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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
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氷の令嬢と炎の御曹司

 真冬の乾いた空気に雲一つない澄んだ空に太陽がまばゆく輝いているが、暑くも寒くもない不思議な一日だったと記録されたその日は、グラキエス・ランケア帝国から亡命してきた氷の男神の巫女ディンガエルが『神問い』をするため、フランマテルム王国の祈祷所を訪れていた。


 祈祷所へ向かう回廊で並ぶ侍従リージェル侍女リージェたちは、王国にはない色彩を持つ娘に憐れみも侮蔑も見せず、にこやかに挨拶し笑顔と歓迎の言葉を口々に投げて見送る。その列の最後、祈祷所の入り口で佇む少年が見えた。


 朱色で癖のある長めの頭髪に真紅の瞳を持つ細身の少年は、にこにこと笑い彼女を見て挨拶をする。



「ようこそ、氷の男神の巫女姫。僕は炎の女神の愛し子マルフィリギス・グラテアン。今のところグラテアン家の後継者です」



 大勢の人に囲まれても臆さずに歩いてきた娘は、いかにも外向きの笑顔で応えた。



「本日はお世話になります、グラテアン様。私はコルフィラティナ・アゲント。氷の男神の巫女だと言われています。本国では貴族だったそうですが、今はただの亡命者です。不作法はお見逃しくださいませ」



 と、左手は胸に当て右手でスカートをつまみ膝を折って頭を下げる、フランマテルムの方式でお辞儀をする娘の作法は完璧だった。



「素晴らしい挨拶です、巫女姫。ちゃんと貴方の敬意を頂きました、丁寧にありがとう」



 こちらも同じように左手は胸に当て右手は背中へ回し、きっちり45度の角度で腰から頭を下げる。癖のある髪は柔らかく彼が動くたびにふわふわと動き、まるで燃える炎のように揺れてみえる。

 よく見れば美形の範疇にギリギリ入る容姿だが、ちょっと太目の眉は整っており僅かに垂れ気味の真紅の瞳と絶妙に釣り合っていて、妙に目を引く存在だとコルフィラティナは思った。

 優しい笑顔で歓迎してくれる少年は少し年上のようで、義父から自分には兄が居るのだと聞いていたが、もし国で兄が存命ならこんな風に笑ってくれるんだろうかと思う。


 一方、余裕ぶって挨拶しているマルフィリギスは、内心とても焦っていた。

 コルフィラティナが小さい子なのに、恐ろしく美人だったからだ。

 総じて癖毛のグラテアン一族ではほとんど見られない直毛は輝く銀色、同じ色の細く長い眉の下には吊り気味で大きな紺碧の瞳。その目は気が強そうな性格が見て取れるが、細い鼻に続く唇は薄いけれど美しく笑いの形を作っていて、愛らしい。

 いかにも社交辞令な笑顔なのに惹かれるし、あの顔であの目でじっと見られると迫力があって腰が引けそうだ。この子、まだ9歳、9歳だから…と自分に言い聞かせる。


 自分は母なる女神の意志を当主の次にそこそこ理解できるかな、くらいの理解力を持つ愛し子のはずなのに、今は女神がなにか絶叫なさっているのが理解できる。言葉もはっきり理解出来てるような気がするし。



マルフィリギス(これ)はわたくしそっくりだと思っていたら、コルフィラティナ(あの子)は背の君そっくり!! あああぁ、これはもう運命じゃないかしら!! 素晴らしい娘を寄越してくださるなんて、やはり背の君は…………!!』



 歓喜と称賛は続くよ、どこまでも。途中から理解できなくても全然かまわないや、と思った自分は悪くないと思う。と自己完結して、彼女を祈祷所へ案内した。




───────────


「女神のお言葉のくだりは、ドゥオフレックシーズを迎えに行く間にドゥーヌルスに聞いて確認した。巫覡リーファン巫女(リーシェン)、グラテアン当主とその後継者のみ閲覧できるグラテアン家所蔵の文献に記載されているそうだ」


「なぜ当主のみなのですか?」



 インフィウム少年のまっすぐな瞳に見つめられたアルドール殿下が苦笑する。



「母なる女神の関係者には、かの君がかなりのお転婆なのは周知なんだが、世間に『慈愛と浄化の女神』たる方がご夫神に似た娘に狂気乱舞する情熱的な方だと宣伝するのは…というやつだ」


