絶望遊戯2章
「よーし、全員そろったな」
僕ら、情報部の人々は図書室に集まっている。
情報部の部室は図書室なのだ。
「では、さっそく定例会議をはじめよう」
会議が始まる。夏休みを目前に控えた、七月。
むわむわと湿気と熱気が空気に充満してくる。
日本の夏という感じだ。
「情報部」というのは「放送部」と「新聞部」を混ぜたようなものだと考えてくれればよろしい。
つまり、カメラを回したり、記事を書いて発行したり、日々の放送を運営したり、みたいなことをするわけだ。
定例会議とか、かっこいいこと言っちゃってるが、ようは月の予定を確認するだけのものだ。
「まー、とりあえず七月には取り立てて動くこともないな」
部長が言う。
「新聞記事もあらかた終わったから、まあ、平和な日常が戻るだろう。やれやれだぜ」
ふっ、と息をはきだして、窓の外を見る。
「じゃ、各自勝手に活動開始」
そういって彼はリュックからいそいそとミステリーを取り出して読み始めた。
彼はミステリーとSFをこよなく愛しているのだ。
「なー、あいかわー。面白いことあるー?」
高橋が声をかけてきた。
彼は高橋信也。僕と同じく情報部に所属する友人だ。
「ない」
「うわ、そっけなーいーなー」
悲しそうにぷいっ、と横を向く。
「あーあ。こんなときはミトコンドリアが食べたいぜ」
「え?何それ」
わりこんできたのは北見さんだ。
北見 千紘。
僕と同じ小学校で三年生から六年生まで同じクラス。
中学になってからは違うクラスだけど、部活が一緒なのだ。
「え?知らないのかい、北見さん」
にっこりとほほえんで高橋が言う。
「うん、知らない。食べ物……だよね」
「もちろんだよ。スイスのミトコンって人が作ったドリアでね。だからミトコンドリア。ダイエットのために開発されたヘルシーかつおいしい食べ物なんだ。全体的に緑色をしているのが特徴かな」
「へぇ~、でもなんで緑色なの?」
「そりゃあ野菜が豊富に入っているからね。それに青唐辛子が入っているから。おいしいよ」
会話が一段落したのですかさず口をはさむ。
「高橋、冗談はそれくらいにしておけよ」
「うん、じゃあそうする」
「え!じゃあ、今の嘘!?」
「うん、嘘」
はっはっは、と笑って高橋は告白した。
こいつは嘘をつく……というか、冗談を言うのが趣味なところがある。
たまに、冗談なのか嘘なのかわからないことを言う事もあるのだが。
「えー、高橋くんひどいよー」
「ごめんね。でも、悪気のない嘘をついてみたくなるときが、たまにあるんだ」
「うぅ……その気持ちはわからないでもないけど……」
でも、やっぱりひどいよー、と言って、北見さんは高橋につっかかっていった。
あはは、と笑って、楽しそうにまた言葉をつむぎだす高橋。
やれやれ。
まったくもって平和な日常である。
少々退屈な気もするが、これでいいのだ、おそらくは。
それに、未来は明るい。ものすごく明るい。
そのはずだ。
なぜか?
楓が帰ってくる。そのためだ。
だから、僕は今とても気分がいいのだ。
夏休み前には帰ってくるといっていた。
今年の夏休みは、とてもとても楽しくなりそうだ。
ただ、一つだけ気がかりなことがある。
今年彼女は受験生だ。
中学三年生といったら現代日本では受験生を意味する言葉である。
うーむ。
二年前のようにはいかないか。
そう思いながらも、基本的には喜ばしい気持ちで、僕は夏休み前の日々を過ごしていた。
勉強、か。
くそったれが。
そう思いつつも、俺の手はしっかりとプリントの上をすべって解答を書き込んでいく。
数学の授業だ。今日はプリントをひたすらにこなすだけの、ひたすらに退屈な授業だ。
今日は塾だ。
それを思っただけで、俺の心は、軽い絶望感にひたった。
別に現段階の授業内容は、俺に塾へ行かせるほどの難易度ではない。
それなのに、俺は塾へ行かなくてはならない。
これが絶望感にひたらないでいられようか?
