


 常磐は高延の体を押し返そうとするが、その腕も簡単にとられてしまう。


「私も手荒なことはしたくない。だからあなたが自ら私を選んでくれればと思ったが、あなたが駒のままでいたいと言うなら仕方ない」


「やめて。せめて返事を待ってください」


「わからない人だ。私は父君ではなくあなた自身の意志を聞いている」


 見下ろしてくる高延の目には失望が映っていた。


「それに返事を待ってみても同じことですよ。私の望む答えはこない」


 口の端に冷たい笑みが浮かぶ。


「もともと今夜は妹君をお迎えするはずだった。それがあなたに代わっただけのこと。あなたも和平を成したいと思うなら、自分の立場を受け入れてください」


 高延の体の重みがのしかかってくる。


「だめです」


 常磐はなんとか高延を押し返そうともがいた。


 和平を成したいとは思うが、高延の妻になれば今までのように父を支えることはできない。


 そうなれば暁津島は王妃の芳原一族がさらに台頭してしまう。これでは王妃達の思うつぼだ。


「お願いです、やめてください。私は父のそばを離れるわけにはいかないのです」


 高延は動きを止めた。


「私が離れれば、暁津島は一部の臣下達にいいようにされてしまう」


「王妃の一族ですね?」


 暁津島の内情に詳しい高延が怖くなる。ただここは濁しても仕方ない。


「そうです。暁津島の内情をそんなに知っているのなら、私の立場がわかるはずです。どうか私を父のもとに帰してください」


 つかの間、高延は思案しているようで、常磐はかすかな希望にすがった。どうか高延が思い直してくれるように。


「父君の力になりたいというあなたの気持ちは、よくわかりますよ」


 高延が表情をやわらげた。


「なら」


「だからこそ、あなたは私の手をとるべきです」


 静かな絶望が襲ってきた。


 高延とは目指す場所が同じはずなのに、選ぶ道が違いすぎる。そして高延には常磐の意を汲む気はない。


「いやです」


 こみ上げてくる恐怖に声が震えてしまう。


 高延を押しのけようと手に力を入れた。でも常磐の力ではびくともしない。力を込めた分だけ高延の手にも力がこもる。


 それから高延は容赦なく常磐を押さえつけ、背けた顔を無理やり振り向かせると唇を奪う。拒もうとしても、口づけは執拗に繰り返され、かたく閉じられた唇もこじ開けられる。


 強引に押し入ってくる舌に、常磐は頭が追いつかない。冷静にものを考えることができない。


「諦めてください」


 口づけの合間に高延が囁く。


「この城に取り残された時、こうなるかもしれないと、少しは思ったのでしょう。覚悟を決めて受け入れたほうが楽ですよ」


 そうかもしれない。


 最初から高延の結婚相手には咲耶ではなく常磐が選ばれていたのだと思えば、この成り行きはなにもおかしくない。


 でも、と思う。


 高延を受け入れてしまえば、父王を支えようと頑張っていたことがすべて水泡に帰す。それに和平のためといっても、こんな一方的な扱いで、果たして対等な和平が結べるだろうか?


 だけど常磐にはなすすべがない。


 自分の無力さに涙がにじんできた。視界が歪んで、これ以上弱さを晒したくないのに、止めようと思うほど涙は溢れてくる。


 高延が困ったように眉を寄せた。


「泣かないで。あなたを苦しめたいわけじゃない。ほんの少しでいいから、私を信じてみてください」


 こんな状況でなにを信じろと言うのだろう。常磐は高延を見つめ返した。


「あなたと私は同じ価値観を持っている。この婚姻は両国のためになります」


 そうだとしてもこの役割は常磐の望むものではない。


 でも、どんなにあがいても高延は自分の思いどおりにするのだろう。


 もう高延を拒み続けるのが苦しかった。今夜ここにいるはずだった咲耶はいない。常磐の役割は決められてしまった。


 それなら高延が言うとおり、諦めたほうが楽だった。望まない役割でも振られてしまったからには受け入れざるを得ない。


 常磐は抵抗をやめた。


 高延も常磐の体から力が抜けていくのを感じとったようだ。抑えつけてくる手がゆるむ。


「あなたをけして粗略にはしない。私を信じて」


 高延の手が頬を包み、耳元で囁いてくる。その声には誠実さがあった。


 実際、抵抗をやめた常磐に、高延はやさしかった。


 丁寧に口づけをして、少しずつ触れてくる。


 遠回しに触れてくる手には思いやりがあったし、乱暴な仕草はなにもなかった。常磐の様子を確認しながら、ゆっくりと浸食してくる。


 高延の熱が常磐を浸してきて、いつの間にか馴染んでいく。


 常磐は高延の作り出す甘い空気に逆らえず、のみ込まれそうだ。


 だけど。


 信じない。嘘ばっかり。


 常磐の言葉など意に介さず、無理やり手折ろうとしてくる男の一体なにを信じろというのだろうか。


 高延を受け入れるのは信じたからじゃない。今夜、この瞬間、高延に抵抗するだけの力がないからだ。


 大嫌い。


 こんな男は大嫌いだ。


 体は許しても心を許したわけじゃない。高延を夫として認めたりしない。



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