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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
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行こうか

 大兄さまが帰ってきてからも数日は、帝国軍は動く様子が見られなった。

 つい先ほど入った情報によると、皇帝直属の守護衛士兵団デフォブセッシミーレス2個大隊が多数の神編術師と共に帝国軍の陣地に到着したらしい。


 皇帝直属の守護衛士兵は皇帝宮騎士団インペラフォルティスエクストゥルマなんて仰々しい名を与えられた精鋭3個大隊で構成されていると公式情報にあるので、少なく公表していたとしても、ほぼ半数をこちらに送り込んだ形になる。神編術師の人数を見るに、皇帝宮騎士団と共にこちらに移転してきたと考えられるので、帝国にはいくらも術師は残っていないはず。

 グラキエス・ランケア帝国に残った兵って、全軍の3割くらいしか残ってないんじゃないのかな。

 皇帝ゲマドロースってば、総大将(インペドゥムス)プリメトゥスの時間稼ぎに痺れを切らしたのか、思い切った行動に出たなぁ。

 たとえ送り出した兵たちが全滅しても、自分が居ればどうにでも出来るって自信があるんだろうけれど、巫覡(ディンガー)が居なくなったら帝国という土地がどうなるか分かってないの、恐怖でしかないわ。

 なんとしても巫覡には頑張ってもらいたい。


 こちらはほぼ準備完了しているので、皇帝宮騎士団の準備の整わないうちに攻める。


 

 皇帝宮騎士団の駐屯している北方面の帝国軍陣地に向けて我々グラテアン騎士団エクストゥルマの私の大隊とプーリウス騎士団、王宮から西にある中央神殿方面に展開している守護衛士兵団には王宮騎士団パラーティルム、増援として送り込まれた守護衛士兵団が展開している東側には近衛騎士団レクスプラエトリアニを宛てる。

 各私設騎士団(プライベエクストゥルマ)は、それぞれを繋ぐ位置で臨機応変に動いてもらう。

 グラテアンは1個大隊を編成するので精いっぱいだったので、あぶれた騎士たちは連絡・連携のために各騎士団へと配置した。騎士の人数が減ったので、全員が天馬カエルクスに騎乗できたのが皮肉だわ。


 神編術師を連れた小兄さまやイーたちは近衛騎士団の影に隠れて、巫覡プリメトゥスの所へ送り届ける。たぶん巫覡の隊は皇帝宮騎士団の後方か北東あたりから巫女リーシェンという私を攻めに来る。

 あちらも派手に戦闘していると見せかける筈なので、そのどさくさでイーと神編術師たちを託してしまえばいい。


 

 事前に準備をしてきた為、最初の襲撃時の様に士気を鼓舞する必要もない。

 集合場所の騎士団の中庭へ足を踏み入れて見渡すと、集合時間にはまだ間が有るため集まった騎士たちは半数位でまばらに佇み、皆静かに集中力を高めているようだ。

 祈祷所での祈りは済ませた。でもいくら祈っても無駄ということはないし、私に出来る事はある。

 集合時間まで、ここで祈ろう。


 目を閉じて、静かに、でも思い切り息を吸い込み、祈りの歌を口ずさむ。

 最初は囁くように、だんだんと国中の戦う騎士たちへ語りかけるように、女神への愛と騎士たちへの無事を祈って、歌う。


 ずっとずっと昔、一族フランマォラティオの一族が女神へ祈りと共に捧げた歌。古い言葉で紡がれる『愛しき友よ愛しき子供たちよ、いつか再び出会えるでしょう』という、短い歌詞を抑揚の少ない音で淡々と、延々と繰り返すだけの単純な祈りの歌。

 母なる女神が娘たる一族フランマォラティオの長に、彼女が人間(ひと)の世界へと行く前に掛けた言葉。

 本当はこの歌の前に『最愛の娘、』が付くのだけれど、子供たちが両親の元を離れる時に一族フランマォラティオの長―― 母アウラ ――は、その部分を抜いて子供たちに歌った。


 長男カルゥと次男エゥヴェはただ黙って聞いて頷いて出て行き、長女カーリィは女神と母への祈りの歌として受け止め、次女ニィは姉を倣い一人のときだけひっそりと歌った。末っ子アーフは、そもそも母の言葉すら聞かずに飛び出したので、たぶんこの歌が女神由来だと知らない。


 でもアーフは間違っていないのだと思う。

 言葉に深い意味はない。何も思わず歌ったとしたら、この歌はただの歌。祈りを、女神への思いを込めて歌えば女神へ祈り、再会を望む歌になる。


 だから、私は今ありったけの祈りを込めて歌う。


 戦いに出る皆が無事でありますように。

 この国を、彼らが愛し守りたい人たちを守れますように。

 彼らの家族の元に戻れますように。


 全ての愛し子たちが、傷つきませんように……




───────────




 ありったけの祈りを込めた勢いで術力まで込めていたようで、歌い終わった今ごっそり術力が抜けている。まだ集合すらしてないのに、もう身体は怠い。

 やりすぎた。



「おひー様、俺たちの無事を祈ってくれるのは嬉しいんですが、大盤振る舞いすぎますよ」



 まばらな団員たちが遠巻きに見る中、いつの間にか横に来ていたクアンドが呆れた様に言う。横でスキエンテも頷いていた。



「もう少し祈っておこうかなぁって口ずさむだけのつもりだったのよ? 思いのほか力と気合が入っていたみたいだね」


「入りすぎです、姫様。おそらくウチだけでなく国中の騎士たちに護りの祝福が掛かりましたよ」



 溜息を吐きながらスキエンテに言われて、そりゃごっそり減るわ!と納得した。



「まあ、掛かっちゃったものは仕方ないわ。接敵するまでには術力も戻るでしょ」


「相変わらず人離れした回復力ですね。だからと言って、戦う前からそんなに術力を使わんでくださいよ」



 首を振りつつ去っていく二人に、意識してなかったんだけどなぁと言い訳しておいた。




───────────




 整然と並ぶグラテアンの騎士たちの前に立つと、全員がやる気に満ちた目でこちらを見る。


 気温は低く寒いはずなのだけれど風が無く雲もない空に太陽が輝き、肌寒いくらいで済んでいる。

 気前よく祝福が行き渡ったおかげか、寒そうにしている者は一人もいない。騎士と一緒に整列している神編術師たちですら寒そうな素振りすら見せず、むしろ興奮しているのか頬がほんのり赤い人だって居た。

 うん、彼らにもしっかり祝福がかかってるわ。まあ、外れた術なんかにぶっ飛ばされたりもらい事故はなさそうで良しとしよう。



「しっかり準備したし、皆に歌の祝福もあるみたいで良かった。さて、頑張って戦うよ!」



 苦笑いする私にグラテアンの皆は同じように苦笑いで「応!!」と返してくる。

 うん、全員元気に笑ってるわ。


 端の方に立つ小兄さまとイーの後ろに控える神編術師たちを見れば、こちらはおたおたする人が目立つ。



グラテアン(うち)に来たいと言ってくれて、ありがとう。でもあなた達の所属はグラキエス・ランケア帝国でしょう? あなた達を大事にしない皇帝なぞでなく、愛しんでくれる巫覡の所へ連れて行ってあげる。一度国へ帰って、その上で私たちと共に生きたいと思ってくれたなら、私でも兄でも妹の所でもいい、訪ねてきてちょうだい」



 帝国軍に返されると不安なのか所在なさげな神編術師たちに、笑って言えばどこかほっとした顔をしていた。

 さあ皆、準備はできたよね。



「行こうか!」

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