全ては、親である。
我らが宿主にして、絶対の君主であり、多少の発言の自由を許される存在。
彼らの命令は基本的には絶対。
多少の命令なら、反発をすれば大丈夫だが、彼らが本気で執行する命令に俺たちはなんら抵抗する術をもたない。
家出とか、自殺とか、ひたすらに後ろ向きな逃避行動的反発なら起こせるが、せいぜいその程度だ。
だが、それ以外にどのような生活が考えられるというのか。
親が強いか、子供が強いか、の二つに一つだろう。
ああ、祖父祖母がいる場合はそこらへんも勘定に入れるか。
まあ、ともかく俺は親の命令で塾に行っているわけで、それはなかなかに強固な意志らしく、現段階では変革の余地は無い。
残念ながら我らが親は教育熱心なのだ。教育熱心でないならば、俺ものびのびと勉強ができるものを。
だが、一方ではしかたがないかな、とも思うのだ。
いちおう宿主だから。俺たちが安泰な生活を送れるのも全ては彼らのお陰である。
俺はまわりの『貴族たち』を見た。
そう、彼らは『貴族』だ。それ以外の何者でもない。
彼らは命の危険はあまり無く、それなりのストレスの中で裕福かつ安泰で、怠惰な暮らしを満喫している。
貧しいものたちがいくら死のうがほとんど関心はなく、ただうすらぼんやりと周りに浮遊する日常をこなす。
そういうものを俺は『貴族』と形容する。
昔いた貴族と呼ばれるものとは違うのかもしれないが、俺がもっている貴族のイメージと、俺の周りにいる人々はそっくりだったから。
まあ、かくいう俺もその一人だ。
いや―――もしくは、だった、か?
よくはわからないが、俺はこのまま安穏とした『貴族』でいる気はない。
それなりにこの腐った貴族世界から抜け出したいと思っている。
ただ、やり方がわからない。
まあ、いいさ。人生はひどく遊戯に酷似した残酷な刑罰だ。
もがき苦しんで最後に死のうがどうってことない。
それも人生というものだ。
ともかく、貴族たちである。
彼らの行動は基本的には『非貴族たち』と変わらない。
まあ、人間である以上、ある程度の大きさの世界の中だけで動くのは当然だ。
ただ、貴族が貴族たるその所以は、その財力―――というよりは『力』というべきか。
とにかく貴族には力があるのだ。
それは『社会的な力』というものだと俺は思っている。
世界に影響を及ぼすうえでとても大事な力だ。
たぶんこの教室にいる人間は、アフリカかどこかの子供たちよりも断然社会的影響力は大きい。なぜならば彼らは貴族だから。
プリントが終わった。
もう、いいかげん飽きてきた。
勉強はもう飽きてきた。
それでも授業は楽しい、なぜなら人がしゃべるから。
だけれども、授業を除いては、勉強というのは比較的暇かもしれない。
いやいや。勉強なんてしょせんは暇つぶしか。
どうでもいいが、暇つぶしとひつまぶしって似ている。
まあ、ともかく―――
そう、ともかくだ―――
―――――――――――俺は、疲れた。
いや、まったくもって疲れた。
夏休み。
休息、もしくは延々と続く思慮の時間が俺の前に口をぽっかり開けて待っている。
終業式が終わって、僕は学校から出てきた。
実に夏らしい空気が僕にまとわりつく。湿気たっぷり熱気120%って具合だ。
不快―――でも、ないか。
僕は夏がきらいじゃない。
もしくは、楓に会えるということが僕の気分を明るくさせているせいかも。
楓がいなくなってから、数回だけだけれど、夢にも出てきたのだ、彼女は。
夢の中に出てきた彼女は、いつだって元気一杯で希望に満ちていて、夢から覚めると僕は、彼女がいないことにしばしの間、絶望することになるのが常だった。
まあ、そんな生活も終わりだ!
彼女がやってきて、そう、なんとこの学校に来るということで、もう、僕の未来は薔薇色に染まっているのである!
