男神の愛し子たちの絶句2
赤い学園からラクリーマとクリュセラの名前が逆になっていました、申し訳ありません。
現在は訂正してあります。
俺たち父なる神の侍従を従え颯爽と歩む我が巫覡にビビッて、ハエマティ大隊長の陣地入り口の警備兵は素早く道を開けて通過を眺めるだけだった。
あいつ居る意味あんのか?
まだハエマティのじじいの天幕には遠いというのに、じじいのダミ声と甲高い高慢な口調の男の叫ぶ声が聞こえてくる。かなり大声のようで、うっすらと内容が聞こえてくるがとても大人同士の会話には思えない。
「アラネオ、ハエマティのじじいの大声に怯まない、あのキモチワルイ高い声は誰なんだ?」
「我々を呼びつけた天馬調教師ですよ。皇帝陛下より一代きりの子爵位を賜ったイーネルト・アーニム名誉子爵。平民出身ですが我が帝国最高位の天馬調教師ですので、それはもう気位が高いんです」
「いくら最高位の調教師っていっても、そんなに威張れるもんなんすか?」
「ただの調教師では威張れないですが、天馬調教師は威張れますよ。天馬も『獣』に分類されますが、あの重量の身体を自力で浮遊させたり愛し子のように異能を発揮できる特異性により、神の子もしくは神に属する生物に分類されて一般の獣とは区別されます。…貴方たち、ここまでは知っていますね?」
いや、なんでピスティアブだけじゃなくて俺にまで確認するんだ。そんな事くらいは知ってるっつーの。ピスティアブだって当然だと頷いているじゃねぇか。
「騎獣騎士の騎獣などを獣調教師や獣捕獲師が捕獲して飼い慣らしていますが、それを天馬に特化したのが天馬調教師と天馬捕獲師。これらは共感能力や制御能力のどちらかが突き抜けていないと天馬特化の資格取得はできませんし、天馬との最初の主従契約すら結べないのです」
「でも、たまに騎士本人が天馬を捕まえて自分の騎馬にするじゃないですか。知り合いにも捕まえた奴いますけど、共感能力も制御能力もないのに契約できてましたよ?」
どゆことなんでしょう?と可愛らしくアラネオを見つめて問うクアーケルに、お前本当に馬鹿ですねと目線で語って答えるアラネオ先生。視線だけでもすげぇ辛辣なんだが、馬鹿と言われても全く気にしないクアーケルは嬉々として説明を待っている。
「それは天馬自ら騎士を主と認めて自発的に契約するからですよ。天馬を捕獲するだけならば獣捕獲師にも出来なくはないですし、人に慣らすだけならば獣調教師でも可能です。しかし強制的に天馬が望まない騎士に従わせるには、天馬調教師が主として従えた後に騎士とも契約せよと命令させる必要があるのです」
「え、でも僕たちは自分で天馬を選びに行きましたよ?」
「我々エイディ神殿騎士団は、自分の騎乗する天馬を自力で契約するのが定めだからでしょう。クアーケルもタキトゥースと共にイーサニテル小隊長に指導されて、天馬保護の森で自分の天馬と契約したじゃないですか」
タキトゥースがかすかに首を縦に振り肯定すると、クアーケルも「そうでした!」と思い出したようだった。
「我々神殿に属する者には天馬はわりと好意的ですが、守護衛士兵団の騎士と契約したいという天馬はほとんどいませんからね。天馬調教師の力が必須で需要が高いのに、天馬調教師自体が少ないので高圧的な守護衛士たちも彼らには腰が低いのですよ」
「で、天馬捕獲師が調子に乗って居丈高になるんだな」
「ええ。その調子に乗っている天馬調教師の筆頭がイーネルト子爵です。彼に追従する天馬調教師が居ないので、彼の調子は留まる所を知らないから厄介なのです」
俺が納得すると、クアーケルも感心したように納得していた。
「でも、そんなに天馬って契約すんの難しかったですっけ?」
ピスティアブの質問にアラネオが「難しいですよ」と答えると、ピスティアブが心底分からないという顔で俺を見て聞き捨てならない一言をもらす。
「えー、だってイーサニテル小隊長ですら軽く契約したじゃないっすかぁ。守護衛士でも簡単に契約できそうなもんなのに」
「ピスティアブ、そんなはっきり本当のこと言っちゃ駄目だって。小隊長が拗ねたらどうすんのさ」
「クアーケルだっていつもリムスの小言が煩いよぉ、って言ってるだろ」
「僕は小隊長本人には言ってないもん」
俺の心を抉る口喧嘩を始めた子供たちを、いつもは放置するアラネオが珍しく止めに入った。
「貴方たちの疑問も分かりますが、守護衛士たちと違ってイーサニテル小隊長はこれでも我らが父なる神の愛し子ですからね」
「愛し子だからなんすか?」
「ええ、愛し子だからですよ。こんなのでも筆頭侍従ですからね、契約してやらんこともないっていう天馬はけっこうい居るのです」
アラネオ、お前それ絶対褒めてねぇな。こんなのって何だ、こんなのは無いだろう。なんだろう心の抉れが深くなった気がする。
