余談 ── ある日の女神と娘の会話 ──
『 』女神の発言
「 」女神の巫女の発言
どちらの発言も、まわりの人には聞こえていません。
『おはよう、カーリ』
「おはようございます、母なる女神エイデアリーシェ様」
『今日はいい天気だけれど、陽が沈む頃にはお転婆娘の悲しみの涙が落ちるでしょうね』
「なにか事件でもあるのですか?」
『んー、たぶん。お転婆娘が空の君に、もう何千万回目かの好意を伝える日みたいだから』
「ああ、好きです付き合ってください! いや、自分には他に好いたひとが居るから断る。って十日くらい前にもあった行事ですね。え? 今日も?」
『諦め悪いのよ、あの娘』
「それに付き合うお相手も、すごい忍耐力なんですね」
『気が長くて鈍いの、あの子…』
「鈍いとか鋭いとかの問題ではないような… では、雨具を用意して出かけます。ありがとうございます、女神」
『いいのよぅ、行ってらっしゃい。可愛い娘』
───────────
『ねぇ、ねぇ、カーリ』
「はい、母なる女神」
『めずらしく国王の気配が王宮の祈祷所の近くからしたのだけど、何しに来たのあの塵芥』
「王太子殿下を捕まえに来たみたいでしたよ」
『あら、ではアレと鉢合わせしちゃったのかしら。カーリは祈祷所に行ったんじゃないの?』
「祈祷所付近で国王親子の気配がしたので、近衛騎士団のアルドール殿下にご挨拶するだけにしておきました」
『そうなの、カーリに変な気配がまとわりつかなくて良かったわね』
───────────
『ねぇ、カーリ』
「はい、母なる女神」
『いつも機嫌のいい元気な愛し子は、今日はなぜ不機嫌なの?』
「ああ、義母から義母の親戚との結婚を迫られていたからですね」
『あの軟体動物、元気な愛し子になんてこと言うのよ! 潰す?』
「あんなのに女神がお出ましになるなんて、もったいないですって。小兄さま無視してましたし、義母にグラテアンの結婚をどうこう言う権利はないので大丈夫ですよ」
『そうなの、では良しとしましょうか。そうそう、いちばんの愛し子はそろそろ結婚すると言ってなかったかしら?』
「はい、来年には式を挙げて披露の予定です。近いうちに婚約者のプルファーナ様が、我が家の祈祷所で母なる女神にご挨拶の予定です」
『あら、それは楽しみね。いちばんの愛し子に似た子が生まれたら、それはとても嬉しいことだわ。それで、相手の娘はどういう子なのかしら』
「うふ、あの義母を笑顔で撃退できるお強い方なんですよ。小兄さまのお相手は兄さまが自分で探してくるより、プルファーナ様に紹介して頂いた方が素的な方に出会えそうな気がしますね」
『無理強いすることでもないもの、好きにさせるといいわ』
「はい、ありがとうございます。それにしても、我がグラテアン家は条件に合う血族であれば跡継ぎは直系でなくてもいいという規則だからか、次男以降も縁談の凄いことになってて困りますね」
『それで良い子に当たれたら、愛し子たちに幸いになるでしょうけれど……』
「そうなんですよねぇ。そういう後継ぎの親になれればという野心的な家と、縁を結んだ事がないって気がつかないんですよ。今の我が家をちゃんと見てる家は、むしろ関わりたくないって逃げてるのに」
『まあ、成るようになるものよ。いっそグラテアンという家は無くなっても良いのじゃないかしら』
「なるほど。しがらみばかりより、自由に女神にお仕えできる方が幸せかもしれないですね。無理して家を繋がなくてもいいと、大兄さまに伝えておきます」
『それが良いわ。カーリ、いちばんの愛し子、他の愛し子たちが幸せであるのが、わたくしの喜び』
「女神の優しいお心に感謝を」
───────────
『カーリ?』
「はい、母なる女神」
『あなた、雨具の用意をして外出したのではないの?』
「はい、きっちり用意して出かけました。仰る通りけっこうな雨で助かりました」
『ずぶ濡れなのだから、助かってないじゃない』
「いえ、ヴァニに渡せたので助かりましたよ」
『一緒に使用すれば良いのに』
「あの雨ですと二人で使っても使わないのと同じになりそうでしたし、他人が共に居ましたから一緒に濡れようとは言えませんでした。あまり一緒に居られなかったのは残念ですけれど、あの子がずぶ濡れになるのを防げましたから、それでいいんです」
『カーリがそれでいいのなら、何も言うことはないわね。早く身体を温めていらっしゃい』
「ありがとうございます」
───────────
「今日も一日無事に過ごせました、女神のお心遣いに大いなる感謝を捧げます。女神の幸せが長く続きますように。おやすみなさい」
『おやすみなさい、愛しい娘。あなたにとっての幸せが、ほんの瞬き程でも長く続くことを願うわ』
周囲に知られたら卒倒されるくらいに巫女と気安く会話する女神。
他の神の巫覡・巫女は、こんなに自分の神と話さないのが普通。
ここまで女神が気安いのを知っているのは某帝国夫妻のみで、巫女は余所の神がここまで話さないのを知らなかったりする。