そう思いながら僕は校門を出た。
さて。これで、学校にはしばらく来る事は無い。
さらにその間中、楓といられるかと思うと、とてもとても幸せな気分だ。
世界中の不幸を敵に回しても余裕で勝てる気さえする。
てこてこ歩いていると、品森くんが見えた。
彼とは同じクラスだ。中学校の一年生のときは違うクラスで、小学校の五、六年は一緒だった。
「おーい、品森くーん」
彼はなにやら「くん付け」をしなくてはいけないようなオーラをまとっている人なのだ。
「あ?やあ、相川くん」
僕は彼の隣に寄った。
「今日で学校も終わりだね」
「そうだね。君は嬉しいかい?」
「え、僕?そりゃあ、もう」
楓が帰ってくるだけでも嬉しいのに、夏休みがあるとあっちゃあ、入り浸ってしまいそうだ。
「品森くんは?」
「わたし?そうだなあ……」
彼はまだ自分のことをわたし、と言う。
「微妙だな」
と、とても微妙な発言をした。
「そうかー、じゃあねー」
「うん、ばいばい」
僕は品森くんに手をふって、別れた。
そのあと、「凍れる大気」に行った。
そこで仕入れた情報によると、楓は明日くらいには帰ってくるけれど、いろいろと忙しいみたいだから、すぐには会えないとのことだ。
だから、僕は睦月さんにことづけをした。暇になったら、午前十時くらいに例の場所で会おう、と。
僕がこの公園で彼女を待つようになってから、三日。
もう……来てもいいんじゃないかと思うのだが………。
ちらり、と時計を見る。午前十時半。いや、まだまだねばるぞ……。
僕は毎日が休日という夏休みなのに、しっかりと朝七時くらいに起きて、ご飯を食べて勉強して、十時から散歩がてら楓を待つ。
公園まで散歩して、そこの藤棚のベンチで読書する。
確か、この公園にたどり着くまでに、最初来たときは三十分かかったけれど、今では二十分程度で来れる。
道をしっかりと把握してさっさと歩けば、だらだらとアテもなく歩いたときよりも早く着くものだ。
ちなみに、僕のかたわらには、あの紺色のリボンの麦藁帽子がおいてある。
なんか、すごく夏って感じだ。僕は幸せを感じた。
「貴理?」
来た来た来た来た来た来た来たぁぁぁぁぁ!!!
僕はすごくなつかしい、僕の世界の不幸の全てを粉砕する力を内包した、声を聞いた。
くるり、と振り向く。
そこにはなつかしい楓の姿が―――あるはず、だった。
「―――――」
その人は、楓に間違いは無かった。
声も確かに楓だった。家族以外で僕を貴理、と名前で呼ぶのは彼女しかいなかった。
しかし、姿が―――姿が、違っていた。
髪がストレートになっていた。今はやりのストレートパーマネントというやつだろう。
それに、あの黒髪は、少し茶がかかった薄い色になっていた。だけれど、たったそれだけなのだけれど、それは劇的な効果をもたらしていた。
すっごい美人に楓はなっていたのだ。
いや、もちろん彼女は美人だと思っていた。
だけれど、初対面の男の子の心をしっかりと握るような魅力は無かった。
昔の彼女は、一般人にとっては普通の顔で、僕にとっては素敵な顔だった。
けれど、今の彼女は、一般人にとってもかわいいな、と思わせるような顔だったわけだ。それは、たとえば、クラスの半数の男子を恋に落とし、クラスのほぼ全員に好印象を与える顔だった。
「楓?」
そう、僕が言うと、彼女は淡くほほえんだ。
だけれど、どこか少し疲れたような感じだった。
「ごめんね、色々忙しくて。やっと会えたね」
そう言って、すたすたと近づいてきて、彼女は僕のとなりに座った。
彼女は、例の赤いリボンの麦藁帽子をかぶっていた。
白いシャツに赤い色がよくはえる。
それから、彼女は麦藁帽子を外した。
そしておもむろに彼女は僕を抱きしめた。
「貴理―――もう、会えないかと思った。会えてホントに嬉しいよ」
耳元でそうささやかれたので、そういうことに慣れてない―――もう本当に慣れていない僕は、正直、たっぷり五秒間は思考が停止した。
思考がやっと動き出して、僕はようやく抱き返した。
「僕も、嬉しいよ」
やっと、それだけしぼりだせた。
本当は、もっともっと言いたい事があったのだけど、全然言葉にできなかった。
言葉にするやり方を知らなかった。
だから、ただ僕はぎゅっと力強く彼女を抱きしめた。
だけど―――力強く抱いているときに、僕はもう一つのことに気付いた。
なんか、すごくいい匂いがした。彼女の髪から来るみたいだ。
すごく、ドキドキした。
それからしばらく抱き合ってから、僕らはお互いの体を離した。
楓の顔は少し明るくなっているように見えた。
「楓……なんか、髪をまっすぐにしたら、変わったね」
「そう?どう見える?」
どう見える―――か。
むずかしい質問だ。
「普通の人が見たら、すごくかわいく見えるような感じになった」
「貴理は?普通の人じゃなくて」
僕は―――僕は、どうだろう?
