選ぶのは
「会話にする価値もない二人のことはもういいだろ。俺がソリスプラ伯爵家から除籍されるから自然に婚約は解消になるって事でいいのか?」
「そうだね。慰謝料が欲しいとかじゃないし。ああでも、ヴァニにはちゃんと謝ること」
「それはもちろん。俺の事も話すし、殴るでも詰るでも好きにしてもらえたらいいと思う。グラテアン公爵夫人には、納得できる説明を出来る自信はないから自然に解消されるのは助かった」
先日の鬼気迫るあの人に近寄るのは、怖いというか気味が悪い。
「もともとヴァニもイーも乗り気じゃなかったし、ソリスプラ伯爵から義母へ提案された婚約だったしねぇ。ヴァニに変な縁談を来させないためにもいい手段だったから、我が家の誰も反対しなかっただけだもん」
「ヴァニトゥーナ嬢の望まない婚約避けというのは本当なんだろうが、何で彼女はティーに『俺を解放しろ』なんて迫っていたんだ?」
「それね、正確にはもっとずっと長い文句なんだ。外で誰に聞かれても仲違いしてるように見せるために短縮してるだけで」
本音なんて聞きたくないが、これは聞かなくてはならない状況だろうと問い、答えを聞いて額を押さえた。
『早くインフィウム様をお姉様の護衛騎士辞めさせて、騎士団に常駐させてくださいな。ずっと一緒にいらっしゃるから、わたくしがお姉様の側に寄れないしお話も出来なくて悲しいですわ。あの方、あれだけ怪しいのにわたくしを騙せてると思っているんですのよ』
騙せてると思っていたわけじゃない、なんとか隠せていたらいいと思っていただけ。彼女を避けていたのだって、会うたびに責められるような視線で笑う彼女が怖かったからだ。
落ち込む俺に追い討ちが来る。
『お姉様の側に侍る栄誉を手にしているのに、いつもあの暗い顔! ごちゃごちゃ悩んでいるのでしょうけれど、あの辛気臭い顔でお姉様の側に居たらお姉様まで陰ってしまいますわ。せっかく燃える炎のように輝いているのに。ああもう、お姉様のお傍から解放してくださいまし。見ていて腹が立つのです』
「ということなのね。イーの性格からいって悩みが無くなっても辛気臭い顔は変わらないって言ってるのに、ヴァニは納得しないの」
「あ、うん。それは俺もそう思う」
ヴァニトゥーナ嬢が納得する煌びやかな存在ってアルドール殿下やドゥオフレックシーズ様くらいだと思うが、どうなんだろう。明るいとは言えないが、ドゥーヌルス様の様に憂いのある方ならいいのか?
「なんとなくイーの考えてる事は分かるけどさ、全部違うと思うよ」
「そうなのか。じゃあ、どういった感じになれば納得するんだろう」
「イーは嫌だって遠回しに言ってるだけだよ」
そういう事か。無理ににこやかに明るくなるように努めても駄目ということか。ガウディムあたりと交代しないと納得されないかもしれないな。
「なんかまた変な方に考えが行ってるみたいだけど、違うから」
ティーは困惑する俺に、苦笑とも溜息とも言えない笑いをもらして椅子に座った。
「さて、インフィウム君に質問するよ。二人名前を挙げるからね。気楽な方、気分が落ち着いたりなんとなく安心する方、目を惹かれる方を答えて。深く考えないで、直感で一瞬で答えてね」
頷く俺を見て、質問を始める。
「ラクリーマとガウディムだと?」
「ガウディム」
「クリュセラとオクルスでは?」
「オクルス」
「アルドール殿下とパークス団長」
「パークス団長」
「大兄さまと小兄さま」
「ドゥーヌルス様」
「ヴァニと蒼炎」
「 …蒼炎」
「私と巫覡プリメトゥス」
「 ……!? 」
