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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
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言わなくてはいけない事は

「あのね、グラテアン騎士団エクストゥルマから追放するとか王国から退去させようっていうんじゃないの。一度、イーの居たところに戻って今後どうするか考なさいって言いたいだけよ」



 ティーの命令に強張った俺を見て、仕方ないとばかりに幾分か優しい口調でティーは続けるが、動ける気がしない。俺だけ時間が止まったように動けないのを見て少し考える仕草をした後、ドゥオフレックシーズ様へ向き直った。



「ねえ小兄さま。ちょっとだけ、イーと二人にさせて欲しいの」


「うーん、二人きり……まあいいだろ。俺はヴァニの所へ行ってこよう」



 あんまり苛めるなよ、と言いながら出ていくドゥオフレックシーズ様。出来れば残っていて欲しかった、置いて行かないで欲しい。

 ティーは笑って手を振り空いた椅子に座って、俺を見て複雑そうな顔をした。



「ちょっとぉ、今から殺されそうみたいな表情するの止めてよ。なんでそんな顔すんの?」


「ティーが怒ってる」


「そりゃそうでしょう。まさか優しくイーのせいじゃないよって慰められると思ったの?」


「まさか! ティーはヴァニトゥーナ嬢以外には、絶対そんな事言わないだろ」


「あ、うん。そうね、よく分かってる」



 何か複雑そうな顔をしていたティーが真顔になった。



「で、私が怒っているこの状況に恐怖してんの? それとも復讐されるのが怖いとか、殺されそうだとでも思うわけ?」


「そう思ってるわけじゃない……いや、そうなんだが」


「どっちよ」


「なにか報復されるとは思うが、殺されるなんて思ってない。ただ単純にティーが怒っているこの状態が、怖い」



 本当の事を言えば、ティーの報復内容も恐怖でしかない。絶対に突拍子もないことを言い出す。今すぐ裸になって庭園で踊ってこいとか、精神や人間としての誇りや尊厳をえぐる課題が出ると思う。



「怒られて当然でしょ。何か変な方向へ思考が飛んでるみたいだけど、なんで私が怒ってるか分かってる?」



 問われて、自分の手をじっと見て考える。


 俺が帝国の手先だったこと、蒼炎カエルライグニーを連れて行かれる原因の一つになったこと、フランマテルム王国やグラテアン家の秘密を探るために家探しみたいな事をしたこと、ヴァニトゥーナ嬢との婚約を受け入れたのにティーの満足いく行動をしなかったこと。

 いくらでも思い浮かぶし、当然全部に怒っていると思う。だが、今ティーが言っているのはそういうことじゃない。



「俺が、グラキエス・ランケア帝国からの手先だとティーに自白しなかったことに」



 ティーは、見つめていた手から顔を上げ彼女の目を見てはっきり答えた俺に、満面の笑みで「当たり!」と言った。



「ちゃんと答えられるくらいには私のことを理解してるのに、なんで黙ってたの。私は巫女リーシェンなんだよ。母なる女神と直接会話できるのだもの、特にこの国でイーが隠せる秘密なんてないの知ってるんじゃないの?」


「ティー。巫覡や巫女は必ずしも自身の仕える神と会話できるわけじゃないんだ。そして、それを知っている者はそう居ないんだよ」


「え、そうなの? 巫覡や巫女はみんな会話するんだと思ってた。あ、そういえば母なる女神に、会話できるって公言しちゃいけないって言われたわ」



 と心底驚いたように言うティーに笑いが漏れる。



「俺はエイディ神殿の神殿長から出国前に、ほとんどの神々と巫覡・巫女は祈りと神託として対話するけれど相性のいい神と巫覡・巫女は俺たち家族のように普通に会話するんだ、って極秘情報として聞いたんだ。俺は子供だったから、神殿長の仕える父なる神だけが特別だと思ってた。あの方が、フランマテルム王国(この国)で秘密に出来る事などないと忠告してくださっていたと気が付いたのは、本当につい最近なんだ」



 苦笑する俺を視線だけで続けろと言うティーに、もう一度だけ笑って続ける。



「気が付いたのは、前回の愛し子の集会の後からだ。ティーは女神と会話していると言ったことはないが、よく教えてくれる女神から得たという情報はものすごく細かいって」



 プロエリディニタス帝国でほぼ毎年のように行われる愛し子の集会。そこで、ティーは必ずひとりだけで皇帝陛下と皇后陛下と面会する。

 残った俺はいろいろな神々の巫覡や巫女、寵愛厚い侍従や侍女たちと歓談していた。そこで得た情報をまとめると、会話するように神々と意思疎通しているらしい巫覡や巫女はとても少なかった。


