幕を開けよう
「ねえ? お前たちも、彼と同じ考え?」
ビビって動けない一番前に居るおっさんを見下ろして問えば、何を聞かれたのか理解できていない顔をする。仕方ないから、にこやかに具体的に聞き直してあげる。
「ホラ、さっきの『神の子を自称』って。お前たちも同じ考えなの?」
こちらを馬鹿にして怒らせて冷静さを失わせて複数で襲う予定だったのだろうが、頼みの隊長は燃え落ちて戦闘どころではなさそうね、このおっさん。
「こ、皇帝陛下は……」
「うん、陛下は?」
問われて更に顔色を青くして怯えだしたおっさんは口ごもったが、おっさんの後ろでずっと私を睨んでいる、燃えた隊長よりも若い少年が自信に満ちた顔で怒鳴った。
「皇帝陛下は『神なぞ存在せぬ』と仰せだ! 」
そんな、自信満々にどうだ! みたいな顔されても、どう反応していいのか迷うわ。
「ああ、そうなの。それで?」
驚きも感動もしない冷めた私の態度に、少年は一瞬眉を寄せたが、またも元気よく叫ぶ。
「陛下が仰るのだから、神は居ない! フランマテルム王国奴はそんな事も知らないのか?!」
ああ、この少年はこうなるように育てられたのか。無知で皇帝ゲマドロースに都合のいい事だけを信じる、馬鹿な子になるように。
これは話をしても絶対に理解し合えない相手だ。お互いが相手を理解する気も、したいとも思っていないのだから仕方ない。あの子達は舞台に上がる前に退場してもらおう。
「知らないわよ。お前達にとってそれが本当であろうとも、わたくしには事実ではないのだから」
「はっ、無知で愚かで哀れな奴だ! 女神の娘だなんて持て囃されていい気になって満足か? お前なぞ、陛下に目を掛けていただいてる俺が…あがぁあっ!!」
耳障りな声と言葉を叫ぶ大きく開いた口に、さっきの小剣3本分程を小さく濃縮した炎の塊が吸い込まれ弾け、少年はそれ以降叫べなくなった。
「無知で愚かで哀れなのはお前だ。わたくしは持て囃されてなぞいないし、お前の国の巫覡に傷すら与えられない皇帝の言う事が、本当だと思うの?」
口を押さえて悶える少年をおっさんと仲間が支えているが、私の言葉に全員が身を震わせてこちらを見た。怯えて涙目で見つめられても、なんの感情も湧いてこない。
こんな奴らに術を練るのも面倒になり、全員をまとめてただの高火力の炎で燃やす。
燃えて苦しむ彼らを見ても、彼らも被害者なのだと思う気持ちも可哀想だって思いも少しもない。きっと帝国の氷の男神の愛し子たちも、彼らに同じように言われて迫害されている。
こんな馬鹿達に強制されて『彼』と戦わなくてならない事に、とても腹が立つ。
でも、どんなにやりきれなくても、見えない人々の意思が私を追い立てる。たぶん、彼もそう。
「お前たちが小娘と馬鹿にしているわたくしに、燃やされてどう思う?」
少年は燃えながらもまだ睨んでいる、とても元気ね。にこりと笑い続ける。
「だたの人間が炎を生み出せると思う? ただの人間が、剣の当たらない愛し子を切れると思う?」
悔しそうな少年の瞳に、何かが閃いたように見えた。
「お前が崇める皇帝陛下だって、己の信じていない神の恩恵に与り成りあがったのよ。まあ、それを信じるか信じないかは、お前の自由だけれど」
落下していく少年やおっさん達には聞こえていないかもしれないが、言わずにはいられなかった。
虚しい気持ちはため息と一緒に意識の外へやって、少しだけ楽しみだった術の撃ちあいに意識を向ける。
そうだよ、次はどんな術を展開しようか考えよう。派手に見えて周囲を巻き込める術を。そして、敵を壊滅させたら、いつもの様にイーやスペイフィキィスに文句を言われて、笑って誤魔化すんだ。
そしたら、彼は守護衛士兵団を引き連れて出てくる。