さすがに最後の質問は詰まった。父なる神の巫覡にはお会いしたことすらない。なのに、すぐに答えられなかった。
驚いて混乱する俺を見てティーは微笑を浮かべて言った。
「ヴァニがイーを嫌がる理由が、それ」
『それ』とは。それは、今の俺にあってはいけない感情だ。悩むことすら嫌で考えないようにしてきたもの。気が付けば、冷や汗をかき鳩尾あたりの服を握りしめる俺の手をティーがそっと開かせていた。
「あのね、責めてるわけじゃないんだよ。イーがこの国に来て母なる女神に仕えたのは不可抗力だったでしょ」
見つめるティの瞳は気遣わしげなもので、俺の浅く短くなっている呼吸には気づかない振りで話を続ける。
「イーがどんな人と居ると気分が落ち着いて、本当に居たい国のお仕えしたい方はどなたか、ちゃんと自覚した方がいいんだよ。自覚して、どこの国のどなたの元に居るかを決めなくちゃ、イーはずっとヴァニの言う『暗い顔』で過ごすことになる」
だからさっきの『イーの居たところに戻って今後どうするか考なさい』になるのか。
「ヴァニはね、私が一番なの。全員がそうなるのは無理だって知ってるけれど、一番私の側に居る人は私を一番にする人じゃなきゃ嫌な子なんだよ。今の状態でこの国に居たら、ずっとヴァニにチクチク言われるからね」
ティーはくすっと笑って俺の手を軽く叩いて離れていく。
「今すぐでなくていいから落ち着いて良く考えて。イーが今迄みたいに私たちの側に居てくれるのは嬉しいけど、無理してほしい訳じゃないんだ」
そう言って穏やかに笑い部屋を出て行った。
フランマテルム王国で、グラテアン騎士団に居るのは苦痛でもなければ嫌でもない。居心地だって良い。グラテアンの皆は兄弟みたいなものだし王族や神殿など一部を除けば、愛し子だからと特別にちやほや持ち上げる事も無ければ、蔑まれることもなく同じ国民として接する人ばかり。
だが、時々ふっとあの寒い国が懐かしく思われることがある。神殿だけが暖かい場所で、どこもかしこも寒い国。満足いく食糧が無く腹を空かせていても兄弟のように育った子供たちが身を寄せて暖を取っていると、親代わりの大人たちに抱きしめられて苦しいと笑ったあの場所。
きっと、この国で自分だけが衣食住が満たされていると罪悪感に苛まれるあの一瞬に浮かぶ思い出が、俺を『暗い顔』にしているのだと思う。
陽気な炎の女神に仕えるのは嫌じゃない、むしろ誇らしく思う。
しかし、その誇らしい気持ちは父なる神の妻神で在られるからなのだとしたら、俺の『一番』はこの国には無いということになる。
ヴァニトゥーナ嬢が俺を嫌うはずだ。もし先日会った銀髪の侍従筆頭が、自分の居場所はここじゃないなんて暗い顔をして父なる神の巫覡に侍っていたら、俺だってあの指すような視線になるだろう。
さっき俺が選んだ人物は女神の愛し子ではない方。もしくは、相手より寵愛が劣るか女神の気配の薄い方だった。
ティーは、俺をこの国で間諜をするという立場から解放してくれると言っている。このまま帝国へ帰還したらどうなるだろう。もう一度、ティーの側へ戻れと命じられるか、この国を攻める駒になれと命じられるのか。
俺はもうあの時の子供じゃない。もう一度帝国からこの国へ戻れと指示されたとしても、何の手も打たずに従うことなんて無いんだ。
神殿の皆を守るのなら、アグメサーケル陛下に助けを求める事も出来る。もし父なる神の巫覡が皇帝ゲマドロースを排除しようと動かれるなら、巫覡の武器になることだって出来る。
俺が何をしたくて、何をするべきか。よく考えよう。
その機会を与えられたのだから。




