絶望遊戯7章
僕の世界は閉じていた。
小学校の四年生くらいだろうか、本格的に夏の悪夢が回りだしたのは。
夏休み。
孤独で、寂しくて、何にも満足できない、そんな期間だった。
それよりもちょっと前くらいの夏休みは、そうでは無かったと思うのに。
その、閉じた世界を開いてくれた、鍵みたいな女の子がいた。
彼女は、確かに、世界の鍵だった。しかし、開けたはずの世界は、さらに外側から閉じ始めた。
もはや、彼女という鍵は使えないのかもしれない。それとも、彼女は最初から僕の世界を開ける鍵などではなく、僕という僕の世界を開ける鍵を起動させるための鍵だったのかもしれない。
とにかく、彼女はやってくれた。助けて欲しかった僕を思いっきり救ってくれた。
終わっていく僕の世界と、駄目になっていく僕を、まるで空を飛べるかのように救ってくれた。
それは今から見れば、奇跡みたいなものだ。そう、最初に彼女が言ったように、彼女自身は魔法使いに見える。
こともなげに空を飛ぶかのような、そういう人種に思える。
ただ、それは過去の彼女だ。
過去の彼女は魔術師みたいだったが、今の彼女は、下手したら僕よりも救われない。
僕は、今また、再び、二年前の夏のように、終わりかけている。今にも落ちそうだ。
ただ、その落下には、連れがいて、例の彼女も一緒に落ちているみたいだ。
だけれど、僕は、彼女には落ちて欲しくなかった。いや、生きているってことはきっと落ちているってことだけど、それでも、僕の通っている道で落ちなくてもいいだろう。
もう、飽きちゃった。
世界は、こんなにも味気ないから。
つまりは、退屈だってことだろう。
僕が欲しいのは飽きじゃない。開きだ。
そう簡単に飽きがきてたまるか。
ひとりで退屈だったから、二年前の夏に僕は外に出て、そこで楓とあって、世界をしばらくの間、開けていた。
だけれど、今は外に出ているのだというのに、世界は閉じかかっている。
これは初の症例だった。まったく、なんてたちの悪い病気なんだろう。
参ってしまうな。
飽きて、厭きて、それなのに開かないなんて。
このまま続けていくと、じきに全てのものに飽きがきてしまうの?
それはきっと、悲劇的な未来予想図。
そう、例えば、僕は化粧をする女の子があまり好きじゃない。
でも、そうじゃない子も、つきあっているうちに飽きてきちゃうのかな?
着飾ったところでそれは長くは持たない魅力。
だけれど、笑顔とかそういうのだって、つまり着飾らない魅力だって長くは持たないんじゃない?
年をとっても持続する魅力ってあるのかな?
それが欲しいんだ。長く持つものが。死ぬまで努力次第でなんとかなる魅力が。
だけれど、それは見つからない。永続的な魅力が、見つからない。
それとも、こんな諸行無常な世の中では、そんなものは存在しないのかな?
あらゆる新鮮さが欠けていって、飽きてきてしまう。あらゆることに面白みが欠けていってしまう。
ただ、夢の中だけ、それだけが面白くて。嘘じゃないホントの感情が胸にわきあがってくるから。
まじりっけなしの純粋な真だけでなりたっている嘘の世界、それが夢。
だけれど、やっぱり、未来をえがくたびに、絶望的な気持ちになる。どうなってしまうんだろうという不安がある。
このまま飽きてしまうんじゃないだろうか?楓は魅力を失ってしまうんじゃないだろうか?いずれこの感情にも終わりがきて、いずれ記憶さえもあいまいに、さよなら?
そんなのいやだ。だけど、受け入れるしかないのか?
どこまで行っても出られない、この閉じられた世界。
どこに行っても僕の心はそれにいずれは飽きるんじゃないんだろうか?
