男神の愛し子たちの絶句
我が巫覡にはものすごくお似合いな、そして俺には全然似合わない物語の様な蒼炎との語らいの場から戻ってきたハエマティ大隊長の天幕周りは、異様な気配を漂わせていた。
当然、元凶はアラネオだろう。
アラネオから一番距離をとっていたクアーケルをひっ捕まえて、状況説明をさせた。
「ハエマティ大隊長が、アラネオさんとピスティアブをファーゲン副隊長みたいに愛し子で平民ごときがって、ねちょねちょ言い始めて…」
「アラネオが笑顔で怒涛の追い詰めをしたと」
「はい。最初はファーゲン副隊長がピスティアブを指差して『あいつ伯爵家の子息です』って説明だけで、侯爵より下だって馬鹿にしてたんですけど…ピスティアブの家名がフェツルムって聞いてから顔色が変わっちゃって。僕、アラネオさんの笑顔が怖くて…」
「ああ、うん。なんとなく分かったわ」
ファーゲンは富裕層ではあるが平民であり、ごりごりの守護衛士兵団だもんな。貴族のことについては詳しくないんで、フェツルムっていう姓を聞いてもぴんと来ないんだろう。
よく理解できるぞ、ファーゲン。俺なんて最下層出身だから、こいつらと知り合いになるまで貴族についてなんざなんも知らんかったわ。
ピスティアブの父親、現フェツルム伯爵の爵位は兄君のフェツルム公爵より譲られたもので、本来は伯爵が亡くなれば公爵家へ返す一代伯爵のはずたったらしい。
フェツルム5兄弟の末弟で父なる神の愛し子なピスティアブ父は、危うく仕事すらさせてもらえない程に父親と長兄に溺愛されていたそうな。そんな父君にそっくりの容姿をして生まれ逞しく育ち、父なる神の侍従に認定されてしまったピスティアブに、ピスティアブ父以上に夢中になった二人は伯爵位くらい永久にあげちゃう!と、実の父の意志などおかまいなしにフェツルム伯爵位をピスティアブに譲ると決めてしまった。
ピスティアブ父は良くも悪くも普通の、ほんとに普通の平凡なおじさんだったぞ。当のピスティアブは「美形揃いのフェツルム公爵家で、俺らのような平凡な顔っていうのが珍しくて貴重に見えるらしいっすよ」とケロっとしている。
まあ、普段は神殿住まいで、ほとんど彼らと接触しないもんな。俺と同じ粗野な野生児に育ったピスティアブは、珍獣のように可愛がられているのだとか。そりゃ、あんな野生児は貴族には珍しいどころの話じゃないわな。
だが、俺の小隊にはそんな珍獣・貴族の野生児が二人も居るんだが…
普段無表情な祖父と父が、ニコニコ満面の笑みでピスティアブ親子を可愛がる姿を「従兄弟まで微笑ましく見ているのって異常っすよね~」という話を聞いたときは、本気で眩暈がしたな。
そんなピスティアブ親子バカな元公爵、現公爵が居るフェツルム公爵家はグラキエス・ランケア帝国の貴族筆頭なんだってさ。この国大丈夫なんだろな…と本気で心配になったのは俺だけじゃないはず。
そんな溺愛されているピスティアブを顎で使うアラネオの実家、ヒュドルギュム公爵家は次席。「家族仲は良好ですよ、兄も姉も私の好きにさせてくれています」とにっこり笑うアラネオを、本当に好きにさせているって大丈夫なのか、おい。
ついでに、クアーケルのトゥゲマ侯爵家はハエマティ侯爵家やエシウス侯爵家より序列は上だ。しかも引退した元侯爵やほぼ放逐された次男と違って、クアーケルは後継のままエイディ神殿騎士団に所属している。
本人は弟に家を継げと言っているのだが、当の弟が兄の方がふさわしいと拒否しており、父親であるトゥゲマ侯爵も弟が幼いからと様子見をしているという話だ。
父なる神の侍従筆頭である俺が平民だからって、俺直属の小隊にこれでもかって上位貴族で実力のあるのを集めた神殿長のじー様って、先見の能力でもあるんじゃないかと常々思う。
