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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
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執念

 外から爆発、内側から抉るを繰り返しているのに、都度身体が修復されていく。気味の悪いことに、修復速度がどんどん早くなってきている。

 それだけ、ゲマドロースが人間を辞めているのだろう。



「神を信じない人間に宿れるって、強欲の男神なのか拘束の女神なのか知らんが、すごくね?」


「ゲマドロースも凄いですよ。たぶん千切れた手足が繋がった辺りで、もしかしたら神は居るかも、とかなり揺れていたと思います。その隙を突かれて神に身体に入り込まれて、今やゲマドロースの意識というか魂はほぼ塗り替えられている状態でしょうか」


「陛下は消えていっているって事か」



 俺の問いに、あっさり頷いてイヴセーリスは言う。



「たぶん。しかし、あれだけ信じないという信念で生きてきた奴が、そう簡単に消えたりはしないはず。混じって抑え込まれてると言うところでしょうね」



 そりゃそうか。本来死が待っている神罰すら両腕が凍って、すぐに治療術を掛けたら暫く使い物にならないっつー程度で済んでしまっていた奴だ。たとえ完全に乗っ取られても、やっぱり神なんざ居ないって陛下の意識が復活しそうな不気味さがある。


 かといって、そんな有るか無いか分からない事態を期待しても碌なことにならないからな。期待はしない方がいいな。



*** しぶとい! ねえイヴ、アイツ思い切り燃やしていいかな? ***



 駄目なんじゃないかな。確実に俺たちも燃えるでしょ、それ。



*** 私がアレを氷で囲えば、周囲への被害は少ないと思います。やってみますか? 姉上 ***



*** あ、そうして下さると助かります巫覡ディンガー、お願いできますか? お姫様(ひいさま)は出来るだけゲマドロースの周辺で燃焼するように意識してくださいね ***



 うん、俺の意見(?)は無いものとして話が進んでいる。どうしよう、我が巫覡の柔軟さに俺が付いて行けてないような気がする。

 おかしい、俺の方が荒っぽい事をすると神殿長のじー様に叱られていたというのに。我が巫覡のやんちゃ化が爆走しているんじゃないだろうか。



*** はぁい。じゃあ、皆の保護は二人に任せるからね。あいつの肉体だけでも滅ぼしとかないと拙いもの ***



 そう言って巫女リーシェンは術を練るのに集中して、こちらから意識が離れて行った。

 やるのね、全力で燃やすってやつ。我が巫覡の仰った、被害は『少ない』というのが気になるんだよな。



「我が巫覡が氷で囲っても、周囲に被害は『無い』んじゃないのな」


「そうですね。お姫様の『思い切り燃やす』は規模も思い切りですからねぇ。ほら、歴史にある巫女が一帯を焼野原にした事があったでしょう?」


「あー、あれね。ちょうど帝国での『巫覡ディンガー』の立場が微妙になった頃のやつ。確かン十年も黒い土地のままで、浄化してもなかなか緑が育たないくらいに、土地が深部まで燃えてたって」


「ええ、それですよ。それと同じなんです。要するに『どの位の威力で・どこに・どのくらいの長さで』を指定せず、とにかく込められるだけの感情と威力を詰め込んで燃やすんですよ」


「周りには迷惑しかないね?」


「ええ、だから我々が範囲を制御して、周囲を保護結界で囲むんですよ。ということで、今すぐ覚悟して調整してください」


「あ、はい。イヴセーリスさんの言う通り」


「さんはいりません」


「はい」


 変装なのか元からなのかは知らんが、イヴセーリスの見てくれは若いのに異様な迫力があって、つい反射的に素直に返事をしてしまう。遠くからアラネオが、オマエどうしたんだって凝視している気がする。気のせいだよな、そうだよ気のせい、気のせい。


