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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
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余談 ── いろいろな年末年始 ──

 いつもは家々の明かりがおちて静かになるこの時間も、一年の最終日である今日はどこも皆夜更かしになる。

 とはいえ天馬(カエルクス)たちにそんな事は関係ないとばかりに、騒がしい騎士団(エクストゥルマ)の宿舎へ呆れたような視線を投げる蒼炎カエルライグニー


「皆、今日を楽しみにしてたんだよ。そんな目で見ないでやってよ」


 ごめんなさい、の気持ちを込めて蒼炎に言えば、騒ぐこと事態を嫌がっているのではくて酔っ払いたちが馬場へ踏み込んで騒ぐのが嫌なんだ、と返事が返ってくる。


「私が引っ込んだ後に酔っぱらいが出てくるんだ、知らなかった。じゃあ、酔っぱらい達が近づけないように馬場に結界を張っていくよ。好きなだけ紅天ルフスエルムといちゃいちゃすれば?」


 言うと同時に誰も入れないように結界を展開する。結界が閉じきる前に蒼炎から「良くやった」と誉められた気がするが、酔っぱらいの迷惑があったんならもっと早く教えて欲しかったなぁとため息が出た。

 団での飲み会がある時も馬場に結界は必要かもしれないと思いながら宿舎へと足をむければ、門の前にスペイフィキィスが立っていた。


「スペイフィキィスは飲まないの?」


「やだなぁ、俺は団則で飲酒許可される20歳より下っスよ?」


 私の言葉にニヤリと笑う。


「ああ、そうだったね。新人君だったわ。あんまりにも馴染んでるから忘れちゃうね」


「最初の挨拶を済ませたおひー様は蒼炎に挨拶しているだろうからって、副団長から部屋まで送る権利を貰ったんっス!」


「あれ、イーは? いつもイーだったでしょ」


「センパイは飲酒許可の年齢になったからって、強制的に耐久飲み比べ大会に参加ですって」


「小兄さま、イーが使い物にならくなる前に止めてくれ…ないだろうね。たぶん」


「危なくなったらペンギテースさんか、アーリ中隊長が止めますよ」


「それもそうね。じゃあ、わたくしを送ってくれるかしらスペイフィキィス」


「…はい! では、お手をどうぞ。お嬢様」


 お嬢様っぽく言う私に嬉しそうに笑って、貴公子のように手を差し出すスペイフィキィス。澄まして歩くのが楽しそうだね。私もお嬢様扱いされるのが、意外にも楽しいひとときだった。

 酔っぱらってないんだけど、一年が終わるこの夜の雰囲気に酔ったのかなぁ?


───────────


「一気に飲むと酔うからな、少しずつ口に含めよソル」


「はい、アル兄上」


 王宮で行われる年末の祝賀会の招待状はプロキシルム家に届けられたはずなのだが、「共に住んでいる父からも兄たちからも、その連絡は来なかったです。顔を会わせると面倒なので泊めてください、兄上」と言って俺の宮殿を訪れたソノルース。その表情に暗いものはなく、いっそ晴れやかなのが救いだ。

 まあ、俺も仕事を言い訳に出席していないし、叔父上たちが何か言ってきてもソノルースの手元に招待状は届かなかったのだし問題はないだろう。もしかしたら、あいつらはソノルースが参加していないことに気がついてもいないのだろうか。


「辛い…」


 ちびちびと舐めるように飲んでいたソノルースがぽつりともらす。


「無理に飲むことはない、きょうはもう果実水にしておけ。兄上がソルと飲めることを楽しみにしていると言っていたぞ」


 はい、と素直に酒の入った容器を置いていたソルが俺を見上げて、花が咲くように笑った。


「嬉しいです! でもリド兄上はお忙しいじゃないですか。」


「兄上は弟と語らう時間くらい捻り出すさ。年明け早々に時間を空けておけと連絡が来るだろう。ソルは学園が始まる寸前まで俺の宮で過ごして、いつでも対応出来るようにすればいい」


「私はとても嬉しいのですが、アル兄上もお忙しいのではありませんか?」


「ああいう場に継承権を放棄した俺は居なくてもいいんだ。父上や叔父上が何か言ってきたら、ソルの教育で忙しいと伝えておけばいい」


「ふふ、では言葉だけにせず教育してください。内容はなんでもいいので」


「言ったな。じゃあ明日は野生の天馬と触れあいに行くか」


「えっ? 野生の天馬!?」


 飛び上がりそうなほど驚いているが、野生の天馬に近づくだけならそう難しいことじゃない。契約したり、主を決めずに捕獲するのに専門的な技術が必要になるだけで。


「触れあうだけなら簡単なんだ。奇跡的に相性のいい天馬と出会えれば、ソルと契約してくれるかもしれないぞ」


「天馬との触れあい…楽しそうです。でも、契約どうこうはあまり期待しないで、目の前で野生の天馬を見られるかもしれないのを楽しみにします」


 ちょっと酔ったのか嬉しくて高揚しているのか、頬を赤らめてはにかむソル。

 家族から孤立していたソノルースは俺の置かれた環境と良く似ていた。国王陛下たる父は王太子である兄上にすら教育係に丸投げして責任を果たしたと言いきる馬鹿だし、俺を生んで身体を壊した母は父の無関心という暴力から兄上を守り教育するのに手一杯だった。

