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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
48/200

怖い

 下がり切った気分を引っ提げて久々のグラテアン邸へと足を踏み入れれば、懐かし面々が出迎えてくれていた。

 皺は無いんじゃないのだろうかと思うほどピシッと整った服で、白いものは目立つけれど豊かな髪を服と同じくきっちり撫で付け、真っ直ぐ立つ老齢の男性。

 その隣には、明るい茶色の髪を緩めに纏め、目尻の皺が増えたけれど、美しい瞳に負けない容姿のやはり老齢の女性。



「久しぶりね、じいや。そしてばあや。出迎えありがとう、二人とも変わりなさそうで良かったわ」


「お帰りなさいませ、お嬢様」


「お帰りなさいませ。お元気そうで安心しましたわ、お嬢様」



 動かぬ無表情でも、平常より幾分か明るい声音のじいやこと家令エンシス。続いて、ばあやこと乳母マテールが、にこにこと笑顔で挨拶を返してくる。

 本当はもうお嬢様呼ばわりはいけないのだけれど、合わせてくれるあたり二人とも私には相変わらず甘い。ほとんどこっちに帰らないから、余計にそうなるのかもしれない。



「見ての通り、元気にやってるわ。お母様の部屋に行くから、付いてこなくていいわよ」



 二人に軽く手を振って離れようとするけれど、エンシスの表情が微妙なものになっている。



「何かあるの?」


「ええ、実は……」




───────────


 父の部屋と母の部屋は、角部屋の寝室を挟んだ間取りで父の部屋を過ぎて左に曲がった先に入り口がある。右には我々子供の部屋が並んでいるが、今日は自分の部屋に用は無い。

 静かな父の部屋の前を通り過ぎて左に曲がったところで、足が止まった。

 じいやに聞いていた通り、近づくにつれて異様な気配と音がしていたけれど、想像以上のものが見えた。



「うっわ、本当に居る…」


「いろいろ極まってるな」



 イーは私の後ろに居るから表情は見えないけれど、口調からして私と同じく引きつってるのは間違いないと思う。そんな短い間にも絶叫に扉を叩く音が混じっている。



「ねえ、あれ何て言ってるか分かる?」


「俺にはグラテアン公爵の名前を叫んでいるとしか理解できないな。ティーは?」


「うん。お父様の名前と、出てきてって懇願してるっぽいのは分かる」



 母の部屋の扉を力の限り叩きながら意味不明の絶叫をかましている義母デフォラピスの有り様に、恐怖のあまり腰が引けて近づけない。

 だって体全体で扉を叩いてんのかってくらい髪は乱れてるし、目が血走ってる。叫び過ぎなのか声がかすれているのに、おかまいなしに叫び続けている。

 率直に言って、ものすごく怖い。



「ねえ、イー。ちょ…」


「断る。ちょっとあそこへ行って、公爵夫人を排除しろと言われてもやらないぞ」



 みなまで言わせずに断られてしまった。

 えー、どうしたらいいのよ。お母様の部屋に用があるんであって、あの怪物みたいな義母とかお父様に用はないんだけどなぁ… どうやって部屋へ入れてもらうかが問題だったはずなのに、もっとすごい問題が部屋の前に居るじゃないの。

 イーと二人で困惑しながら立ち往生していると、マテールが「お嬢様」と声を潜めて呼んでいる。



「ばあや? どうしたの」


「あの、公爵様よりお嬢様への伝言を承っております。こういった状況になったらお渡しするようにとの指示で…」



 と、そっと封筒を差し出す。一文だけのメモが出てきて驚いた。

 ──私の部屋に置いてある──

 文というより一言だ。いろいろな驚きで目を見開いた私を見て、イーが不思議そうにしている。



「ありがとう、ばあや。目的のものはお父様の部屋にあるみたい、ちょっと行ってくるわ。すぐ戻るからお茶の用意をしておいてくれるかしら」


「かしこまりました」



 小走りに去るばあやがしっかり離れるのを確認して、父の部屋の前へと戻る。鍵かかってるんじゃないのかな、と疑問に思い扉を触ると開錠するかすかな音がした。

 血縁がさわると開錠する術がかかっているみたい。さすがお父様、呆けてしまっても優秀な術師の能力は健在なのね。



「これ、私しか入れなさそうだからイーは待ってて」


「承知した」



 そっと壁際に寄ったイーを確認して部屋に入ると、思ったような淀んだ空気の部屋ではなかった。誰もこの部屋と母の部屋には入れていないはずなので、父が整えているのだろう。

 明かりを点けて目的の物を探して部屋を見回すと、小さな机の上に手紙と共に置いてあるのが見えた。


 お母様の手鏡と髪飾りとペーパーナイフ。

 目的は手鏡と髪飾りだったのに、なんでペーパーナイフ? 疑問に思いながらも手紙を見れば、やっぱり一言だけ。

 ──ナイフも持っていきなさい── 

 それだけ。ちょっと意味が分からないけれど、たぶん何かしらの先見らしきものをしたのだろう。なんとなく、これは私に必要なのではなく父に必要なものになる気がする。


 まあいいか。ヴァニを護ってくれなかった酷い父だと思っていたけれど、今の義母を見るとああやって引きつけておいてくれたのだと気が付いた。

 もうちょっと違う方法があったんじゃないの、と思わなくもないが母が居ない衝撃に耐える為には引きこもる時間が必要だったのかも。

 お父様に必要な時間だったかもしれないけれど、もうちょっと頑張ってから引きこもってくれればなぁ…ああもう!

