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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
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愛し子たちが見た兄妹

 暗い所に立つ自分の前に淡く光る場所がある。疲れ切って動くのが億劫ではあったが、暗い所に居るよりはいいと思い光に向かって歩いていくと、人らしき影と声が聞こえてくる。小さい女の子が泣きながら何か言っている。

 もう数歩近づけばその姿が見えそうで、疲れた足に激を入れて数歩足を進めて止まり、前を見た。

 紅い髪の女の子に目線を合わせてしゃがんでいる青い髪と青い目の少年が、泣きながら話をする女の子の頭を困ったように微笑し、ずっと撫でている。少年はどことなく我が巫覡ディンガーの面影があるが、持っている色彩が違っているせいで兄弟と言われたら信じてしまいそうだ。

 彼らの向こうには、俺と同じように二人を見ている少年が立っていた。こちらには気がついていないようだ。髪は黒、右目が紺で左目が濃い朱色で変わった瞳の色をしていた。

 立っている少年も泣きそうな顔をしていたが、口をぐっと引き結び手を握りしめて二人を見つめている。



「カルゥ兄さまのバカ!」


「うん」


「嫌だって言ったのに」


「うん」


「ニィやルーシェム、アーフ、お父様とお母様に何て言えばいいの…」


「何も言わなくても、皆分かってくれるよ」


「…わたしのせいだもん…ルーシェムとアーフは絶対許してくれないよ」


「カーリィのせいじゃないよ。ニィのせいでも、ルーのせいでもない。僕がしたかっただけなんだ」


「それで兄さま居なくなったらダメでしょ!」


「うん。皆と居られなくなるのは寂しいし、悲しくて怖いよ。でもね、カーリィとルーが居なくなるのは、もっと悲しくて怖かったんだ」


 ごめんね、と力なく言った少年はそっと妹らしき小さな紅い女の子を抱きしめる。女の子は爆発したようになきじゃくり「ごめんなさい」と繰り返し叫んでいた。


「カーリィのせいじゃないよ。僕のせいだから、もう泣かないで」


「だって、もう兄さまと会えない」


「そうだね。僕たちは何の根拠もなくずっと繰り返し出会えると思っていたもの。皆を残して消えるって、すごく悲しいんだね。エゥヴェが消えた時もこんな風に思ったのかな」


 そっと妹を離し、目を合わせて笑う。


「エゥヴェ兄さまは笑ってた。驚いた顔したあと、すごく幸せそうに笑ってたよ。カルゥ兄さま、悲しいなら残ってよ」


「そうかぁ、エゥヴェは笑ったんだ。あいつ、笑えたんだなぁ」


 ふふふ、と声を出して笑ったあとにまた妹をみて言う。


「エゥヴェが消えて、ずっとは無いんだって分かってたことだよ。今回は僕だっただけ」


 そうだけど、と涙を流しながらも瞬きをせず兄を見つめる妹に、いっそう晴れやかに笑う兄。


「僕がしたいことをして、カーリィを泣かせてしまってごめんね。もう僕たちに巻き込まれたカーリィを助けに行けないけれど、原因のひとつの僕も無くなるから大丈夫かな」


「大丈夫じゃないよ。巻き込まれても迷惑かけられてもいい、消えないでこれからも助けて、兄さま」


「残りたいけれど、無理そうだ。ルーには直接謝っておくから、父上、母上、ニィとアーフには僕が謝ってたって、伝えて?」


「アーフには嫌われてるから、聞いてくれないと思う」


「あぁ~、アーフはニィが大好きだもんな。ニィがカーリィのことを大好きで懐いてるのに嫉妬してるだけで、嫌ってるんじゃないよ」


 それでも、むぅっとした表情になって口を開かない妹に苦笑した彼は言う。


「じゃあ、アーフへの伝言はルーに頼んでおくよ。カーリィと仲良くしてね、とも」


「そんなの頼まなくていいよ。兄さまが話したいことたくさん話しておいて」


「そうか、ありがとう。さあ、もう戻らないとカーリィまで目覚められなくなるよ」


 泣きながら兄の服の裾を握って離さない妹に優しく言うも、妹の手は離れない。


「カーリィ…」


「ごめんなさい、カルゥ兄さま。助けてくれて、そして今までありがとう。兄さま、だいすき」


「……うん、僕もカーリィが大好きだよ」


 泣きながら、しかし笑顔で震える声を出来るだけ抑えつつ言う妹に向けて笑う彼の目尻から、一筋の涙が流れていく。

 妹の姿が透けて、闇へ溶けて兄と少年だけに…ならなかった。紅い妹が消えるのと同じ速度で、朱色の少女が現れて涙する少年の頭を思い切り叩いた。

 軽いが痛そうな音が響き、少年の「痛っ!」という叫びと一緒に涙が飛び散っていった。


「痛くて結構ですわ! アーフとルーシェムにお姉様から伝言なんてしたら大惨事になりましてよ。それに、わたくしにカルゥお兄様からの伝言をさせるなんて、お姉様のお心がズタズタになるじゃありませんか。わたくしなぞ放っておいて、もう少しお姉様の感情に配慮なさってくださいな」