そんな面子の揃った小隊を馬鹿にしまくったハエマティのじじいとエシウスのおっさんが、目の前でアラネオにやり込まれて部下と一緒に青ざめて茫然と膝をついていたのが、今この状態と。
もう我が巫覡と天幕に帰っちまいたい。
「さて、まだまだ言いたいことはありますが今はこの位にしておきましょう。プリメトゥス様にあんな不自由な場所においでいただく訳にはいきませんので、エシウス大隊長の割り当て陣地と交代して頂きましょうか。いいですね?」
沈黙は肯定だと受け取ったアラネオは、奴らの存在など無いような穏やかな笑みを浮かべ「では行きましょう」と言った。怖ぇえよ。
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アラネオは隔離された天幕を出る時にエシウスの天幕と移動交代させとけと命じていたらしく、あのあと直ぐに我が巫覡をハエマティのじじいの隣の割り当て地に連れていき、当然という顔で我が巫覡専用の天幕へと案内した。既にすっかり移動が終わっていたのは驚きだったわ。
「権力ってこうやって使うものなんですよ、小隊長」
行動が早すぎて驚いている俺にいい笑顔でアラオネが言うが、知らねぇよ。俺は庶民だっつーの。
「しかしここまで貴族の権威を振りかざして上手くいくのも、皇帝が押し付けてきた守護衛士兵団の半数を始末してくださった巫女殿のおかげですからね。蒼炎は丁重にもてなすように伝えておきました、安心してください」
何をどう安心しろというのかさっぱり分からないが、俺たち以外は敵だ。念のため我が巫覡の天幕の護りは厚くしておくよ。
このままじじい達にでかい顔させておくのもよろしくない。なんとかしないとなぁ。
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我が巫覡は何の成果なく帰国しても問題ないと仰っていたが、じじいどもが納得するはずもなく、天馬調教師と共に新たなる移転術師の派遣を要請したらしい。我が巫覡に何の断りもなくだ。しかも簡単に受理されちまったそうで、開いた口が塞がんねぇや。
何事も我が巫覡を通す気が無い様なので、こちらも好きに行動した。腹は立ったものの、こちらを避けてこそこそしていたんで監視の目を誤魔化すだけで済んでやり易かったが、あちらの情報も入りにくいのが面倒だった。
それで静かだった最近と違い今朝から気配がざわついていたので、恐らく件の調教師が到着したと思われた。さすがに王国へ攻め込むには守護衛士兵団だけでは不味いと思ったのか、午後から移転術師と顔合わせをするので中央陣地へと出向いて欲しいとの使いが来た。
じじいと術師が挨拶に来いよ。丁寧になったのは言葉だけか!
「そう怒るなイーサニテル。ハエマティの年齢を考えてやれ」
「いくら老齢とはいえ軍人です、我が巫覡。他国へ攻め入る元気があるのですから、身分の高い御身の元へ足を運ぶくらいすればよいのです」
「そしてまた不満が出るのだから、好きにさせるのが一番面倒が無い。どうせそう長い付き合いでもない」
それもそうか。…そうなのか?
「そうですよ、イーサニテル小隊長。それにこちらから出向けば機嫌は良くなりますし、あちらの情報も集めやすい。いいじゃないですか」
「確かにそうですね。型通りの対応すれば気分良くなるなら、させときましょう。口に出さなきゃ僕たちが何考えてるかなんて、小隊長でもなきゃ分かんないですしね」
「言われてみれば小隊長は分かりやすいわ、だな、です」
うっせぇ、どうせ俺は素直だよ。
「先の短い年寄ひとり、いい気分にさせとけばいいというこですね。業腹ですが、我が巫覡がそう仰るのならば否やはありません。参りましょう」
ほんっとに腹立つけどな。見てろよ、くそじじい。




