凍える日々
グラテアン家で兄たちと妹が思考そのものが軟体動物のような化け物と戦っているとき、私も神殿で姪と同じような考え方の化け物と戦っていた。
神殿に到着してすぐに神官長だと名乗る男が、挨拶もせずこれからお前がすることだとべらべらと話し出した。
ひとつ、母なる女神とそれに仕える者たち───特に神官───を女神と同じように敬い、全力でもって助けるのが巫女の務め。
ひとつ、次に王家を敬い王族を中心とした国を豊かにするため、能力を行使せよ。
ひとつ、女神を最上としない国へ武力行使も厭わず、その素晴らしさを喧伝するのが巫女の仕事。
ひとつ、………
ごちゃごちゃ子供には難しい言葉を使って、母なる女神は至上の存在でありそれにお仕えできて可愛がられている我々神官は最高なんだから尊敬して全力で持てるものを自分たちに貢げ、って言ってた気がする。
いやさ、今思うと6歳になるよっていう幼児に何言ってんの?としか思えないわ。
自動的に与えられる女神の寵愛らしきものをちょっとでも持ってて、神具を動かせる術力があればなれてしまう神官と、自動的に与えられる寵愛でもけっこう厚めの人や女神直々に与えられる寵愛を持つ者がなれる侍女・侍従と、どちらが上かって比べたらねぇ…
何代か前の神官長がそういうところを上手くごまかして、神官がいちばん上って印象付けに成功しちゃったものだから、当代の神官長も本当の事だって信じ切っていたし。だからこそ、愛し子中の愛し子たる巫女を拘束して教育してみせる! と鼻息荒く変に滾ってたわけなんだけど。
それでも、神官も侍女も侍従もすべて女神の信徒だと理解し、陰ながら助けてくれた神殿の神職のひとたちや、神官長が何かいうたび即座に否定してくださった女神が居なければ、あの一年近くの神殿生活は耐えられなかったと思う。
実際、神殿から出られたときはかなり危なかった。
神殿から出ることは許されなかったけれど、一般に開放されている場所と祈祷所と自室として宛がわれた部屋は出入の許可が出ていた。教育と言う名の拷問に近い嫌がらせの勉強時間が分刻みの細かさで計画され、それを実施することが出来たなら自由時間を与えるという条件付きで。
それ、お前は出来るのか?と今なら言って却下できても、子供なんだから大人に従えという理不尽な理由で、私の「無理だ」という意見は無視される。
しかも、一般教育として予定表にあったいくつかは、学園に来てから習ったものと同じだった。学園で教材を手にしたときに見た事あるな…と思ったら、神殿で渡されたものの改訂版で驚いたもの。6歳児に14歳が習う学習させるって、神官長正気か?!と怒鳴りそうになったわ。軟体動物の叔父なだけあって、考えること全てが分からない。
食事は神殿で食事をする人たちと同じものを提供されて、私だけが酷いものを出されたわけでもなく神官長だけ特別なものを出されていたわけでもなかった。
意外なことに、神官長も普通に食堂で職位の上下関係なく、自由に座り普通に侍従とかと食べていた。とはいえ、ひと月の半分以上は王宮で用事だの実家に呼ばれただの理由をつけて、外で食事をしていたみたいだけれど。
めちゃくちゃな学習の間に祈祷所で神官長へ感謝と敬いの祈りや、神官の素晴らしさの説教。神殿で女神に祈りを捧げたり、治療のために訪れる信徒たちが去った後の片づけなど。突っ込みどころ満載な仕事だった。
祈祷所は女神に祈るところなのに、神官に感謝ってなんなの?って思いながら女神に祈ってたけどね。
本来なら治療にあたる立場の巫女に、片付けとかなにさせてるの?とか。
治療、これは誰かに教えられなくても出来るようになっていたが、家族からは絶対に知られてはならない、幼いヴァニにも秘密にしなさいと言われていたくらい。
そうでなくとも神殿に頼る人々に罪はないと思うものの、戦闘特化と馬鹿にする神殿に頼るひとを治療する気になんかなれない。
