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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
75/216

見逃された理由は

「な? ティーシアが、俺たちが怒るのも当たり前だと思わないか?」



 冷めた笑いを浮かべるドゥオフレックシーズ様の視線は、寝具の上にバラバラと放り投げる様に置かれた『目印』たちにある。


 一番最初に落ちてきたのは、取っ手が青い皮の錐のようなもの。

 その横に投げ出されたものは青い房のついた手鏡。その手鏡の上に、縫い糸が青い鞘の小刀。持ち手が青い皮の指し棒、青い糸で編み込まれた飾りのついた扇子、握り手が青い皮の筆、美しい青い結晶が光る髪飾り。皮を細く裂き糸のようにして、その皮の糸で美しく縁取りした腕輪。青い糸を寄り合わせ少し太くした糸と、同じように太くした色合いの違う色とりどりの糸を複雑に編み込んだ飾り紐。指周りを青い皮で強化した、指先の出る手袋。一つとして同じものは無い。


 そんな、何の関連もない物たちに共通するのは、青。

 全部、全部、どこかで見た青い色。

 しかも青いもの(・・)に残るこの気配を、俺は知っている。

 グラテアンに居れば知らない者が居ない、この気配は………



「……蒼炎カエルライグニー……」


「分かりやすい『目印』だよな。残留した気配を読めない者でも、この青は染料では出せないからな。自分の持ってる『目印』と比べたら、すぐに分かる」



 一目で分かる、それは理解できる。



「そんな『目印』は必要なものなんでしょうか」


「自分は有能だと思ってる奴には必要なものだったんだろ。自分とこの内通者かどうか見極めることなく一目で判別できるからな。こんな馬鹿な事した奴は蒼炎の最初の契約者、帝国の天馬調教師カエルクスマネジャレだろうな」


「え? 蒼炎はティーが最初の契約者じゃないんですか?」


「なんだ、知らなかったのか」



 どういう事だろう。知らなかったのかと言われても、俺が蒼炎たちと出会ったのはすでにティーが契約した後だった。



「お前は蒼炎、黒炎天アーテルフラルム紅天ルフスエルムがグラキエス・ランケア帝国から差し向けられた間諜だと知っていたと思っていだんだがな」


「は? 帝国から…?」



 いや、全然知らない! 予想もしていなかった言葉がドゥオフレックシーズ様から出てきて、疑問符と驚きしか出てこない。あの蒼炎が帝国の間諜だって?

 前のめりにじっと俺を見ていたドゥオフレックシーズ様は、乱暴に頭をかいて椅子の背もたれに勢いよくもたれてふっと短くため息を吐く。



「王国へ来る前にお前が所属していたのはプロエリディニタス帝国じゃなくてグラキエス・ランケア帝国のエイディ神殿、しかも神殿騎士団アエデーエクストゥルマだった事は知っている。お前が本当に仕えたいのは炎の女神でなく、氷の男神と巫覡ディンガープリメトゥスだという事もな」


「何を言ってるんですか、ドゥオフレックシーズ様。俺は氷の男神の巫覡にお会いしたことは…」


「巫覡の『神問い』にティーシアが参加した時、何回もあったプロエリディニタス帝国での愛し子の集会、お前は全部ティーシアに付いて参加してただろ。いくらでも巫覡に目通りも交流もできる。それに、ソリスプラ伯爵夫妻がお前の本当の両親ではない事も知ってる」



 違う。いや、違わないが、この人はいったい何時からこんな情報を知っていたんだろう。



「俺たちの情報収集能力を舐めたらだめだぞ。お前がグラテアンに来る前には知ってたことだ」


「待ってください。最初から知っていたのに、俺をグラテアン騎士団エクストゥルマに入れたんですか!?」


「ティーシアが入れていいよって言ったからな」


「なんでそんな簡単に…」


「お前がこの国で間諜の真似事をさせられるって決まったのが、巫覡が生まれる前。グラキエス・ランケア帝国では主神である氷の男神の愛し子でさえ、扱いは今の神編術師みたいなもんだったんだってな」



