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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
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神問い

 神の巫覡・巫女は6歳から10歳までの間に誕生国以外の神殿で今後どう生きたいかを神に問い、世間に宣言する『神問い』を、必ず一回はしなければならない。


 国の規模、宣誓する場である神殿の条件、立ち会う神官(サケルドース)や愛し子の条件など細かな規則があり、誕生国の皇帝や王、首相など国を代表する立場の者と神官長やそれに準ずる神殿の代表者の立会いや近い場所での見学は許されない。

 貴重で非常なる能力を持つ巫覡・巫女を自国に縛り付けようと、彼らを脅したり攻め入ったりする国が多くあった為である。


 宣誓するのは『どの国で巫覡・巫女として生きる』か、もしくは『巫覡・巫女にはならない』かのどちらか。

 必ず誕生国以外の国の代表神殿で、現存する巫覡・巫女ひとり以上の立会いの元に、主である神に向けて自分が最愛の愛し子で間違いないのか問い、是との返事をもらえれば巫覡・巫女として生きる事を神に誓う。

 当然、巫覡・巫女になりたくない者も居る。

 そういった人は『神問い』でいち愛し子でありたいと願い、寵愛である特殊能力を返上し愛し子を護る祝福のみを受けて帰る。


 神との契約であるため、神殿や国が脅し強引な手段を取ろうとしても巫覡・巫女や彼らが守りたいものを害することは、神に護られて叶わない。

 幼い頃に『神問い』をするのは巫覡・巫女の立場を保障するもので国を通して行うものであり、成長して移住や巫覡・巫女を辞めるための二度目以降の『神問い』は、国を通さず彼らが単独で他国の神殿関係者に依頼して『神問い』をすることが出来る。


 ここに至るまでに、多くの巫覡・巫女の悲劇があった。



 神の司るものによりもたらされる祝福や富が豊かなものである程、国を代表する者や国に住まう人々にはたまらなく魅力的であり、それをら与えてくれる巫覡や巫女を国に縛り付けたくなるのが当然だった。


 たとえば治水、たとえば豊穣、たとえば季節。


 有り余る金銭などの財産、生活を保障する高い身分、好きにさせてくれる魅力ある性的な異性。それを受け取って満足する者であればどちらも幸せでいられるけれど、そういった物に魅力を感じない者は興味を引かれる国へと出ていってしまう。

 そんな彼らを引き留める権力者や他者に頼ることしかしない者たちは、粉骨砕身して現状維持をするよりも、誠心誠意をもって乞い願うよりも、簡単に自らの面目を守り彼らを従わせる手段を取るのだ。




 ある国の治水を司る神の巫覡が、学生のうちに国の乱れる河川や水路を整えた。ひとたび整ったそれらを維持するのは、特に彼でなくとも問題はなかった。彼は子供の頃からひとつ向こうの国にある文化に興味を持っており、それを生涯の研究として生きていきたいと移住を希望した。

 せっかくの治水の能力を他国に取られるのを惜しんだ国主が、巫覡の家族や恋人を人質に脅し、彼を国に縛り付けた。



 ある国では、豊穣を司る神の巫女が、荒廃した土地をせめて作物の実る普通の土地にしたいと、海を渡った国の王に土地の回復を懇願された。巫女はそんな国に住まう人々を憐れに思い、国王に数年だけその国に滞在することを願う。

 国王の快諾により巫女は必ず帰ることを約束し、その地へ移り両国が豊かになることを日々祈った。痩せた土地は見る間に潤い、食うに困る不毛の地から穀物を輸出できるまでになり、約束を果たした巫女は国に帰ることとなった。

 せっかく豊かになった土地がまた痩せる事を恐れたその国の王と住人たちは、巫女に生活と富を約束するからとこの国への移住を願った。

 巫女は快く送り出してくれた心やさしい国王や、巫女と王の判断を支持してくれた人々の待つ国へ帰りたいと断ると、荒廃した土地の王は巫女の国へと攻め入り、国を滅ぼしてしまった。