 兄上が目をかけてくれなければ、ソノルースと全く同じに神々に関する事も、王族や貴族とはどういったものか理解するすべすらなかったはず。

 ソノルースが俺を見る目は、きっと俺が兄上を見ていたものと同じだ。兄上には「アル、弟が欲しいと言っていたし、ソルを構えて嬉しそうだね」と事あるごとにからかわれるが、今度からは兄上のようになりたかったのだから、当然嬉しいのだと答えてみよう。

 きっと兄上は驚いて、さっきのソルのようにはにかんで微笑するだろう。


───────────


「新年の、しかもこんな朝早くから神殿へ行くのか?」


 やっと太陽が顔を出したが屋敷のほとんど人はまだ微睡んでいるくらいの朝、支度を終えてそっと部屋を出たところで、同じようにきっちり服装を整えた一のお兄様に声をかけられた。


「おはようございます、一のお兄様。年末のお勤めを家族と過ごすために免除された者たちは、交代で年始のお勤めに参加するのですわ」


「おはよう、ヴァニトゥーナ。神殿関係者は忙しいのだな。身体に気をつけて行きなさい」


 大きく感情が揺さぶられなければ表情の変わりにくいお兄様ではあるけれど、ちゃんとお顔を見れば感情が現れているのが分かる。

 アルドール殿下が仰るには、我々グラテアンの弟妹にしかわからない微々たる変化らしいが。今だってわたくしを心配して、ほんの少し眉が下がっているし口調だって労りに満ちている。


「そういうお兄様も、二のお兄様とお姉様だってお忙しいじゃありませんか。わたくしは神殿で母なる女神へ祈りを捧げるだけのお勤めですわ。グラテアン邸(ここ)に居てもやることは同じですもの、無理は致しません。お兄様こそ昨晩も遅かったのですから、お身体を労ってくださいましね」


 わたくしがそう言えば、嬉そうに「そうする、ありがとう」と笑う兄。二のお兄様やお姉様の情報によると、一のお兄様はこの会話を自慢しにお姉様の所へ突撃されるのだそう。

 人の発言を出汁にしないで頂きたい。しかもお姉様と会話だなんて羨ましい! 最近はお姉様はとても忙しくしていらっしゃるし、こちらも神殿からの仕事の依頼が多くて身動きしにくくなっている。まだ卒業なんて先の学生になにをさせているのかと怒りたくもなるが、神殿を掌握する一手になるなら逃がしたくはない。

 お姉様が登園なさった暁には機会を逃がさず、教室へ突撃しなくては!

 気合いを入れて決心を新たにするわたくしに、わたくしの名を呼んで探す甲高い声が聞こえてきた。


「ヴァニ、ティーシアじゃないのだから、その顔はやめなさい」


「姉妹なのですし、外でしなければ良いのでは?」


「癖になって外でもその顔をするようになる未来が待っているぞ。そのうえ公爵婦人に見られたら面倒しかないだろう」


「あの方が原因ですのに、納得いきませんわね」


「アレに時間を使うより、もっと有意義なものに時間を使いなさい。ティーシアが蒼炎カエルライグニー黒炎天(アーテルフラルム)を連れて迎えに来ているよ」


 なんですって、なぜお兄様がそれをご存知なの?


「実は、ティーシアからの『きっとヴァニは朝一で神殿へ向かうだろうから黒炎天に乗って一緒に行こう』って伝言を伝えに来たんだ」


 いたずらが成功したみたいな笑顔で仰るお兄様。お姉様やプルファーナ様いわく、これは可愛らしいそうなのだけれど、良く分からないわね。お兄様だとしか思えないわたくしの感性も、一のお兄様寄りなのかもしれない。


「公爵婦人は私が足止めしておくから、ヴァニは早く行きなさい。きっとティーシアはそわそわして待っているよ」


「うふふ、とても嬉しいですわ。幸せな伝言をありがとうございます、お兄様。お兄様もさっさとあの方を躱してゆっくりなさってくださいましね!」


 嬉しさのあまり挨拶もそこそこに駆け出すわたくしに、お兄様は手を振り甲高い声のする方へ歩いていく。もう一度心のなかでお兄様に感謝して、お行儀悪いと思いつつも音をたてないギリギリで全力疾走して玄関へと向かった。

 嫌ではないが、かったるいと思っていた朝のお勤めに感謝しよう。

 もう少し待ってて、お姉様。

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