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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
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蒼と紅と黒

 結界が再展開されるために、氷の男神の侍従ディジャーたちが国境へと向かって全速力で離れていく。

 彼らに背を向けて首都へと帰還するために、傷口は塞がったものの内部はまだ破損しているのか、痛む腹をかばいつつティーを前に乗せてアルドール殿下を追い駆ける。

 ティーが蒼炎カエルライグニーを呼ぶ悲しそうな声、ティーと俺を乗せて駆けながらも叫び続ける紅天ルフスエルムの声、止まらないラクリーマの嗚咽。周りを駆ける仲間たちや近衛騎士団レクスプラエトリアニの面々ですら、涙ぐんでいる者が居る。

 先導するアルドール殿下の眉も寄っている。では、俺は?

 今、俺はどんな顔をしてるのだろう。




 グラテアン家は、所有する天馬カエルクスのほとんどが名高く、優秀な天馬を驚異的なまでに保有していることで有名だ。

 なぜならば、王家や貴族家の騎士団(エクストゥルマ)天馬調教師カエルクスマネジャレ天馬捕獲師カエルクスカプトゥスからの天馬供給に頼っているのに対し、グラテアン騎士団ではほとんどの騎士エクエスが自ら捕獲師と同行し直接契約する。

 それが可能なのは、グラテアン騎士団の騎士がほぼ某かの神の愛し子だからだ。捕獲師や調教師を通すより天馬との相性も同調も格段に良くなるが故に、グラテアン騎士団の天馬騎士大隊(カエルクスエクエカエルテン)は王国随一と言われる。


 特に有名なのがティーの騎馬である蒼炎だ。


 ティーの神問いが済んだ後、「弱い自分は嫌だ。私が巫女リーシェンだっていうのなら強くなれるんでしょ。小兄さまみたいに騎士エクエスになる!」と宣言して、本当に兄を見習いアニラス騎士団へ修行に行ってしまった。フランマテルム王国に所属することを決めた俺も共に連れて。

 ティーが9歳になった頃、戦闘力は申し分ないからグラテアンへ帰って天馬でも捕獲しておいで、とアニラス伯爵のお墨付きを貰ったティーは、あと一歩だと言われているから嫌だという俺の意見は聞かずに、俺を連れて数多く天馬が存在する森へと向かう。

 ドゥオフレックシーズ様の疾風(ベンダフェル)に同乗していたティーは、森へ入ったとたん何かに呼ばれたかの様に同行する俺たちを置いて駆けて行ってしまった。

 長い時間をかけて彼らを探し、ようやく見つけたと思ったら兄と妹は蒼と紅と黒色の天馬と共に居た。


「みんなグラテアンに来てくれるって」


 危険な事をしてはいけないと叱る捕獲師に満面の笑みで言うティーに、その場に居た全員が呆気にとられた。ティーを連れて駆け去ってしまったドゥオフレックシーズ様と一緒に、後からドゥーヌルス様に一日かけて説教されていた最中もずっと笑っていた姿は今でも覚えている。


「イーと相性がいいと思う」


 俺を馬場に連れて行ったティーは、紅い天馬と引き合わせ言った。すでにティーと契約し『蒼炎』という名を与えられた蒼い天馬が、ティーの横でじったりと俺を睨んでいたが何でだ? と思ったし、今でも理由は分からない。

 強い視線を感じながら紅い天馬と目を合わせれば、確かに俺の乗る天馬だと納得する自分が居た。

 契約するには相応しい名を与えるのが必要と言われ、そういった感覚にうとい俺はどうしたものかと思った。しかし、直感的に『紅天』という言葉が脳裏に浮かぶ。

 すぐに相手を表現できるのは相性のいい証拠だと言われた。


 黒い天馬といえば、蒼炎の後ろでこちらを威嚇しまくっていて、何で付いてきたのか不思議でたまらなかった。


黒炎天アーテルフラルムはね、ちょっと怖がりだからひとりで森に居たくなくて蒼炎に付いてきたの。あとね、ヴァニと契約したいんだよ」


 不思議そうに黒い天馬を見ていたからか、ティーが天馬たちに聞かれないようにこそこそと耳元でささやいてくる。


「え、もうティーが契約しちゃったのか?」


「うん。きっと、あのこはヴァニ以外とは契約しないから。ヴァニは騎士にはならないし、誰かが主人として契約してないと森に帰らなきゃいけないでしょ。だからしぶしぶ私と契約したんだよ。すごく嫌そうでしょ?」


