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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
63/216

男神の侍従の怒り

 すげぇ、を何回言ったか分からない怒涛の数時間を経験し、部下曰く「身体に見えない鎧を纏い、心臓には剛草が生えている」はずの俺がぶっ倒れた後、我が巫覡ディンガーとエイディ神殿騎士団アエデーエクストゥルマともども守護衛士兵団デフォブセッシミーレスからは隔離された陣地で軟禁されたそうな。

 ファトウス大隊長とウルティマール副隊長を守れず、二人が率いた守護衛士兵団も全滅に近かったのに俺たちが無事なのはおかしい、敵と通じた可能性があるため隔離・謹慎せよとハエマティ大隊長が命じたとのことだ。

 どいうことなんだ? 蒼炎カエルライグニーを連れてきたし、エシウス大隊長はちゃんと引き留めたじゃないか。

 俺が覚えているのは帰投したあたりまでだ。



 あの時国境を越えてきていたのは守護衛士兵団には珍しい貴族家、それも氷の男神の愛し子を多く輩出するエシウス侯爵家の次男率いるエシウス大隊だった。

 エシウス家は帝国でもかなり古くから続く家柄で割と穏やかな思考の家系なのに、次男ウィディオは突然変異的に生まれた気性が荒い乱暴者だ。体格が良く力も強かったために、エシウス家の誰もがウィディオを持て余していた。

 本人も能力を発揮できる場を見つけられずにくすぶっていた頃、まだ将軍だったゲマドロース皇帝が頭角を現し、彼に憧れて守護衛士兵団へ飛び込んだ異端児だった。

 エシウス家の皆さまはそれはもう喜ばれ、これも父なる神の御慈悲だと喜んで我が神殿に多額の寄付をしてくれていた。それだけは大変に喜ばしい事だ、と神殿長であるじー様も言ってたな。


 なんでそっちを見習うかなー、という世間には迷惑でしかない成長をした数年後には『神なぞ居ない』、『愛し子は国の寒波を抑える道具』、『神編術師はもれなくクソ』と言って憚らないクズが出来あがった。

 皇帝に憧れて、感化されすぎだろ。


 そんな動く公害──そりゃもう張り切って俺たちを通り過ぎて王国軍へと向かって行こうとした──エシウス大隊長を、体格が良く口の悪い部下と必死で止めたさ。

 大隊長一人ならほっといたよ。王国に閉じ込められてどうなろうと知った事じゃないが、奴の大隊の部下も大勢来ていたからなぁ。自分たちは止めないし協力もしないくせに、こっちが見捨てたら俺たちのせいにされるのは目に見えてる。

 頭がアホなら部下もアホで、結界が再展開されるんだって言ってるのに巫女を討ち取ると息巻く大隊長に付いて行こうとして、危険だって言うこっちの話を聞きやしない。

 部下と二人掛かりでエシウス大隊長の天馬カエルクスを引っ張り、もう国境は目の前だって時に結界が結ばれ始めた時は、俺の人生終わったと思ったからな。


 どうやって結界が結び終わるまでに国境を出られたのか、全然覚えていない。一緒に天馬を引っ張っていた部下も覚えてないと言っていたから、俺たちはそりゃ必死だったはずだ。

 なのに、陣地に戻ったエシウス大隊長が「もう少しで巫女リーシェンに届いたんだ。そうしたら俺が屠ってやったものを、お前たちが邪魔をして」とか怒鳴りだしたんだった。

 俺たちを迎えに陣地の外まで出ていらした我が巫覡の動かない表情が、一層凍りついたのにも気が付かないアホの罵詈雑言を止めるのに苦労したっけ。


 アホを黙らせて、静かにお怒りだった我が巫覡を諌めたあたりで、疲労困憊した俺はぶっ倒れたんだった。




 目覚めた今は日が昇るのはもう少し先、夜が明けるにはまだ幾分早い頃だろうか。天幕の外は暗い。

 ずっと側で様子を見ていてくださったのだろう我が巫覡が、じっと顔を見て水を渡してくださった。

 寝起きも相まってもう訳がわからなくて、我が巫覡の前だというのにポヤっと水を飲んでいると、我が巫覡と俺の所に集まってきた部下たちが倒れた後の説明をしてくれた。

 


「イーサニテル小隊長が倒れてプリメトゥス様が我々に医師の手配をと命じている間に、エシウスの阿呆があの蒼炎という天馬を殴ろうとしていましてね。我々が止めて、プリメトゥス様が丁重に扱うようにと仰って注意されたんです」



 口火を切ったのは、言葉は丁寧だが口の悪いアラネオ。まあ、こいつが隊で…どころか神殿でも一番頭がいいし口も達者だからな。



「だけどエシウスのアホってば、『敵の天馬に丁寧に扱う必要などない』って言って蒼炎を殴ったんですよ…」



 見た目は貴族っぽい儚げな少年、中身は野生児も真っ青なガキ大将クアーケルがちょっと涙目で言う。お前、蒼炎の男前さに感動してたもんな。



「隙を見て消します?」


「アラネオさんってば、ここじゃまずいんじゃね? せめて戦場にしとかなきゃっすよ。あ、ここ戦場だったっすね!」



 きゃらきゃらと笑うのは、クアーケルと対になる、見た目も中身も野生児なピスティアブで、アラネオの物騒な口ぐせに普通に返している。いや、戦場でもダメだろ。というか、お前たち愛し子じゃねぇか。暗殺とかやっちゃ駄目なやつ!

