ある娘の一日1
うっすら聞こえてくる愛くるしい鳥の鳴く声、それに重なるむさくるしい男どもの重低音の怒声で目が覚め、寝台から身を起こすと母なる女神から朝の挨拶を頂いた。おはようございます。
いつものように、ちょっとした会話をした後カーテンを開けて明るい日差しが入り込む窓を開け、朝の空気を吸い込もうと深く深呼吸する。
数日前よりいく分か涼しい空気のおかげで、スッキリした気がする。
平常時であれば、重低音の声の持ち主たちと朝の鍛錬をこなして、ヴァニに会うために学園に行くのになぁ…今日は王宮騎士団での特殊訓練の予定だ。これで迎撃戦に参加する全ての騎士団が、一度は特殊能力者との戦闘を体験したことになる。
ちなみに、クソ参謀は一度も騎士団突撃に成功していない。いろんな所に出没はしているらしいけれど、面白いくらいに遭遇しなかった。
反対に、ゲマネウム侯爵は何度か見学されている。無作為に回ってるんだけどねぇって仰るけれど、がっちり予想されているみたいでちょっと怖い。
でも、訓練終了後の反省会でのダメ出しはとても助かっている。だって、私が注意すると殺気立つ奴ばっかりなんだもの。簡単に地べたに這いつくばるんだから、素直に聞いてくれればいいのにな。
平和だったからなのか、小競り合いの戦闘もほとんどグラテアンか王宮騎士団、近衛騎士団が受け持っていたので、我が国の騎士とかお貴族様の戦闘は上品で殺し合いだという気迫というか、生き死にを分ける場だという意識がほぼ無いのが問題だった。
そりゃね、ふつうは炎だの氷だの岩だのをぶっ放しての戦闘なんてしないもんなぁ…
グラキエス・ランケア帝国との小競り合いで戦闘をしている騎士でも、その騎士団の代表であっても、後方に居るだけの戦闘すら参加しない王族たちや貴族の多くは『侵略されている』という危機感がない。
ちょっとまずい状況だって理解できてるのって、半数を切ってる気がして恐怖しかないわ。そんなのと一緒に迎撃戦をするって想像するだけど寒くなってくる。
真面目な顔して「異能を使用するのは卑怯なのでは?」っていうのが、近衛騎士団のお馬鹿さん以外にも居るとは思わなかったもんね。
さすがのイーも渋い顔していたのが印象深い。
お綺麗な騎士らしく戦闘して負けるのは彼らの好きにすればいいけれど、それに付き合わされる国民は気の毒だもの。認識を改めてもらいたいものだわ。
今日が終わったら、気の引き締まらない騎士団を中心に対特殊訓練をして、活を入れてこなくちゃ! と気合を入れてちょっと走ってこよう。
私以外にもけっこう走っている者が居て、今日は王宮騎士団へ行かない小隊の隊員も交じっている。我がグラテアンは、ほぼ天馬騎士しか居ないしその誇りにかけても無様な姿は見せられない。
そもそも一定の戦闘能力を保ってないと除籍されちゃうから、サボり魔のラクリーマやスペイフィキィスも基礎訓練は真面目にこなしているんだよね。あの子たちは、絶対に必要な訓練は本能で嗅ぎ分けてサボらないしちゃんと成果もあげているから、上手くやってるなぁと古株からはとても可愛がられている。
たぶん余所の団は反対の反応だからね、と二人に忠告したところ「理解ってまーす」といい笑顔で返された。渋い顔するイーを上手に躱しているとこ見ると、本当に理解してるんだろうな。
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朝食を終えて王宮騎士団へ行く我が小隊の待つ玄関へ行くと、ペンギテース以外は揃っていた。
「みんな、ちゃんと雨具は用意した?」
「ティーに指示されたからな。副団長が用意するのを忘れて戻ったところだ」
「ねぇ、団長。ホントに雨降るんですか? ものすごく晴れてますけど」
素直に雨具は用意したけど、よく分からないといった顔のラクリーマが聞いてくる。朝食の場でけっこうな雨が降るから、雨具を用意しておきなさいとちゃんと教えてあげたのに、信用してなかったのね。
