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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
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学園

 一部見苦しい場面もあったけれど、ヴァニが私のために祈ってくれたあの日は宝物ような思い出になった。


 神殿一行に称賛と感謝を表すために挨拶し、それをきっかけに神官長を捕まえてこちらの騎士団エクストゥルマ連団の迎撃計画があるので、神殿騎士団アエデーエクストゥルマは神殿だけを守護してくれとお願いしておいた。

 いい笑顔で快く引き受けます、みたいな顔してたけど「一般市民なぞ知ったことか。当然、神殿だけを護るつもりでしたけど?」っていう本音が聞こえてきた。せっかくのヴァニの晴れ姿が神官長のうさんくさい笑顔にかき消されそうで、眩しかった時とは別の意味で泣きそうだったのは内緒だ。


 各騎士団への最終的な訓練は連携する隊の隊長たちに任せ、私単独で各団へ回り打ち合わせを重ねた。

 思ったより王宮内での内通者が多くて手間取ったけれど、内通者の特定もできた。中規模騎士団以下は人数の問題で内通者は見られず、大規模な私設騎士団(プライベエクストゥルマ)近衛騎士団レクスプラエトリアニには一人から数人、王宮騎士団パラーティルムはけっこうな数の内通者が存在していた。

 とはいえ、王宮騎士団は自発的にでない者も存在しているみたいで、ルナネブーラ侯爵の頭を悩ませているらしい。アルドール殿下は即、別件で処断していたし、他の私設騎士団もさりげなく戦闘団員から外して情報から遠ざけているようだった。



 ほぼ計画も準備も固まったことだし、と今日は久しぶりに登園して雨具の返却を口実に教室へ押しかけてくれたヴァニのはにかみ顔を堪能している。

 教室の入口からちょっと離れた廊下で会話しているので、遠巻きに見ている生徒からは何を話しているか聞こえないだろう。今日はヴァニも怒ったり嫌な妹の演技をせずに済むから、幸せそうだ。すごく可愛い。



「もう、お姉さま聞いておいでですの?」


「ええ、聞いてるわよ。そのむくれた顔がとても可愛い」


「ありがとうございます。そうではなくてですね」



 いけない。誰にも聞かせる会話ではないので、つい本音が漏れてきちゃう。



「あまりに可愛かったんだもの、ごめんなさい。ヴァニが濡れなくてすんで良かったと思っているし、私は体調を崩してもいないわよ。ちょっと蒼炎(カエルライグニー)の機嫌が悪かっただけで…」


「それが一番の問題なのではありません?」


「蒼炎が厳しいのはいつものことよ、大丈夫。…たぶん」


「お姉さま…」



 ヴァニの憐れみを込めた目線に、気まずい思いがこみあげてきた。



「そんなことより、この間の舞いはとても素敵だったわ。あれだけの人数で振りの角度や速度が揃っていて、準備時間なんてほとんどなかったのに素晴らしい出来栄えで母なる女神もお喜びだったものね」


「先輩方がわたくしたち新人に合わせてくださっていたのです。あの方たちのおかげですの、素晴らしい方々ですわ。もちろん女神にお褒め頂くのは嬉しいですけれど、お姉さまに褒めて頂けるのが一番うれしいです」



 あからさまな話題の変え方に不満をもらすことなく、嬉しそうに笑うヴァニが可愛い。



「あと、ヴァニにこれを。そしてこちらはお父様へ渡して欲しいの」



 先日グラテアン邸から持ち出した手鏡とペーパーナイフを、それぞれ箱に入れて持ってきていた。ひとつずつヴァニに手渡す。髪飾りはその日から身に着けている。

 手鏡とナイフ、どちらにも母なる女神が能力(おちから)を込めてくださったものだ。

 ヴァニは蓋を完全に開けず、そっと覗くように中身を確認し私を見る。



「お姉さま、これ…」


「うん、どちらにも母なる女神からの贈り物ね。ヴァニには手鏡で守護の、ナイフには破邪の能力(おちから)を込めてくださったわ」


「わたくしや神殿にはすでに守護の祝福を頂いていますのに?」


「たぶん、今後ヴァニに必要な物なのだと思う。我々が帝国の侵略軍を無事に退けたとして、事態はどう変わるか分からないし」


「退けるだけでは済まないということですか?」


「上手く退けられなかった場合が問題なの。最悪の場合、この国は孤立することになるから」


「何を拒むおつもりですの?」



 不安げだったヴァニの目が鋭くなっている。私が孤立させるのだと気が付いていて「お姉さまは」という主語をぼかして、万が一他人に聞かれてもいいようにしてくれている。でもこの鋭い目線は責めているようにも見えるけれど、私が危ないことをすると思ってかなり怒っている。



