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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
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冬のはじまり

 今、女神の寵愛がいちばん厚いのは妻のティティアリースだと嬉しそうに言うのは、グラテアン家当主の父フラメンギリスだった。

 父の口ぐせは「母なる女神が愛しむティティと結婚できるから、私がグラテアン当主になったのだよ」で、なにかの挨拶のように言葉は違っても、自らより母の方が女神に愛されていると言って憚らなかった。

 たぶん、それは事実だったと思う。父はグラテアン直系ではなく先代当主の従兄弟の子で、学園の最高学年の半ばで瞳が色の濃い朱色から薄くはあるが紅色へと変化し、次期グラテアン当主候補の一人から筆頭候補へと立場を変える事になった。それは、薄紅色の瞳を持つがグラテアン一族ではない母と婚約した頃と一致する。


 世間へは神託として大雑把な意思を通達する女神は、グラテアンへの寵愛は曖昧な神託ではなく頭髪や瞳の色で知らせるという手段を用いていた。

 グラテアン当主の長子が跡継ぎになるのは稀なことなので、父が当主になったのは誰も気にはしていなかった。が、父の長子の瞳が誕生日の前日にはうっすら赤かったが当日の朝には真紅に変化しており、グラテアン家の後継ぎにと、誕生から1年で早々に決定してしまった。

 おっとりしている母ですら声を上げて驚くほど急な変化だったし、次期当主がこれほど早く決定するのは異例の出来事で、一族を大いに驚かせた。

 2年後に生まれた次男は濃い色のオレンジに近い赤毛で、同じ色の瞳を持っていた。長男の瞳が真紅でなければ、次期当主候補になれる色合いである。

 さらに5年後、真紅の髪と瞳を持つ私が生まれた。

 頭髪の赤みの強弱は寵愛の強弱、真紅の瞳は一族いちばんの寵愛の証。真紅の瞳と髪を持つ娘は、炎の女神の巫女リーシェンの証である。


 グラテアン直系には寵愛厚い子が生まれやすい特徴はあるものの、当主の子供に巫女と次期当主と上位の愛し子が集中するのはグラテアン家の歴史でも無かった事で、一族だけでなく世間でも驚きの事件だと騒がれたらしい。

 もうこれ以上驚くことも無いと思われていた2年後、グラテアン本家の次女が赤みの強い朱色の髪と瞳を持って生まれた事で、グラテアン一族に何か起きるのかもしれないと神殿すらもグラテアン一族に干渉するようになる事態になってしまった。

 神殿の神官長の言として、戦闘特化の役にたたない巫女である娘を立派な信徒にしてみせるから長女を神殿に寄越せ、と書状と使者が切れ間なく届いていた。


 「女神は敬っても、女神の愛し子は貶める代表である神殿などに愛娘は断じて渡さぬ」とグラテアン当主の発言として世間に発表した後は、書状も使者も届くことはなかった。しかし、彼らは引き下がらなかったのだ。

 巫女は神殿に居るべきだと事あるごとに神官長が発言しており、その言葉を国王がどこかで耳にしたのをグラテアン側は知らなかった。そして、国王はグラテアン当主の返答を覚えていなかった。


 グラテアン以外でも次々と女神の愛し子が生まれる慶事だというのに、王宮も神殿も言祝ぐことも無ければ喜んでもいないことを国民は戸惑うばかりだった。

 不穏な空気が国中に広がるなか、とうとう昨年から体調を崩し臥せることの多かった母が倒れた。


 暖かい季節なのに、とても寒い一日だったことを覚えている。母なる女神のように暖かい日差しは厚い雲で覆われて地上には届かず、ほのかにあたりを明るくするだけで、朝なのに日暮れのようだった。

 屋敷内も同じような気配で覆われていて、いつもならヴァニと一緒に抱きしめて「なにも怖くないわ、母なる女神のご機嫌が悪いだけなのよ。静かにお歌を唄って、回復していただきましょうね」と笑ってくれる母は寝込んでいる。