彼女の背後で隊員たちが「ラクリーマ、勇者だ」と失礼なことを言っていた。
「母なる女神が仰るには、夕方には十日くらい前と同じ雨が降るんですって」
「……それは土砂降りというのでは?」
イーが唖然として呟く後ろで「雨とかいう軽いもんじゃなかった!」「やべぇ、携帯用雨具しか用意してねぇ」「なんだよ、団長ちゃんと教えてくださいよ」と、隊員が失礼なことを言っている。
ペンギテースが全力で走ってきたので、あいつらを叩くのは止めて出発しよう。
今日の訓練で炎の一・二発でも当ててやれば気が済むと思う。
「ティー、物騒なこと考えるのは止めろ」
「……考えてないよ?」
いや絶対考えてるだろ、というイーの背中に向けて考えてないけれど決めてはいるよ、と声に出さずに答えておいた。止めなかったイーも同罪だからね、覚えてなさい。
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早めの行動の甲斐あって、予定よりずいぶん早めに王宮に到着したので祈祷所へ行くことにした。運がよければ着飾った殿下のどちらかと遭遇できるかもしれない。
なんて欲張った考えで祈祷所に向かったりするからこうなるんだろうか… 祈祷所まで距離があるのに、国王の怒鳴り声が聞こえてくる。宥めている相手の声は、王太子殿下だろう。
平時に祈祷所に近づく王族なんて王太子殿下だけだっていうのに、なにしてんだろ国王。
聞こえてくる怒声で推測するに、王太子殿下に要求があるのに捕まらなくて待ち伏せしてたっぽい。
呼びつけても来ないから待ち伏せって…いい年したおっさん、それも国王がすることじゃない。
関わり合いになりたくないから、今日は祈祷所に入るのはやめとこう。
もう訓練前にアルドール殿下のご褒美を頂いて、今日一日頑張ろう。
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「おはようございます、アルドール殿下」
「おはよう、カリタ。今日は祈祷所へ寄らなかったのか?」
麗しく着飾っているアルドール殿下は、正式な礼もせずに口だけで挨拶する私の無礼には何も言わず、祈祷所に寄っていないことにも気が付いていたみたい。今日も眩しいですね、つい目を細めちゃう。
殿下の傍に侍る近衛騎士たちが、顔を青くして後ずさっている。怯えすぎじゃない? 根性なしめ。
「祈祷所の辺りで、いと尊きお方の父君がご子息に怒鳴っていらして、怖くて寄れなかったんです…」
と、芝居がかって両手を胸にか細い声で言ってみれば、殿下が眉を下げて口を台形にしたすごい表情をしていた。そして、発光量が半分に減った気がする。
え、それは私に対してのやつ? それともお父上に対して? どっちなのかな。
殿下の傍に侍っている近衛騎士が、不気味そうに更に後ずさる。ちょっと、それは殿下に対してじゃなくて、私にだよね。どういう事なのかしら。
「あー、カリタすまない。これから行くところが出来た。それに、今日はもう会う機会が作れないかもしれない」
肺の空気を全部吐き出すような溜息をついて、アルドール殿下が無表情で謝っている。これふざけてる場合じゃない、真面目な場面だ。
「あ、いえ。殿下に謝罪を頂くことではありませんし、今日のご褒美はもう今頂いていますので」
「恩に着る。ついでに、また同じ所を見たら教えてくれると有難い」
「承知いたしました。えっと、頑張ってください?」
私の励ましとも言えない言葉にふっと笑うと、「頑張ってくる」と祈祷所の方へ向かって歩いていった。嫌そうな表情で行きたくなさそうだけれど、眩しさは戻っている気がする。
残された近衛騎士たちに「訓練、頑張ってください」と励ましたら、みんな裏声のように甲高い声で「が、頑張ります!」と叫んでいた。うん、元気ですね。