「僕も―――僕も、かわいいと思うけど、別に僕は君の見た目が昔のままでもかまわない。昔もきれいだったし、僕にとって君のきれいさっていうのは見た目とあまり関係ないから」
そう、楓はきれいだ。かわいいじゃなくて。
今、楓の見た目はかわいい、だけど、楓という人自身は、きれいな人だと僕は思っている。心地よいきれいさだ。
「うん。楓は、きれいだと思う。楓っていう人間がね。あ、でも今の見た目もきらいじゃないよ。すごくかわいいと思う。きっとクラスでもモテモテだよ」
すると、楓はちょっとだけ目を伏せて、僕の手を握った。
「あたしは、貴理にだけ好きでいてもらえればいいよ」
そしてちらっ、と僕の方を上目遣いで見た。
正直、死んでいいと思った。
ああ、その瞬間には三トントラックにはねられたって全然痛くなかったろう。
本気でそう思うよ。
「でも、ホントにあたし、かわいくみえるかなぁ?」
と、まっすぐな髪の毛を軽くもちあげた。
「うん、見えるよ」
それは確かだ。道行く人百人に聞いたら、きっと八十から九十人がそういうだろう。
「ちょっと貴理を意識してやってみたんだけどね。気に入った?」
なんか、ぐっときた。
僕のためにしてくれたんだと思うと。
しかし、なんなんだ、今日の楓は?
いやに恋愛調じゃないか。
突然抱きつくのだって、いやに積極的だ。
「あ、ああ、かわいいと思うよ。でも、僕はそんなのわざわざしなくても、今までどおりでいいから、ね?」
すると、彼女はちょっと悲しそうな顔をした。
「うん。わかってる。わかってるんだけど、ね……」
確かに、彼女が僕のためにしてくれたのに、それを否定するみたいなことを言ったのはよくなかったか。でも、否定したわけじゃない。
ただ、今までどおりでいいだけだ。彼女はありのままでいい。
「うん、まあ、でも、すごく似合ってるよ。とってもかわいい。正直、くらっときた」
そう言ったら、ふふっ、と笑ってくれた。
安心した。彼女が笑ってくれるっていうのが、これほど安心するものだとは思わなかった。
「まあ、とにかく再会できて嬉しいよ」
「うん、あたしも嬉しい。それでね、貴理。明日あたり、うちに来ない?」
「え?うん、大丈夫だと思うけど……いつ?」
「午後から。あ、場所わかんないか。変わったんだ。それじゃ、今から教えてあげる」
ああ、お願いするよ、と言って、僕らは立ち上がり、それぞれの帽子を頭にかぶって公園を出ようとした。
「あれ?」
そのとき楓が僕の方を向いて、そう言った。
「え?なに?」
すると、楓は、僕を『見上げて』、
「貴理……あたしより背、高くなったんだ」
「あ……」
楓は僕よりも少しばかり小さくなっていた。
いや、小さくなっていたんじゃなくて、僕が大きくなったのだ。
「うん…なんか……残念なような、うれしいような、どうでもいいような……」
「成長したんだね」
にこにこ笑って彼女は言った。そして僕たちは歩き出した。
すると、前の方から自転車で爽やかに疾走するやつが一人。
「おお!相川じゃないか!」
爽やかな笑顔でそう言って、僕の目の前で止まり、僕と楓とを交互に見やる。
「ひさしぶりだね、佐村」
「おう、たしかにひさしぶりだな」
それからしばらく会話が止まる。