 黒炎天を見てけたけたと楽しそうに笑いながら言うティーに、歯をむいて威嚇した後そっぽを向く黒炎天。それを見た蒼炎が黒炎天をちらりと見て、たしなめるように溜息のような鼻息を出せば、黒炎天はばつが悪そうに一声嘶いて駆け去っていった。


「……あれいいの?」


「あはは、機嫌悪いね。紅天は今まで私と仮契約していたけれどイーが主人になったからイーに従うし、蒼炎は私の命令には絶対服従、黒炎天はその蒼炎のいう事を聞くっていう契約だから、今は好きにしていいんだよ」


 唖然として問う俺に、にこにこ笑って答えながら黒炎天へと向けているティーの目は、とても穏やかだった。


 それから今に至るまで黒炎天はティーだけでなくグラテアンのほとんどの騎士と相性は最悪だったし、気が向いたりティーが命じた時だけグラテアンの騎士を乗せて戦場を駆けたりしていた。

 今回の迎撃戦はティーによると「戦場に出るのは気が乗らないんだって」という事らしく、留守番が決定していた。



 そんな黒炎天は蒼炎とヴァニトゥーナにだけは懐いていて、時折ヴァニトゥーナを乗せて空をゆったり駆けているときは、近くに蒼炎に乗ったティーが居ても穏やかで幸せそうに見えた。

 ティーに言わせると「ヴァニの前で威嚇すると怒られるから、猫かぶってるだけだよ」とのことで、ヴァニトゥーナの目を盗んではティーを睨んでいたそうだ。


 ティーはああ見えてお嬢サマでそこそこ気位も高く、他の天馬が黒炎天と同じような態度をティーに見せようものなら、『にたぁ』という表現がぴったりな笑顔で天馬とその主人である騎士を見下ろして言うのだ。


「お前の主人は私の部下、つまり私はお前にとっても上司なの。そんな態度していいと思う?」


 と。だが、黒炎天だけは辺りに危険が及ばない程度のやんちゃは笑って許していた。


 団員から俺に「なんで団長は黒炎天にだけ、あんな暴挙を許してるんですか?」としょっちゅう質問が来るくらいには、黒炎天には甘かった。

 他の天馬がティーの制服の裾を咥えたたときには「だぁめ」とわざとらしいしかめっ面をして軽く鼻先を叩いていたのに、黒炎天が制服を破ろうが腕や足を噛もうが、果てにはイーの頭髪をむしっても「痛いからやめてよねぇ」と笑うだけだった。


 ドゥオフレックシーズ様が何回かその理由を尋ねる所を見たが、ティーは「黒炎天だからね」と笑って答えるだけで、理由はついぞ分からないままだ。

 そういえば、一度だけその場にヴァニトゥーナ嬢が居て「お姉さま、甘やかしてはいけませんわ。黒炎天、お前もお姉様に甘えては駄目よ?」と優しく言っていたな。他の人間や天馬だったら、無言で『お姉さまに甘えるとは何事だ』と視線で圧力をかけていたのに。


 平和な日々、馬場で蒼と赤と黒の天馬がゆったりと顔を寄せ合い語り合っているようなのどかな様子を見るのが、俺やティーだけでなくグラテアンの皆も好きだ。


 蒼炎はティーのように突発的に驚くような行動をしたり、雨に濡れるのを嫌がり雨よけのために近くの騎士たちを顎で使ったりする気位の高い天馬だと言われるが、グラテアンに所属する個性的な天馬たちをよくまとめ自然とグラテアンの天馬の代表になっていったし、いつの間にかグラテアンのみんなも蒼炎に自分の天馬のことを相談したり頼っていた。

 俺には何かと厳しい蒼炎だが、紅天が蒼炎に甘えて懐いているのを見るのが俺も好きだ。

 ティーの様子から、もう蒼炎に会えないのだろうと思うと胸が苦しくなる。


 そっとティーの様子を窺うと、もうなにも言わずうつろな視線をアルドール殿下の背中に向けるだけで何の感情も見えなかった。常に団員の前であっても気の強い巫女像を見せてきたティーが、こんなに呆けたようになるのは昔神殿へ迎えに行った頃以来だ。


 こんな状態にさせた原因の一つは俺だ。助けてくれてありがとうなどと言えば、その命を投げ出してくれ今しがた別れた蒼炎の姿を思い出させてしまう。俺のせいで済まなかったと謝ったとして、少し気が楽になるのは俺だけでティーにはなんの慰めにもならない。

 ティーは自分を責めて、誰かのせいだとは思っていないのだから。


 今回ばかりはどうやって、何を言えばいいのか分からない。むしろ、何も言ってはいけないと黙って駆けることに専念した。

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