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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
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巫女様です

 神殿にイーが使者として迎えに来て、乗ったことのない豪華な獣車で楽しく小兄さまと会話したことまでは記憶にあるのだけれど、寝落ちしてから回復するまでの記憶がさっぱり無い。

 おかしなほど回復が早くてひと月で元気に走れるようになったし、あれから二か月後には本当に『神問い』をしにプロエリディニタス帝国へ行って今の皇帝陛下ご夫妻と出会ったり、イーがフランマテルムへ移住することになったりと慌ただしかったことは覚えてる。


 身体や精神の疲労は回復したけれど味覚だけは戻ってこなくて、唯一イーが淹れてくれる柑橘のお茶や果実水だけは味がして、それで食事を流し込むことが出来ていたんだよね。

 後遺症というのか何か分からないけれど、あれから疲労や精神的に限界が近くなると食べるものの味が無くなる。でも、同じようにイーが用意してくれる柑橘系の飲み物だけは、ちゃんと香りと味がするから不思議。

 まあ、同じような状態だからって刷り込みもあるのかもしれないけれど、助かるものは助かる。

 これから大変なことしか待っていないのだから、体力は付けておきたいもんね。頑張って食べますとも。



「完食できたみたいだし、行くぞ」



 最後の一口を飲み込んだのを見て、さっと目の前の食器を持って行ってしまう。ああ、遅くなる言い訳を持ってかないで! 片付けに時間かけようと思ってたのに、バレてる。

 しょうがない、ソノルース殿下が講義中であることを祈ろう。あいつ、顔は微妙にアルドール殿下に似てるくせに、性格は全然似てないんだよ。

 あの軟体生物一族寄りだからなぁ、話を聞いてないし通じない。通常運転で気力をゴリゴリ削ってくる才能が突出してるから、アルドール殿下との差が激しくて疲れるんだもの。


 会うとは限らないから、と言い聞かせてイーを追いかけた。


───────────


 結果は惨敗だった。

 がっちりソノルース殿下と不愉快な取り巻き一行と、真正面から対面しちゃったわ。



「学園に来られるとは、余裕だなグラテアン公爵令嬢」


「今日は受講に来たわけじゃないのですよ、わたくし卒園資格はすでに得ていますの」



 気持ち悪い笑い方でつっかかるバカ殿下に、返事をしたら微妙な顔をされた。お前が公爵令嬢って言ったからそれっぽく返事したのに、何の不満がおありかしら?

 えっ?みたいな顔で押し黙っちゃってるけれど、行っていいよね。と、踵を返して歩き出したところで、慌てた取り巻きらしき奴に声をかけられた。



「おい、ソノルース殿下に挨拶はないのか!」



 無いわ。だいたいグラテアン騎士団(エクストゥルマ)の制服を着ているのに、なんで失礼なアホ殿下に挨拶が必要なのさ。今は巫女(リーシェン)として居るから、本来ならいち学園生であるお前たちから声をかける事ができない地位にあるんだってば。



「貴様こそ、誰に向かってその口を開くか。母なる女神の巫女には、例え王弟殿下のご子息であるソノルース殿下であろうと先に話しかける資格はない。無礼を見逃して頂き、あまつさえ直答を許された事を感謝するならまだしも…」



 相手をするのが面倒だと思っていたら、イーが気を利かせてちゃんと教えてやっていた。ありがとう。



「なんだと! 王位継承権のあるソノルース殿下の方が下だと言いたいのか!?」


「言いたいもなにも、実際に下だろうが」



 王位継承権ったってさぁ。アルドール殿下が放棄したからといって、お前が崇める殿下様の前にもっと位の高い継承権持ちが何人も居るでしょうが… ソノルース殿下って長男じゃないしな。そこは自覚のあるらしいソノルース殿下が、取り巻きを黙らせようと口を開こうとする。が、間に合わず馬鹿がやらかした。



