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絶望遊戯8章





 そこで、また、問題が出てきたことに僕は気が付いた。

さて、そもそも、楓はどうしてあんなんだったんだ?

僕は救われたかもしれないけど、楓はどうなんだ?

「あたしは―――あたしはね、貴理。なんだか、どうしようもなく、さみしかったよ」

 ふと、楓が口を開いた。

「だから、今、貴理と抱き合っていて、すごく、うれしいよ」

「僕も、うれしいよ」

 ひどく、おちついた気持ち。

楓の頭を抱きかかえて、ゆっくりと髪をかく。

楓も、僕の髪を、ゆったりとかきみだしはじめた。

「あたし、あなたに会えて、本当に幸運でした」

「僕も―――すごく、運がいいと、思う」

 さらに、ぎゅっと。

僕は、救いの無い日常を破壊するために。

楓は、救いの無い孤独を破壊するために。

これで、少しは、マシになったんじゃないか。

たとえ、救いなど無いのだとしても、かりそめかもしれないが、作り出せたのじゃないか?

それとも、これが本物の、救いなのかもしれない。

僕には、よくわからないけれど。

でも、今このとき、僕はとても満ち足りている。

「ねぇ、貴理。さみしくてさみしくて、どうしようもないときってない?あたしはあるよ。

貴理と別れてから、だんだんだんだんその気持ちが強くなって、貴理にまた会えてからも、その気持ちは強まるばっかりで。

ただ、貴理とずっと一緒にいたいなあ、って、思った。えへへ。恋かもね。

あたしたちが、結局のところ、与えられた条件の中で自分の望むことしかできないのだとしても―――それでも、貴理。

ありがとう。貴理が、あたしの、救世主だよ。

世の中、甘く無くったって、それでも、貴理が救世主だよ」

 最高だ。

たとえ、これが劣化する思い出だって、かまわない。

僕らはきっと今、地に足が着いたまますごく高い場所にいるに違いない。

ああ、いっそこのまま二人だけでどこかにいってしまいたいくらいだ。

「あたし……あたし、駄目だと思ってた。駄目なんだって……」

 彼女の声が聞こえる。

「みんなちゃんとしてるのにさ、みんなちゃんとできるのにさ、私だけめちゃくちゃで、もう駄目だ、って思ってた」

 彼女の声が響く。

「あぁっ……もう、駄目だよ……って思ったとき、貴方が来てくれた」

 ちょっと間をおいて、

「だからありがとう」

「………どういたしまして」

「全然駄目なんかじゃなかったよ。貴理は、私に元気をくれるね」

「それは―――それは、こちらも、同じことだよ」

 そう、こちらも同じこと。

「退屈で、日常に引き伸ばされるみたいで、気が狂いそうだったとき、楓がいたから、大丈夫だった」

 抱いていた体を離して、

「だから、ありがとう」

「どういたしまして」

「なんていうのか、その―――」

 別に、恋愛喜劇は嫌いじゃないんだ。

唐突かもしれないけど、いつも思っていることだし、口に出すのも悪くないだろう。

「大好き」

 ほら、笑顔になれそうじゃない?

「あたしも、大好き」

 ぼくらは、二人とも、笑顔になった。

だから、これはなかなかに、幸せなお話。




「どうやら―――人生っていう、絶望遊戯は、真剣にやらないと面白くないらしいぜ」

 品森くんの家で、品森誠一が呟いた。

僕こと相川貴理は、ぼんやりとそれを聞いていた。

「実は俺は魔術師みたいなものになりたいんだ」

 水を飲んだ。

ああ、ここの水はおいしい。

「人の心を動かすのには『呪文』が必要なんだ。冗談でなくね。

『呪文』を『キーワード』とおきかえてくれてもかまわない。

ただ、『ワード(単語)』でなく『センテンス(文)』であることもあるし、それより多いこともあるからね。

その点では『スペル(呪文)』が一番ぴったりくるかな。意味もぴったりだし」

 ………詩人だねえ。

「………詩人だねえ」

「魔術師と言ってくれ」

「諸行無常だねえ」

「まったくだ」

 しばらくの沈黙。

「何になりたいかはわかったけど、何がしたいのさ」

「そう、それが問題だ。いったい俺は何がしたいんだろう。

あえて言うなら、世界を救いたい。ただ、どうすればいいのかわからない」

「僕も似たようなものだよ。結論が出ない」

 だから、ひどく絶望的だった。

まったく、本当に人生は絶望的だ。

救いが無い。救いようが無い。そういう気がする。

気のせいであることを祈る。

「未来は暗いね」

 僕は呟いた。

 年を取ってから、楓を見たら、僕は今みたいにかわいいと思うのだろうか。

それとも、もはやそんなことはないのか。そもそも、年を取ってからも楓と一緒にいるという保証なんて、どこにもないんだけど。

そう、見通しのない、暗い未来。

「暗いから、見えないのか。見えないから、暗いのか。………それが問題だ」

「シェイクスピアかよ」

 品森くんのつっこみ。

「素敵なつっこみありがとう」

「元ネタは、『生きるべきか死ぬべきか。それが問題だ』か。死ぬべきだな」

「生きるべきだろ」

 僕らは、にやりと笑った。

「生きるべきでもあり、」

 相川貴理が先陣を切る。

「死ぬべきでもある」

 後を追うのは品森誠一。

『それが問題だ』

 同時に言った。

そうだ。それが問題だ。




 祈ることしかできなくて。運にまかせることしかできなくて。でも、でもだね。僕はそれでも―――

「それでも、何だって言うんだ」

 え?と楓がこっちを向いた。

「うむ、人生の問題を解いていたんだよ」

 それはあながち間違いでなく、むしろ正しい解答。

「はぁ………貴理、難しいことしているね」

「ある意味、図形の証明より難しいよ」

 そうだ、人生には問題が山積みだ。

ただ、それを問題と捉えるか、なんでもない普通のことだと捉えるか、それは人によりけりだ。

何を問題と捉えるかは人それぞれだ。そして僕の場合、世界には問題が山積みだ。

 まったく気が滅入る話だ。

だけれど、問題と捉えないよりかは、僕の気分はまだマシだ。

そもそも僕は、問題と捉えないなんてことはできないんだから、あえてしようとすると負担がかかるのだ。

いや、でも…………。本当に捉えないことはできないであろうか?

