男神の侍従のぼやき2
「もう我慢ならん、我々も突入するぞ!」
「お待ちください、ファトウス隊長! まだ本隊の用意ができておりません、隊長!」
副官の声を無視して、おっさんが単騎で突入していく。慌てふためいて奴の指揮する天馬騎士大隊本隊が追いかけていくが、一人突出しているのは一目で理解できる。
「よろしいのですか、わが巫覡。あのままじゃアレ、死にますよ」
「良くはない。アレに死なれると困ったことになる」
「ですよねぇ。あのファトウス隊長たちが天馬騎士大隊を指揮していたから王国軍に被害が少なかったでんですけど、隊長が居なくなるとウルティマール副隊長が出張ってきますもんね」
残る守護衛士兵団たちは離れた後方で待機しているので、周辺の空気を遮断するように結界を張り小声で話せば、こちらの会話を聞かれることもない。
できるだけ声を出さずに話しかければ、花の顏にあるそれはもう美しい眉をちょっとだけ寄せて呟いた我が巫覡の、なんと麗しいこと。
じゃなかった、無表情を誇るお方なのにうっかり表情に出てしまうほどウルティマール副隊長はやっかいな存在ってことだ。
そもそも、護るべき女神の国に攻め入ることを良しとしない我が巫覡が、皇帝の命令で嫌々進軍してなんとか穏便に撤退できるように手を尽くした策のひとつが、アホ二人と同じくらいアホが指揮する騎士大隊だけで王国に突入させることだった。大隊長たちに却下されて、そこそこ有能な指揮官も選ばれてしまったけど。
公式には皇帝直属の守護衛士兵団を主軍としてる、って発表してるけどさぁ。
皇帝陛下はわが巫覡の手柄の横取りと監視を目的にして、守護衛士兵団所属の半数以上の天馬騎士隊と騎獣騎士隊を編成して進軍しろって押しつけといて、愛し子を中心とした俺を含めたエイディ神殿騎士団なんて、せいぜい一個大隊しか従軍を認められなかったもんな。
ほとんど守護衛士兵団とちょっぴり神殿騎士団なんて、俺らの回りには敵しか居ねぇじゃんって状況で、どうやって穏便に侵略できんの? 無理だろ。
まあ、愛し子が居たらお互いの武器がすり抜け合うっていう、見た目におかしな現象が起きる事は間違いないから、今の編成はおかしいもんじゃない。
あわよくば我が巫覡や帝国の愛し子を殺しとけっていう態度じゃなきゃな。他の侍従たちが常に警戒しまくってピリピリしてんのが、ウルティマール副隊長みたいに皇帝陛下になんか命令されてるっぽい奴らを煽りまくってて、さらに皆がピリピリする悪循環。俺の胃が痛い毎日だろ、早く神殿に帰りたいって愚痴ってもいいと思うぞ。
「かの方はウルティマールごときが相手になるはずもないが、他の愛し子たちには厳しい」
「そうですよねぇ。あの人も例にもれず神々を信じてないし、気が付いてないですけど、嫉妬の女神ラエティルミスの愛し子っつーか、もうほとんど侍従だし女神を信じていれば巫覡でもおかしくないくらい愛されてますよね」
我が巫覡は前を見たままだったが、わずかに頷いていたので俺の想像は間違っていなかったと確信した。これは本当にやっかいな事になったかもしれない。
嫉妬の女神は御身が承認されなくても嫉妬心を抱えている人物が大好きで、あっちこっちに直接寵愛をお与えになる、ちょっと困ったお方でもある。たいていは、その嫉妬心を燃料に嫉妬の対象相手に見合うように追いつけ追い越せって動力になるんだが、時々おかしな方向へ異能が発達することがある。
ウルティマール副隊長はそのおかしな方の人物だ。神を信じてないって公言してんのに、神々に寵愛を受けた愛し子やその異能は羨ましいのか、戦闘系の愛し子たちを簡単に切ったり刺したり出来てしまう。
いや、副隊長も愛し子だよ? なんで愛し子切れちゃうのよ、おかしいじゃん?