「貴様ら、何様のつもりだ!?」


「我が国最高位の女神の愛し子である巫女様と、高位の愛し子だが?」



 激高した取り巻き(バカ)に、さらっと事実を告げるイー。

 それがどうした、と息巻いているお馬鹿さんは知らないのかなぁ。あいつ、確か下位貴族の神殿や王家から遠い家系だったはずで、愛し子とも関わったことないんだろうな。うん、そりゃあ母なる女神とその愛し子のことなんて知らないわ。


 高位の愛し子ってそうそう居ないから、国の維持に貢献できる一等以上の愛し子って末端王族よりずっと立場が上ってこと。

 公に宣伝されていないけれどイーは二柱の、それもかなりの寵愛もちだから、一級相当としてソノルース殿下や殿下の兄君たちよりも立場は上になってる。王族には通達がいってるけれど、取り巻きまでは知らないか。

 まず、等級のつく愛し子は神殿かグラテアンが保護と後見をして、世間と関わる事が少ないもん。



「ソノルース・ルプス・プロキシルム」



 黙って見ていた私に名前を呼ばれ、ビクッと肩を揺らして驚いたようにこちらを見るソノルース殿下。お馬鹿が敬称がどうとか騒いでいるが、呼ばれた本人は目が泳いでいるから事の重大さが理解できていそう。クソ参謀よりは周りが見えるのかもしれないな。



「返事はないのかしら?」


「も、申し訳ありません。巫女姫…」



 じっと目を合わせて聞いたら青くなってさっさと頭を下げたあたり、ようやく今の状況が読めてきたかな。

 まだ騒いでいる取り巻きを無視し、ずっと頭は下げたままの彼に免じて注意で済ませてあげよう。



「いつ何時この国が戦場に変わるとも知れないのに、王族気取りの暇人と遊ぶ時間は無いの。今回は馬鹿を止めなかった事も、無礼な発言も見逃してあげる。ただし、次は無いわ」


「はっ、申し訳ありませんでした。ありがとうございます」



 真摯な声ではきはきと謝罪をし、更に頭を下げるソノルース殿下を見て驚いている取り巻きたち。



「ソノルース殿下にご忠告申し上げる。尚もそのやかましい者を侍らすのならば、きちんと教育をなされた方がよろしいかと」



 イーが唖然とする取り巻き立ちを睨みつつ、忠告すれば「心得ました、愛し子殿」と返答が返ってきた。もしかすると、ソノルース殿下って素直?

 家族とか親戚にかまってもらえないから絡んできてちゃうやつだったりして。迷惑極まりないけれど、気持ちは分からなくもない。

 迷惑だけれど!


───────────


 目的の学園長との打ち合わせは滞りなく済んだのが救いだった。

 一応の準備が済んだら学園通いを再開するつもりだったし、侵攻してくる帝国軍が要所を押さえようと学園に攻めてくる可能性もあるから、どう迎撃軍を配置するか等の打ち合わせが本題だったのだ。

 学園教師陣がゲマネウム侯爵のように理解のある方々で、話が早くて予定の時間半分で済んじゃった。素晴らしい学園だよ、我が騎士団員にも指導に来てくんないかなー。


 本当は神殿とも話を詰めなければならないのに、あいつらってば神殿騎士団アエデーエクストゥルマで対応するから連携は不要って突っぱねるんだもん。

 勝手に迎撃すんのは構わないけれど、こちらの作戦の邪魔しかしない行動を取るからな~ あいつらの行動の予測もしなきゃならんのかぁ…


 あとはグラテアン邸訪問が残ってる。

 行きたくないなぁ。



「ほらほら。嫌だろうが、さっさと済ませて帰るぞ」



 私の思考を読んだイーが、ぐいぐい背中を押して学園の外へ連れ出そうとする。



「うう、もう騎士団(おうち)へ帰りたい」


「そうだな、グラテアン家(おうち)へ帰ろうな」



 違う、家違いだって、という抗議は認められなかった。

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