「楓、お好み焼きには山芋を入れるとおいしくなるって知ってたか?」

「え?そうなの?知らない」

 楓といると幸せになれる。

今日は、楓と一緒にいたかった。

今日は、楓と離れたくなかった。

いつまでこんな幸せが続くのか、わからないけれど。

楓といると、今は、幸せになれる。

きっと、未来では、幸せになれない。楓といても、幸せになれないときがきっと来る。

だから、僕は、気が滅入る。

でも、今はそんなことどうでもよくなるくらい楽しい。

そして、そんな未来が来るのだとしても、僕にはどうしようもない。

だから、そんなことで気を滅入らすよりも、今を楽しんだほうがはるかに得だ。

 だから、そんなことは問題でない。僕はこういうことを問題と捉えない。

さっきまでの問題が、今はすでに問題でない。未来にまた問題となるかもしれない。

いや、きっとなるだろう。参ってしまうな。

 永久不変の絶対法則など、言葉であらわされる以上、言葉でどうにでもなるだろう。

『終わりはもう終われない』当然だ。終わりという言葉の持つ意味がそうなのだから。

『終わりは終わり続ける』当然だ。終わりという言葉の持つ意味がそうなのだから。

『終わりは始まり』当然だ。終わりという言葉の持つ意味がそうなのだから。

 やれやれ。これでちっとも矛盾していないというのだから、言葉というのは実に混沌としている。

そのわりに言葉というのはしっかりと秩序を持っている。全く以って参ってしまうな。

 とりあえず、退屈という問題は片付いたのだ。

絶望遊戯は続いてゆくが、それはまあ、別の話。

 さいころを振って、進む、進む。

運はどこまで行ってもついてまわる。

努力して対策を講じて、さてそれでもどうだろう?

だからどうでもいいようで、全くどうでもよくないようで。

とてもとてもよくわからない遊戯。

盤を彩るは絶望。さいころは参加者の意思を無視して振られることもある。

勝手に駒は進んで、たまに手元にさいころが転がってくる。

いきなり駒が盤から消えたり、幸運や不運が突然振ってきたり。

マスの文字は読めず、結果のみ降り注ぐ。

対策はあるときは有効で、またあるときは無効。

駒ごときに遊戯は破壊できず、ただ自分があがるときを待つだけ。

あがりにはたどり着くことはおそらく無く、それでも自分はどこかであがる。

自分があがったあともこの絶望遊戯は続いてゆく。

希望はあるのか。さて、どうだろう。

救いはあるのか。さて、どうだろう。

そもそも僕らは何がしたいのか。

ここにはいたくないというのに、どこにいきたいかわからない。

不愉快だね。よくないよ。

だからどうにかしなくては。

そう、これこそが問題だ。




 楓の手を握って、彼女の部屋で、二人きり。

右手で彼女の左手を握って、ちょっと後ろによりかかって、床に座り込んでいる。

何度か僕は彼女の体に触れたから、以前ほど強い欲望を彼女の体には感じないけど、それでもまだ少し、魅力的だ。

 僕は、この先、どうなっちゃうんだろうって、やっぱり少し不安だ。

保証が欲しいことには保証がなくて、保証が無くていいことには保証があったりする。

 どうやって生きていこうかって、よくわからない。

どういうときにどういう行動を取るのか、そもそも僕はこのままこんな生活を送っていていいのか。

僕は変わらなくちゃいけないんじゃないだろうか。こんな生活をしていたらばちが当たるんじゃないか。

なにか僕はしなくちゃいけないんじゃないだろうか。もしくは何かしたいことがあるんじゃないだろうか。

 このまま、大丈夫だろうか?

僕は、幸せに生きていけるだろうか。僕ごときじゃどうにもならないことが起こって、とんでもないことになるときがくるんじゃないだろうか。

そうならないように祈っているけど、祈りに何ができるっていうんだ。

落ちていくグラスに祈りを捧げたところでグラスは落ちて粉々に砕ける。

だから、本気でグラスを落としたくないと思うなら、手を伸ばしてグラスをつかまなきゃいけない。

でも、それって、もしかしたらすごく難しいんじゃないだろうか。

 しかし―――。

僕は楽しい世界が好きだから。

みんな笑って、幸せになればいい。

楓を見る。こんな幸せ、失いたくは無い。

ゼロよりかは、ちょっとでも動いたほうがいい。できることは、あるはず。

 楓の手から温かみが伝わってくる。まだ、生きてる。

さらに抱きしめる。彼女の香りも伝わってきた。

絶望的で、八方塞かもしれないが、それでもゼロは駄目だ。

なんとかしなきゃ。きっと、まだ方法はある。

ここが絶望遊戯だとしても、いけるさ、勝つのは僕らだ。

最後に笑ってみせる。




 了


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