炎の女神の侍従
予定外、想定外もいいところじゃねぇか。
皇帝陛下自ら少数で攻め込むって何だよ、いつまでいち将兵みたいに行動するんだ。なにやってんだよ、あのおっさん!
フランマテルム王国へ送り込んだ帝国の戦力のほとんどが囮で、その囮が全滅したって自分が勝てば問題ないって? 本国に残った守護衛士兵団なんざたかが知れてる。
頭がおかしい人物だと思っていたが、本当に狂ってやがる。
「イーサニテル筆頭、すぐにプリメトゥス様の所へ向かってください!ここは我々で殲滅します」
神殿長であるじー様から派遣された援軍の指揮官である侍従クリューソが、神編術師二人を伴い走ってくる。呆けたクアーケルと、俺の天馬を連れてタキトゥースがクリューソたちの後ろに見える。あ、待機させられてた俺直属の小隊の奴らも居る。
クリューソがタキトゥースと小隊の奴らを俺の側に呼び寄せる間に、神編術師が早々に説明を始める。
「イーサニテル様と小隊の皆様を移転させます。天馬を含む複数人の移転になりますので、あちらに居る捕虜になっていた神編術師が引き寄せてくれるそうです」
「連絡は取れたのか?」
「はい。本来はプリメトゥス様と巫女が派手に術の撃ち合いをしている隙に、二柱の愛し子君と共にこちらへ移転する予定でしたが止めています」
確かに、こっちが戦闘中でも戦場のど真ん中に移転しなきゃそれほど危険もないもんな。彼らが帰還する前で助かった。
「大移転用の術具がなく、我々ではイーサニテル様を含め2小隊ほどの人数は移転させられません。そのため、我々があちらに向けて皆さんを送り出し、あちらから皆さんを引き寄せてもらいます」
強引だな?! と驚く間にも移転する者たちがぎゅうぎゅうに固まり、術の展開が始まっていた。余計な事は言わず即行動。
さすが、じー様に派遣されるだけあるわ。
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挨拶へったくれもなく送り込まれた先には、アラネオとピスティアブを両脇に侍らせた我が巫覡の背中が見えた。
そして我が巫覡の右斜め前方向にはオレンジに近い赤色の巻き毛と同じ色の瞳を持った青年が二柱の愛し子君と神編術師を背後に佇み、左斜め前方向には巫女が熱気が迫る程の炎の小さな球を背後ににこにこ笑っている。
三つ巴の真ん中に炎の檻のようなものが有るが、何だろうな。
「ええぇ? 皇帝宮騎士とか守護衛士兵団は?」
妙な緊張感をクアーケルの呆けた声が破った。
「巫女殿の術で全員落ちましたよ」
顔だけこちらを振り向きアラネオが弱々しく答える。えらく疲れてるのか、何時もの張りが無い。
「あの方の能力が桁違い、いいえ別格の強さでして。全力で結界を張っても突き破られるんですよ」
「しかも、プリメトゥス様に術で逸らしてもらってるやつがっすよ! 意味分かんないですって。俺まだ我らが神の愛し子っすよね?」
あ、うん。お疲れさまだな。めっちゃ気合い入った巫女の攻撃は侍従であるあいつらでも避けてもらえなかった、と。大丈夫だ、まだちゃんと父なる神の寵愛はあるぞ、と頷いておいた。すげぇな、巫女。
なんて感心してる場合ではなくてだな。
「我が巫覡、もうすぐ…」
「お姫様! もうすぐ皇帝ゲマドロースがここに来るっスよ!」
俺の声に被ってピスティアブのような少年の声が、同じ事をこの場の全員に知らせる。神編術師たちからは小さく悲鳴も聞こえ、神編術師の背後を守っているフランマテルム王国の騎士やアラネオ達に張感が走る。
「思いきった事すんなぁ。皇帝が率いる兵士の規模は?」
