グラテアンの侍従
巫女の生み出した熱気溢れる光の柱は、固まっていた皇帝陛下の集団が八方に散るのを追いかけるように裂け、幾筋もの糸のように散り散りに逃げる天馬を追いかけてゆく。
皇帝らしき人物が柱を切断光を切断── というのも変だが何かを切る仕草を── したら、光の柱は途切れた。
切断された光は細かく千切れ、墜ちていく天馬と人の後を追いかけ勢いよく貫いて灰へと化していく。えげつない威力のある光だ。それを切って無事って、恐ろしい程に丈夫だな皇帝陛下。
「正式に強欲の男神の巫覡として認定されていなくて、あれを切断するとは。流石に手強い」
イヴセーリスは右手を握ったり開いたりしながら、忌々しそうに吐き捨てている。
「しかし、数騎は墜ちたぞ」
「確かに数騎は落とせましたが、あまり影響はないでしょう。早いうちにゲマドロース独りにさせたい。アレの側に狂信者が居ると、ただでさえしぶとい奴を庇うから手間が増えて困るのですよ」
ため息を吐きつつ、今度は左手指が忙しなく動いている。会話しながら調整できるって、こいつも大概だな。
我が巫覡は最速で氷の防御壁を一団の周りに構築していくが、これも瞬きの間にヒビが入り粉々にされてしまっていた。
しかし舞い落ちるかと思った氷の欠片は彼らの間に漂い、遅れて届いた巫女の放った光の筋が、欠片と欠片の間を反射して不規則な檻を作っている。
あ、また二騎墜ちた。やはりあの光に貫かれて炭化してるみたいだ。
決めた、巫女には絶対近寄らんとこ。
「またすり抜けた、厄介だな」
眉をしかめて誰ともなしに呟くイヴセーリスに、苛立ちらしきものが見える。
今度は我が巫覡が大量の氷の槍を作り、全部一気に敵へと向かわせる。ちょっと気温が下がった気がするから、相当な冷気を込めたんだろう。あれは祝福のない奴の武器なら簡単に凍る。
「残った陛下の部下たちもすり抜けてるのか、巫女の光」
「全員ではないだろうが、恐らくすり抜けているな。落ちた奴にはそれなりに効果があったし、剣で光の軌道を変えた奴も居た。ゲマドロースは特に祈っているはずもないのに、周りにも祝福を分け与えている。巫覡だからというだけでなく、拘束の女神ネウティーナの巫覡でもある為、相乗効果があるのかも」
「うへぇ。地道に削るのが一番だが、削りきる前にこちらに到達されてしまうだろうな」
「仕方ない、出来るだけ数を減らすしか、ってお姫様! せめて合図くらい… 」
爆音と同時に視界、いや一帯が赤く温かくなった気がする。違う、気のせいじゃなくて、周囲が燃えているじゃないか。熱くないのは祝福のおかげだろうが、あのお姫さま何やってんの?
唖然としてイヴセーリスを見つめると、巫女に念話通信で苦情を申し立てていた。
これがこいつらの常識って訳じゃないらしい、ほんの少しだけ安心した。しかし、これだけ大規模な術を連発しているのに一向に規模も威力も衰えない。巫女の術力保持量はどうなってるんだろう。
「今の温度差の攻撃でゲマドロースの部下数人の武器を破壊出来たそうですが、奴は無傷らしい。ほんっとうに、しぶとい」
今度こそ舌打ちをして顔を歪めている。
「苛つくとは思うが、落ち着こう。あれだけの術を連発していて、巫女の術力は保つのか?」
この場に来たときに発生させていた炎球の密度と数も凄かったが、それを連続でぽんぽん撃って、更に大規模な術だってもう何回も使っている。
「お姫様の回復力は規格外ですよ。一般的に巫女や巫覡は、身体強化はもちろん保有術力が我々とは桁違いで回復速度も早いですが、お姫様はそれが更に群を抜いておかしいんです。一呼吸もすれば囮として撃った炎くらいの術力は回復してしまう」
とんでもない回復力だった!
我が巫覡でも、そんなに早く回復しないって。
一般の術師でも保有術力や回復速度は普通の人に比べてずっと早く、それより優秀な一級術師と我々侍従が同じくらいと言われている。
巫覡や巫女は神に認定されて、それが爆上がりする。我が巫覡は、巫覡のなかでも最上位に位置する程に術力も回復速度も早い、とプロエリディニタス皇帝に認められたというのに。
いや、あの時のプロエリディニタス皇帝の言葉は『最上位の神の子に最も近い』だ。最上位の神の子は、間違いなく巫女 カリタリスティーシア様の事だろう。
だけど、規格外とかそういうもんで語っていいのか?
「それより、お姫様に付き合って大規模な術を連発している巫覡こそ、術力は大丈夫ですか? お姫様、これからは今まで以上に大規模な術を連発しますよ」
言葉は優しいがイヴセーリスの目は、他人の心配をしている場合か、と語っている。巫女を馬鹿にしたわけじゃないんだが、俺の言葉が悪かったな。
「問題ない。巫女程ではないが、我が巫覡の術力回復も俺たちとは比べられない位に早い。それに、回復が間に合わない場合の備えもしてある。巫女の術の連発で心配になっただけで、馬鹿にしたわけじゃないんだ。言い方が悪くて、すまない」
「かまいませんよ。それに、私は巫覡を馬鹿にしましたからね」
棘のある返事に眉をしかめた俺に、イヴセーリスはくすっと笑って続けた。
「冗談ですよ、巫覡を馬鹿にして申し訳ありません。貴方があなたの巫覡を大事に思うように、私もわたしの巫女が大事ということですよ」
「それは堂々と言っていいことなのか?」
「さあ? ただ、グラテアンに居る女神の僕たちが、女神より巫女に心酔しているというのはフランマテルムの神殿関係者には公然の秘密ですし、女神も認めてくださってますからね。おおっぴらに喧伝しなければ、お咎めは無いでしょう」
ちょっと、しれっと重大な秘密を暴露しないでくださる?
公然の秘密て… グラキエス・ランケア帝国の、それも氷の男神の侍従の俺たちは全然知らんがな。
「ふ、ふふ。貴方、意外に素直な人なんですね」
努めて冷静な顔をしていたが、内心の焦りは見透かされていた。
そんな会話をしている間にも巫女はばんばん術を放っているが、毎回二人位しか落とせていない。確実に皇帝陛下の戦力は削れているはずなんだが、まったく安心できない。
「なんで術が当たっているのに、陛下は平然としてるんだ?」
俺が見ていた中でも二回は光が当たってたし、それ以上に斬れずに炎に巻かれたのも何回もある。さっきの武器を破壊した時は、確実に燃えていた。
「あれを平然としていると表現するのはどうでしょうね。距離があるので正確ではありませんが、何回か確実に術は当たっています。二度は足が吹っ飛んだし、腹も抉れてるんですよねぇ」
目を細めて唸るようにイヴセーリスが言う。
「足がふっとんだのは俺も見たが、今は五体満足で元気に剣を振り回してるよな」
しかも、ついさっき大きな炎を剣でぶった切って細切れにしてたけど、半分くらい当たったよな? 火傷しないの?
「ええ、先ほどの炎の大球を細切れにした時は、ちゃんと肌が焦げてましたね」
へー、ちゃんと火傷したんだ。どれどれ。
最近は宮殿に居る事が多かったため、日焼けのない白い肌が小手の隙間から見えるし、厳つい顔も綺麗なもんだ。
「 ………どこが焦げた?」
「顔と左腕と腿…… でした」
どゆこと?