 母の部屋の外で見舞いを終えて出てくる父を待つだけの薄暗い場所が、ただただ怖かった。ヴァニと抱き合い、目覚めを願う歌を二人で小さく歌って耐えた。


 そんな日、ヴァニトゥーナが3歳をすぎて少し、私が5歳になったばかりの頃に病気で臥せっていた母が他界した。

 人生のほぼ全てが母中心だった父は心が壊れてただ呼吸をするだけの人となり、すでに後継ぎと決定していた長兄ドゥーヌルスはまだ12歳、次兄ドゥオフレックシーズも10歳と幼く外からの悪意から自分を守るので精いっぱいだった。

 先代の子息と父の兄たちや母の兄弟が、代わる代わる屋敷を訪れ私たち子どもを護ってくれてはいたが、腑抜けた父が保持する権限を越えることは許されず苦戦していた。


 母の喪に服す間もなく『フロラリア侯爵家に咲く永遠なる高値の花』との異名を持つ、フロラリア侯爵の妹デフォラピスが父と再婚した。

 当時の神官長はフロラリア侯爵の叔父であり、神殿と強い繋がりの有る家からの強引な結婚の要求は、長女である私への口出しをする権利を得るためのものだと誰しもが理解していた。

 それでも父が拒否すれば彼らの侵入は防げていたのだが、学園時代に母と親しくしていたデフォラピスは巧妙に父をそそのかした。やめておけと説得する叔父たちの言葉は父に届かず、母の学生時代の思い出を足がかりに父の意識を自分に向けさせたデフォラピスと、書類だけ提出するという早業で再婚をしてしまった。


 結婚の書類が受理されたとたんに、再び神殿からの使者が巫女を引き渡せと一日に何度も来訪するようになる。父は叔父たちに全てを任せて母の部屋へ引きこもってしまい、なんの助けにもならなかった。

 私といえば、自分たちも忙しく大変だというのに折を見ては部屋を訪ねてくれる兄たちに慰められ、ヴァニトゥーナと二人で支え合ってあの耐え難い日々を過ごした。


 義母となったデフォラピスが事あるごとに神殿へ行けと私と叔父たちに言い募り、私を慕うヴァニと引き離そうと私への悪意をヴァニに吹き込む。当然ヴァニは嫌がるのだが、彼女はしつこかった。


 「お姉さまと一緒に居ると、貴方も同じように言われてしまうのよ」

 「お姉さまは巫女だからずっと紅いままだけれど、ただの愛し子の貴方はいつまで赤い髪でいられるかしら」

 「ずっと側に居れば、お姉さまが戦場に行くときに貴方も連れて行かれてしまうのよ?」


 あらゆる言葉でヴァニを引き離そうとしたが、ヴァニはいつも私の腕を両手で力いっぱい握りしめ「ちがうもん」と断言して彼女を信じなかった。

 それでも伯父たちの奮闘で、半年ちかい間は彼女と神殿を退けられていたのだ。


 あの(・・)国王が余計なことを言うまでは。


 =巫女であるカリタリスティーシアを神殿へ預けよ=


 後に母なる女神への祈祷行事でご一緒したアルドール殿下から教えて頂いたのは、宰相や大臣方、王太子殿下など多くの反対を押し切ってあの命令を出したらしい。恐らくフロラリア侯爵家より、なにかしらの賄賂を渡されて「巫女を敬虔な信徒へ調教するのが王家のため」などと言われたのだ、と。


「巫女や巫覡は、その神の化身か娘や息子と言われるというのに… 調教と口にできる輩も、それを納得する輩も、死んでも治らん阿呆だ」


 と、侮蔑に満ちた輝く笑顔に宿った凍る視線の先には父君である国王と、とても醜い表情の神官長と、その神官長に良く似た顔のフロラリア侯爵が居た。

 ぼそぼそと続いた言葉は切れ切れで、はっきりとは分からなかったが殿下の覚悟はとても嬉しかった。



 ────いつか、お前たちが奴らに与えられた屈辱と苦難が、何倍にもなってあいつらに返るだろう。そのときは死という楽には逃がさず、兄上と俺の全力でもって生きながらえさせてやる────




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