ご褒美
王太子殿下へ報告に行くからと私を連れて部屋を出ていくアルドール殿下へ、恨みがましい視線向けているのに全く視界に入れてもらえなかったクソ参謀、可哀想…なんて事は欠片も思わず、部屋を出てすぐに殿下に官舎の言葉を述べた。
「素晴らしい間合いでの補助ありがとうございました、殿下。それに、最後までヤツを視界に入れない絶妙な動線で動いていたの、ぜんぶ計算なさってたんですか?」
「おおよそどう動くかは決めて、あとは臨機応変にというところだな。ああいう手合いはわりと型が決まっているから、計算する必要はない」
「へーえ、そういうものなんですね」
「カリタなら何度か経験すれば無意識で出来ると思うぞ。反対にカリタやドゥオフレックシーズは、どう動くか予想しにくい。何通りも計画しなければならないし、咄嗟に対応しきれず失敗するのが目に見えていて、やりにくいな」
「ええぇ? 兄はともかく、私はそこまで変な反応はしてないと思いますけど」
本当に心当たりがないので素直に答えたら、麗しのおが台無しの呆れ顔が返ってきた。眉が寄って口が台形に開いてますよ、眩しさが半減してますって。
「いつもこういう反応なのか、ドゥオフレックシーズ」
「これが通常です。我々の会話を聞いて兄上が半泣きになって、インフィウムに慰められるまでが日常ですから」
「……心からドゥーヌルスに同情するよ」
肺から思い切り空気を吐き出すため息を吐いて、ぽつりと漏らした声はとても力なく小さかった。
殿下の言い方だと大兄さまだけが苦労してそうな感じだけど、グラテアン家を継ぐ人物が『素直で真面目でいい人』とは限らないんだよなぁ。
巫女と女神の夫神より賜るもの以外で、母なる女神がいちばんお気に入りなのはグラテアンの後継者なのよね。
大兄さまって、グラテアン家の旨いところをかすめようと寄ってくる貴族たちのごますりやら陰謀やらの渦巻く環境を、涼しい顔して渡ってるんだよ。寄ってくる輩をシレっと躱してすり抜けて返り討ちにしているんだもの、その上何事もなかったって言い切るってどうなの。
殿下はたぶん気がついていないけれど、わりと脳筋気味の小兄さまでもちょっとお気に入りの愛し子なのに、がっつり気に入られている大兄さまが、そんな素直で可哀想な性格であるわけがないのだ。
真面目な性格で努力家ではあるが、やりたく無いことは全力で回避する大兄さま。でも女神関係のやりたく無いことが、ほとんど回避出来ていないのは仕方ないと思うんだ。女神にお仕えする愛し子で、いちばんお気に入りが女神から逃げちゃダメでしょ。
女神のお気に入りの10人くらいに入っていれば幸せで、それ以上は何も要らないから趣味に没頭して生きたい、とか本気で言うから気に入られるんだよ。それで女神関係のアレコレから逃げてるのを、女神もご存じだから、私とか小兄さまを使って大兄さまを憂い顔にさせてるんだ。
大兄さまも、いい加減に気が付けばいいのに。
王太子殿下とアルドール殿下が女神を信仰しているけれど、王家の血筋故に女神からは嫌われていると信じていて、それでも女神への信仰はゆるがない所を女神が好意的になるのと同じようなものかな。
いつもなら母なる女神から答えがあったりするのに、こういう愛し子の条件なんかには何の反応もなさらないので推測でしかないけれど、まず間違ってないと思う。でもまあ、女神のお心はたかだか人間に理解できるものではないし、考えてもどうしようもない事だから悩んだって仕方ないね。
殿下と小兄さまとの会話を音楽のように聞き流しながら、つらつらと取り留めのない事を考えているうちに目的の部屋へ着いたようだった。
王太子殿下の執務室ではなく、専用の応接室のようだ。
アルドール殿下を先頭に入室した我々を応接机の前に立って出迎えてくださった王太子殿下は、祷所で羽織っていたショールは外しており、凝った衣装だけで微笑む姿が眩しい。
「約束だからな」と手櫛で訓練で少し乱れた髪を整え、兄君の横に王太子殿下に負けない装飾の衣装で笑顔で並んで立つアルドール殿下も、劣らず眩しい。
まるで一枚の絵画のような、とても眩しい兄弟だわ、このお二人。今日一日で何回眩しいって思ったのかな、私。
「さて。もう正式な挨拶はしたし、堅苦しい会話もいらない。巫女姫もドゥオフレックシーズも好きにくつろいでくれ」
王太子殿下の言葉に、私と兄さまは黙って一礼をして返事に替えた。
「やっとご褒美の時間がきたわけだが、どうだカリタ?」
アルドール殿下がにやにやと美形だいなしな笑顔で言うけど、ちゃんと眩しいし元がいいから、もうどうでもいいや。
「お二人とも、素晴らしく綺麗なお姿です! 嫌な物見た一日でしたけど、アレの記憶を塗り替えて忘れられそうですわ。ありがとうございます」
満面の笑みでハキハキと大きな声で感動した私に、疑問符が背景に飛び出そうな不思議そうなお顔で首を傾げて「嫌なもの?」と言う、王太子殿下の背後が光りそうな勢いで、どこかに照明器具でも隠れてるのかな、とつい背後を凝視しちゃった。
「主席参謀の事ですよ、兄上。軍務大臣がかなり援護射撃をしていて、口でカリタに嫌味を言えない代わりに呪い殺しそうな目で睨んでいたので、その事かと」
「ああ、伝手を使って強引に主席参謀に就いたものの、思い通りに事を進められなくて苛立っているという報告はきているな」
着席を勧められ、座った場所には良い香りのするお茶が並べられていた。ついさっきお茶を飲んだのを考慮されているのか、違った香りと味で飽きがこないようにされていた。さらっと気を利かせて用意するのが、またすごいと思う。大兄さまだと、お茶を用意するのも周囲に言われないと忘れがちだもんね。
「ゲマネウム侯爵にはとても足を向けて寝られないくらいにお世話になりました。ウェルテス伯爵が私に口出しさせない絶妙な間合いで、会話に入ってこられたり話を振ってくださっていましたもの」
「それがまた上手に主席参謀をおちょくっているものだから、どんどん視線が酷くなっていくんです。殿下もティーシアーも煽りすぎだ」
兄さまがドアをノックするように私の頭に拳骨をいれる。痛くないけど、悪戯を叱られてるみたいで居心地がわるい。
「大人げなく私に絡む方が悪いでしょう? そう言うなら、小兄さまがアレの相手をすればいいじゃない。大兄さまに相手されなくて拗ねてるんでしょ、小兄さまが負かされてやれば満足するんじゃない?」
「嫌だな」
どうしろというの、兄よ。