 って、思う私が嫌だ。でも神殿で大変な目にあったんだし、親に恨み言を言ってもいいんじゃないの?という自分も居る。

 こういう結論の出ない思いが止まらないから、グラテアン邸(ここ)に来るのは嫌なんだ。


 過ぎてしまったことだから仕方ないけど、と思う事にして、やりきれない思いを溜息と一緒に吐き出して部屋を出て行こう。きっと退屈そうにしてイーが待ってる。



 扉を開いて目の前の光景を見て、 イーが退屈はしていなさそうということだけは理解したし、今すぐ部屋に戻りたくなった。

 だってイーの胸ぐらを掴み、壁に押し付けて罵る怪物が目の前に居るんだよ。驚きのあまり手が離れて音をたてて扉が閉まると、乱れた髪が回るように隠れて血走った眼をした女性の顔が現れた。

 イーを締め上げたまま、顔だけこちらに向けて睨みつける義母だ。


 こっわ!! なんで首だけ回るの!?

 私から目を離さずに瞬く間に距離を詰めて「なんでオマエがフラメンギリス様の部屋から出てくるのよ!」と唾を飛ばす勢いでなじられた。

 そこをおどきなさい!と咆哮しながら私を突き飛ばして取っ手を掴んで開けようとするも、微動だにしない扉に怒り狂って吠えている。



「ちょ、なにあれ怖っ!! すっごく怖い!!」


「ティーが部屋に入って扉が閉まる音を聞きつけて、すごい勢いで迫ってきてたぞ。あっちと同じように扉叩いて叫んでたが、聞こえなかったのか?」


「うん、すごく静かだったよ。たぶん、お母様の部屋からこの部屋まで全部が外と遮断されてるんだよ」


「グラテアン公爵の術、すごいな」


「お父様、剣とかの戦闘はからっきしだけれど、術師としてはほぼ最上級だもんね。使える術だってたくさんあるし、術力も質が高くて量も最高クラスって評判だったよ。これくらいの術なら一年中発動してても余裕じゃないかな」


「そんなすごい術師がこいう術に全力を傾けるこの状況が、虚しいというか哀しいといえばいいのか…」


「まあ、やる事もないだろうし、アレが毎日ずっとだと静かに過ごしたいって思うの仕方ないと思うよ」



 こちらに興味を無くした義母はほっといて、マーテルの用意してくれたお茶を飲みながら義母の奇怪な行動について話題は尽きなかった。

 マテールが言うには、私がグラテアン騎士団エクストゥルマで生活するようになり、ヴァニが学園へ通い始めたあたりでああ(・・)なったらしい。

 ヴァニが神殿へ通ったり女神について伯父たちに習う以外の時間で、食事やお茶のときに淑女のマナーを教えると言ってべったり張り付いていたらしい。

 ヴァニにアレを押しつけてしまっていたことに、今更ながら気が付いて申し訳なさでいっぱいになる。



「お嬢様、大丈夫ですよ。ヴァニトゥーナお嬢様は全く気になさってないのですよ」



 私の顔色が変わったことに気が付いたマテールが明るく言う。

 私が大変なことになった神殿にヴァニが通い始めたり、諸悪の根源のような義母が纏わりついて大丈夫なのかと心配するマテールに、ヴァニがニヤっと笑って言ったらしい。



「掌握したいから神殿に通っているのだし、あそこでの生活でもマナーは必要だから義母から学んでいるだけなのよ。それ以外は聞き流しているから大丈夫。わたくしにべったりしていれば一のお兄様へすり寄ることもないし、二の兄さまやお姉さまのところへ突撃しないでしょう? 食事とお茶が済めばすぐに部屋へ行けば近寄ってこないし、どうってことないわ」



 ああ、ヴァニらしい発言だなと思う私とは反対に、イーは驚いていた。ヴァニから逃げ回らずに、ちゃんと交流してれば分かることなのに。ヴァニの外面はイーが苦手とするいかにもなご令嬢で、本当は小兄さまのような男前な子で気が合うと思うんだけどな。

 そんなことより、あの化け物にすり寄られるって。



「え、じゃあ大兄さまも大変なんじゃ…」


「ああ、それも大丈夫でございます。ドゥーヌルス様は王宮にお勤めになってからは、お忙しくてほぼ寝るだけに帰ってこられる状態ですから」


「それだとヴァニトゥーナ嬢と顔を合わせる時間が無いのでは?」


「そこはヴァニトゥーナお嬢様が神殿へ行くついでに王宮へ出向かれたり、ドゥーヌルス様が神殿へ足をむけられたりと接触を図ってらっしゃいます」



 時折お二人どちらかのお部屋で、どちらが沢山お嬢様とお話しているのかを比べて談笑されていますよ。本当はお行儀が悪いとご注意しなくてはいけないのですけれど、あまりに楽しそうなのでエンシス様も私も注意なんで出来ませんわ、と優しく微笑むマテールの言葉に大兄さまとヴァニへの感謝と気恥ずかしさで何も言えなくなった。

 イーに変な顔になってるぞ、と言われたことは気が付かなかったことにする。


 でもお父様については、ああやって引きつけておいてくれてるんだなとしか思えず、感謝できないうえに会えなくて助かったと思ってしまう。

 そういったことに申し訳ないとすら思えない自分自身がとても情けない。迎撃戦までにお父様と向き合う事ってできるんだろうか、と出そうになる溜息はお茶と一緒に飲み込んだ。

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