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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
64/202

男神の侍従たちの怒り

 外が白み始めた頃に天幕を出て、ハエマティ大隊長の陣地へ我が巫覡ディンガーと俺たち侍従ディジャーがぞろぞろと歩いていた。

 隔離されているので、当然入口には守護衛士兵団デフォブセッシミーレス数名が出入り口で見張りとして立っている。と言っても、大隊を構えるのでなく小隊の数人が申し訳程度に見張りをする振りをしているだけだったが。何がしたいんだ、ハエマティのじじい。



「プリメトゥス様や我々が見張りを突破すれば、反抗したと処断できると思ってるんですよ。あの老人は」



 アラネオは俺の考えることなど承知しているとばかりに、さらっと答える。疑問が浮かんで答えるまでの時間もぴったりで、少し怖くなったが。



「あー、年寄っすもんねぇ。いくら皇帝が神を信じないからって、巫覡って立場を舐めすぎじゃねっすかね。あのじじい」


「父なる神の巫覡が数百年も誕生されなかったからさ。僕たち侍従とおんなじって思ってるんだよ、あのじじい」



 わざとじじいを連呼する部下たちと、見張りの静止を無視してハエマティの陣地へと歩いていく。申し訳程度に静止声を上げた後、白けた顔つきで付いてくるのを見ると俺たちが押しかけるのは予想していたようだな。




 陽が昇り始めて明るくなった視界に入ってきたのは、出入口の外側で臨戦態勢で構えているハエマティ旗下の一個中隊で、先頭に大隊副隊長のファーゲンがニヤニヤしながら立っていた。



「お前たちはハエマティ大隊長より、指定陣地で謹慎を申しつけられていたはずだ。勝手に出てきたという事は反逆とみなすぞ! さっさと戻れ」



 こいつアホかな?



「我々は謹慎していたわけではありませんよ。イーサニテル小隊長の回復を待っていたのです。そもそも、ハエマティ大隊長に何の権限があって氷の男神の巫覡であり、此度の総大将(インペドゥムス)であるプリメトゥス様に謹慎を命じたのでしょうね?」


「なんだと!? ファトウス隊長とウルティマール副隊長をお救いできず、自分たちだけ逃げてきたからだろうが」



 こいつ、アホだ。



「ファトウス大隊長もウルティマール副隊長も、我々が止めるのを振り切って自ら突撃していたじゃありませんか。ハエマティ大隊長とファーゲン副隊長もご覧になっていたでしょう、その目はお飾りですか?」


「おい! ハエマティ大隊長は侯爵だぞ、口を慎め平民!」



 退散させようと格好つけて宣言したのに、アラネオに小馬鹿にした微笑で返されて憤るアホが居る!



「おや、いつオースクゥム・ハエマティ大隊長は侯爵へ復帰されたのです? 現侯爵はハエマティ大隊長のご子息ヒェムス様ですし、先日三人目の孫君がご誕生されあとは隠居するだけと大笑いされていらっしゃったではありませんか」


「っ、それでも侯爵家の一員には違いないし、お前たちよりずっと地位が上だ。小賢しい事を言うな!」



 一瞬怯んだが、大隊長の身分を盾に粋がるアホ。あいつ終わったわ。

 ほらぁ、アラネオが『にたぁ…』って効果音が聞こえそうに笑ってるじゃねぇか。おい待てクアーケル、ピスティアブ。我が巫覡と俺を置いて後ずさるな、前に出て盾になれよ。



「それを言うのならば、たとえ生まれが平民であっても氷の男神の巫覡は、巫覡と認定された瞬間から公爵位を得るのですよ。帝国法にもきっちり記載があるので気のせいや勘違いとは言わせません。たかが守護衛士兵団デフォブセッシミーレスの大隊長が総大将であり公爵に命令・処断できると、ハエマティ大隊長が仰ったのですよね? それこそ反逆と取られても仕方ありませんが、間違いないのですね?」


「いや、それは…」



 神々の信徒をなめくさってる守護衛士兵団の例に漏れず、こいつも巫覡の正確な知識は持ち合わせていないようだった。その上、何をしても貴族である上司が居るからって謎の自信があったのに正論で言い返されて動揺している。

 でもなぁ、まだこれ序の口だぞ。



「更に、守護衛士兵団でもエイディ神殿騎士団アエデーエクストゥルマでも、いち騎士として配属されている場合は貴族だの平民だの関係なく、所属する団での地位で上下が決まる規則というのが常識なのですが…もちろんご存じでしょう? では、守護衛士兵団大隊長という身分がエイディ神殿騎士団の団長より上の地位だと、どこの法典に記載があるか教えて頂きたい」



「 ………… 」


「あっ俺こないだ守護衛士兵団とエイディ神殿騎士団の団長は平等だって、神殿軍典の座学で習ったっすー」


「あ、あったね。確か軍典第四章三十一項目だっけ?」


「第五章三十二項目ですよ」



 アホに追い討ちをかける野生児二人の掛け合いに、最早黙り込むしかないアホを睨みつつきっちり訂正を入れるアラネオ。細かいな。



「まだありますよ。例え軍の地位を鑑みないとしても、プリメトゥス様はレーガリア公爵ですし、そこのピスティアブはフェツルム伯爵家次男、クアーケルはトゥゲマ侯爵家長男、そして私はヒュドルギュム公爵家三男のアラネオと申します。で、私たちに元侯爵閣下への態度が…と仰る貴方はどこの公爵家のご当主またはご子息でしょう?」



