女生徒の見るありし日の日常
穏やかな太陽の光の指す高学年の教室で、燃えるような紅い真っ直ぐの髪をゆるく結び背中に流している少女が暖炉の火のような朱色の巻き毛の少女に、いつものように小言をくらっている。
「お分かりですの、お姉様? もう何ヵ月も屋敷のお父様お母様へのご挨拶にいらしてないじゃないですか。先日はお忙しい一のお兄様がわざわざお寄りくださるので、顔を出しにいらっしゃるようにって言われてましたでしょう?」
まだまだつらつらと別居する姉が顔見せに戻ってこないと小言をいい募る、妹ヴァニトゥーナに姉カリタリスティーシア様は穏やかに微笑み、静かに小言を受け止めている。ように見えて、全く話を聞いていないのは誰もが知る事であったりする。
いつもの光景にまたかと渋い顔をする周りの生徒と、私の表情も同じように見えるのだろうと思いながら二人を眺めやる。
ヴァニトゥーナと共に学園に入学してからほぼ一年。ちょくちょく見る光景ではあったが、最近は毎日のようにともなると、例え迫ってるのが友人とはいえ微笑ましいとも言ってられない。
カリタリスティーシア様も、もう少し上手く立ち回ればいいのに、と理不尽な感情が顔を出す。
「………それに、わたくしインフィウム様にもずっと、ずっとお会いしてませんのよ。婚約者ですのに! インフィウム様がお姉様の護衛騎士で、お姉様が代表しておられる我がグラテアン家の騎士団の訓練が大事なのも理解しています。でも休暇日に騎士団宿舎へお伺いしても、いつも訓練中や不在とのことで面会を断れるのはおかしいと思われませんか?」
怒ったように言い募っていても、可愛らしい顔であまり迫力はない。
そんな妹に苦笑しながら、姉が答える。
「休暇日まで訓練中はおかしいと思うわよ。ただ諸事情あって、ここのところ騎士たちの休暇日はしょっちゅう変更されててね。そして私は貴女のいうこの数ヶ月、休暇日というものが無いのよ」
「だからインフィウム様にも休暇がないと?」
「私と同じ予定だもの、まとまっての暇は無いわね。そこは申し訳ないと思うけど、休暇が無いっていう苦情は、私ではなく神殿と宮殿へ陳情してちょうだい。原因は彼らなのよ」
肩を上げつつ溜息を吐き「今も忙しいの、ごめんなさいね」と踵を返し立ち去る姉に、まだ不満げな顔をするヴァニトゥーナへ近寄る。
「神殿騎士団や上位貴族の私設騎士団が騒がしいって聞いてるけど、本当なのヴァニ?」
「我が家の方はよく分からないけど、神殿が慌ただしい空気なのは本当よ」
「ふうん、帝国が攻めてくるって噂、真実味を帯びてくるわね」
そうね…と返事をしたきり黙り混む視線の先には、カリタリスティーシアに近寄る護衛騎士のインフィウム・ソリスプラ。主より二年年上で、すでにこの学校を卒業している先輩になる。
炎の女神を擁する我が国で最も多い赤系の髪色の次に多い黒い髪は短く、目付きが悪いとも言えそうに鋭い瞳は朱色に輝いている。女神エイデアリーシェの巫女に相応しい美貌のカリタリスティーシア様の側に有っても、存在の霞まない彼もまた整った容姿をしている。
そんな姉の幼なじみの彼と婚約者になったとき、社交界ではいろいろ言われていた。
女神の寵愛は厚く、代々巫女や侍女を輩出するグラテアン家は公爵位、それに対しソリスプラ家は伯爵位だったから。
ヴァニトゥーナは神殿で女神の侍女としての修行に励んでおり、学園卒業後は中央神殿所属で間違いないとされていて、グラテアン家は長男が継承することが決定している。
長女のカリタリスティーシア様は自家の騎士団の団長で次男は副団長を務めているし、なんの問題もない。グラテアン姉妹の仲はあまり良いように見えないのが問題だった。
男神エイディンカの巫覡を最高の栄誉と地位としているグラキエス・ランケア帝国と違い、我が国フランマテルムでは女神エイデアリーシェの巫女の地位は低い。
人気の高位職は宮廷では王族の侍女や従者、神殿では女神の侍女や侍従と言われる神職で、それ故に席が少ない。
在学中に修行と称して席を奪いあう激戦区に居るのに、涼しい顔をしているヴァニトゥーナは姉と同じ特殊能力──女神の能力の行使力──を持ちながらも、戦場にしか存在意義のない巫女である姉と比較され、戦闘以外に使い道のない姉とは違うと一目置かれている。
苛烈で慈悲のない姉と違い、朗らかな彼女は人当たりがよく評判も良い。
同じ女神の能力を行使できるといっても、巫女である姉は破壊の能力、女神の侍女である妹は活性化・癒しの能力と、違うものなのだから。
慈愛の女神の国で破壊に特化したような巫女は、どうしても忌避の対象になってしまう。
しかし、戦にしか使い道にない者、そう言われ続けたカリタリスティーシア様は、最期まで慈愛の女神の巫女であった。
彼女が護ったものは一部のカリタリスティーシア様を理解する人々以外、私や妹ヴァニトゥーナを含め圧倒的な破壊力に守られていながら、所詮は巫女としてしか存在できない人物と決めつけ、思い上がっている俗物だという事にさえ気がつかない愚か者だというのに。