もう、この世界に飽きちゃって。
こんなときには戦争でも起こってくれればいいと思う。
でも、僕はわかってる。
もしそれが実現したら、僕は今すぐにでもこの悪夢がおわってくれと願うであろう事は。
だってきっと戦争なんて面白くない。退屈の反対は危険ではない。
それにしても――――。
いつまで僕はこんな退屈な、人生っていう遊戯で遊んでいるのか。
気が滅入った。
俺は、先生に、自分が塾をやめたい、と言った。
そしたら、そうか、と先生は言った。
それから、わかった、と言った。
俺は、自分がやめたいと思っている理由を言った。
「先生のところは、練習するにはいいと思うんですけど、ぼくはもっと理由をわかっていたいんですよ。
練習をたくさんこなす前に、基本的なところを知っておきたい。
たとえば、この問題でこの式を使うのはなんでかな、っていうような」
すると、うんうん、とうなずいてくれた。
そのあと、アドヴァイスをいくつかくれた。
「君は、頭は悪くないんだから、わからないと思わずに、わかると思えば解けるよ」
「わからない方法でいくらやっても駄目なんだね。わかる方法でやらなくちゃ」
「イメージを持つことだね。図を書いたりしてさ」
それから、自分の非をあやまることを言ったのだ。
「これはぼくのミスだったね。まわりにたくさん頭のいい人がいるから、高度なのをやらないといけない、って焦ってしまったんだね」
「――――――――――――――――――――――――」
すっげえ後味が悪かった。
別に先生は悪くなかった。あの人はあの人の信念を貫いて、それが俺と合わなかっただけの話だ。
それで俺はすっごくストレスがたまったけれど、あの人は別に悪い人じゃないのだ。
だからあんなに悲しい顔をする必要はなかったのに。
俺がやめるのが、悲しかったのか?
家に帰って、つきあっている彼女を振ったみたいだ、というと、父は笑った。
笑わないで欲しかった。笑い事じゃなかった。
そうして大人になっていくんだね、みたいなことを言った。
自分にとって絶対に正しいということをして、それを貫いた結果おこってくる苦しみや哀しみはひきうけないといけないんだね、みたいなことを言った。
あんたのせいだろう、と少し思った。
あなたがもともといやがる俺を、塾にいかせることさえなければこんなことにはならなかったのに!
と言いたくなった。
やつあたりかもしれない。でも、正当な非難であるような気もする。
それと、全部わかってるんだ、という風にしてしゃべってほしくなかったということだ。気が滅入る。
そう、だから、もう、本当に、気が滅入った。
そして、きっとしばらくしたら、なんとも感じなくなっているのだろうということも、俺はわかっていた。
時間だった。
だから、僕は行くことにする。
あるいは、限界だった。
だから、僕は動くことにする。
まあ、どっちにしろ、二年前と同じように、僕と言う世界は動き出す。
だって、そうでもしないと、僕と言う世界が閉じてしまうから。
閉じてしまったら、どうなるのかわからない。
だって、僕はきっと、閉じることなんてない。
閉じる前に、僕は衝動に突き動かされて、動くだろうから。
切羽詰ったら、僕はきっと衝動的になって、どうにかなるんだろう。
たぶん、僕のどこかは、たとえ理性や意識を駆逐してでも、僕が閉じるのを許すまい。
理性や意識が駆逐された状態を、人は「トんでいる」、というのかもしれない。
まあ、わかるとは思うが、僕がしたいのは「飛ぶ」であって、「トぶ」ではない。
いや、もしかしたら、「トぶ」でなく、僕は「狂う」になるのかもしれない。
理性と意識を保ったまま、閉じないために、違うようになる。きっと、それが狂う。
