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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
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強い視線

 重苦しい気分と同じくらいに重い身体に、湿気まで帯びているような重い空気が纏わりついて動けない俺の目の前で、兄と二人の妹の別れを夢見ていた気がする。目の前の兄と妹の向こう側に、同じようにただ見ているだけの人物が居たような気もする。腰から下だけが闇から出ている状態で、おそらく男性だろうとしか分からなかったが。


 真っ暗な重い空気のある場所で小さな子が泣き、少し大きな少女が泣きながら兄を殴ったあと俺の腕をつかみ明るく空気の軽い所まで引きずって走ってきたのは、ついさっきの事のように感じる。

 だが、眩しいと思ったと同時にやはり意識が落ちたのだろう。

 今の俺は、身体は動かないが意識が浮上し始めている感じがするからな。音量を抑えた声で誰かが話をしているのも聞こえる。


「では、ソリスプラ様の意識が戻らなくても、今晩には神殿にお戻りになるのですね。もう数日こちらに滞在なさってもよいとノーヴ神官は仰せですよ?」


「有難いお言葉ですけれど、特例としてグラテアン邸宅(我が家)へ派遣して頂きましたもの。これ以上神殿を離れるわけにはいきませんわ。その旨ノーヴ神官にお伝えくださいませ、侍従リージェルクィッルス」


「貴方そのものにも『特例』は当てはまるのですよ、侍女リージェヴァニトゥーナ。神殿守護や国境沿いの結界再展開にも参加したうえに神殿での重症者の治療のあと、こうやって婚約者殿の治療にも全力を尽くしている。貴方には休養が必要ですよ」


「ここでは一人しか治療をしておりませんし、その治療も先日終了していますもの。休養は十分に出来ていますわ」


「それを決めるのは貴方ではありませんよ。神殿に戻ってもすぐに仕事が与えられるとは限りませんからね」


 さらに柔らかく諌められても神殿に戻る意思を翻さないヴァニトゥーナの説得を諦めたらしい侍従が、短く挨拶をして出ていく気配がした。会話を聞きながら動かない体を動かそうとあちこちに力を入れていたのだが、その努力が瞼を持ち上げるという結果をもたらした。

 視界に入ってきたのは見慣れた天井で首を捻って右を見れば、侍従を見送るヴァニトゥーナの後ろ姿が見える。床の絨毯や扉を見れば、ここがグラテアン騎士団エクストゥルマで俺の部屋だと理解できた。

 ラクリーマと俺たちのした間違いについて話ていたところまでは記憶がある。そこから先が思い出せないということは、あのあたりで意識を失ったんだろう。腹の痛みは無く体が重い。

 あれからどのくらい時間が経ったのだろうと悩んでいると、目の前にヴァニトゥーナが座っていた。


「お目覚めになったのですね、インフィウム様」


「俺の治療はヴァニトゥーナ嬢が?」


 柔らかく微笑う彼女は、俺の言葉に目を伏せて呟いた。


「……おおよそは」


「そうか、傷をふさいでくれたのは蒼炎カエルライグニーだったな」


「ええ」


 短く答えたきりヴァニトゥーナは口も瞼も開かない。


「俺はどのくらい意識がなかった? ティーはどうしている?」


 ゆっくりと目を開き、同じくゆっくりと言葉を紡ぐヴァニトゥーナ。彼女も俺と同じく、現実逃避をしたい自分を戒めているのかもしれない。


「インフィウム様が倒れてから今日で7日目ですわね。お姉さまは忙しく動いておられて、わたくしもここ数日はお会いしておりませんの。インフィウム様の容体は逐一報告しておりますし、同じく倒れたラクリーマ様は4日前には目覚められました」


