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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
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責めてくれたら

 グラテアン邸に到着すると、なぜか門の前で立っていた黒炎天アーテルフラルムを見たティーは、黒炎天の足元に走り寄って蹲り泣きじゃくった。


「ごめんなさい、アーフ。ごめん…兄さま連れて戻れなかった…ごめんなさい…」


 あんな風に泣くティーは初めて見たし、黒炎天の横で出迎えていたドゥーヌルス様もドゥオフレックシーズ様も驚いて声が掛けられない様子だったから、お二人も初めて見たのかもしれない。

 そんなことより、ティーと相性が悪く気の荒い黒炎天を遠ざけないと危険だと一歩足を踏み出したとき、黒炎天がティーの頬の涙を舐めとっていた。


「え、黒炎天が団長を慰めてる?!」


 普段の仲の悪さを知る団員から驚愕した声が出た。

 ティーが近付けば威嚇し、手入れをしようとすれば髪を引っ張ったり隙あらば噛みつこうとする黒炎天が、まるでティーのせいじゃないんだ、と慰めるように涙を舐めとったり頭に頬擦りしている。


「幻覚を見てるんじゃないですよね…」


 いつもは場を茶化すガウディムもあまりに驚いたのか、普通に驚きを口にだしている。


「俺を殴ってみるか? 手が痛くなれば現実だ」


「いや勘弁してくださいよ、副隊長。殴るなら副隊長が俺をでしょう」


「いっそ私を殴ってよ、ガウディム。どうしよう、私なんてことしちゃったんだろう…」


 俺と同じく傷は塞がっているだけで治っている訳ではないラクリーマが、怪我による不調とこの状況に青ざめて呟く。


「あれはラクリーマのせいじゃない。ラクリーマを切ろうとしていたのは、嫉妬の女神ラエティルミスの愛し子だ。正式に神殿で確認すれば確実に侍従イェルミに認定されたろうし、もしかすると巫覡イールミスになったかもしれない。認定されていなくても侍従と同じくらいの寵愛が与えられていた」


「じゃあ副隊長とラクリーマの相性は最悪じゃないですか。全然分からなかった」


 俺の言葉にラクリーマは反応せず、オクルスが言う。


「ああ、だから副隊長とラクリーマ先輩を切ることが出来たんですね。あの人が信じていない人だから愛し子を切れるんだと思ってました」


「本人は自分が愛し子だと気が付いてなかったがな。嫉妬の女神はご自分を信じてなくてもお構いなしに寵愛を与える方で、炎の女神がお嫌いだ。オクルスは春の男神の愛し子だから、嫉妬の女神はあの場でほぼ無視だったろ? もしあの場にガウディムが居たとして、音の男神の愛し子であるお前も眼中に無かったと思う」


 俺の言う、眼中にないの意味が分からないオクルスがガウディムを見て、二人で顔を合せて首をかしげている。


「嫉妬の女神はほぼ全ての他神や他神の愛し子がお嫌いだが、殊更に嫌いな神以外は無関心というか視野に入れない方なんだ。いつも不機嫌そうな気配をまき散らしておられて、とても嫌っている神の愛し子が近づくと愛し子に殺気が向けられる」


「え、殺気を向けられるとどうなるんですか?」


「普通は居心地悪いな、位らしい。俺たち炎の女神の愛し子だと、嫉妬の女神の愛し子が近くに来るだけで肌がピリピリする」


「ものすごく怖いじゃないですか!」


 ガウディムに抱き着いて怖がるオクルス。彼を引きはがすこともしないガウディムも驚きでなのか、オクルスを張り付けたまま固まっていた。


「二人は今後も大丈夫だろう。一番嫌われているのが炎の女神、次に戦の男神と氷の男神。だいぶ間が開いて争いの女神、海の女神などらしいぞ」


「気性が荒くても穏やかでも嫌いなんだ。嫌いの基準は何なんですかね?」


「当の神々が幸せか、そうでないか」


「そんな身もふたもない……ああ、だから嫉妬なんだ」


 そうやって二人はラクリーマを見るが、少しも嬉しそうでもなければ納得した風でもなく口を引き結んで、泣き崩れるティーを見つめている。


「何が理由でも、私が軽率に動いたことに変わりはないんです。ちゃんと見てれば、団長があんな奴らに負けるなんて有りえないって分かったのに」


 ラクリーマは最後に「私、調子に乗ったんです… 」と悲しそうに呟いて俯いて、もう顔を上げなかった。ラクリーマとガウディムの場を明るくする口調や態度と行動はグラテアン騎士団エクストゥルマにはなくてはならない程なのだが、それを言ってもラクリーマは納得できないだろう。