そう、精神が変革されて、まるで壊れているみたいになる。まるで変身するみたい。
はたからみれば、変な人かもしれないが、それはただ切羽詰っているだけだ。
どういう風にも行けなくなって、にっちもさっちも行けなくなって、普通の精神状態じゃどうにもならなくて、きっと僕はどうにかなるんだろう。
人は現在の状況に精神を適応させるという能力がある、と誰かは言った。
きっと、そういうことなのだろう。だけれどそれは、自分の精神は状況次第で変わるということ。
それは、ちょっとだけ、怖い。
まあ、今の話は、ほとんど関係の無い話か。
とにかく。
精神的にも肉体的にもできることをしよう。
しかし、思えば、精神的にも肉体的にもできること、と言うのは、結局のところ、できること、なんだろう。
じゃあ、改めて。
できることを、しよう。
それによって、どうなるのかは、よくわからないけれど。
「ん?ああ、貴理くんか」
ドアから顔を出して、品森くんは言った。
「どうしたの」
「ああ、ちょっと暇だからね。動くことにした」
「あはは。暇つぶしか」
「まあ、そうだね」
ただ、僕は暇になると死にたくなるから、暇つぶし兼生命維持活動だけどね。
口には出さず、そう心でつぶやいて、
「それにしても、どうしたの、品森くん。顔色が悪いみたいだけど」
「ん?ああ、ちょっと気分が悪くてね」
ぼくは、何で気分が悪いのか、と聞くのは、彼の悪い記憶を思い出させてしまって、よくないのではないか、と思ってだまっていた。
「あー、実はね。俺、塾をやめたんだよ」
俺…?いつもは、私、だったのに。
「私、じゃなくて、俺、なんだね」
「え?ああ、そうだね。ちょっと、今は、俺の気分だから」
口調もちょっと変わっているみたいだ。
彼はいつも、気分によって、一人称や口調を変えているんだろうか。
「でもさぁ……やめたかったのに、なんだか嫌な感情が残るんだよなあ。こんなはずじゃ、なかったのに。
きっと、相手の先生が、やさしい人だったからだろうね……こんなことになったのは。
どっちも悪くないんだよ。ただ、だからこそだろう、今回の出来事は悲しい話になっちゃった」
それは抽象的で、相手に伝える気が全く無いような話し方だったけれど、それでもなんとなく、その言葉の意味は理解できた。
「それは―――なんていえばいいのかな。なんてもいえないか」
僕はとりあえず、言葉をつむぎだしてみたけれど、出てきた言葉は、どこに行けばいいのかわからず、迷子になってしまった。
僕の言いたいことの方向性が全く定まっていなかったから、悲しいくらいに、僕の台詞は遭難した。
「なんてもいえない―――ね。そうかもしれない。まあ、きっと、しばらくすれば元の気分に戻るさ。悲しいことかもしれないけど」
品森くんは、へへっ、と自嘲気味に笑った。
「あ―――じゃあ、お大事に」
「ああ」
結局僕は何一つ冴えた言葉を出せないままに彼の家を出た。
そもそも、玄関にだって入っちゃいなかった。
今の彼を明るくさせるような呪文は、世界中探したってないのかもしれない。
どんな魔法使いだって、そんな呪文は唱えられないのかもしれない。
もし、そんな冴えた言葉を言えるやつがいたら、きっとそういう人間は、魔法使いや魔術師の部類に入るんだろう。
別に言葉じゃなくてもいい、そんな冴えたことができて、彼の気分を晴れやかに―――あるいは、彼の望むほうへ動かせるものがいたら、それはやっぱり魔法使いや魔術師だ。
常人にはできない、奇跡みたいなことを行うんだから。
―――――そういえば、二年前の楓は、僕にとって、まさしくそういう部類の人間だったな。、
