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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
61/215

男神の侍従が見た涙

 意気込んで突入してきたウルテック大隊のほとんどは、巫女リーシェンの攻撃で撃ち落ちされたり火傷で戦意喪失しているが、ウルテック大隊長と二人の副隊長は所々焦げているものの健在だ、さすが愛し子と脳筋たち。


 全員がバラけた今、巫女ひとりで三人を相手する格好だが、それでも我が巫覡ディンガーが仰っていたように巫女には余裕がありそうだ。

 と、俺は思ったのに王国軍の皆さんは違うのか? 加勢しないでいた方が巫女は戦い易いだろ。


 危なっかしかった元気な女の子が突っ込んで行って、二柱の愛し子が止めようと追いかける。巫女は三人に集中していて、それに気が付くのが遅れた。



「下がりなさい、ラクリーマ!」



 鋭い巫女の叫びと共に放たれる炎の槍と、「え?」と乾いた女の子の声と、静かに脳筋二人を壁に移動していたウルティマール副隊長が上からラクリーマと呼ばれた子に剣を振り下ろすのが、重なった。


 彼らを中心にばっと炎のように赤い血が舞って、庇うように間に入っていた愛し子君の左脇腹と太股、彼を乗せる紅い天馬カエルクスの肩から足に深い切り傷がある。

 切り付けたウルティマール副隊長は天馬ごと強引に身体を捻り巫女の槍から避けるが、左腕を掠っていたようで舌打ちをしながら腕を押さえて少し距離を開けていた。



「いやっ!! ふ、副隊長、紅天(ルフスエルム)………ごめんなさい、ごめんなさいっ、ごめ…」



 泣きながら上司と騎馬に寄り、彼らを支えるラクリーマの右腕にもべったりと赤い塗料のような血にまみれていて、力無く下がったまま動いていない。

 愛し子君はともかく、あの天馬はあまり保たないだろう。肩の傷が深いようで、流れる血が止まらず浮遊する足からも血が地上へと降り注いでいるのだ。



「俺たちの事はいい、下がれラクリーマ!」



 ウルティマール副隊長の切られた腕は炎で焼かれたようで出血の無いことを確認し、再び剣を握りしめて愛し子二人に迫ってきていた。

 だが、顔が歪んでいるところを見ると、相当痛みがあるんじゃないだろうか。

 我らが男神の愛し子を切ったんだ、ざまあみろとかもっと焼かれれば良かったのに、とのんびり思ってる場合ではなかった。

 あれ、どうやって止めるんだ。切られるのを覚悟で間に入るしかないか、と良い案が浮かばないことにげんなりしつつ俺も彼らに近づいてゆく。


 全力で駆けているが、間に合わないかもしれない。

 焦りながらも集中して見ている視界の端に、青い風が見えた気がした。



「駄目だ。来るな、蒼炎カエルライグニー!!」


「イヤぁああ!!!」



 声を出すのも辛いはずなのに叫び声を絞り出す愛し子君と、先ほどの叫びよりもっと悲痛な悲鳴をあげてから、ラクリーマがずっと「嫌だ」と繰り返している。


 それはそうだろう。蒼炎と言われた天馬が俺よりずっと離れていた場所から駆けてきて、ウルティマール副隊長を前足で踏み潰そうと彼らの間に割り込んだ。

 が、踏み潰すには数瞬遅かったのだ。青い天馬の腹を切り付けた剣の切っ先は愛し子君の頬をかすめる程度には逸らされたが、天馬の腹部は内臓が見えそうなくらいに深かった。

 誰もが一瞬止まってしまったのに、天馬は振り上げた両足をためらうことなくウルティマール副隊長の頭上にに下ろしていた。ウルティマール副隊長はえっぐい見た目をした、元人間の体だったナニカに成り果てて彼の天馬から落下していった。しばらく悪夢として出てきそうなくらい潰れていたな……うん、忘れたい。


 対して副隊長の天馬は傷ひとつ負うことなく健在である。あの天馬、愛し仔だったんだなぁ。

 ものすごい勢いで落ちてきた前足が、高い衝撃音をたてて結界みたいなものに阻まれて、天馬の背中と子供の手のひらくらいの隙間を開けて止まっている。しかも、人体だったナニカに汚されることなく綺麗なままだ。

 すげぇな。相当な痛みがあったろうに刹那も躊躇しなかったぞ、あの蒼炎って天馬。



「蒼炎、割り込むだけだって言ったじゃない……」



 もう混沌と化している場に、ひどく静かな声が響いた。切られた腹を炎で焼いて止血し、なんとか治療しようと巫女が何かの術を練っていた。だが、あれだけ深く切られたんだ。たぶん治療は間に合わない。


 きったねぇ叫び声をあげて迫り来るフォッサイス副隊長には、一瞥もくれない。危なくないか?