「僕にとってニィも可愛い妹なんだ、放っておきたくないなぁ」


 言葉は丁寧だが内容は辛辣な言葉をガンガン投げつける、誰かを想像させられる十代後半くらいのお嬢さんだった。悲しげに眉を寄せて言う少年に向かって、ニィと言われた少女は物凄い表情で少年を睨む。

 うぉ、美人台無しの変顔! 眉は寄り目は半分閉じているというか睨みあげるといえばいいのか。口をへの字で半開きにし地の底を這うような低音で「きもちわるい」と呟いた。


「僕ってなんですの? しかも、そんな胡散臭い可愛らしい少年の姿なんかに、わたくしは騙されませんことよ」


 古風な言葉使いで兄をこき下ろしている少女を、あの優しげなお兄ちゃんはどこ行ったんだっていう冷めた笑いで見たかと思ったら、少年の姿がゆらめいて青年の姿が現れた。

 我が巫覡のような無表情だな、としっかり顔を確かめれば、やはり表情だけでなく顔の造作も我が巫覡に似ていた。

 癖の無い髪の色は青、瞳も同じく明るい青だ。


「本当にニィってば騙されてくれないね。カーリィは優しいから騙されてくれるのに」


「ええ、お姉様はお優しいですわね。でも優しいとか優しくないの問題ではありません。ご自分の事しか考えていないお兄様が、なぜお姉様方を庇ったのです? 例え切られたとしても、二柱の愛し子ともどもわたくしが回復させられましたのに」


「そうしたら、ニィがエゥヴェのように消滅してしまうじゃないか」


「わたくしの自業自得です、消滅しても構わないではありませんか」


「エゥヴェの消滅はニィのせいじゃない。ルーを庇ったからだろ」


「お兄様、わたくしがルーシェムを突き飛ばしたのをご覧になりませんでしたの? あれを庇うとは…」


「エゥヴェで受け止めきれなかった禍いから逃がすために、だよね」


「いいえ。自分だってお姉様に尻拭して頂いている事に気がつかずに、お姉様に食って掛かるあの子が嫌いだからですわ」


「素直じゃないなぁ。もうそれでもいいよ」


「よろしくありません。お兄様、わたくしがお助け致しますからお戻りください」


「もう戻っても『私』を維持する力は残ってないよ。その気持ちだけもらっておくから、ニィもそこの少年を連れて早くお戻り。ニィとあの子まで居なくなったら、カーリィは立ち直れないだろう?」


「お兄様方がわたくしのせいで消えてゆかれるというのに、のこのこ退散なぞしてしまったら…お姉様に顔向けできませんわ。しかも、わたくしが二柱の愛し子を救っただなどと思われたら困ります」


「ここから連れ出すだけでも充分に救った事になるだろう。私がやったのはルーを癒すついでに傷を塞いだだけだ。現にこの少年、まだ眠っているんじゃない?」


「ええ。同じく傷を塞いで頂いた女性の騎士はすでに目覚めております。二人ともグラテアン邸に帰投してすぐに治療せずにいたそうで、そのままの状態であったなら彼の生存は難しかったと医師の診断がありました」


「そうなんだね。それは良かった。なら尚更この少年を目覚めさせて、カーリィを安心させてやらなきゃ。ニィとその少年が戻らなきゃ、カーリィの今の人生は終わりになってしまうよ」


「そうですね、分かりましたわ。……ルーシェムは、カルゥお兄様が渡した魂の半分と混ざって魂が変質しております。もう分離することは出来ないでしょう。残りの半分を受け取ったお姉様は、お兄様のお帰りを信じて大切にご自分の中で保護なさってるそうですわ」


「そうか。カーリィには遠慮なく異能(ちから)として使ってもらいたいな。それに、ルーには悪いことをしたかもしれないけれど、私は少し嬉しいよ」


 軽い口調で会話していながらも、我が巫覡のように不動の表情を保っていた青い兄の口が上向きの半月を描く。


「何故かお聞きしても?」


「私が消えてもルーのなかには存在できるから、かな。正確には表現できないけれど、これが嬉しいって感情なんだろうね」


 朱色の妹は力を入れて目を閉じて眉を寄せ、ぐっと食いしばった。先ほどの低い声で唸るように言葉を紡ぐ。


「それは、わたくしたちにとって、とても悲しいことなのです。喜ばないでくださいまし…」


 ゆっくりと区切って話す彼女の声は震え、目尻には水滴が溢れてきていた。ああ、泣くのを我慢してるのか。


「ああ、この不可解で嫌な感じは悲しいって事なんだね。さっきカーリィと別れてからずっと、満足感と一緒に不愉快な感じがしていたんだ。そうか、これが悲しいっていう感情なのか」


 難しい問題の回答を閃いた! みたいな言い方で、かなりな内容じゃねえ? この青年、無表情なんじゃなくて感情ってものが理解でくてなかったってことかー

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