「確かに、威厳というか象徴的に困りますね…」



 うーん、と真面目に考えだすインフィウム少年を優しい目つきで見てから、私に向き直る。



「巫女姫カリタリスティーシア嬢、改めてお迎えするのが遅くなり申し訳ない」



 止める間もなくさっと頭を下げて謝罪する殿下に、今度こそ即返事をする。



「もう謝罪は頂きました、顔を上げてください。謝罪とかもういりません! こちらこそ、お迎えありがとうございます」



 ものすごく早口の返事に驚いたように顔を上げて、今までの王子然としたのじゃない笑顔で「ありがとう」と言われる。全身が発光しているような王子様が今王子様してない、でも眩しいよう。



「私が話したものは、グラテアン家にも同じものが所蔵されている。カリタリスティーシア嬢ならすぐに読めるだろう」


「カリタリスティーシアって言うの、めんどくさくないですか? 好きに短く呼んでください」


「ありがとう。ティーシアというのは君の家族の呼称だな、ではカリタ嬢と呼ばせてもらおう」



 にぱーと笑うアルドール殿下、大兄さまより年上のはずなんだけど小兄さまみたいだ。



「何か考え込んでいるみたいだが、どうしたドゥオフレックシーズ?」



 確かに、いつもなら会話に参加してくる兄さまが静かだ。私の頭に顎を乗せている状態の兄さまを頑張って見上げると、口をへの字にして本当になにか考え込んでいた。



「いえ。コルフィラティナという名前をどこかで聞いたな、と思って…」



 小兄さまの答えを待つように、にまにまするアルドール殿下がちょっと不気味。でも光ってる。



「あ! グラテアン(うち)の先祖だ!」



 よく出来ました、と先生のように笑う殿下の隣でインフィウム少年が驚いていた。



「そうなの?」


「そうだよ、ティーシアも父上から聞いたことあるだろ。ティーシアの髪が真っ直ぐなのって、その先祖さまのおかげだって」


「ああ、そうっだった。癖毛ばっかりの一族だったのに、その方がグラテアン家に入ってくださったから直毛の人が生まれるようになったんだよ、ってあれだね!」


「そうそう、温かいと言えば聞こえがいいけど暑苦しい色合いのグラテアンに、めっちゃ涼しげな髪を靡かせて歩く姿は氷の妖精のようだったって、書物室の奥に絵画になってる人だよ」


「あ、確か『氷の令嬢と炎の御曹司』って題名の、銀色のすごい綺麗な人と頭燃えてる男の人がグラテアン(うち)の庭歩いてる絵だよね」


「当時のグラテアン当主と一族は、氷の男神の巫女姫を大事になさっていたんだな。題名に巫女姫を先に持ってきているのに、当主の愛の重さを感じる…」



 納得するように独自の世界に入る殿下と、「あの絵時間経ってるのにすっごく綺麗だよねー!」「 そっかぁ、兄上とティーシアの髪がサラサラで綺麗なのはご先祖様のおかげだったんだなぁ~」と盛り上る兄妹。

 にこにこ笑って見てる王子様の横で「え、そっち?」と困惑する少年の声は、王子様にしか届いていなかった。


よその愛し子

「ほんと、なんでそっち?」


ある兄妹

兄「そっちって?」

妹「あっち?」

 (外を指差しして)


どこかの王子

「いや場所とか頭髪のことではなく、炎と反対の氷の一族、しかも巫女を嫁にした次期当主はすごいなと言いたいんだよ」


ある兄妹

「え、なんで?」


よその愛し子

「女神の寵愛のある一族に、他の神の愛し子の血が入るのは良くないんじゃないの?」


ある兄妹

兄「なんで? 女神がお気に入りなら問題ないだろ。しかもご夫神の分身みたいなものじゃないか」

妹「たぶん、すごく喜ばれたと思う」


よその愛し子

「そんな軽くていいの?」


どこかの王子

「三国の始祖だって、今で言う戦の神の巫覡サルアガエルと炎の女神の巫女リーシェンの子供だしな。それで氷の男神の寵愛を頂く者も生まれたんだ、問題ないんじゃないか?」


よその愛し子

「えええぇ…??」

 (神殿での教えと違う気がするんだけど)


───────────


某家の書物室最奥にある絵画の名称

『氷の令嬢と炎の御曹司~妖精コルフィラティナと私~』


付けた本人(当時のグラテアン当主)は大真面目。家族は生温い視線を送ったが、当主は気が付かず。

とても仲の良い夫妻であった、と記録が残っている。

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