「そうか、ラクリーマの傷は?」


「治療は完了いたしましたが、彼女の右腕は今までの様に動かす事は出来ないでしょう」


「ではラクリーマは…」


「騎士団の詳しい事はわたくしではお話できませんし、インフィウム様が目覚められたと報告もしなくてはね。二のお兄様を呼びます、詳しくはお兄様にお聞きください」


「申し訳ない。治療を感謝する」


 すっと椅子から立った彼女に一言えば、強い視線で見られた。こちらを射るような視線が痛い程に注がれている。


「わたくしに感謝をする事など、何もありません。けれど蒼炎には、はいつくばって感謝なさって、そして謝罪されるべきですわ」


 今までも俺に向けられる視線は痛い程強いものだったが、今の彼女の視線には怒気が込められ殺気のようなものまで混じっている。


「わたくしもそうですがインフィウム様、貴方も安易にお姉様に謝罪して楽になろうとなさらないで」


 低い声で言い捨てて部屋を出ていくヴァニトゥーナに、なにも言えず閉まる扉をただ眺めた。

 ティーの大事な蒼炎を手放させ、おそらく死なせてしまった俺やラクリーマに怒るのは理解できる。だが、何故彼女は自分にも怒りを向けているのだろう。




「何だ、ヴァニもお前も落ち込んでるな」


 つらつらと取り留めなく天井を睨み思考していた耳に、勢いよく扉の開く音と大きな声が聞こえてきた。見るまでもなく副団長のドゥオフレックシーズ様だ。


「ヴァニトゥーナ嬢がなにを落ち込むのかは知りませんが、俺は仕方ないと思いませんか副団長」


「ま、あのティーシアの様子を見りゃなぁ。それをすっぱり知らない振りで明るく元気溌剌な態度を取られたら腹立つだろうが、だからといって責任感じて落ち込んでますって態度を取られても、ティーシアは困ると思うぞ」


「それはそうですが。今は副団長だけですし、俺は今目覚めたばっかりで状況が分からないんです。教えて頂けませんか」


 勢いよく椅子に腰かけた副団長は、ニヤリと笑った。


「ティーシアは一晩泣いたあと、恐ろしい勢いで迎撃軍の再編成をしてアルドール殿下とパークス団長と共に内通者を捻りあげてる。あらかた排除していたはずが、まだまだ居るらしくてな。だが、焦ったのか何も考えていないのか、内通者が見分けやすくなったんだ」


 今度は真面目な顔で、水を俺に手渡しながらも話を続ける。


「今までの指令者から人が変わったのか、内通者が簡単に判別できちまうようになったんだな。ま、全員ではないだろうが」


「なにか目印でもついたのですか?」


「そう、分かりやすい目印を持つようになったんだ。特に新しく内通者になった奴や、最近国内に侵入した奴は絶対に持ってる。ここ3日ほど前から出回ってみたいでわんさか出てきてなぁ…」


 ドゥオフレックシーズ様の目がすっと細まった。ヴァニトゥーナと同じ、強い視線。騒がしく気の使えない次男と言われるが、本当はいつも冷静でちゃんと場を読みわざと明るさを強調した口調にしているだけで、今だって俺の為に声量は抑えているドゥオフレックシーズ様が怒っている。

 珍しい事もあるものだ。ティーが怒りを爆発させても、自身の怒りは抑えてティーを宥める程なのに。


「それ程に数が多いので?」


「残った団員で片っ端から回収してるが、勢いが衰えない。気分のいいもんじゃないし、回収する団員たちも嫌な気分になってるみたいだな」


「残った団員?」


 目を閉じて溜息をつきながら頭を振っていたドゥオフレックシーズ様が、上目使いでこちらを見る。


「負傷者ですぐに戦闘に出られない者、予備役として在団していたが戦闘参加はしない、もしくは出来ない者は退団させた。結果、約4割の団員がグラテアンを去った」


「そんなに! ほぼ半数じゃないですか。しかし、なぜ退団なのですか」


「退団者の半数近くが内通者だったからな、そのまま在籍させるのは無理というものだ。ほぼ全員が自主的な内通者じゃなかったのがまだ救いだな」


 どういうことだ? グラテアン騎士団は愛し子が必須条件なだけあって、身辺への審査は相当厳しい。そんなに簡単に内通者として活動させるなんて無理があるぞ。

 俺が考え込んで黙ったのに気にせず、ドゥオフレックシーズ様は続ける。


王宮騎士団パラーティルム近衛騎士団レクスプラエトリアニ巫女(リーシェン)への態度は大分改まったがな、神殿や王宮の態度は変わっていない。今回、グラキエス・ランケア帝国の侵攻軍を退けられたとしても、グラテアン騎士団は責任を問われて廃団させられるだろう。今なら退団者にも手厚く対応できるが、廃団されてしまったらそれも無理になるとティーシアが気にしたんだ」


「グラテアン騎士団の解体とは、飛躍しすぎていませんか?」


「いや? 最悪の場合もあるかもしれんと予想してたが、今回の襲撃で廃団(そう)なるだろうなという結論になった。アルドール殿下からも忠告されたぞ」


 どういうことだ? 俺の意識のない間に、なにがあったのだろう。

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