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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
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思った以上に

 『目印』を持った内通者が出始めた頃、帝国軍は本国からの守護衛士兵団デフォブセッシミーレスの増援と、王国へ彼らを移転させる神編術師を呼び寄せて慌ただしくしていた。


 こちらも彼らを迎えるべく準備はしていたが、それを邪魔するために送り込まれる『目印』を持った内通者や刺客たち。その邪魔者を排除して着々と積みあがっていく『目印』に、グラテアンだけでなく近衛騎士団レクスプラエトリアニ王宮騎士団パラーティルムの騎士たちも眉を顰め、嫌悪と苛立ちが隠せないでいる。

 おかげですんなりと準備が出来ずに焦りも生まれたのだが、帝国側も総大将(インペドゥムス)プリメトゥスが神編術師を保護し彼らの扱い方に苦言を敷いており、即出撃を望む守護衛士兵団は総大将の協力が得られず準備が滞っているようだった。

 神編術師が居なければ展開された結界を再度破る事もできないからだ。


 しかし、彼の時間稼ぎもいつまでも出来るわけじゃない。それでも嫌がらせの様な時間稼ぎをしてるのは、皇帝直属の守護衛士兵団の大隊を引っ張り出すため、とか?

 だとしたら、私のしている事もひとつの手助けになるのかもしれない。そうだといいな。


 まだ偉そうな顔をして陣地に居座っている蒼炎カエルライグニーを『目印』にした天馬調教師カエルクスマネジャレ、あいつには絶対目に物見せてやるから。



「おーい。計画書がひどいことになってるぞ、ティーシア」



 物思いにふけっていた私に、のんびりとした小兄さまの声がかかる。手元を見ていると力いっぱい握りしめられた右手の中には、くしゃくしゃになった計画書がある。



「あー、考え事してたらうっかり握りしめてた。でも大丈夫、伸ばせば見える」


「そうか。それはそうと、兄上が帰ってきたぞ。怪我もないし、疲労もないみたいだ」


「良かった! じゃあ、大兄さまの部屋へ行こう。小兄さま」



 大兄さまには秘密裡にお使いを頼んでいた。数日前に屋敷をでて、さっき帰ったところらしい。王宮や神殿、帝国の隠密に見つかったり邪魔されたりはしてないみたいで良かった。

 帝国に見つかっていると厄介だよね、どうなんだろ… と考えていると『誰にも見られていなかったわよぅ』という、明るい声が頭上から降ってきた。

 気配が薄くなるだとか、認識できにくくなる術なんかをこれでもかと兄さまに掛けたし、声の主がきっとその手助けになる何かしらの祝福を与えてくださったのだと思う。

 ありがとうございます、母なる女神。




 昔は酷い有様だった大兄さまの部屋は、今や落ち着いた家具が配置され整然とした様子のさわやかな空気の部屋で、着替えて一息つくためにお茶を用意しながら大兄さまが待っていた。



「おかえりなさい、大兄さま!」



 小走りに近寄り飛びつくように抱き着いても揺らぎもせず抱き留めて、「ただいま。ティーシア」と大兄さまがくすくす笑う。数年前ならよろめいていたのに、プルファーナ様にいいところを見せたいと鍛えた効果がでている。



「怪我はないって聞いたけど、刺客が襲ってくるとか危険なことは無かった?」


「大丈夫、母なる女神の祝福とティーシアが掛けてくれた術のおかげと、護衛の騎士と二人だけでの行動ということもあって驚くほど何もなかったよ。さあ、まずは座ってお茶を飲もう」



 一度ぎゅっと抱きしめて背中を軽く叩いた兄さまが、流れるように椅子へと案内してくれる。



「すごーい、兄さま紳士みたい」


「いや、紳士だろ。何言ってるんだティーシア」



 私が感心したように言えば、小兄さまは呆れたように私に言う。だって仕方ないじゃない、ついこの間までは大人しい野生児だったんだもの。

 静かにお茶を飲んでる姿は、出来る文官のようだわ。



「今の私はよう(・・)なのではなく、ちゃんと文官だよ。せめて文官らしくなったね、くらい言ってほしいな」



 言われても仕方ないくらい酷かったのは事実だけれどね、と困ったように笑う大兄さま。大兄さまの笑顔は思ってた以上にカルゥ兄さまと彼に似ている。大兄さまと彼が自分に似てるんだよ、とカルゥ兄さまなら言うだろう。