そんな中、陽気とも言える位に落ち着いた声で、報告を持ってきた茶色の髪の少年に問う。
あの二人、女神の寵愛すげぇな。
「1個大隊規模らしいっス」
「少なっ!!」
ピスティアブとクアーケルが同時に叫んでいる。気が合ってるな。
「本当に少ないな。後から追いかけてるとか、隠蔽術なんかで潜んでる可能性は?」
「無いみたいだよ。小兄さま、神編術師たちを彼らに引き渡して大兄さまの所へ行って」
「ティーシア?」
「ペンギテース、オクルス」
巫女の兄君は不思議そうに彼女を見るが、巫女は背後の騎士を呼ぶだけで兄には答えなかった。
呼ばれた騎士二人は兄君を確保し、新たに移転してきた騎士たちと入れ替わりに移転で去ろうとしている。
「ティーシア!」
「ヴァニと大兄さまをよろしくね」
巫女は心配そうに叫ぶ兄に優しく笑って見送って、兄が消えた後には壮年の騎士二人が居た。少年も含めたあの三人、どう見ても炎の女神の侍従だ。しかも一等位以上だぞ。グラテアン家が抱える騎士は全員何らかの愛し子と聞くが、神殿にだって居ないような寵愛の愛し子が揃ってるってどういうことだよ。
「スキエンテ、皆は配置についた? クアンド、皇帝はどのくらいで到着するかしら」
「はい、お姫様。全員所定の位置に居ります。ペンギテースとオクルスは副団長をアルドール殿下の元へお届け次第、移動予定です」
「おひー様、現在ぺスターとサクスムの隊が足止めしてますが、あまり保たないでしょうね」
「怪我をする前に逃げなさいと伝えて。二番手、三番手の隊も同じよ」
「お姫様、結界は張るっス?」
「そうね、念のためいくつか展開しときましょうか」
「じゃあ、スキエンテさん手伝ってくださいっスよ」
「かまわんが、もうその口調やめたらどうだ」
「ムリっね!」
てきぱきとやり取りする彼らを横目で見ながら、二柱の愛し子君と並んで少女騎士が神編術師たちを連れて近寄ってきていた。少女は彼らから目を離し、二柱の愛し子君へと問いかけた。
「ねえ副隊長、おかしくありませんか?」
「何がだ?」
「スペイフィキィスです。フリーギ中隊長、他の騎士とはあんなに砕けた話し方しないですし、団長の呼び方…」
お姫様ってやつかな。公爵家の令嬢で、炎の女神の一番の愛し子だ。間違っちゃいないと思うが。
「確かに。ティーを『おひいさま』と呼べるのは『おひー様を崇めるために全力で努力しましょう隊』の隊員だけのはず」
「何ですか、その馬鹿みたいな隊名は」
呆れた少女へ、大真面目に説明を始める二柱の愛し子君。突っ込み要員のアラネオやピスティアブまでもが唖然としている。本当にあるのか、そんな隊。
「聞いた話では三分の二くらいの会員は『女神に己を捧げる巫女』に心酔するやつらで、残りが『女神に己を捧げる巫女、おひー様』にガチ惚れしてるやつの集まり、らしいぞ。入隊条件は入団三年以上、会員三名以上の推薦と筆頭会員の許可だそうだ」
「…… 馬鹿の集まりなのかしら? 副隊長がそう言うって事は、本当にそんな集団が有るんでしょうね。で、その筆頭会員って誰なんです?」
「副団長だ。俺は入団時に説明されたが冗談だと思ったな。だがオクルスも同じ説明を受けたと聞いたぞ」
あったんだ、そんな隊。副団長って兄君だろ… 俺たちも大概という自覚はあるが、巫女の侍従たちも大概だな。んん? それでなぜあの茶色少年がおかしいんだ?
「やっぱり、おかしいですよ。スペイフィキィスは新人じゃありませんか。入団してまだ一年もないのに、古参のお二方に馴染んでいるし、『お姫様』呼びでも咎められていませんよ」
言われてみれば、やり取りは気安いしお姫様呼びも慣れた感じがしたな。