「直ぐに巫女と巫覡の舞台は整う。さあ幕を上げよう」
落ちていない皇帝宮騎士たちと切り結んでいる兄さま達に聞こえるように、術力に声を乗せて言うなり、彼らの頭上に合同訓練で撃って見せた炎の大球を出現させる。
以前これを空での演習で出現させたら、近衛騎士くん達は「今回は訓練場の様に囲いが無いから、分散させても飛び散らないし避けるのは楽勝だ!」と喜んでいたな、と笑いが漏れた。
「残念、ちゃんと跳ね廻るんだよ」と分散させた時の彼らの驚く顔が面白かったのはつい最近なのに、とても懐かしい。
スペイフィキィスの展開する色を消した触れたものを弾く熱の壁に触れて跳ね返っているんだよ、と種明かしをした時の彼らの表情はもっと面白かった。
すぐに近衛騎士の集団にもみくちゃにされたスペイフィキィスが少し可哀想だったな。楽しそうだから混ざりたかったのに、イーに全力で止められたよね。なんでよ。
「乱れ散れ」
思い出し笑いをして楽しげな声になった。うん、演出的にもいい感じ。
最初に分散させた炎を避けて安心した敵兵たちは、炎の小球にが目の前の何もない空間で跳ね戻るなどと予想もしなかったのか、次々と被弾している。
最初の小剣で2割、今の小球で残りの3割が落ちたが、皇帝側近でなくとも精鋭だけあって思ったより脱落者が少ない。愛し子だって燃えるように思い切り気合を入れて術を練ったのに。
じゃあ次は炎の針で彼らを針山にしようか。
入り乱れた王国軍と帝国軍の隙間のあちこちに、先ほど分散させたのと同じくらいの小球を発現させ即針として拡散。
避ければいいと判断した者に勢いよく刺さる。が、致命傷は与えられず落ちたものは居なかった。
うーん、威力が小さかったかぁ。刺さった部分は小さな火傷で地味に痛むだろうし、継続する痛みを与えられたから良しとしよう。
次は、彼らを兄さま達ごと炎の網で包んでみようか。それを中心部まで縮めたら、どうなるかな。
視えちゃうと、逃げられたり対策されたりするから視覚隠蔽して、と。
=== ちょっ! 洒落にならないエグい術止めてくださいっスって。また空が赤くなるっスよ! ===
ーーーいいじゃない、これはスペイフィキィスの補助はいらないよ?ーーー
気合と帝国軍への殺意を込めて術を練っていたのに、スペイフィキィスの苦情がきた。気が散るから、ちょっと黙ってて欲しい。
=== そういう事じゃないっス~ 見た目がえぐいんっスよ! オクルスくんが泣いちゃいますって ===
ーーーたぶん泣くことにはならないよ、大丈夫ーーー
=== え?! 理由はって… あーっ ===
もう、打つだけまで術は練ってしまったし。解除するの、もったいないもの。視覚隠蔽を解除して彼らを四方から囲む。ゆっくりと網を揺らして彼らの恐怖を煽ってるんだけど、なんでイーたちまで青ざめてるの。
=== アンタどんだけ細かく網編んでるんですか! あれじゃ肉の塊じゃなくて、細切れでしょ。皆が怖がるの当り前だろう!! ===
本気で焦るスペイフィキィスの声が頭に響くけど、大丈夫だって。ほら。
炎の網に囲まれて戦闘している集団の外側、そして網よりも内側でパキパキと小枝が折れる様な音がしたと思ったら、成人男性の手の平くらいの氷の輪が集団を囲っていた。
そして、迫る炎の網に向って鋭い氷柱のような鋭利な棘が、上下と横に張り出し網を破る。
赤い炎の網が千切れて舞い散るのに混じって、細かく砕けた氷が輝いて広がって溶けてゆく。
とても綺麗ね。
集団の向こう側で左手を彼らに向けて佇み、見上げるようにこちらに向いている巫覡が見える。
「全員、舞台に上がったわね」
今の私、史上最高にいい笑顔だと思う。