 ちゃんと「そうだね」って返事するから「違うよカーリィ」って訂正してくれないかな、と有り得ない事を思い付いて悲しくなる。

 目の前に置かれたお茶を手に取るけれど、持ち手を掴んだところで止まってしまう。せっかく大兄さまが淹れてくれたのに。なんて、うじうじしていたら、大兄さまの話しが始まった。



「とまあ、情けない話はここまでにして。ティーシアに頼まれた伝言は、ちゃんと本人に伝えられたよ。側近たちは驚いていたけれど本人と一番の側近はさして驚いていなかったから、ティーシアの考えと同じような事を計画していたのかもしれないね」


「ということは、あちらも準備はしているかもしれないのね。多少前倒しで動いてもいいかな」


「そうだね、遠くに大勢の愛し子たちの気配があった。同行した騎士は普通の人なんだけれど、何も感じていないようだったから。無自覚の愛し子程度ならなにか変だ、くらいで深く考えないだろう」


「そうなんだ。じゃあ上手くいけば、何事もなくイーと神編術師たちは還してあげられるかもしれないね。でも絶対じゃないから、小兄さま気を付けてね」


「了解した。その分ティーシアが派手に動くんだ、ティーシアこそ気を付けろよ。蒼炎と同化したとはいえ、お前が乗るのは紅天ルフスエルムだからな。俺は見ていないが、インフィウムと黒炎天(アーテルフラルム)はどうなんだ?」


「黒炎天が落ち着いてるから、相性は悪くなさそう。むしろ戦闘するなら紅天より良い動きするんじゃないかな」


「ふむ、ティーシアと紅天はどうだ?」


「蒼炎と混ざったことで変質してるから『紫炎天プルプラーイグルム』と名付けて、とりあえずは私に縛ったよ。蒼炎の部分が私に従おうとして、紅天の部分が逆らってる状態。蒼炎は絶対服従という契約だから問題ないんだけど」


「紅天は契約を切ろうと躍起になってるってことか」


「そうなの。もともと蒼炎が彼らの中で最上位で、その蒼炎が従っているからしぶしぶ… みたいな状態」



 溜息をついてお茶を一口飲む。あ、美味しい。大兄さま、腕を上げてる。



「たぶんイーを紫炎天に乗せたら、そのまま帝国の陣地に駆けて行っちゃうよ。もう紅天は正気じゃないから」



 静かにお茶を飲みながらこちらの会話に耳を傾けていた大兄さまが、不思議そうにしている。



「紅天を庇ったのが蒼炎の怪我の直接の原因といえば原因なんだけど、イーと一緒に興奮してラクリーマと敵の間に入っていったのが始まりなんだ。紅天は最愛の蒼炎を殺してしまったのが自分だって認めたくないの」


「だからティーシアのせいだと自分の認識をすりかえて、敵軍へと投降しようとしていると?」



 大兄さまの紅い瞳が悲しげに揺れている。



「うん。それくらい蒼炎が好きみたいだね。本当なら私も紫炎天に乗って戦闘はしたくないけどさ、黒炎天が押さえてくれてるし蒼炎の部分が従ってくれるから大丈夫」



 私が笑って言うと、おもむろに立ち上がった大兄さまは近寄り、そっと抱きしめてくれた。そのまま頭を撫でられて、ぽつりと言う。



「そうか、それでも気を付けなさい。私はそんな風に憎まれるティーシアが心配だよ」



 私に出来る事は何もないのが口惜しい、と小さく呟く大兄さま。私はこんな風に心配してくれるのが嬉しいんだよ。ありがとうという気持ちで、私も大兄さまを抱きしめた。

 その直後に大きな振動がある。小兄さまが大兄さまごと抱きしめてきたらしい。

 三人で声を出して笑った。

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