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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
43/200

氷の帝国

 王家の所蔵する獣車は、揺れもなくとても快適だった。車両を引くのが小柄な二体の毛玉の獣だったのに驚いたが、とても力のある穏やかな獣種なのだそう。


 柔らかな毛布に包まれて、振動が身体に障るとよくないという小兄さまの主張により、兄さまの膝の上に載っている。後ろからお腹に手を回してがっちり抱かれて、安定感はあるけれど兄さまの足がけっこう固い。

 座席の方が柔らかそうだから膝から降りたいと言いたいけれど、言ったらたぶん兄さま泣くから言えない。

 そんな私たちを面白そうに眺めながら向いに座るアルドール殿下は、グラキエス・ランケア帝国の歴代皇帝の話の続きを始めた。



「まず、建国が同じ時代なのにプロエリディニタス帝国皇帝が89代目、フランマテルム国王が90代目に対してグラキエス・ランケア帝国が99代目なのは、血統が途絶えた後の代替わりが激しかったからというのがある」


「グラキエス・ランケア帝国初代皇帝から続く血統が途絶えたのが69代目だ。血縁で帝位を争い殺しあった後、誰も残らなかったと王家の文献に記録がある」


「世界史では帝国中が大規模な伝染病に見舞われて皇室にも被害があったと、つい先日習ったところでした。神殿の記録を見ても帝位を争ったとの記載はなかったのですが…」



 殿下の隣に座り話を聞いていたインフィウム少年が言う。



「三兄弟で派閥を作り、帝国内で戦争をしたらしいからな。戦争という伝染病が帝国中を席巻したのなら、当然一般の人々にも被害は出ただろう。王宮の禁書庫に、グラキエス・ランケア帝国からの亡命者がその争いを詳しく書き残していた。筆者は身分を明かしてはいないが、おそらく帝国のかなり上層部に居た文官だと思う」


「戦争…」


「氷の男神は慈悲と守護の神。プロエリディニタス帝国と共にフランマテルム王国を護るのが建国の始めであったのに、富を求めて身内で殺し合い、あまつさえ守るべき帝国民までも巻き込んだことに男神エイディンカがお怒りになった。子供たちの争いを見ているだけの当時の皇帝からも、寵愛の証である皇室の血統に受け継がれた紺碧の瞳が、三者で戦争を始めたとたん一瞬で消え失せたそうだ」




───────────


 筆者は、皇帝へ要らぬ争いを招かないためにも後継者を指名しこの混乱を治めるように諫言したが、それを面白く思わない皇帝に役職を罷免され平文官として宰相を支えるように命令された。

 彼は宰相にも、氷の男神からの寵愛を支配の武器とせず民へと還元しなければ、遠からず寵愛は失せて帝国が混乱に陥ることになるだろうと忠告していた。

 しかし、皇帝と同じように自分の能力で今があると驕り、神をないがしろにする宰相も、彼の言葉をまともに受け取らず煙たがるだけだった。


 そんな折に三兄弟の戦争が始まり、皇帝の紺碧の瞳と銀の頭髪がまばたきする間に漆黒へと変化するのを目の当たりにした彼は、その場が混乱を極めた隙に他国への逃亡を決心し、すぐさま実行した。静観しているだけの皇帝の寵愛が消えたのなら、戦争を始めた三者への寵愛も推して知るべしである。


 家族もなく独身だった彼は親友に共に亡命しようと声をかけたが、年老いた両親や妻子の居る親友は全員を連れての逃亡は無理だと断り、餞別と共に1歳になる末娘を託した。

 これから混迷するこの国で、資金はいくらあっても困らないからと餞別を断り親友の大切な宝である娘を全力で守る事を誓って、彼らは今生の別れを告げた。


 筆者には様々な困難が待ち受けていたが、不思議な事にこれ以上は無理だという状況に陥る度どこからか助けが入り、辛くも生き延びるのだった。

 フランマテルムとの国境から一番遠い帝国首都にある皇宮より、命からがら地方の女神神殿へとたどり着いた彼は、神殿長に助けられ王宮へと連れられていった。


 生き延びる為に必死だった彼は自分の姿に頓着せずひどい有り様で、王宮へ連れられる前に身支度を整え鏡の前に立ち、驚愕した。鏡に映るのはグラキエス・ランケア帝国に多い銀の髪に、薄い水色の瞳と白い肌の痩せた男だったから。親友と全て同じ色合いだった。

 しかし、彼が帝国に在籍していた時の姿は、こげ茶の髪に薄い茶色の瞳だったのだ。


 驚きのあまり、それを素直に神殿長に伝えた彼は、優しく微笑む神殿長に教えられる。


  ──親友の娘を命の限り守ると誓い、それを実行した貴方は氷の男神のお眼鏡に敵い、寵愛を授かり愛し子となったのでしょう。この神殿にたどり着くまでの旅路で、様々な救いの手があったはずですよ ──