 説明を聞いてるうちに我が巫覡に酷い言いぐさと軟禁するたぁどういうことだ、と怒りが湧いてきた俺だが、それはイカンと思うぞ。せめて本国へ帰ってからにしろ。



「それもそうですね。じゃあ、またの機会に」



 おい、説明はどうした。アラネオが、ああはいはいって顔して説明を続ける。

 俺、いちおう上司な?



「イーサニテル小隊長が倒れただけでなく、命からがら逃げ帰った守護衛士兵団の生き残りだのが自分の怪我について騒いだり、蒼炎の扱いでもめていた所にハエマティ大隊長が来てですね。場の混乱に乗じて蒼炎を連れて行ってしまったんです」


「ハエマティのじじい、失敗はプリメトゥス様のせいにして蒼炎捕獲の手柄は自分のものにして報告してた。です」



 でっかい図体でゆったりした動作をするタキトゥースが続ける。神殿関係者でも一部にしか心を開かない、人間嫌いで天馬を含むあらゆる動物に愛される不思議な男だ。俺は動物にも天馬にも嫌われるんだけどなぁ、何が違うんだ?

 こいつ、いつも敬語を使おうとしておかしな言葉使いになってるんだよな。

 俺を含めた小隊の全員が、どうせ俺たちにしか口きかないからって指摘すんのも指導すんのも面倒だと放置してるうちに、この口調がなんか楽しくなってきて誰も止めなくなっちまった。しかし、いつか矯正しないといかんだろ、これ。



「そうそう、その蒼炎はどうやら相当前から用意されていた、こちら側の間諜のようですよ。本国から本来の主でもある天馬調教師カエルクスマネジャレを呼び寄せるようです」


「だが、巫女に素直に従っていたぞ」


「恐らく巫女殿が自らを主として主従契約の上書きをしたのでしょう。強力な術力と相当高度な術式を描ける方でないと出来ない技ですが…ということを踏まえ、蒼炎という名は巫女殿が与えたものでしょうね」


「それ何時の事っすか? 炎の巫女って青い天馬に乗ってるって、ずいぶん前から評判じゃん」


「僕、それ5年くらい前に聞いたよ」


「では少なくとも7年以上前、巫女殿が10歳の頃には主従契約を結んでいたのでしょうね。戦士としてだけではなく、術師としても突出した才能をお持ちですねぇ、巫女殿は」



 怖い怖い、と首を振るアラネオの横で我が巫覡がほんのり微笑んでおられた。

 あまりに驚いた俺の顔に驚いた部下たちが、俺の視線の先を見て、同じように驚いた顔をして黙った。

 いち早く立ち直ったアラネオは咳払いをして、俺を見る。夢じゃねぇよ、現実だ。

 嘘でしょう?って顔すんなよ。俺だって驚いてんだって。



「恐らく本来の主とされる調教師でも、かの方の契約を塗り替えることは不可能だろうな」



 あ、無表情に戻られた。巫女が誉められたのが嬉しかったんだろうか?

 じゃなくて。



「我が巫覡、俺はそういった術式について知識はないですが、最初の契約が一番強固だと習ったかと」


「そうだな。通常は最初に契約した調教師の縛りが最強とされる。だが、天馬が心から認めた主との契約は、型通りの調教師の術に勝る。天馬乗りに共通した知識だ」


「気位の高い調教師は認めませんが、カエデレス(私の天馬)もそう言っていましたね」


 リムス(あなたの天馬)に嫌われている貴方には関係ないですけれどね、と言うアラオネを睨む。うっせえよ。


「…私は少し出てくる。調教師が到着する前に、今度こそ蒼炎と話がしたい」



 そう言って我が巫覡は立ち上った。



「我が巫覡、蒼炎と会ったことがあるのですか?」


「プロエリディニタス帝国で神々の信徒の集まり、特に愛し子の集会の時に蒼炎と話をしようとした。子供だった私が彼と話をするのは早いと一蹴されてしまったが、今なら話してくれるかもしれない」


「では、我々もお供致します。ほら、さっさと立ってくださいよイーサニテル小隊長」


「いや、俺がお供するのは当然だが、なんでお前たちまで?」


「言ったじゃないですか、我々は軟禁されているって。蒼炎はここから対局にあるハエマティ大隊長の所に囚われているんです。この隔離された場所から出るのに、場合によっては力業が必要になるんですよ」



 貴方そういう力業しか得意なところないでしょう、って目で見るの止めてくんねぇかな。



「いや、一人で行くからお前たちはゆっくりしているといい」



 我が巫覡はそう言うが、あのじじい相手にそれはお勧めできない。



「いけません、我が巫覡。それではあのクソジジイに我が巫覡を蹴落とす口実を与えてしまいます。堂々と、この軟禁はおかしいと騒いだ方がいいのです」


「そうですよプリメトゥス様。我々は何も落ち度がないのです、反対にあのじじいを追い詰めてやりましょう。動くのはイーサニテル小隊長にさせればよろしいのです」


「そうっすね。俺たちが騒いでるうちに、プリメトゥス様は蒼炎とじっくり話すといいですよ」



 一部、俺には納得できない発言もあったが、晴れやかに笑って言う俺たちに少し引き気味に頷かれた我が巫覡は、とても可愛らしかった。

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