でも本人は守護衛士兵団に所属してるから、愛し子を切れるなんて当然って思ってて疑問にも思ってない。
神の愛し子として正しいことなのか、正しくないのか俺の頭は混乱でいっぱいだ。
守護衛士兵団にも異能を使える騎士は居る。しかし、どれも愛し子と言える程の寵愛は受けておらず、一般の人々のように自動的に与えられる寵愛と同じで、神を信じていないが故に愛し子も切れるし神々からの懲罰にも鈍い。
これも寵愛はあるのに、愛し子を害せるってどうなんだ?と思わなくもない。が、俺が考えても理解できる事はないということは理解したので、寵愛があっても神を信じてなければただの人間と同じと思うことにした。
そんな愛し子あるあるの特例がウルティマール副隊長で、皇帝陛下も同様なんだが、あの方は特例というか別格と言えばいいのかなんというか。
おかしい。なにかしらの神の寵愛を受けているのは確かなんだが、何の神なのか全然分からないし異能だって手を触れずに物を動かすといった能力で、我が巫覡や炎をの巫女のような神を象徴するようなものでもないしな。
きっちり異能を持っているのに神なんぞ居ないって断言する、あの妙な自信に周囲が巻き込まれて、所属する全ての物が神を信じない守護衛士兵団なんて巨大な集団が出来上がっている。
我が父なる神を崇める俺には、恐怖でしかない集団なんだよ。近づきたくないってのに、めっちゃ監視するし手柄は全部持っていくし。
厄か?あいつらを守護しているのは災厄の神なのか?
そんな皇帝陛下でもウルティマール副隊長でも、我が巫覡は切れなかった。氷の男神の巫覡だと判明したばかりの我が巫覡に、皇帝陛下が剣を振り下ろしたのだが剣を氷に絡め取られて切ることは出来なかった、という記録を見たときは「生まれてひと月もない新生児に何してくれてんの!?」って変な声が出たな。
神殿長から聞いた話で、ウルティマール副隊長や他の守護衛士兵団の騎士たちが次々に切り付けにやってきて、お怒りになった我らが父なる神がついに剣の柄を握った段階で刺客を氷漬けにしてしまい、さすがの皇帝陛下も諦めたという逸話は涙無くては聞けなかった。あれ、俺にとって我が巫覡の三指に入る伝説であったりする。
だって、神々の懲罰にも鈍い奴に、即懲罰を発現だよ? 我が巫覡、父なる神にものすごく愛されておられるじゃん! 素晴らしい、さすが我が巫覡。
あれ、何の事考えてたんだっけ…
我が巫覡の仰る事を鑑みれば、恐らく女神の巫女の戦闘力が優れているという事だけでなくて、彼らが巫女を傷つけることは出来ないって事だろう。
やはり、神の巫覡や巫女ともなれば愛し子や侍従なんかとは違うんだな。
いやぁ、神々に関することって本当に奥が深い、深すぎて付いていけない事が沢山あるんだ。もう勘弁してほしい。
「ウルティマール副隊長、我らが父なる神の愛し子もあっさり切り殺してるし侍従にも重傷を負わせてますもんね。愛し子同士は傷つけ合えないはずなんですけどねぇ」
「嫉妬の女神は我が父なる神以上に、炎の女神がお嫌いだ。侍女や侍従なら簡単に殺せるだろう」
うっへぇ、好き嫌いで神々の様々な制約を解くことができちゃうの? いや、それよりも。
「あの、我が巫覡。それって俺なんかに漏らしちゃいけない情報なのでは…」
「お前はそう思ったら他言しない。それよりも、イーサニテル」
先は続けずに視線だけで語る我が巫覡。
ええ、仰ることは理解できますよ。今じゃなきゃそんな俺、優秀だろって自画自賛したい。したいのだが。
いやもう、本当に神々の変わった情報はお腹いっぱいですって。
自分でも分かるくらい無くなった顔色をして我が巫覡を見ていたら、いつもの変わらない表情でじっと俺を見つめて返答を待つ麗しき俺の主。麗しいお顔を拝見できるのは喜ばしいのですが、これは俺にあそこに行ってこいって顔ですよね。
我が巫覡の命令であれば俺に否やは無いんですが、本音は行きたくねぇ、です。
謎の女神
「お前たちは、嫌い。死ねぇ!!」と剣を振る。
ある男神
(いや、切られるの痛いし死ぬ気はないんだが)と、黙って防御。
ある女神
「わたくしだってお前が嫌いよ。背の君とわたくしに触るな、穢れる」と剣を弾き、ビンタした。
とかいう事件があった事は当事者しか知らない。




