そんな、さらっと言われても
「貴殿方もお気づきでしょうが、皇帝ゲマドロースは強欲の男神クピフィーニートの愛し子、それも男神から一方的に巫覡扱いされていると思われます」
「えっ! そうなの?」
「ぜんっぜん知らない! 気がついてなんかないっすよ」
「そうですか。皇帝は特に強欲の男神と分かる特殊な能力を発現させていませんが…」
安定のクアーケルとピスティアブの事はさらっと流し、話を続けるスペイフィキィス。流し方に慣れてる感が半端ねぇ。なんて他の事を考えられたのはそこまでだった。
「あの妙な幸運と強引な力場が出来ている点を見ると、他の神からも寵愛を頂いていると考えるのが妥当でしょう。舐めてかかると我々侍従 や 侍従であっても瞬殺ですよ。心して対応してくださいね」
巫女と側の三人の侍従以外は、驚きに声もでない。認定された二柱の愛し子ですら奇跡みたいなもんなのに、無自覚の愛し子が二柱の神に寵愛を受けることなんて可能なのか?
いや可能だったからゲマドロースが簡単に皇帝になり得たわけだが。むしろ無自覚の愛し子の方がよくあるとか。
いや、今そんな事に悩む時間は無いな。
「一柱は強欲の男神だとして、もう一柱は予想されていますか?」
何か勢いよく思考を重ねているアラネオが、スペイフィキィスを見て質問する。立ち直るの早いな。
「ええ、拘束の女神ネウティーナの愛し子、寵愛は巫覡 並ではないかと我が巫女は考えています」
しれっと言うけどさぁ、その女神ヤバくね? と皆思ったろう。流石の突っ込み要員たちも口を開けない。
「これはまた厄介なお方に好かれていますね、あの獣は。何か巫女殿には確証がおありで?」
いち早く立ち直ったアラネオの質問に、周りの視線が巫女へと集まるが彼女はさらっと「あるわよ」と答えるだけだった。
「貴殿方に納得させられる理由ではないのだけれどね」
と肩をすくめてため息を一つ吐くと、時間もないからざっと説明するわねと前置きして語ってくれた理由は、言われた通りよく分からなかった。
「強欲の男神は皇帝の欲に引かれて面白いからって祝福を与えたら、相性がよくて巫覡 級の寵愛になっちゃった、と。拘束の女神の方はね、嫉妬の女神ラエティルミスと共に私が、というか私たち兄妹が最初に生まれた頃まで遡る因縁がある方なのね。お二方ともとても執念深くて…… とうとう前の人生の終わりに二番目の兄を消滅させられて、妹の魂をフランマテルム王国に拘束されちゃったの。その縁で私たちをしつこく監視してたら、氷の男神の巫覡まで誕生したでしょ。じゃあ、私たちの敵の方に寵愛をくれてやろうって。もう他の神の寵愛があってもおかまいなしだもの、節操が無いというか憎しみが深いというか」
困ったものよね、と苦笑しているがとんでもねぇ事態では?
「大変な事情があるということは理解しましたし時間が無いことも分かっていますが、強烈な怨みや妬みを持たれたという、巫女殿の最初の生まれが気になりますね」
アラネオが貴方は知ってます?とスペイフィキィスに聞いても、知らないと首を振られていた。
「まあ、気にはなるわよね。怨まれてるのは最初の生の時の祖父母と、父ね」
「どなたか伺っても?」
「問題ないわよ。でも、信じられないと言われても、そうだとしか言えないよ?」
もちろんです、と頷くアラネオと俺たち。じゃあ名前だけ言うね、といい笑顔の巫女。
「祖母はエイデアリーシェ、祖父はエイディンカ、その娘が私たち兄妹の母アウラ。父は人間の世界にサルアガッカの化身・巫覡として顕現された、プロエリディニタス帝国初代皇帝アグメン」
はぁっ?! 初代プロエリディニタス帝国皇帝って。いやそれ、もう伝説の一族フランマォラティオの長を娶って国興した一族プロエリィンプェリムの長だろ!