だから、もう一度、彼女はやってくれるのではないかと思ったのだろう。僕は、彼女の家へと足を向けた。
今の彼女は、僕と同じくらいに、ふらふらだろうっていうのに。
いや、あるいは。
ただ僕は、彼女に会いたかっただけなのかもしれなかった。
ああ、それにしても、ところで、品森くんは、今、別に明るくなりたいとは思っていないかもしれない。
そんなことを、ちらりと頭のすみで思った。
やっぱり、夏の世界は死んでいる。
いや、いや。そもそも、この世界は、死んでいる。
だって、ほら。歩いたって、生きている感じのする人間は、あまり、いないじゃないか。
人自体も少ないし、あまりにも光っている人間なんて、皆無だろう。
会う人会う人みんな普通。
今言った普通というのはつまり、どこかよそよそしくて、儚げで、無関係で、遠いってこと。
きっと誰も声をかけないし、かける言葉なんて無い。
あんな普通の人間にかける冴えた言葉があるとすれば、それは魔法の呪文みたいなものだろう。
それに、人はみんな違うのだから、それぞれに対応する呪文だって、違うに決まってる。
ほら、だから。
そこを日傘を差して歩いてくる、おばあちゃんにかける呪文を僕は知らない。かける言葉を僕は知らない。
目の前から二人で道を歩いてくる、女の子たちにかける呪文を僕は知らない。かける言葉を僕は知らない。
今、自転車で僕を追い抜いていった、お兄さんにかける呪文を僕は知らない。かける言葉を僕は知らない。
近くの交差点で信号待ちをしている、お姉さんにかける呪文を僕は知らない。かける言葉を僕は知らない。
自転車をこいで、スーパーから出てきた、主婦にかける呪文を僕は知らない。かける言葉を僕は知らない。
車に乗って、前の信号だけを見つめる、会社員にかける呪文を僕は知らない。かける言葉を僕は知らない。
そして、僕は角を曲がって、一人になった。
彼女にかける呪文は知らないけれど、彼女にかける言葉を僕は知らないけれど、
僕自身にかける呪文を知らないけれど、僕自身にかける言葉を僕は知らないけれど、
それがどうした、些細なことだ。
僕は彼女の家について階段をあがっていく。エレベーターは使わない。
彼女は、きっと今は、魔法使いじゃないけれど、
僕は、きっと今は、魔法使いじゃないけれど、
それがどうした、些細なことだ。
僕は彼女の家の前に立ち、インターホンを押して、待っている。
彼女は、栗原楓だし、
僕は、相川貴理だから、
それが大切、大事なことだ。
彼女の家の扉は開いて、彼女がそこより、現れた。
「はろー」
「Hello」
まるっきり冴えてない僕の挨拶に、彼女はなんだかそれっぽい発音で答えた。
「うまいね、発音」
「英会話教室に行っていたから」
なるほど、どうりで、そういうわけだ。
「貴理は、ご飯食べたの?」
「うん。楓は?」
「まだ、途中」
ごめんね、とあやまった。食事の中断はよくない。
「何か、用?」
「退屈を解決しに」
「なあに、暇つぶし?」
「命がけのね」
だってほら、僕にとって、退屈なのは、致命的だから。
「まあ、あがってよ」
「ありがとう。洗い物、手伝うよ」
「ありがと」
彼女は髪を切っていた。
長かった髪が短くなって、首筋が見えた。
あはは。噛み付きたくなってくる。
あんまりもきれいだから、ぽっきりとへし折りたくなってくる。
だけど、僕は知っている。それが想像だからこそ楽しいんだってことくらい。
本当にやったら大惨事だってことぐらい、しっかりはっきり、わかってる。
頭の中だけだからこそ、興奮できることだった。
「楓、髪切ったんだね」
かみきったんだね。髪切ったんだね。噛み切ったんだね。
ちょっと洒落た脳内変換。噛み切る?何をだろうね。僕の首かな?
