氷の男神の侍従
空から細かい雪がチラチラと美しく輝きながら落ちてくる先の地上は、溶けた霜や雪でぬかるみ大勢の兵士が剣で切り結び殺傷力の高い術を放たれ抉れている。
そこへ切られた兵士が倒れ込み赤い血を流し、更に足元の土を汚し緩ませている。
空を見上げれば本国の平和な日の様に幻想的だっていうのに視線を下げたとたん、厳つくむさ苦しい兵士の怒号と悲鳴が飛び交い、それを彩るような血渋きが舞い散り降ってくる雪を溶かしている。
我が巫覡の為に整えられた陣地が見る影もなく荒らされて、俺の神経を苛立たせる。
増援として守護衛士兵団3大隊と皇帝宮騎士団2個大隊を送るなんて言っておきながら、実際には守護衛士兵団の2大隊と皇帝陛下が常に侍らせている皇帝宮騎士団中隊を残し、帝国の治安維持に必要なギリギリの人員以外の全てを送りつけてきやがった。
まあ、そんな事もあるかもしれないと予想していたエイディ神殿の神殿長のじー様が、いつもののただのじじいの振りして俺たち以外の同行を拒否された神殿騎士団を、密かに陣地近くまで送り込んでいたんだが。
ただ、ハエマティのじじいやエシウスの猪の目を掻い潜って連絡は取れていたが、身を潜める彼らとの連絡にはを使用しても時間差が出る。それだけが悩み所だった。
そんな頃、炎の女神の巫女の兄君が巫女からの伝言を携えて密かに我々を訪ねて来た。
赤茶色の直毛に深紅の瞳、どう変装してもあの瞳の色にするのは不可能だ。深紅の瞳を持てるのはグラテアン家当主もしくは次期当主と、炎の女神の巫女しか居ない。
我が巫覡と異なる色彩を持ち、良く似た容姿の彼はにこやかに物騒な発言をした。
『グラテアンで預かっている神編術師たちを、間謀として送られたインフィウムと名乗る氷の男神の寵愛厚い侍従と共に巫覡殿の元へお連れするので、彼らを保護して頂きたい。彼らに引き寄せられてくる帝国軍は我が妹が排除しますよ、ご心配なく』
さすがのアラネオも驚いていたし、俺も驚いた。表情の変わらない我が巫覡を気にすることなく彼は話を続け、更に俺たちは驚くことになる。
『その場に巫覡殿が厄介と思われる戦力を引き連れて来てくだされば、妹と協力して貴方がた以外を殲滅する事ができますし、そこの二柱の愛し子である侍従殿がこの陣地に残りエイディ神殿から派遣される戦力と協力して、残ったゲマドロース皇帝からの兵士たちを全滅させられるでしょう?』
我が巫覡と巫女の術の撃ち合いだとか戦闘のどさくさで守護衛士兵団を片付ける計画だったし、俺が居残って駐屯地に残った奴らを全滅させるのも予定していた。予定してなかったらそうしろと笑顔で言われているのだろうが、んな事より二柱の愛し子を連れてくる? 彼は帝国の誰かからフランマテルム王国へ送り込まれてたって?
『そこの二柱の愛し子』って、誰だよ。と、忙しなく疑問が湧く俺をアラネオが凝視してたし、巫女の兄君から視線を外さず我が巫覡がぽつりと呟いた。
『ああ、イーサニテルは炎の女神より寵愛を賜ったのか。通りで、何かいつもと気配が違うと。害は無いようだから、後でよく調べようと思っていた』
『ええ、母なる女神はこっそりと寵愛をお与えになった様で。うっかり授けてしまわれたにしては、ちゃんと前回の経験が活かされています。気配も薄いし見えない所に印を付けられたのでしょう』
かの少年はとても目立つ所にいきなり与えられて大騒ぎになりましたから。と本当に騒ぎになったか怪しい位に静かに語る兄君。
というか、俺!? え、どこに印?
『女神の寵愛があれば、妹が国境からこの陣地へ炎の力場を伸ばせば二柱の愛し子君に有利になる。グラキエス・ランケア帝国のほとんどの戦力がここへ集まっている今、彼らを排除してゲマドロース皇帝の戦力を削いで巫覡殿が帝国を掌握してくださる事を、我々フランマテルム王国は期待します』
さすがに我が巫覡が目を見開くと、兄君はふっと微笑して続けた。
『妹は気がついていませんが、さすがに王太子殿下には私の行動を隠すことは出来ず、我が上司からも伝言を預かりました。貴国だけでなく今現在の我が国の国王は、二つの帝国を繋ぐという王国の立場を忘れ国が荒れている。それを王太子殿下は憂慮され、国を正すため行動に出られるおつもりなのです。巫覡殿が帝国を治められれば建国時の三国に戻れると』
そこまで言って立ち上がった兄君は天幕を出る直前、『帝国を掌握するかどうかは巫覡殿のお考えもあるでしょうし、こちらの期待をお伝えしただけですので』と一礼しさっさと出て行った。
天幕から出た直後に彼の気配は恐ろしく薄くなったので、何かしらの隠蔽術が掛けられていたのだろう。
出ていく兄君を見ていた我が巫覡は、少しだけ息を吐き外で待機していた三人を呼び宣言された。
『兼ねてからの計画通り、ここに集められた兵たちを殲滅し手薄になった皇帝宮を落とす。天馬に騎乗できる者だけで皇帝宮まで駆けエイディ神殿の戦力と合流するつもりだったが、神編術師が居るならば神殿騎士団ごと帰還できる。ピスティアブ、神殿長へ連絡を』
嬉しそうにピスティアブが返事をし心話術でじー様と話をしようとしているが、今真夜中だぞ? じー様寝てるんじゃ…と思ったが、怪物じみた勘で起きているかもしれないと思い直し止めるのはやめた。
で、知らせ以上に来た兵力を我が巫覡が多めに引き連れて出撃してくださったのだが、陣地に残った守護衛士兵団は4大隊強。本当に本国にはギリギリしか残さなかったんだな。
しかし、こんなので我が巫覡や巫女を殺すなんて不可能だって、皇帝だって知っているはずなんだが。
じー様が揃えてくてた精鋭のおかげで、こちらに被害を出す事なく殲滅できそうだと一息ついた時頭上が陰った。
見上げた先に見えたのは、空を駆ける天馬たち。
兵装からして皇帝宮騎士団、それも装飾が黒色で先頭を走る灰色の天馬に乗るのは、本国の皇帝宮最奥で報告を待つはずの…
「え!? 皇帝陛下!?」
俺の隣で兵士を切り倒していたクアーケルが叫ぶ声がやけに遠く聞こえた。