グラテアン家でも祈りや女神について教えを受け始めた頃で、悉く神殿と反対で戸惑った。世間一般で知られている教えと、神殿独特の教え、一般には知られないグラテアンの教えは全部違う。そういったことを習い始めたばかりで混乱した私に、女神がひとつひとつ違いを解説してくださったおかげで知識は増えたし、混ざらなくてよかったと思う。
今までは兄やヴァニと一緒に楽しく学んでいたことを否定され、自分を馬鹿にする者がほとんどの神殿でひとり生活するのは、小さな私にはとても疲弊する過酷な環境だった。
ひと月たたずに食事の味が薄くなり、ふた月の半ばには完全に味が無くなった。口に入れるものは、水さえも砂を食べているようで口にするのも嫌になる。
神殿に来てから神殿自体は暖かいのに肌寒く、眠りが浅くなっていたのに味覚がおかしくなったあたりで眠れなくなった。
極度に疲労して倒れるように眠って少し回復すると、また眠れない。行動も思考も鈍くなってフラフラしていても、グラテアン家にいた頃のように怠けるのは許さないと自分のものは自分で洗濯しろと言われるようになった。
さすがに「いや、無理でしょ! お前は…以下略」を言葉を飾って神官長に言ったが、これも修行です覚えなさいだって。神官長…もう軟体じじいでいいや、も私もいいとこの家の出なんだよ。着替えくらいは自分でできても、寝具の敷布の交換や洗濯だのやったことなんて無いっていうの。お前もそうだろ。
しかも、私6歳になったばっかの幼児よ? どう考えても無理でしょ。
さすがに軟体じじいの腰巾着も止めていたけれど、巫女の再教育してやっているんだと酔ってる馬鹿は聞いてなかった。ちゃんとやれと言い捨てて自分は宮殿での宴会に出席する矛盾を自覚していない、奴のおかしさがまわりにも知られていくきっかけになったのは、私には助けのひとつになった。
どうやっても洗濯まで手が回らず、倒れるように眠る私を気の毒に思ってくれた神殿の清掃担当のひとたちが、こっそり敷布や服を洗濯して新しいものを置いてくれたり、入浴に間に合わないのを見越してお湯と布を隠れて用意してくれたのには感謝しかない。
あれが無かったら人間といえる格好ではなくなってたと思う。
食べられず全身手入れが出来ていない私は、表情が失せて無口になり痩せこけて浮浪児のようになっていた。自分では覚えていないが当時神殿で努めていた心ある神官に教えてもらった私は、淡々と神殿の下働きの子供よりも多くの雑務をこなし、勉強と称したおかしな説教の時間も担当神官の前に虚ろな目で座って黙って聞いていたらしい。就寝時間には寝具の上に無表情で座り、朝になると蹲って寝ていた。
それでも女神の寵愛の証の真紅の髪色と瞳は、すこしも褪せなかった。
神官長の教育をこなせない不届き者の寵愛が失せていないのが不思議だと、声高に発言していた幾人かの神官が、数日たたずに自分に有ったなけなしの寵愛が失せて神殿を去っていったこともある。
それでも軟体じじいは、ずっと神官長のままだった。母なる女神をとても敬っていたから。
軟体じじいは女神への敬愛の心と信心が足りないせいだ、自分のように励みなさい、と笑うばかりで教育と仕事を減らす事もしなかった。
質が悪いのは、自分は女神に愛されているし本気で出来の悪い巫女を教育してやってると思っていたことだ。
母なる女神が早く私を神殿から救えと世間とグラテアンへ神託をふりまいてはいたが、王命で神殿に預けられた事と私の置かれた環境の深刻さが外界に知られておらず、親族たちが神殿へ踏み込めないでいた。
じじいが教育が終了するまではたとえ肉親といえど面会などの接触はさせない、と世間との接触を許さなかったのもある。
まがりなりにも公爵令嬢であり女神の愛娘とも言われる巫女のあまりな状態だったのに、軟体じじい一派は全く気を遣っていなかった。
まともな神官たちはちゃんとおかしいと意見してくれたのだが、不信心ものとして地方神殿へと飛ばされてしまっていた。それでも、あまりな状態だと思った子供を持つ清掃担当の女性たちが、職が無くなるかもしれない危険を冒してアニラス騎士団の兄に私の状況を伝えてくれたのだった。