 またある国では、一年中雪が降る気候の国へ春の季節を司る神の巫覡が留学のために訪れた。

 太陽が出ていても雪の止まないようなその国で、彼はよく学び友と語らい愛する女性に出会い、共に笑い穏やかに過ごした。

 彼が滞在を始めてしばらくすると朝から暖かな太陽が照り、常に凍っているはずの地面は道端に雪が残るものの、土が見える日が増えた。こんなことは年中昼でも暗いこの国に年に数回有るか無いかの貴重な明るい日で、不思議なことに暗い雪の日と明るい暖かい日の割合が同じくらいになった。

 穏やかに日々が過ぎ、留学期間が終わりに近づいた頃、愛するひとが恋人となった彼はその国へ永住することを決心する。

 やがて恋人と結婚し、可愛い子供にも恵まれた彼はとても幸せだった。

 妻との子供が自分の子ではなかったと知るまでは。





 治水を司る神の巫覡は移住を諦めて国の治水に尽力するも、国主の脅迫によりすり減った彼の心と同じように国の河川や水路は乱れた。

 よくよく考えてみると、睡眠時間や遊ぶ時間を削ってでも整えた河川を見た国主は「よくやった」と褒めはするが、「ありがとう」と感謝の言葉を述べたりはしなかった。

 脅された家族や恋人に「一緒に国を出よう」と提案しても、言葉の違う知らない国で一から生活を始める不安から首を横に振るばかりだった。

 寝食を忘れ国に尽くしたことを見ていた家族の反応に心折れた彼は、驚くべき速さで衰弱していった。それから間もなく彼が亡くなると同時に整えたはずの河川が氾濫し、とうとう国ごと水没してしまった。



 豊穣を司る神の巫女は、彼女が荒れた土地を豊かにすることを願い快く送り出してくれた国王や家族のもとに帰すどころか、当の助けた国に故郷を滅ぼされた事に絶望し嘆き悲しみ、寝食を忘れただただ毎日自分を拘束する国へと怨嗟を吐き続けた。

 瞬く間に豊かになったはずの土地は荒廃し、彼女が儚くなった時には以前よりも酷い土地へと変わる。巫女への対応を見ていた近隣諸国は国交を断ち、以前のように食物を輸入もできず細々とでも実っていた作物さえ実らなくなり、その国は無くなった。



 春の季節を司る神の巫覡は、愛する妻の子供が他の男の子だと知って茫然と妻に「なぜだ?」と問いかけた。すると妻はにこやかな顔を歪ませ、彼に向かって怒鳴ったのだ。

 自分には好きで付き合っていた男が居た。お前が私に好意を寄せたせいで、お前を引き留めるために誘惑しろと国と家族と友人らに命じられて従ったまで。好きでもないお前に自分をくれてやったのだから、子供くらいは愛する男と作ってもいいだろう、と。

 彼は、彼女が自分を愛さず他の男と結ばれ自分がこの国を出たとしても、自分に学びと穏やかで笑いのある幸せな時間をくれた、この国の行く末が幸せであるよう祈って生きようと思っていた。たとえ彼が国を出ても、彼が祈り続ける限り国に春は留まるはずだったのだ。

 帰るべき国も家族も無い孤児の彼が泣きながら国を出たところで、妻が愛していると言う、子供の父親に呼び止められた。

 寝物語で彼女がどう自分に愛をささやき、自分たちの人生を壊した夫への嫌悪と不満を漏らしたかを、滔々と得意げに語られた。お前は憎まれていたのだ、と最後に締めくくられて、そこで彼の心が砕けた。

 次に男がどれだけ子供が自分に懐いているかを語り終わる前に、さんさんと照る太陽が厚い雪雲にさえぎられ、突如として吹雪となった。そこからひと月も吹雪は止まず、ひとつの国が雪に埋まりひっそりと終わった。



 遥か昔の神に仕える一族に付く人々のように、人間の欲はどこまでも醜くなってゆく。

 そんな人々にすり潰される神の子供たちを救うべく、当時の戦の男神の巫覡(サルアガエル)はあらゆる神や国にに働きかけ、国や神殿、愛し子たちを道具にする人々から守るため、神問いの仕組み作り上げた。


 プロエリディニタス帝国の巫覡(サルアガエル)が、戦の男神サルアガッカの化身と呼ばれる所以である。

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