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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
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揺れる日常

 もうちょっとヴァニの相手をしたいけれど、今日は時間がない。残念に思いつつも、待てとか話は終わってないのだと叫ぶ妹を無視して教室を出る。

 今の私は四年制の最高学年で、卒業資格は二年前に既に取得してある。

 女神の巫女(リーシェン)をいいことに学生生活をサボり、卒業だって危ういという私に対する噂を信じる輩に、わざわざ訂正したりなんかしない。

 有能を求められる王族だって、外面良く勉強が出来る者ばかりではない。真面目くさって品行方正にしていれば賢く見せられる、という馬鹿馬鹿しい理由でこの学園では物語にあるような、成績が張り出されるなんてことはないのだ。例え学年生全員の後ろから数えた方が早い成績であっても、口にしなければ誰にも知られたりはしないのだから。

 妹の「今回も良い成績を取れて安心したわ」と、取り巻きに成績表をチラッと見せて毎回主席だと主張するあざとさに、誰も突っ込まないのが不思議でならない。もっと言えば、毎回成績表を渡されても誰にも見せず見られる所に放置すらしない私の成績が、後ろ三人しかいないと皆が知ることが変だとすら思わない事が。

 妹に都合のいい噂を蔓延させる無能揃いの教師陣ではあるが、個人の成績を特別といって誰かに吹聴するようなボンクラは居ないはず。さすがの国営学園なので、家柄や権力の介入はできない小さな国といってもいい。教師は絶対ではないし、在学する生徒の身分で成績や評価が忖度されることもない。


 独自の学園規則を持ち、将来的に政治や神殿に参加する英才が集う学園は小さな国家ともされ、外敵に備えた防御結界も展開されるし、生徒に洗脳・魅了の類いも施せない。

 学園外で洗脳を施されても直ちに解除させる機能を備えている。そのための術師も、複数人のローテーションで常駐しているのだ。

 いくら妹の異能(めがみのちから)が特殊であっても、同じ能力を持つ私には能力が使われたのか感知できる。巫女(リーシェン)が戦闘特化能力に秀でており同じ能力があるのを隠しているとはいえ、なぜ妹と同じ能力を持っていないと疑いもせずに神殿の神官たちが断じるのか、ほんっとうに不思議でならない。

 同じ女神の神使に優劣を付けたがり、自分が上だと思いたがる。忌避する能力を都合良く道具とする事を、何とも思わずに。

 神官も生徒たちも妹を否定せずいれば、快適に過ごせるから? 神殿や宮殿の覚え目出度い妹からわざわざ私を庇い、立場を上げるよう働きかけるのも面倒というところか。


「カリタリスティーシア様」


 妹から離れたとたん近寄ってきたインフィウムには気がついていたが、小言の原因のひとつであるイーへ自分から声をかけるのも、なんだか悔しい。


「イー、何かあった? 待ち合わせにはは早いと思うんだけど」


「ああ、副団長から帰れるならばできるだけ早めに帰団して欲しい、と使いが来たんだ」


「やあねぇ、そんな事情があったなら、ヴァニトゥーナに纏わりつかれてるときに呼び出してくれれば良かったじゃない」


 そうしてくれていれば、イー会えていないと言われているときの、外野連中のうるさい視線を笑って見返してやれたというのに。私が会わせていないんじゃない、イーがヴァニから逃げているのだ。


「ティー、それ本気で言っているか?」


「もちろん! イーに会えないのまで私のせいだって責められるんだもの、たまったものじゃないわ」


 じろりと瞳だけで私を睨んだイーの顔色が、ばつの悪そうなものに変わる。


「あー…それは申し訳ないと思うが、俺に会ったらもっと時間かかるだろ」


「イーを置いて、先に帰れば私の時間はかからない」


「なんで置いてく前提なんだよ! 護衛騎士置いてくお嬢サマってさぁ」


「ちょっと長いくらい、いいじゃないのよ。イーは数ヶ月会ってないんだもの。私は毎日、ひどいときなんて休憩時間全部あの娘が迫ってくるのよ。文句の半分以上『イーを解放しろ』なんだからね」


 呆れた私からの視線に気がつくことなく、不思議そうなイーが口ひらく。


「いや、なんでそんなにヴァニトゥーナ嬢は俺にこだわるんだ? 婚約っていってもグラテアン公爵からもヴァニトゥーナ嬢の望まない婚約を避けるための壁だって、説明されていただろ?」


 心底理解できないって顔されてもなぁ。両親としては、偽装を建前としてイーを確保して、なし崩しに本気で結婚にこぎ着ける気でいるというのに。


「うん、違うんだけど。まあイーと小兄さまには分からないかもねぇ」


 ため息吐きつつ暇が出来たらちゃんと説明するから、と話を切り上げて早退届けの手配を依頼し正門で落ち合うことを決め、とりあえず解散する。早足で離れるイーを見送りつつ、横目で顔見知りの近衛騎士候補の男子生徒が何か言いたそうにさりげなく近寄ってくるのを確かめ、目を閉じる。


 事態は思ったよりも早く進行しているのかもしれない。妹の小言にうんざりして見せる日は、それほど続かないのだろうと予測するけど、それが喜ばしいのか悲しいのかよく分からない。

 決まっている帝国との戦争が、私にとって悲しいことなのか分からないのと同じに。

 この状況は嬉しくもなければ、楽しいことでもないことだけはハッキリしている。


 ああ母なる女神エイデアリーシェ、心より喜び貴女の武器として在れない巫女(わたくし)をお許しください。


 女神への謝罪を心で呟き、目を開けて歩きだした。

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