絶望遊戯1章
気が狂う。
頭がおかしくなる。
吐きそうだ。吐きたい。何を吐きたいのかよくわからないが吐きたい。
これを体の中に留めておきたくない。
甘かった。
僕は甘かった。
楓がいなくなるっていうのは、あまりショックじゃないと思った。
実際、最初はあまりショックじゃなかった。
実感が沸かなかったから。
だけど、しばらく経つと実感が沸いてきた。
もう会えないと思った。
限りなく絶対に近い確率で僕は楓に会えないと思った。
死にたい気分だ。
彼女に会えないなんて。
いやだ。会いたい。
ふらふらとさまよう。
あの公園で彼女を待っている。
来るはずはない。わかっている。
麦藁帽子をかぶる。彼女に見つけてもらえるように。
――――――来ないことは、わかっている。
彼女の家に行ってみる。
彼女がいないことは知っている。
飛び降りたくなるような高さだった。
空を飛びたくなるような天気だった。
だけど彼女に会えなかった。
間に合わない。手遅れ。
すでに終ってしまった世界の中で、僕だけが立っている。
きっと楓の世界では、楓だけが立っているのだ。
いや、もしくは、彼女は僕ほどの喪失感を抱えていないかもしれなかった。
ひどくハイだった。
壊れていいと思った。
彼女のせいで頭がおかしくなるなら、それは喜ぶべきことのように感じた。
彼女は最高にして最悪だった。素敵な彼女に僕は殺された。
すばらしい。僕の頭は最高だ。
いかれてる。
彼女のせいだ。こんなに変なのは彼女のせいだ。
彼女がいないから、僕は頭がおかしくなったのだ。
あの子に出会わなければ僕の頭はこんなにおかしくなることはなかったのだ。
絶望する。
勝ち目は無い。
知っている。
もう間に合わない。
わかってる。
救いようが無い。
死んでいる。
僕が転がって、彼女のせいだ。
ばらばらになりそうだ。頭はいっちまいそうだ。
心が砕けそうだ。君がいないせいだ。
会いたいと言いながら吐きたい。
思いっきり、少ししか痛くないところに頭をぶつけたい気分だ。
ぶつけながら僕は言葉をぶっ壊れたみたいに叫びつづけたい。
きっと大丈夫、いつかおさまるさ。
わかっている。でも、今は頭痛、吐き気、めまい、腹痛、興奮。
死んでいい病状、君のせいだぞ。
ああ、だから、愛しているよ。
大好きだ、愛しい。よって導かれる結論はただ一つ。
――――――僕よ、このままで。
そして、月日は流れる。
彼女の顔を思い出してみる。
楓。
彼女の顔が思い出せない。
彼女の像が鮮明に描かれない。
ポンコツの頭は思い出してはくれない。
画像を出力してくれない。
だから、写真を出してみた。
じっ……と写真を見る。
彼女と僕が写っている写真。
ただの光の反射を捉えたモノ。
だから、この中の人たちは生きてはいない。
だから、楓のホントのかわいさとか、きれいさとか、魅力とか、そういったものは、楓をこの写真で始めて見る人には、わからないだろう。
直に会ってみないと、わかるまい。
それに、彼女の声もよく思い出せない。
彼女の体つきとか。彼女とのキスの感じとかも。
僕の中で、栗原楓が劣化していく。
きっと、このまま風化して消えてなくなっちゃうんだ。
すこしだけ、悲しかった。
今日の昼は勝手に食べておけとお金をわたされた。
両親もなかなかに忙しいらしい。祖父や祖母が作ってくれるときもあるが、今日は二人ともいない。
「凍れる大気」にでも顔を出してみようか……。
じっ……と宿題を見る。
まぁまぁの出来栄えか。今のところは。
ことり、とシャーペンを置く。
ああ、つかれた。宿題なんていう芸術的作業は精神を疲労させる。
俺の頭の中では数学の問題を解く事は芸術的作業と同義だ。
ここは『アトリエ』と勝手に呼んでいる我が自室だ。
俺の学校でも、自分の部屋を自分の望むように作れているものは俺の他に数名しかいまいと自負している。
ピアノ、書架、デジタルカメラ、そして机。などなど。
ピアノが自室にあるのは俺くらいのものだろう。
それはここがもとリビングであることに起因する。
今はリビング、日本語風に言うところの居間はこの家には存在しない。
存在する理由が存在しない。
ふう……と髪をかきあげる。
そして俺は日記に次のような詩を書き記した。
絶望遊戯は、はじまっている。
全ては運からはじまる。
出た目を進めよ。
止まることは不可。
絶命するまでサイコロをふれ。
制限を生じる遊技場の中で奇跡は起こりえず、魔法使いすら力を無くす。
ほら、まだまだ遊びは終わらない。
「寝るか」
全体的に白を基調とした部屋の、これまた白い布団に向かう。白いカーテンをひいて俺は目を閉じた。
「マジかよ」
言ったあとで、僕の顔はにんまりとゆるむ。
「マジかよ」
興奮のあまり同じセリフを二度言ってしまう。
はっはっはっはっと笑いたいね。
「マジかよ」
「貴理くん。同じセリフが三回も」
「ああ、すいません睦月さん」
マスターに注意されてしまう。
「いや、でもうれしかったもので」
「まあ、わからなくもないよ。わたしも嬉しい」
僕は水を飲みながらすでに読んだ手紙を見る。
「いやしかし……なんというか……その……」
言葉が素直に口から出てこない。
「帰って、くるんですね」
出た。
帰ってくる。
言葉に出すと、なんでもけっこう実感が湧くものだ。
「帰って、くるんだよ」
睦月さんもにこやかに笑う。
そうだ。帰ってくるのだ。
魔法使いが、この町に。