 何かが潰れたような悲鳴をあげて動かなくなったアホとその仲間たちの横を、涼しい顔して通り過ぎる貴公子アラネオ。いつもならもっと追い詰めるんだが、ここで切り上げたのは時間が惜しかったんだと思う。このアホ、これくらいで済んで運が良かったよなぁ。

 しかしアラネオは執念深いからな、後で全力で潰しにかかる可能性が大きい。やっぱりコイツ終わったわ。


 もうお前が大隊長になればいいんじゃね?って何度あいつに言ったか知れないが、責任ある位置は面倒なのでキリキリ小隊長が働いて昇格してくださいねって返されるんだよなぁ。

 そういうのって貴族とか地位の高いやつが頑張るんであって、俺のような孤児とか平民はお前たちにお恵み頂く立場だと思うんだよ。お貴族様に下から突かれて全力で昇進目指して働くっておかしいだろ。


 ハエマティの天幕付近で同じように寄ってくるアホ2号を見て、相手をしておくから蒼炎の所へ行って来いとアラネオに送り出され、早歩きで馬場へと急いだ。



 天馬カエルクスたちを放している馬場の横に設置された檻には、右前脚と左後ろ脚を鎖で拘束された蒼炎カエルライグニーが立っていた。俺たちが近づいているのに気がついていたようで、歩く俺たちをずっと見ている。

 我が巫覡の一歩後ろで檻の前に立ち、正面から蒼炎を見る。

 全身が青く鬣だけがより濃い青、鋭い眼光を放つ瞳は我が巫覡と同じ紺碧。空を舞うように駆けていた時に鬣が揺れて、名前の通り青い炎のように美しいのが印象的だったが、今も自信に溢れた立ち姿は揺らめく篝火のようだ。やはり男前で格好いいわ。


 蒼炎は俺に一瞬だけ目を向けたが、すぐに我が巫覡と視線を合わせ言葉無く意思疎通をしているようだった。巫女リーシェンとの会話のように、なんの障害もなく通じ合ってるっぽい。さすがは我が巫覡。

 やっぱ俺が倒れたのって、蒼炎が俺に言葉として意志を伝えたから慣れない俺の身体がびっくりしたってところだろう。それだけ才能のない俺にまで意思伝達しちまう蒼炎の能力って、実はものすごいもんなんじゃないのか?


 なんとなしにお一人と一頭の対話を眺めていた俺の目に入る、淡い輝き。

 昇り始めた陽の光がゆるく反射する銀の髪までもが美しい、とうっとり我が巫覡の後頭部を見つめていた俺に蒼炎が胡乱な視線を投げかけてくる。

 なんだろう、言ってることはさっぱり理解できないが『お前、阿呆だろう』と言われている気がする。

 そしてそれは間違ってない、たぶん。

 普段、我が巫覡以外なら誰に馬鹿にされてもなんとも思わないが、今はものすごく気まずくて居たたまれない。


 そっと銀と青が眩しい空間から、ぼちぼち眠りから覚めて動き出す奴や、すでに元気に走り回る天馬たちへと視線を移した。

 陽が昇りつつあるため、刺さるような空気が和らいできている。

 蒼炎が囚われている異様な檻が隣にあるというのに、馬場に放たれている天馬カエルクスたちの気配は穏やかで、少し前まで戦闘していたとは思えない程だ。

 蒼炎が感情を表に出さず、馬場の外の景色と一体化していたからかもしれない。蒼炎は天馬の総領としても、かなりの逸材なんじゃないだろうか。



「待たせた、イーサニテル」


「はいっ、我が巫覡。ぜんぜん待ってません!」



 若い天馬たちが跳ねるようにじゃれあい走っているのを「のどかだなぁ」とぼんやり見ていた俺は、我が巫覡が俺を呼ぶ声に我に返り、返事をしつつ振り向いた。


 どこかすっきりした様子の我が巫覡は「行くぞ」と一言俺に声をかけて、もう蒼炎を振り返ることも無く遠目でこちらを窺うハエマティ大隊長の部下たちの方へと歩いていった。

 我が巫覡の後を追いかけつつ蒼炎を振り返ると、穏やかな視線をたたえて俺を見て『そのまま己の信念に従い生きてゆけ』と伝えてきた。と、思う。

 うん? 我が巫覡に言い忘れでもある? それとも俺に言ったのか?と我が巫覡を見れば、なんの反応もなく歩いておられる。え、やっぱり俺なの?

 驚いてもう一度蒼炎を振り返ってみれば、アイツはもう馬場の方へ向いて姿勢よく立っていた。


 やっぱ格好いいのな、と思わず見惚れたあの姿が、蒼炎を見た最後だった。

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