 仕方ない、脳筋その1を迎え撃つかぁ、と柄に手をかけたのと同時に上空から金色に輝く塊が落ちてきた。きっちりフォッサイス副隊長の真上に、だ。王国の移転術師の技術、すげぇな。

 巫女は援軍が近づいてきてるって気がついていたのか。どうやって気配を読んだんだろ、これもすげぇわ。

 俺、この戦場に来てから何回すげぇって言ってんだろ、と現実逃避に走っても自分の激ヤバな環境は変わらない。

 あの光る金色の塊──おそらくアルドール・レクステルム第二王子とその天馬──は、脳筋その1を容赦なく踏み潰し、俺を見て野性的な笑いを見せた。ちょ、この塊キラッキラしすぎじゃね?

 美形の笑顔、怖ぇぇ…。我が巫覡はそれはもう麗しい(かんばせ)をお持ちだが、いかんせん俺はあの方が笑ったところを見たことがないのだ。



「我が女神のご夫神の侍従ディジャー殿に、感謝を」


「?」



 我が巫覡に頼まれたのに、一人として止められなかった俺が感謝されることなんてひとつもないと思うんだが。



「貴殿と貴殿の部下たちが、貴軍の阿呆どもを引きつけておいてくれたんだろ?」



 巫女と愛し子君を庇うように前に出て、迫力ある笑顔で言う王子。なんだろう、眩しいな。



「ま、そうだと大っぴらには言わないだろうし、言えるものでもないと思うが。ついでに背後に迫っているあいつらと、撤退してくれると助かるんだがなぁ」



 眉を寄せて本気の溜息をついて、砕けた言葉で愚痴っぽく言う様も王子様してるわー、この人。すげぇな。

 残ってる大隊で押し掛けて来るぐらいに野心家なのは、エシウス大隊かハエマティ大隊のどちらかだろう。どっちが来ても、厄介この上ないわ。



「そうしたいと思っておりますが、アレらが素直に私の言に従うとは言えないですねぇ」


「小隊長、そんなこと言わずに、いつものように煽てて脅して怒鳴って、あいつ等連れて帰りましょうって」


「小隊長、王国軍には俺たち愛し子には手を出すなって指示が出ていみたいだ。俺たちは無事だ、です」


「だとしても、この場に居続けるのは賢いことではないですよ。巫覡の頼みは叶えられませんでしたが、このまま我々が捕虜になることもお望みじゃないでしょう」



 次々と集まっては言う部下たちの意見は、分かっている。しかし、ただこのまま帰還してしまえば我が巫覡の立場は危うくなる。確かに、押し付けられた守護衛士兵団デフォブセッシミーレスは半数近く減った。だが、いくら我が巫覡に侍っている俺たちエイディ神殿騎士団アエデーエクストゥルマが精鋭とはいえ、残り全部と戦ったとして良くて相打ち、最悪の場合帝国へ逃げ帰られて裏切ったと皇帝に報告されてしまったら、我が巫覡はおしまいだ。

 我が巫覡はご自分の立場など塵の一粒程も気になさらないが、俺は気にする。

 何か守護衛士兵団(あいつら)を納得させられるものが有れば。今更なんだが、すげぇすげぇ言ってて、ここへ来た言い訳考えてなかったもんなぁ、俺。


 無表情を保ちつつも内心とても動揺していた俺は、光る王子を凝視していて背後への注意を怠っていた。

 だから、気が付くのが遅れたんだ。王子の背後での騒動に。

 いつの間にかラクリーマは悲鳴を轟かせるのを止めていたし、巫女がずっと「蒼炎」と呼び続けていたことに。


 何かおかしいと思った時には、王子の前にあの青い天馬が主を乗せずにこちらを見て立っていた。


 後から、言葉は丁寧だが毒舌で常に冷静で俺の見ない方を見て警戒する部下、アラネオが何が起きたか教えくれた。


 巫女が「止めなさい、蒼炎」「駄目だってば」という小さく、しかし切羽詰まったような言葉をつぶやいた直後に巫女と愛し子君と紅天、そしてラクリーマを一瞬青い光が包み消えてたそうだ。

 どうも紅い色の天馬は体色が紫に変化しており傷も塞がっていたし、愛し子君とラクリーマから流れる血は止まっていた。紅天は万全の状態のようだが、二人の顔色は戻っていなかったので、本当に傷が塞がっただけの様に見えた、と。

 そして、蒼炎は茫然と「駄目だよ、蒼炎」「もとに戻しなさい、ちゃんと戻って」「ダメ、蒼炎帰ってきなさい」と震える声音で言う主を放り投げる様に愛し子君に預け、王子と俺の間へ堂々とゆっくり歩んできていたそうだ。



 蒼炎の腹の傷は塞がっていたが、ちょっと衝撃を与えればまた傷が開きそうなんだが。大丈夫なのか?

 俺の疑問が顔に出ていたかのように、目の前の天馬は笑った。後に話をしていた部下には「天馬が笑うって、その目大丈夫ですか?」と、真剣な顔して問われたが。

 いや、本当に笑ったんだって。

 整った顔の天馬が格好よく笑って、俺に── 我が身を連れて行け ──って言ったんだ。

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