「神を信じず馬鹿にする、それも皇帝陛下のような突出した能力もない特筆するべくもない平凡な守護衛士と、神に近しい賢い生き物が喜んで契約したがるはずもないでしょう。強力な騎士である皇帝陛下でも従いたくないと抵抗する天馬たちですよ、むしろ普通の守護衛士など騎乗されるのもご免だと拒否します」
「そこで天馬調教師が活躍するんっすね」
「ええ。騎士と天馬を結べば、天馬と天馬調教師との契約を破棄しても天馬は騎士に従います。通常はここで調教師の手を離れるのですが、調教師との契約を保持したままだと契約が早い調教師の命令に従わせることが出来ます」
「あっ、だから蒼炎から巫女とフランマテルム王国の情報を取ろうとしてるんだ!」
よく出来ました、とクアーケルの頭を撫でて笑うアラネオ。馬鹿だけど可愛い奴だ、とその目が語っている。アラネオも拗らせてんなぁ。
「ええ。しかし、イーネルト子爵の様子を見るとその情報が抜き出せていないようですねぇ。とても苛立っている」
うふふ、と笑うアラネオが悪徳神官のようだ。じじいも天馬調教師も好かないんで、上手くいってないのが嬉しくて仕方ないらしい。
かなり近づいてはっきり会話が聞こえてくる様になると、我が巫覡の眉が寄ってきているような気がする。アラネオの天馬調教師・初心者講座に意志を傾けていて、あいつらの会話に注意していなかったんで何がお気に障ったのかが分からない。
「だから、なぜ蒼髪が死んでいるのだ! 生け捕りにしたと報告してきたではないか!!」
「知らぬ。お前が到着するまではきちんと生きていたのだ。お前が殺したのだろう?」
「なぜ私が殺さねばならんのだ。貴様、耄碌するにも程があるぞ」
「お前こそ、失礼にも程がある! 控えよ」
蒼髪っていうのは、たぶん蒼炎のことだろうな。あの天馬調教師、もうちょっといい名前つけてやれよ、安直すぎだろ。いや、蒼炎もけっこう安直か? 付けた人物によって受け止める方も感覚が違ってくるのかもしれない。
そんなことより、蒼炎が死んだ?
「イーネルト到着まで気力だけで生きていたと思いますよ。プリメトゥス様と対面していた時も、相当弱っていましたから」
万が一にもじじい共に聞かれることが無いように、耳元でひそめた声でアラネオが言う。
「我が巫覡が疑われないようにか?」
こちらも息なのか声なのか分からない位の声量で囁く。
「恐らく。蒼炎もイーネルトの事が嫌いだったのでしょうね。自分が重大な情報を握れると息巻いて出てきたのに、いざ蒼炎と対面しようとしたら相手は死んでいたからハエマティ大隊長の責任にしたいのでしょう。手柄がひとつ無くなったのです、悔しくてたまらないのでは?」
痩身で頬がくぼみ、細い目を吊り上げて口汚く怒鳴るイーネルト。顔色が悪い割に元気がいいのは、あれがあいつの通常なのか。年食ったとはいえ軍人のハエマティが健康そのもので、立派に見えるのが不思議だ。
「しかも、勝手にあの天馬の死体を檻から出して何をしようというのだ! あれは皇帝陛下へ献上するものだぞ」
「はっ。あれは私の天馬だ、どうしようと誰に何を云われる筋合いもなし」
イーネルトが怒っていたのは蒼炎が死亡していたからで、ハエマティが怒っているのはその蒼炎の死体をイーネルトが好き勝手しているから?
奴は何をしているんだ?
嫌な感じがする。どうなっているのか理解できないが、なんとも言えない悪寒がせりあがってきている。
何か寒い。嫌悪、不快、怒りといった負の感情が細かい雹のように、俺の肌をちりちりと刺激しているような気がする。アラネオとピスティアブが訝しげにこちらを見ているが、湧き出る脂汗が止まらなくて反応すら出来ない。
「…わ、我が巫覡、この気配は……」
気力を振り絞って足ひとつ分前に立つ我が巫覡の顔を見れば、目に見えて分かるほどにお怒りだった。
俺に近寄っていた二人も、我が巫覡に表情が現われているのに驚いている。
「プリメトゥス様! 小隊長! 蒼炎が…」
そっと俺たちから離れて馬場にある蒼炎の檻を確認しに行っていたタキトゥースが慌てて走り寄り、今の馬場の状態を伝える。報告を聞いた俺たち全員が、驚きのあまり何も言えないでいる。
タキトゥースの報告でうっすら聞こえていた奴らの会話していた内容が本当の事だと知り、ついには怒りで表情が無くなった我が巫覡のまわりの温度が、物理的に下がっている。
イーネルト、あいつ何てことをしてるんだ。
ああ、この悪寒は父なる神と我が巫覡の感情が漏れていたんだ。
己の信念に従って生きてゆけ、と言われた気がしたのは気のせいじゃなかったんだろう。蒼炎はきっとこの状態を予想していた。
どうすんだよ。こんなのが巫女に知れたら、彼女もっと泣くだろ。それも予想していたのか、蒼炎。
ここに連れてくるときに決めたけどさ、もう一度お前に誓うよ。
蒼炎、お前の厚意は無駄にしない。俺の信念に従って最期まで生きていくって、約束する。