 前回の集会のときに、俺が一人になると近寄るグラキエス・ランケア帝国からの内通者と接触したくなくて、愛し子しか居られない会場にずっと入り浸っていた。

 そこで、ひしめく愛し子たちで人酔いしたと椅子に座ってぐったりしていた、初めて参加するという小さな巫女と出会った。付添いをする神官は居たのだが、小さな国の小さな神殿なので愛し子は少なく、帝国を訪れた一行に愛し子は居ないため会場までは誰も同行できず一人だった。

 その様子が出会った頃のティーと重なり、ついあれこれ世話を焼いてしまったんだ。



「ああ、あの時ずっとちっちゃい子がイーに付いて回ってたね」



 ヴァニみたいで、すごく可愛い子だったから覚えてる。と、ティーは懐かしそうに微笑んだ。

 あの子がずっと俺につきまとってくれていたおかげで一人になる時間がなく、前回の集会のときはグラキエス・ランケア帝国の誰とも接触せずに過ごせた。



「そう、その子が言っていたんだ。お兄ちゃんが一緒に居る巫女様、すっごく神様と仲がいいんだね。いっつも楽しそうに会話してるよ。私と私の神様と一緒だよ、でもこれ秘密だから誰にも言わないでねって」


「やだ、あんな小さな子でさえ神々との約束を守れるっていうのに。私今ぺろっとイーに秘密をばらしちゃったじゃないの」



 両頬に手を置いて動揺するティー。いくら俺でも神々と愛し子の秘密は帝国の奴らに暴露なんてしないぞ、とティーを見るもそっちの心配をしている風ではなかった。

 小さな子に出来る行動が出来なかった自分に衝撃だったらしい。



「まあ、俺は言わないしこれからティーも言わなきゃいいだろ」


「それはそうなんだけどさぁ」


「そこから、もしかしたらティーは俺のこと知っているかもしれないって不安になった。グラテアン騎士団の皆は良い人ばかりで、最初から裏切っていましたって言うのが怖かった」



 たぶん、俺が帝国の手先だと言っても団員たちは俺に対する態度は変わらないと思う。皆、心の広いひとばかりだから。そして俺の前で内緒話をして、堂々とお前にこの情報は教えてやれないんだと笑う。隊長級以上のひとは、絶対そうやって俺をいじるのが目に浮かぶ。

 それはそれで嫌かもしれない、とさらに気分が沈んだところでまた自分の手を眺めていたことに気が付いた。



「もっと前に自分からティーに、俺がグラキエス・ランケア帝国から差し向けられた間諜だと言わなくてはいけなかったと、分かってはいたんだ」


「うん」


「でも、俺はエイディ神殿の皆を守りたい。帝国は愛し子だけじゃなく、神官にすら厳しい国だ。俺がちょっとでもヘマをしたら、あの人たちがどうなるか想像するのが怖かった。皇帝陛下は、愛し子だって殺せる。愛し子のような寵愛のない神官たちなんてもっと簡単に……」



 想像するのも怖い。もう見つめているはずの手元がぼやけてよく見えない。そんな手に暖かいなにかが落ちてきて、下へと流れていった。



「そんなことを考えているうちに時間だけが過ぎて、俺は二柱の愛し子だとか持て囃されて思い上がったんだ。このままなんとか時間が過ぎて、なにもないように過ごせるかもしれないって。蒼炎が連れ去られたのは、全部が俺のせいだなんて図図しいことは思わない。だが、原因の一つだったと思う。ティーにいろいろ忠告されていたのに、なにも行動を起こせなかった」



「うん」



 言い訳の止まらない俺に怒ることもせず、静かに相槌を打ってくれるティー。

 瞼に力を込めて瞬きをして、顔を上げてティーを見る。ただ真剣な顔で俺を見つめる、初めて会ったときより大人びた少女が居た。

 俺が、ずっと長い間言わなくてはいけなかったこと。今こそきちんと口に出そう。



「出会ってからずっと、俺が帝国から差し向けられたと言わなくて、ごめんなさい」

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