強くなろう
肌着が背中に張り付いて冷たい感触が気持ち悪いなぁと意識を背中に集中して、注がれる力強い視線から気をそらす。
俺たちの方を振り返って笑顔で圧をかけてくる妹君はいつ口を開くのだろうとか、黙って部屋を出ってくれてもいいんだけどなぁ、とか無表情を保ち考え続ける。
「もう。いつまでイヴやイーと侍従くんに嫌がらせするの、ヴァニ」
「いやだわ、お姉さま。嫌がらせじゃなくて、感謝の笑顔を向けていただけですのよ」
「そんな視線と気配じゃなくない?」
「そうですの? いつもの笑い方ですのに。うふふ」
妹君はいっそう笑って、ねえ? とばかりこちらを見た。
「ええ、小姫様はお変わりありませんね。しかし、かもしだす迫力はとても強いものになっておりますよ、会長」
「あら、そうかしら。貴方もその図太い神経はお変わりないようね、侍従イヴ?」
「それ程でもありません。小姫様に比べたら、私など……」
うふふ、あはは、と剣呑な笑顔で会話する二人がとっても怖い。それに、ひとつ疑問がある。
「なあ、会長って何?」
俺のイヴへの質問に、ふたりの笑がピタリと止まる。
と、同時に巫女とアールテイは頭に手をやり、ため息を吐いたり左右に降ったりと奇妙な行動に出た。椅子に座った兄君はいきなりの事に困惑気味だ。
「ああ、『おひー様を崇めるために全力で努力しましょう隊』のことですよ」
「えっ、あの奇天烈な名前の団体の長って、グラテアンの次兄殿じゃないの?」
「ドゥオフレックシーズ様は筆頭会員ですよ、会長じゃありません。入隊条件に筆頭会員の許可が必要だと言いましたが、本当は会長、つまり小姫様の許可がないと駄目なんですよ」
「ええ…、じゃあ副会長って誰よ」
「居ません。会誌などもありませんし、会費だって必要のない実態が有って無い様な団体ですよ。そんな役職者が必要だと思います?」
「なんで、そんなアホみたいな隊が出来ちまったんだよ」
笑顔のまま不動の妹君をちらりと見て、俺に視線を寄越したイヴが力強く言った。
「まだ私がイヴセーリスと名乗って居た頃――クアンドやスキエンテ達とグラテアン騎士団を天馬騎士を中心としたものとして再編成したあたりですね――に、グラテアン家で必死に巫女として在ろうとするけなげなお姫様に感動して……でしたっけ?」
「何故わたくしに聞くのかしら。わたくしは何時でもお姉さまの事を素晴らしいと思っていますから、そんな部分的なお姉さまの素晴らしさに感動した貴方がたと一緒にしないでくださる?」
「いえ、私が申し上げているのは表向きの隊結束の理由ですが。もちろん、私もお姫様にお会いしたその時から、母なる女神とお姫様至上主義になりましたよ」
「まあ、そこは褒めて差しあげましょう。グラテアン家の立て直しに奔走する幼くけなげな巫女を愛らしく思った者たちが結束して、が起隊の理由ですわね」
なんだろう、とってもくだ…どうでもいい切っ掛けを華々しいものとして挙げてる感がすごい。
いや、俺だって『我が巫覡を褒め称える隊』なんかあったら会長の位置をもぎ取るくらいはするけど、起隊の理由なんて『我が巫覡が素晴らしいから』とかでいいだろうに。
「っ! そうですわよね!? ああ、やはりこの方はわたくしと考え方が似ていますわ。そうなのよ、尤もらしい言い方なぞにせず『素晴らしいお姉さまを讃えたいから』という、当初の理由で良かったじゃない。貴方、そう思いませんこと?」
胸の前で手を組み大股で近寄りながら興奮して話す妹君。ひと足ごとに笑顔の温度が上がってきて、視線の好感度も上がっている気がするが、笑顔の圧がとっても怖い。
「え、えぇと……我が巫覡が素晴らしいと讃える隊なのですから、とくに飾る言葉は必要ないと思います。はい」
「そうですわよね、そうですわ。本当にお姉さまは素晴らしいのですもの、今からでも起隊理由を訂正しようかしら。ああ、やっとわたくしの考えを理解する方が現れたのね。とても嬉しいわ、ありがとう侍従……なんというお名前でいらっしゃるの?」
「イーサニテルと申します。侍女ヴァニトゥーナ様」
「あら、わたくしのことはヴァニと呼んでくださるかしら、侍従イーサニテル様」
「とんでもない! 我が巫覡が侍女ヴァニトゥーナ様とお呼びしておりますのに、俺ごときが愛称だなどと恐れ多いことです。それに、俺に『様』はいりません」
「まあぁ。とても礼儀正しいのですね、侍従イーサニテル」
と、いちど口をつぐんで横を向き、止まる。なんの声も聞こえなかったが、ちょっとだけ空気が吐き出された気配がした。え、まさか無音で舌打ちしたの?
「……とても気に食わないけれど、わたくしのことはヴァニと呼んでよろしくてよ、巫覡」
「ありがとうございます。では私的な場ではヴァニ様、公式の場では今まで通り侍女ヴァニトゥーナと呼ばせていただきましょう」
何段階か下がった声音で許可を出す妹君に、淡々と返事をする我が巫覡。
それを見ている巫女の目と口は「あーあ」みたいなもので、アールテイは「まあそうなるよな」という顔だった。
妹君が我が巫覡の返答に身動ぎした時、髪の毛で隠された横顔が露わになった。
それが見えてしまった時、心臓が止まるかと思ったわ。妹君なら、視線で人間くらい殺せるんじゃないだろうか。
我が巫覡の一番の信者である俺には分かる。それくらい鋭い視線を浴びても、我が巫覡の身体も精神も微動だにしていない。
むしろ、『姉上至上主義だというなら、それくらい出来て当たり前。いかに自分が同じ考えか認めてもらおう』と、当たり前に受け止めているんじゃないだろうか。
え、ちょっとだけ怖いかもしれない。俺はそんな我が巫覡も、もちろん大好きですが!
「うふふ、巫覡は巫覡で腹が立つほどに意志と思い込みが強くて苛立つけれど、貴方も同じ様なものね。でも、こちらはとっても楽しくていいわ」
いつの間にか俺を見て言う妹君の言葉は、我が巫覡を凝視していたので全然聞いていなかった。正直に「聞いていなかったので、もう一度お願いします」とお願いする俺に、妹君は朗らかに言った。
「独り言のようなものだから、気にしないでくださいな。それより、これで貴方もわたくしをヴァニと呼べるわね」
花が舞いそうな笑顔で言われた俺に、拒否権なんて有る訳がない。
「で、では私的な場ではヴァニ様、と。はい。は、はは」
「まあ、イーサニテル様なら、公的な場でもヴァニと呼んでいいのよ?」
いや、駄目でしょ、無理でしょ。
なにこれ、いろいろ俺やべぇ気がする。
今まで戦闘やら立場やらを強くしなくちゃ、と頑張ってきた。
これからは、上の立場の人物にもきっぱりと否定できるくらいに話術も強くなりたい。
というか強くならないと今だけじゃなくて、今後もやばい気がする。
強くなろう、いろいろと。
両肩に誰かの手が置かれる感触と、気の毒そうな紅と黒の姉弟の視線を浴びながら、決心したのだった。




