重大な…
「それにな、秘匿情報ったってティーシアを迎えに行った帰りの獣車で話していた通り、世間に母なる女神がお可愛らしい方だと広めない方がいいな、程度のもんなんだぞ」
もう何を言っていいのか分からない俺に、いつも通りの笑顔で続けるドゥオフレックシーズ様の表情には、俺に対する侮蔑も警戒もなかった。本当にいつも通りの態度だ。
「フランマテルム王国も元々は二つの帝国を繋ぐための国であって、秘密なんてものは無いんだ。そりゃここまで国が続けば貴族家や王家なんかの恥ずかしい事件だの、騒動だのがあるもんだ。それを公開するのは憚られる程度のもんで、探られても国としては痛くもなんともない。むしろグラキエス・ランケア帝国が何でそんなにこっちの秘密を知りたいのかが不思議なんだが」
お前知ってるのか?と視線だけで問われる。
「えぇと、ゲマドロース陛下は神を信じない方です」
「おう」
「ですが国を代表する神々の位は気にする方なんです」
「うん?」
「グラキエス・ランケア帝国はゲマドロース陛下が台頭なさり、軍事力としてはプロエリディニタス帝国の次に有ると言われるまでになりました」
「そうだな」
「しかし、プロエリディニタス帝国は戦の男神サルアガッカを祀り、巫覡であり皇帝位に有るアグメサーケル陛下は戦の男神の化身とも言われて、それこそ神のように褒め称えられる。対してグラキエス・ランケア帝国でどれだけ戦将軍として名を上げても戦の化身には負けると言われることに、怒りすら抱いておられるらしいんです」
「…それで?」
「更には我らが氷の男神エイディンカは母なる女神エイデアリーシェの夫神ではあるものの、その性質的に国を豊かにする火の方が素晴らしい、と民や氷の男神の神官までが女神を褒めたたえるのが、その…」
「自分とこの主神より、女神が褒められるのが気に食わないから国ごと潰しちまおうって? 子供か」
「陛下の原動力は子供じみた羨望や妬みだと思います。父なる神も母なる女神もそういった感情はお好みではないので、陛下は神の祝福などは得られない。しかし周りに居る神を信じる者や愛し子たちには惜しみなく神からの祝福という愛情が降り注ぐのが見えて気に食わない、という悪循環を起こしているのではないかと、最近思うようになりました」
「にしたってなぁ。神々が自分を見ないのが気に食わない、じゃあ侵略しちまえってのが良く分からんな」
椅子の背へもたれ天井を見上げて腕を組んでいるドゥオフレックシーズ様の表情は、訳が分からないと語っている。それは俺も同じで、ゲマドロース陛下の行動の意味が分からない。
「自分を認めない奴は敵、ならば目の前から消してしまおうって単純に思ってるだけだと思うよ」
聞きなれた女性の声がする方を見れば、ドゥオフレックシーズ様の座る椅子の背に手を置き、こちらを見ているティーが居た。
悩んでいた俺の視線は手元に落ちていて、部屋の扉が開いたことにも気が付いていなかった。
「しかしなぁ、信じてもいない神々に認められないのがそんなに気に食わないもんか?」
驚きとティーに何を言えばいいのか困る俺をよそに、そのまま視線だけをティーへと向けて問うドゥオフレックシーズ様。ティーもそちらを見て、複雑な表情をしている。
「それね、たぶんアグメサーケル陛下が巫覡で、戦の男神サルアガッカの化身って呼ばれているのが一番気になるところなんじゃないかな」
「神の化身と自分を比べてるってことか?」
「そうなるかな。皇帝ゲマドロースは、一兵卒から将軍になってグラキエス・ランケア帝国の頂点まで実力でのし上がったと思ってるでしょ。対してアグメサーケル陛下は化身たる方が率いた一族プロエリィンプェリムの血縁で、戦の男神の化身と崇められているし戦の能力も申し分ないのが証明されてる」
「あー、身一つでのし上がった自分よりも環境の整った所でなんの苦労もなく帝国の頂点に立っているアグメサーケル陛下が、自分より評価されているのが気に食わないと」
うへぇ、と声に出さずに目を閉じて溜息を吐くドゥオフレックシーズ様へ優しく笑い、ティーは続ける。
「私たちから見れば皇帝ゲマドロースだって十分に神に愛されて、他の人より良い環境が用意されているんだって知ってるけどさ。本人だけが気が付かないでイライラしてるの。自分を見ない神なんて居ないって、本気で思いこめるくらいに神々に愛された『愛し子』が羨ましくて仕方ないんだよ」
「はた迷惑な奴だなぁ。ティーシアは皇帝ゲマドロースは誰の愛し子だと思う? 嫉妬の女神ラエティルミスではないんだろ?」
ティーを仰ぎ見て質問するドゥオフレックシーズ様に倣って、俺もティーへと視線を向ければこちらを向いてニヤっと笑う視線とかち合う。
「イーはどう思う?」
弾むように問われて、思いつかないという返答は認めてもらえないだろうと分かる。普通に考えれば 嫉妬の女神でもおかしくはない。しかし、巫覡になれる程に寵愛を受けた奴が、他に居た。
妬み、承認欲…欲?