巫覡がサルアガッカの化身ていうのは真しやかに言われているが、本当に人間として生まれているってことか。
「長兄カルゥはグラキエス・ランケア帝国での巫覡であり初代皇帝、次兄エゥヴェは三国を渡り歩き、第三子の私カーリィはふたつの帝国をつなぐ国フランマテルム初代の巫女、次女ニィは侍女として、末弟アーフは国王として姉二人を守護したのが今の三国の始まりね」
なんちゅう伝説の人物。まさか、つい先日見た夢は正夢とかないよな?
「あの、まさかとは思うのですが…」
思わず呟く俺に「なぁに?」とニコニコする巫女。
「蒼炎と呼んでおられた天馬が、まさか兄君だったなんてことは…」
「そうよ、蒼炎はカルゥ兄さま、私の今の妹がニィ、そこのイーを乗せてる天馬・黒炎天が末子アーフだったわね」
ああ、正夢だった。
「初代プロエリディニタス帝国皇帝は戦の男神その人…人?じゃなくて神様だったんだ。え、でも待って神と神の子供も神でしょ?」
「何を司るのか、司るものが有るのどうかは我々には知り様もないですが、神の子は神でしょうね」
クアーケルの独り言に、律儀にアラネオが返事をしている。いつもなら無視するんだが、あいつも動揺してるらしい。
「お母様が神様で、お父様は一族の人間だと思われてたけど、男神サルアガッカってことですよね?」
「今のお話だと、そうなりますね」
「つまり、三国の初代は全員神様ですよね。じゃあ、グラキエス・ランケア帝国皇室血統は滅びてるけど、プロエリディニタス帝国の皇族とフランマテルム王国の王族は神様の末裔ってことじゃないですか」
「プロエリディニタス帝国はどうでしょうね? お子様は全て国外へ出ていますよ」
どんどん話がずれている気がするんだが。
「プロエリディニタス帝国の二代目はエゥヴェ兄さまの子が継いだし、フランマテルム王国の二代目はアーフの子が継いだから、物凄く薄いけれど神の血は入っていると思うわよ。色々暴露してあげたいけれど、時間が無いからさっさと配置に着きましょう」
巫女が軌道修正してくれたおかげで、神編術師とその護衛に付く騎士たちに戦闘から離れて待機できるように隠蔽の術をかけることになった。
「イヴ、術は私がかけるから簡単に打ち合わせしといて」
「はい、お姫様」
巫女とスペイフィキィスの短い会話で、少女騎士には何か気がつくことがあったのか「イヴ?…イヴって」とぶつぶつ呟いた後、叫んだ。
「まさか、テネブラ中隊長なんですか!?」
少女騎士の叫びにクアンドがニヤっと笑って、スペイフィキィスの横腹を肘で突いている。
「バレたぞイヴ。さすがクリュセラ、お前の部下だっただけあるな」
「イヴセーリス・テネブラ中隊長は作戦中に亡くなったと…見た目も全然違うし。あの口調をテネブラ中隊長が?」
二柱の愛し子君も呆然とスペイフィキィスを見ている。
イヴセーリス・テネブラと言えば、グラテアン騎士団を天馬騎士を中心に編成し直した中核の騎士。戦闘特化の巫女を支える冷徹なる侍従として我が国まで評判が届く程だったが、数年前の小競り合いで死亡したと発表されていたはず。
「素晴らしい変装だと誉めて頂きたい。10歳以上も若作りさせられた私の苦労は、君たちには計り知れないでしょうよ」
軽薄そうな若々しい顔と全くかみ合わない表情と、冷たく低い声と口調から飛び出す吐き捨てる様な言葉。ほんの少し前乱入して来た時と同じ人物とは、とても思えないもんな。本人の言う通り素晴らしい変装技術と実行力だ。
我が巫覡の為に同じような事が俺に出来るかといったら、絶対できないと断言できる。
巫女の侍従、すげぇ。俺、我が巫覡以外に、初めて他人を尊敬したよ。