 馬鹿にされるわけでなく事実だけを淡々と言われているのに、自分の立場のみじめさに反射的に寝具を強く握りしめる。



「プロエリディニタス帝国の氷の男神の神殿に送られてそこから王国へ入り込む予定だったのが、アグメサーケル陛下からの使者として指名されてティーシアと対面したんだろ。まあ、神殿の仲間や誕生されたばかりの巫覡を人質だと言われれば、お前に選択権なんてないだろ」



 俺が1歳を過ぎた頃に氷の男神の愛し子だと知った親は、神殿前に俺を置き去りにしていった。俺が握りしめていた手紙には俺の名前だけが書いてあって、その下に自分では育てられないと一言だけ走り書きがあった。

 若い女が男に騙されたのか死別したのかは不明だが、恐らく裕福な家庭の娘か貴族の令嬢だったんだろう。何の不自由もなく育てられた娘が父の居ない子供、しかも帝国では迫害の対象になる愛し子を育てるのは無理がある。母と子ともども野垂れ死ぬ未来しかない。

 「お前を育てる力はなかったが、お前の名前を伝える愛情はあったのだよ」と神殿長は慰めてくださった。確かに、俺と同じ様に神殿に捨てられた子供の大半は与えられたはずの名前を伝えられず、神殿で新たに名前を付けられていた。

 神殿長や侍従ディジャー侍女ディジャエルたちが親であり兄や姉として愛情深く育ててくれた。俺や、同じように捨てられた愛し子たちは彼ら家族としての愛情や感謝を持って暮らしていたんだ。

 俺の他にも数人が間者候補者としてプロエリディニタス帝国へ送られたが、フランマテルム王国へ入国出来たのは俺だけだった。まさか…



「アグメサーケル陛下もご存知だったのですか?」


「ああ。ティーシアがグラテアン家で預かると伝える前には、陛下から兄上にも知らせが届いていた」


「それなのに、なぜ今まで俺を放置したんです」


「お前やソリスプラ伯爵夫妻を通してグラキエス・ランケア帝国に知られて困ることは、王国としてもグラテアン家としても何もないからなぁ」


「王国と帝国で小競り合いもありました。炎の女神や巫女リーシェンに関して知られたくない情報だってあるでしょう」


「小競り合いに関しては今回みたいに準備に時間をかけてないし、ほぼティーシアが出張って能力(ちから)で強引に解決したからお前からの情報なんざ役に立たない。女神に関しても、グラテアン家がフランマテルム王国にも秘匿している情報だってあるんだ。ついでにお前にも秘密にしてただけ、何の問題もない」


「俺が探っていたらどうするんですか」


「探ってみようとしたけど、何も発見できなかったんじゃないか?」



 その通りだ。本気で秘密を暴こうと動いたわけじゃないが、以前ティーを迎えに行った獣車で聞いたグラテアン家秘蔵の書物くらいは目にできるかもしれないと、書庫や閉ざされた部屋を探ったこともあった。

 何も発見できなかったが。



「お前が適当に探ったくらいで簡単に見つかるようなもんは無いぞ。その様子だと『氷の令嬢と炎の御曹司』も見つけられてないな」



 ちょっと呆れたような目をして言われた言葉通り、書庫の奥にあると聞いた最後の巫女ディンガエルと言われるコルフィラティナ様のお姿を見ることはできなかった。



「まあ、それも仕方ないかもしれないな。あの絵画には炎の女神だけでなく氷の男神のお力も込められてるんだ。わりと存在を知られている絵画だが、グラテアン家の血筋でも目にしたことが無い者も居る」



 ドゥオフレックシーズ様は目を見張る俺を面白そうに見て、楽しそうに俺に止めの一言を放った。



「絵画ひとつにも神々の守護だの祝福だのがあるんだ。本気で秘匿情報を集める訳でもないお前に、本気で隠している俺たちの秘密を暴けるはずなんて無いんだ。女神が愛しむ子供の一人や二人、グラテアン家が引き受けなくてどうするんだとティーシアが言ったから、兄上も俺もお前をグラテアン家に迎えるのを反対しなかったってことだ」

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