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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の巫女
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カーリィだけじゃなく

 我関せずと視線を逸らす奴、面白そうに見るだけなひと、無表情だけど絶対面白がっている我が巫覡ディンガー、と誰もが見てるだけで助けてくれそうな気配はなかった。

 なんとか私的な場でだけ愛称呼びをする、という事で落ち着いた。なんで誰も助けてくれないんだ。

 やたら疲れた俺を楽しそうに見ていた兄君が、巫女リーシェンへと声をかけた。



カリタ(・・・)


「はい、お父様」


「下の客間に、ドゥーヌルスとドゥオフレックシーズが待っている。インフィウム、いや今はフィダだったか? 先に彼と会ってきなさい。残りの者とは、もう少し話がある」


「それ、私には聞かせられない話?」



 まだ笑みを浮かべる兄君が―― 今は父君として ――言うのに対し、巫女は少しだけむくれた風に答える。それには妹君… ヴァニ様が答えた。



「ええ、そうですのよ。残る彼らがお姉さまに侍ってもいいか、お姉さまの目の無い所で確認させていただかなきゃいけませんからね。フィダ様は二のお兄様を安心させるためにも必要ですもの、仕方ないけれど彼は必要だと認めますわ」


「イヴだって同じじゃないの?」


「まぁ、イヴ様はわたくしたちへの情報提供をしていただくのですわ。お姉さまやフィダ様だと、良い事しか言わないでしょう。わたくしには厳しい意見も必要なんですのよ」



 ヴァニ様は、そうかなのな? そうかも? と頭を捻る巫女の背を押し、フィダと共に部屋を追い出してしまった。入口で聞こえた「わたくしたちが共に居たら、お姉さま泣けないでしょう? 思う存分、一のお兄様に叱られて泣くと良いですわ」という、姉に対しての気遣いも本当の事だろうけど。

 部屋の扉が閉まると同時に、一瞬だけ身体全体に圧力を感じた。どうやら、部屋の内部に兄君の結界が展開されたみたいだ。

 


「さて。小姫様(ちぃひめさま)、我々を残した本当の理由はなんですか?」



 席に戻ったヴァニ様にイヴが切り出すと、ヴァニ様はちらりと兄君を見る。



「話をしたいのはお前だろう?」


「グラテアン家の当主はお父様ではありませんの?」


エゥヴェ()はフランマテルム王国を離れている時間の方が長かったし、フラメンギリス(この男)も妻にかまけて歴代当主の記録なぞろくに読んでないのはお前も知ってるだろ。そもそも、俺が他人の事をいろいろ覚えていると思うのか?」



 ヴァニ様は兄君の謎めいた言葉に悔しそうに唇を結び、アールテイを見る。ヴァニ様の視線に気が付いたアールテイは、胸の前で手のひらをヴァニ様へ向け勢いよく首を振って言った。



「無理。俺もニィ姉さまほど、彼等のことは見ていないんだ。それに、兄上と同じくどうでもいいと思ってるから」


「しっかり結界は張った。これで誰も覗けないから、好きに話せ」


「……そうよね、わたくしが説明すべき事なのでしょうね」



 アールテイに拒否されて、足元に視線を落とし呟く。兄君の励まし(?)に小さく息を吐いた後、勢いよく顔を上げて言った。



「皆様方で、カーリィねぇさまの様に前の人生を覚えている方はいらっしゃいます?」



 前の人生。前の人生って?



「覚えていません。そもそも、私に前の人生なぞあったんですかね」


「あ、俺も。『俺』の記憶すら怪しいというか……」



 それはどうなんだ、とイヴの目が語っているが小さい頃はけっこう過酷な環境だったから。記憶があやふやなんだって。


 部屋の隅にひっそりと佇む爺たちも、ゆったりと首を振っていた。

 そう、じー様とじっ様もこの部屋に入って来てたんだった。我が巫覡から個人的な話を禁じられているから、ただ話を聞くだけだと言ってたけどさ。すごい空気感。全然存在感がねぇわ、あの爺たち。

 巫女の衝撃の過去話を聞いていた頃から、すっかり爺たちの存在を忘れてた。



「時折、過去の巫覡(ディンガー)を夢に見る事があります。今まで巫覡としての能力で、過去の巫覡の記憶を垣間見るのだと思っていましたが、違うのですか?」


「違いますわね。巫覡、貴方と侍従リージェルイヴ、侍従ディジャーイーサニテルは過去何度かカーリィねぇさまや、わたくしと出会っていますのよ。そちらの侍従サルーガン方は、いちどだけ」



 へぇ。

 なんだろう。衝撃の事実のはずなんだが、俺の感想としては「へぇ」以外出てこない。前の人生といっても、今の俺に何の影響もないもんな。でもきっと前の人生でも、我が巫覡の側に侍っていた自身がある。



「ふ、ふふ。侍従イーサニテルは、いつも揺らがず巫覡にべったりですのね」



 可笑しそうに笑い、ヴァニ様が俺を見る。次いで隣のイヴに視線を移し、言う。



「侍従イヴ、貴方も同じ。いつもカーリィねぇさまの侍従をしているものね。そして……」



 イヴから顔ごと我が巫覡へ向き直ると、ヴァニ様の眉間に皺が寄る。



「巫覡、貴方も。いつも、本当にいつもカーリィねぇさまの側に近寄ってくるのね。腹立たしい」


「ニィ姉さま」


「だって、悔しいじゃない? 巫覡ときたら、いつもいつもカーリィねぇさまに可愛がられたり、恋愛なんかしちゃって! こ、子供まで生まれた事があったじゃないの。許せないわ」


「恋愛とかはカーリィ(ねぇ)の自由ですよ。羨ましいからって、そう言っちゃ駄目ですよ」


「そうだけど。そうなんだけれど、腹がたつのだもの」



 悔しそうにアールテイに食って掛かるヴァニ様。えっと、八つ当たり?

 対して我が巫覡は鉄壁の無表情。だが、口の端が少しだけ動いた気がする。

 たぶん、『いつの自分も巫女の側に居たのか。恋愛をして結婚まで……良くやった自分』とか思って喜んでいる。たぶん。



「今の人生で恋愛か結婚(それ)をしてから喜んだ方がいいのでは?」



 イヴの声は俺に届くかどうかという程で、本当に小さかったが、ヴァニ様は聞き逃さなかった。「あぁ?」って、とても女性の出す音程じゃないほどに低い声でイヴを威嚇して睨む。

 視線に殺意がこもって妙な圧力があるし、肌がピリピリするんですけど。隣に座る俺にも余波が来てます、勘弁してください。

 

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