それは、やっぱり頭の中だけでしか楽しめない話だった。
「え?うん」
くるっ、とふりむく。
なんだか、いい感じだ。
「似合うよ」
「あ、うん。ありがとう」
うん、それは確かに良く似合っていた。
そして、ひとつの発見をした。
「え?」
ちゅっ、とほっぺたに唇をあてたら、楓は驚いたみたいだった。
当然か。いきなりだったし。
「ごはんつぶ、ついてたよ」
にやっ、と笑って、舌を出す。白いご飯粒が彼女の目には映っていることだろう。
ほんのりと、彼女は顔を赤らめた。それはなかなかにかわいらしい仕草で、僕の体はよろこんだ。
「ねぇ、水を飲んでもいいかな?」
「どうぞ」
グラスを出して、水道から水を出し、飲む。
都会じゃないから、水は飲める。
そして、それはなかなかに素敵なことだと思った。
いつもは飲まないその味が、ちょっと気に入った。
そういえば、二年前にも、睦月さんの店に入ったとき、水を飲んだ。
あれは、すごくおいしかった。今までで一番、おいしい水だった。
そして僕は、あのとき飲んだ、あの水よりもおいしい水を飲んだことはない。
もしかしたら、思い出が美化されて、あのときの水は理想化されてしまったのかもしれない。
だから、どんな水を飲んでも、あのときの水よりもおいしく感じられないのかもしれない。
そういえば、最近、凍れる大気に行ってないな。
今度、行ってみようかな。
ソファに座って、ぼんやりと楓を見る。
白シャツに、ジーパンに、はだし。
ああ、なぜだろう、色っぽい。
そんな服装をしていると、僕はどうしようもなく、駄目になってしまう。
なぜだか、その服装は、僕をハイにさせた。爽やかに興奮させる。
楽しくて、楽しくて、仕方が無いような心持ち。
踊りだしたくなるような快感。
まるで空を飛ぶような。
でも、実際のところ、空を飛ぶっていうのは、怖い。
地面から離れる、というのは、きっと怖い。
まあ、とにかく、今日の楓の服装は素敵だった。
どきどきして、楽しくさせる。
だけど、ほら、いまにも失いそうな、そんな楽しさ。
まるで細い棒の上を歩いているみたいな。
僕の頭はどこか、興奮していて、求めている。
今のままじゃあ、駄目なんだ。
僕には。
そう、僕には必要なんだ。
わかっている。
欲しいものがある。
僕には欲しいものなんて無い。もう、欲しいものなんて無く、全て揃っているから。
家もあるし、友達もいるし、恋人だっているし、命の危険も無く、安全だ。
食べ物にも不自由しないし、病気になったら医者がいるし、勉強だってできる。
それでも、なぜだか、退屈だ。そして、それは、致命的。
欲しいものなんて無い。ただ、退屈なのは、嫌だった。
今まで、そう、思っていた。
僕は、何も欲しくなく、何も要らない、と。
いや、いや。違った。
欲しいものは、あった。
望むものは、あった。
したいことは、あった。
はっきりいって、
自分の世界を閉じることなど、
自己完結することなど、
ひとりでまわるなど、
無理な相談だった。
不可能なのだ。
不可能。
いや、不可能というよりは、したくない。
ほら、見ろ。
開いたじゃないか―――!、
「楓」
だから、呪文を唱えよう。
「ん?どうしたの、貴理?」
彼女の言葉に冴えた台詞をかえそうじゃないか。
「抱いていいかな?」
ほら、これが今の僕に出来る精一杯の魔法だ。
でも、僕だって、自分を救うことぐらい、できるさ。
きっと、それは、本気になれば、誰だって、できること。
ほら、だから、僕は、この台詞で、僕を、救ってみせる。
「え?」
ほら、きょとんとした楓は本当に最高だね。
すばらしくかわいい。きっと世界一だ。
そういうことにしておこう。
「うん、どうしても、駄目なんだ。人生に、救いが無い気がするんだ。
退屈―――って言葉であらわしていたけど、うん、そういうと語弊があるかもしれないな。
救いが無い。日常に、引き伸ばされて、死にそうな気がするんだ。
なんだか、どこまでいっても、満足できない。満ち足りない。そんな、感じがする。
それで、どうしようもなく、気が狂いそうになるんだ――――――だから」
だから。
「だから、楓を、思いっきり、ぎゅっと、抱きしめたい」
沈黙。
そのあと。
僕は、すごくあたたかいものを、感じた。
だから、僕は、救われた。