 現実逃避をしながらも、イヴセーリスと手分けして調整できるまでになった事は喜ばしい。これでこの先も我が巫覡の手助けができる。

 なんてご機嫌に保護結界を展開し終えた瞬間、ゲマドロースを中心に氷の様に薄青い炎が立ち上り、熱気で周囲がゆらめいている。

 我が巫覡が冷気と氷でゲマドロースの周囲を囲い、こちらは保護結界も展開しているというのに、俺たちの周囲も一気に温度が上がる。

 一瞬で暑いを通り越して痛いくらいの温度になったんだけど。



 お二人はこの熱気の中大丈夫なのだろうか、と様子を窺うも二人とも涼しい顔をして術に集中している。さすが神の化身とか神の子と言われるだけの事はある。



 燃え続けるゲマドロースは黒い影となって炎の中心に居て、先ほどまで聞こえていた叫び声は焼かれ続けている為か、もう聞こえない。

 しかし、本当に本格的に人間じゃなくなっているんだな、と冷や汗が止まらない。

 なぜならば。



「……なぁ、陛下は炭化してるだろ」


「ええ、黒い人影になってますね」



 俺の力ない呟きに、イヴセーリスも力ない呟きで答えている。

 こいつも俺と同じ感覚を持った人間なんだな、と少しだけ安心する。事態はちっとも安心できないけどな。



「いつまで炭のままなのかな、あれ。人間の肉体ならとっくに塵になってるだろ」



 その上、ゲマドロースを乗せている天馬カエルクスも、神々の祝福があった所でああも攻撃に耐えられるはずがない。



「燃えるそばから回復しているということでしょうね。それに、気のせいだと思いたいんですが、呻き声が聞こえてきます」


「いや、俺もそう思ってた。俺も気のせいだと思いたいんだが、呻き声が大きくなってないか?」



 話している間にも炎の中から聞こえてくる声は、呻き声から叫び声ほどに大きくなり黒い影だったものがゲマドロースの顔をした人影へと戻っていっている。



 奴は燃えていたんじゃないのか?!



*** 今もちゃんと燃えてるわよ、あいつ。炎に炙られるのと無傷に戻るのが同時みたい。恐ろしい程の執念だわ ***



 それはゲマドロースの執念なのか、強欲の男神の執念なのか。五体満足に戻しているのは拘束の女神のはずだから、宿っているのは女神なのか?

 もはや咆哮なんじゃなかろうかという声でわめき散らす、奴の言っている事は無茶苦茶だ。



*** おのれ小娘、小娘を寄越せ(われ)が引き裂いてくれる、俺が小僧を切り殺す、あの女は我がものだ、とても物騒な叫びですが一貫してませんね ***



*** あれさ、もしかしたら強欲の男神と拘束の女神が一緒くたにゲマドロースに宿ってるんじゃない? 強欲の男神はヴァニが欲しい、拘束の女神はそれを助けたいけど助けたくない、身体を取り戻して巫覡を殺したいゲマドロースが混じって身体の主導権を取り合ってるのかもね ***



 神々と身体の主導権を取り合うゲマドロースがおかしいと思う。



「本当に自覚がないのか、皇帝陛下は。相手はちょっと特殊な能力を持っている人間だと思って争ってるのかもしれないが、肉体を瞬時に回復するって人間技じゃないぞ?!」


「ほんとに、今まさに燃えてる最中なのにね。あら、良く見たら身体を囲んで二柱と一人が顔を合わせてない?」



 うっかり大声で叫んだ俺の横に、いつの間にか巫女が並んでいた。我が巫覡もご一緒だ、少し疲れた様子だが傷一つないようで良かった。

 我が巫覡とイヴセーリスも、本当だはっきりは見えないが人影がある、なんて言い合っている。


 俺? ただゲマドロースが口調を変えて芝居してる様にしか見えないよ、視る才能ないからな。

 ただ、なんか居るっていうのは分かる。

 なぜだろう、背を向けているしかなり距離があるんだが、アラネオからの軽蔑しきった視線が背中にバスバス刺さってる気がする。気のせいだからな、絶対振り向かねぇぞ。



「姉上、影のひとつがこちらを向きます」


「ほんとだ。強欲の男神、あんな顔してるんだ。ゲマドロースに良く似てるのね」


「そうですね。だからこそアレに宿り易かったのでしょう。拘束の女神は、ゲマドロースに干渉し続けているせいで入り込めた、と」


 どちらにしても気色悪いですね、と締めくくるイヴセーリスに同意して頷くお二人。

 俺は身体しか見えてないし声なき声は聞こえないからな、とゲマドロースの咆哮をきちんと聞いてみた。


 「熾火の娘を寄越せ」と叫んだ直後に「あんな小娘に惑わされてはいけません」と裏返った悲鳴を上げ、「殺す殺す殺す」と唸る声が重なる。

 目を血走らせ狂った大男が意味不明な事を叫んでいる絵面は、怖いの一言だった。



「気色悪くて恐ろしく丈夫なのは理解しましたが、あれ本当に殺せるんですかね?」


 あまりなゲマドロースの状態に感情が豊和して、真顔で三人に聞いてしまった。


 我が巫覡は「私では無理だろう」といつもの動かぬ表情で呟き、イヴセーリスは無言で首を振り巫女を見た。

 俺たち三人の視線が集中した巫女は、呆れたように断言した。



「私にだって無理に決まってるじゃないの」



 それは、打つ手なしってことですよね。

 どうなるんだ、これ。

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