「ラクリーマだけじゃない、俺も調子に乗っていた。例え相手が嫉妬の女神の侍従だろうと、俺は負けないと思っていた。挙句に切られて、紅天ルフスエルムの命まで危うくさせてしまった」


 そっと側に寄ってきていたクリュセラがラクリーマを抱きしめ、躊躇ったあと口を開いた。


「団長のせいでも、二人のせいでもないと思います。一緒に居たアルドール殿下と近衛騎士プラエトリアニにも確認しました。副隊長と紅天とラクリーマの怪我は酷いものだったけれど、高度な医療術を展開できる術師が殿下と同行していたので、あの場で応急処置を施せば命は助かってそうです」


「命()な」


「ええ、術師が言うには紅天の怪我はすぐに治療して回復したとしても、戦場に出たり高度のある空を駆けることは出来なくなっていただろう、と言っていました」


「助けに入った蒼炎カエルライグニーの怪我は紅天よりも私たちよりも、もっとずっと酷かったの……」


「ラクリーマの怪我だって酷いものじゃない。今その右腕、動かないんでしょう?」


 ざっくり縦に裂けた袖から除くラクリーマの腕の皮膚には、痛々しく縦に走る赤い線が今にも開きそうに存在を強調している。クリュセラの言葉にビクっと身体を震わせたが、ラクリーマはなにも答えなった。


「副隊長も、その腹部の傷は浅くないですよね? 二人ともすぐに医師に診察と治療をしてもらわないと。医療室へ行きましょう?」


「わ、私、今は、行けない。団長のあの姿を、見届けないといけないの。私の、軽率な行動が何を引き起こしたのか、ちゃんと、ちゃんと見ておかないと…」


 抱きしめるクリュセラの腕からそっと抜け出して、ふらふらとした足取りでティーの側へ歩くラクリーマ。泣くのを我慢しているせいか、切れ切れになる言葉が震えている。


「ラクリーマ…」


「謝っても蒼炎は帰ってこないし、私のやった事は無くならない。それに、私が謝ったら、団長は許すしかなくなっちゃうじゃない。今だって、団長は私を責めるんじゃなくて自分を責めてるのに。だから、せめて、あの姿を見ておかなきゃ…」


 竦む気持ちが、泣きそうに震える声と、声と同じく震える足で踏みだす狭い一歩とに現れている。それでも止まらないラクリーマの隣に俺も並んで一緒に歩く。

 隣に来た俺に「副隊長は私を庇っただけだから、医務室に行ってください」と力なく笑って、ラクリーマは言う。


 違う、庇ったから俺のせいじゃないというのは、違う。むしろ庇ったから、蒼炎はああした。


「いいや、紅天をあの侍従イェルミの前に出してはいけなかった。例えラクリーマが致命的な怪我をしても、ラクリーマを背後から引き寄せるくらに留めておかなければいけなかったんだ」


「団長は私たちを好きで大切にしてくれてるけど、蒼炎が、紅天を好きだから…」


「そうだ。俺たちはティーの為に自分を大事にしなくてはいけなかったし、更に俺は蒼炎のために紅天を一番大事にしなくてはならなかった」


「副隊長と私、いろいろ間違えたんですね…」


「そうだな、取り返しのつかない間違いをしてしまったな」


 私はもともと馬鹿ですけど、副隊長も馬鹿だったんですねぇ、と息を吐き出すだけの言葉がラクリーマの口からこぼれた。



「誰かがお前のせいだと責めたら、団長やあなた方は楽になれるのかしら…」



 あの場から動かずに俺たちを見ていたクリュセラが、誰にでもなくぽつりと漏らした。


 どうだろう。ラクリーマや俺は少し楽になれるかもしれないが、ティーは責めさせてしまったと更に自分を責める気がする。

神殿に迎えに行ったときだって泣かなかったティーの泣く姿が、あの時のティーよりも小さな子に見える。

 視界の端からじわじわと暗闇が広がり、目の前が暗いなと思うのと同時にクリュセラの「副隊長!!」と叫ぶ声が聞こえて俺の意識は途絶えた。

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