「強欲の男神クピフィーニート?」
「うん。強欲の男神も嫉妬の女神と同じで人間に認められなくても気にしないし、自分と同じ欲求を抱えた人間を好む傾向にあるんですって。相手の意志に関係なく祝福とか寵愛を与えるところも同じ。正式に認定されてないだけで、たぶん皇帝ゲマドロースは強欲の男神の巫覡なんだと思うよ」
つい、少しだけ眉を寄せて嫌そうに語るティーを凝視してしまう。
「だから神々の愛し子も殺せるし、与えられた能力でのし上がれたのか」
「しかし、強欲の男神が与えられる能力って何だ?」
俺の言葉に続くようにドゥオフレックシーズ様が問う。それは俺も不思議だった。
「強欲の男神が持っているものなら、何でもありだよ」
何てことないように与えられた答えに、二人して唖然とする。
「どういう事だ? 愛し子たちに与えられる能力は、神々の代表する能力じゃないのか?」
「ただ愛でるだけの愛し子なら、そんなもんじゃないかな。受け止める方にも限度があるからね」
「侍従や侍女なら違うって?」
「うーん、それも愛し子よりは強力っていう位?」
「ふむ。ティーシアみたいな巫女なら違うと?」
「そうなるね。まず、巫覡・巫女になると身体強化されるでしょ。それで与える能力が侍従たちより強力になる。さらに修行すれば、受け止められる能力の幅も容量も広がっていくんだよ」
「じゃティーシアは炎を操るだけじゃなく、他にも出来ることがあるってことだよな」
「そうだよ、でも内容は小兄さまには秘密。これ、巫覡や巫女には公然の秘密なんだけれど、ふつうの侍従や侍女には教えちゃいけないやつだもん」
「じゃあティーシアはいいわ。皇帝ゲマドロースの前に出ると身体の動きや感覚がが鈍くなったりするとか、皇帝がかざした手にその辺に落ちてる剣が吸い込まれるように動いたっていうのも、嘘や幻覚じゃないってことか」
「たぶん。威圧か重力系の術を視線だけで操れるんじゃないかな。その辺にあるものを意志だけで動かすって、神々には息をするのと同じように出来ることらしいし」
「ティーシアも出来るのか?」
「やってやれないことは無いと思うけど、自分で動いた方が早いよ。神格が上か同じの巫覡・巫女には効果が打ち消されて意味ないものだしね。そういうのに頼ると、効果ないと困るでしょ」
「まあ、何事も基礎が大事ってやつだな」
俺は目の前でぽんぽんと軽く交わされる会話を聞いているだけだなんだが、これは愛し子や巫覡・巫女に関するけっこう重大な秘密なのでは? そんなものをほいほい目の前に投げないで欲しい。
それでも止まない会話に、身体に振えが走った。
恐怖に震えてるわけじゃない、と自分に言い訳している俺の顔色はかなり酷いものだと思う。