 神殿長が想像ですがと前置きし、続けて言うには、恐らく親友は氷の男神の寵愛厚い愛し子なのだと。戦争で乱れる帝国にすべて捨て置きひとり逃げても仕方ない状況で、家族に寄り添うその心を慈しんだのではないか。

 ひとりであれば楽に亡命できたのに、なにも言わず娘を連れていってくれた筆者に感謝と申し訳なさでいっぱいな親友が、筆者と娘ふたりの行く末を氷の男神に祈り、それを聞き届けられたのでしょう。 

 それに、娘さんは氷の男神の巫女ディンガエルと言っていい程に寵愛が厚いではありませんか。と優しく笑いかけられ頭を撫でられて、嬉しそうに笑う娘の髪は銀色、瞳は父よりもずっと色の濃い紺碧だった。



 フランマテルム王国で娘の居場所を作った筆者が、娘を神殿に託し親友の安否を確認するため国に戻ろうかと考え始めた頃、帝国内を席巻していた伝染病によりグラキエス・ランケア帝国の皇室滅亡と国民の3割を超える死亡の知らせが届く。

 特に皇宮のある首都は壊滅的であり市民の生存者も1割に満たないという有り様だ、と新たなる皇帝よりの正式な発表であった。

 「伝染病は落ち着きを見せ帝国内の安全は確保された。この混乱した帝国を立て直すためにも国外へ逃れた者たちの帰還を歓迎する」という不可解な一文で、突然の国境封鎖に驚いていた他二国にも伝染病が本当の事などと信じる事はできなかった。


 今にも旅立とうとする筆者を、かの神殿長が「親友が生存している確率はとても低いうえに貴方が帝国へ帰っても政への参加を求められ、きっと親友を探すことは叶わないでしょう。とても辛いことでしょうが、もう家族は貴方しか残っていないだろう娘さんを助けておあげなさい」と諭した。

 そこから一日泣き通した筆者は、翌日から帝国に居た頃のような人物に戻り友への悲しみを他人に見せることはなく、帝国への帰還をやめて娘の平和なる生活に尽力した。


 長じた娘は、やはり男神の寵愛が厚いままであった。帝国へ帰り巫女として神殿へ所属することもできると教えられた娘は、両親と兄たちを殺した帝国への帰還を拒んだ。

 男神の力により氷に覆われる国を、皇族の持つ寵愛により暖かい季節のある国たらしめていたのだが、戦争による皇族の滅亡と彼らに加担した神殿関係者たち半数の寵愛が失せたことで、今までのような温かい季節は来ない。そんな国に生活する人々には申し訳ないが、帰国して命をかけて国の気候を立て直す気持ちは持てないのだと。

 彼女が育ての父に言った言葉は「凍える氷の帝国に住む人たちは気の毒だと思うけれど、簡単に寵愛を捨てるような行為をした奴らの尻拭いをするのは御免だ」だったのだが。


 穏やかな部類に入る実父や義父に似ず苛烈な性格に育った娘は、フランマテルム王国に骨を埋めるために氷の男神エイディンカへの『神問い』をしなければならなかった。

 現在、炎の女神を擁するフランマテルム王国では、氷の男神の神殿はあれども侍従ディジャー侍女ディジャエルに成れるほどの寵愛を持つ者はおらず、神官サケルドースのみが所属する寂れたものになっている。

 かつてはグラキエス・ランケア帝国の神殿より侍従や侍女の派遣がなされ、祈りの儀式や行事を行ってきたのだが、新皇帝即位と共に帝国へと帰還していった。


 筆者は彼らが帰国する前に秘密裡に一人の侍従と娘を引き合わせ、彼女が巫女なのか侍女なのかを問うた。年老いたその侍従は「間違いなく巫女の資格あり」と断じた。

 さらに、帝国に知られれば間違いなく国に拘束されるでしょうと言い、帝国へと帰還するかしないかは巫女姫にお任せしますと深く頭を下げ、この事は誰にも口外しないと約束し帝国へと帰っていった。

 ただし、密かにで良いから10歳になる前に必ず『神問い』をしなくてはなりません、と念を押して。


 娘が9歳になると、筆者は娘にひとまずどこの国で氷の男神の巫女として生きるか、もしくは巫女でなく愛し子として生きるかを誓わねばならないが、君はどうしたい?と問うた。

 娘は帝国には帰らず、この国(フランマテルム)で生き、死ぬことにすると断言した。


 そして、彼女は『神問い』をするため、王宮の祈祷所で穏やかに笑う次期グラテアン当主と出会う。

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