「えーっと、俺は相川貴理の友人で、佐村夕夜っていいます。こんにちわ」
止まった会話を楓への自己紹介で佐村が打ち破った。
「こんにちわ。貴理の彼女の栗原楓です。よろしく」
ぴたり、と佐村の動きが止まって、こちらをニヤニヤと見る。
なんだ、そのうれしそうな顔は。
「貴理が小学校六年生からの付き合いになるよね、もう」
そう言って楓がほほえむ。
「まあ、一年間は会えなかったけどね」
「そういえば、昔、そんなことを聞いた事があった気が……」
佐村が遠い昔を思い出すように遠くを見やった。
「まあ、なにはともあれめでたいことだな。おめでとう」
さっきのニヤニヤ笑いが嘘のように真面目な顔になって佐村は言った。
「何がおめでとうなんだ」
「え?だって恋人だろ?」
「うん」
「なら、おめでとうだよ」
にやり、と笑ってあいつは言った。
きっと、あいつなりの理論でおめでとうなんだろう。
そこらへんの理論は、よくわからないけれど。
「貴理の友達ってことは、貴理と同年代?」
「え、そうですけど……そちらさんは?」
「いっこ上。三年生だよ」
すると佐村はこっちを向いて、
「年上か。いいねぇ」
とかなんとか言った。
「いいだろう?」
ちょっとまゆをあげて、茶目っ気たっぷりにそういい返してやった。
「ま、愛に年齢は関係ないね、ああ。なにはともあれ、ふたりとも元気で」
じゃ、と言い残して、佐村は去っていった。
そうして僕らは歩き出した。
彼女の家の場所は、僕の家の方向だった。
どんどん自分の家に近づいていく。
そして着いた。けっこう僕の家に近い。
やっぱりアパートだった。なんだかそれが、すぐにどこかに行ってしまうように感じられて、頼りなかった。一軒家だったら、ずっと住むって感じがするのに。
すこし、それが僕の心に不安な影を落とした。
「けっこう僕の家に近いねぇ」
「え?そうなの?」
「うん」
こっくりとうなずく。
「そっか。今度、貴理の家も教えてよ」
「そうだね。っていうか今、教えちゃおうか?近いし」
「いいの?」
「うん」
そんなわけで、僕は楓を僕の家に連れて行く。
なんだか、まだ信じられない。僕のとなりに楓がいることが。
僕は夢を見ているんじゃないかという気さえする。
まあ、夢だろうが現実だろうが、幸せだということに変わりは無い。
だからどっちでもいい。
「ほら、ここ」
「へー、思ったよりでかいね。一軒家なんだ」
「うん」
「それにしても、これで貴理の家がわかったわけだ」
うんうん、とうなずいている。
「それじゃ、今日は帰るね。あたしも色々疲れたから」
「うん」
「それじゃあ、今度はいつ会おうか?」
「うーん……いつでもいいよ」
「じゃ、気が向いたら行くよ」
なんだかそれは不安だった。
また会えないような気がして。いつでもいいよとはいったけど、できるだけ早く会いたい。
「やっぱり、できるだけ早くがいい」
さっさと前言修正する。
自分で、間違えたと思ったらさっさと直した方が被害が少なくて済むなんてことは、今までの人生で経験済みだ。
「そう?そうだな……明日はちょっと休みたいから、明後日っていうのはどう?」
「うん、悪くない」
それじゃね、と言って楓は自分の家の方に歩いていった。
僕は彼女に向かってばいばいと言って、手を振った。