「この国を攻めるすべての人を」



 さっと顔色が変わった。



「そんな大規模な壁を展開するのに、何をどれだけ使うつもりですか?」



 唸るような低い声で、眉を寄せて睨むヴァニ。ああ、そんな顔しちゃってるのに、私の妹ってば可愛いったらないわ。



「わたくしの顔など、どうでもよろしいのです。で、何を使うのです?」



 ごめんなさい。普段めったに見られない表情に喜びが隠せなかったようだ。



「うーん。言ったら怒られるもの、かな…」



 もう様な、ではなく完全に睨まれているけれど、可愛いからなんでもいいや。



「どれだけ必要なんですか」


「たくさん。具体的に言うとヴァニが悲しむから、言いたくないなぁ」



 さすがに言いよどむ私に、ヴァニは溜息をついて苦笑する。



「もうすでに悲しいですわ、お姉さま。それ程にグラキエス・ランケア帝国の侵略軍は非道なのですか?」


「たぶん侵略軍がいちばん穏健で紳士だと思う。なにせ総大将(インペドゥムス)プリメトゥスは巫覡(ディンガー)だもの。彼らに占領させた後に登場するはずの皇帝ゲマドロースがいちばん危険、あれは神を信じていない」



 きょとんと、何が危険なのかと不思議がるヴァニにはよく分からないようだった。



「皇帝ゲマドロースは母なる女神だけでなく、自国で祀られる氷の男神エイディンカであっても存在することすら信じていないの。故に、まったく寵愛も祝福も与えられず神からの影響を受けにくい。彼が帝国の皇帝として存在するのに氷の男神の恩寵が帝国にあるのは、帝国に住まう氷の男神の愛し子たちが居るからで、皇帝のおかげではないのよ」



 私の話を聞いていたヴァニが何かに気がついたようで、顔色をなくしていた。



「では、もし彼がこの国を蹂躙したとして、我が母なる女神がなにかしらの報復をされたり、氷の男神が帝国への寵愛を取り上げられても皇帝へ影響が出ることはないと…」


「皇帝へ直接影響はないでしょうね。実際に攻め込むのは氷の男神の巫覡なのだから。いちばんに侵攻軍の巫覡と神の愛し子と神を信じる者たち、そして次に神を信じる帝国の民、次にグラキエス・ランケア帝国の土地になんらかの変化、それによって神を信じない者たちへと何かが起こる」


「では、帝国が滅びるまで皇帝ゲマドロースにはどんな神からの影響も受けない、という事なのですね」


「ええ。そして帝国が滅ぶ前にこの国は無くなってしまうでしょう。きっと皇帝ゲマドロースはグラキエス・ランケア帝国が無くなる事にも頓着せずに、そのままこの国の跡地を踏みにじって通り過ぎてプロエリディニタス帝国を攻めるのでしょうね」



 アグメサーケル陛下は戦の神そのものであり、戦場をも支配できる方だから我が国のように簡単には行かない。そんな事は分かっていて、戦争を仕掛ける気でいるのだろう。何がしたいのか全然理解できない。



「あの…男神の恩寵がなければ生きていけない氷の国に生まれて皇帝にまで成りあがっているのに、神の存在すら信じないということがあるのでしょうか?」


「母なる女神がそう仰っていたのよ。術力という、神の能力(ちから)を借りなければ発動しない炎や氷。そういった物を溜めて使う生活道具で生きているというのに、術力は神から与えられた恩寵でなく人間(ひと)に備わっている物なのだと信じているんですって」


「神の起こす奇跡すら、人間が成しえていると信じているのですね」



 まったく理解できない、とため息をこぼして俯くヴァニに同意しかない。

 もし皇帝ゲマドロースと直接に戦うとして、神の神権(おちから)を使う私に分があるけれど、まわりを愛し子で固められたらどうなるかは分からない。

 神の国に住まう者に対して、神をまったく信じない者はとてもやっかいだ。

 三国では生活にしても思想にしても、全てに神が関わるとうのに存在すら信じない者と戦うにはどうすればいいのか。どうにか出来るはずだが、それを対策する時間は、もう無いのだ。



「あそこまで完全に神の存在を信じないのは、とても厄介なのよね。氷の男神の巫覡が存在しているのに、力の強い特殊能力者くらいの認識なのだそうよ」


「神を信じない者…」


「ええ、神の恩恵に頼る三国でいちばんやっかいで、もしかしたら一番強いのかもしれないわね」

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