穏やか、とは?
痛ぇな、と頑張って背中をさすっていると、可愛らしい声で可愛くない悲鳴が部屋に響いた。
「ふ、ふおぉぉぉ! 」
声の持ち主の方を見れば、我が巫覡の腕に抱えられた巫女が口に手をやり、涙目で腕の主を見上げていた。悲鳴以降はとても小さな声ではあったが、巫女の心の声が留まる事を知らず流れまくっていた。
うん、いつもの巫女だわ。何事もなく? 無事に目が覚めた様だ。良かった、良かった。
「キラッキラ!! 美形の後ろがなんか光ってるぅ…… やばい眩しい。なにこれ夢? 夢だよね」
「いいえ現実ですよ、姉上」
「はぅっ。すごい美形の、え・が・お!! 笑顔が輝いてる。なんちゅう都合のいい夢なのかしら……あれ、でも現実って言われなかった?」
「ふふ、言いましたよ。私です、メトゥスです」
隣のイヴが「いきなり甘酸っぱ空間かよ……」という程に見つめ合う我が巫覡と巫女背中側から、妹君がそれはもう冷めた目で見ていた。我が巫覡を褒め称える巫女の言葉が続くと、表情が険しく眉間の溝がさらに深く刻まれて、眉の角度がえげつない事になってる。
しかし、緑の女神とは違って禍々しさは感じられない。美人って、どんな表情しても美人な不思議。
ということは緑の女神って巫女が良く言う、整った顔であっても美しくはないを体現していたんだな。
なんて思考する間も、妹君の顔や視線なぞなんのそので微笑する我が巫覡。そして我が巫覡の笑顔を見て、巫女は小さく「きゅうぅ」と呟いてから冷静に言葉を紡いだ。
「あ、本当だ、メトゥスだわ。夢に出てきた人もすごい美形だったけど、メトゥスも全然負けてないね。すごく綺麗」
「姉上にお褒めいただき、うれしいです」
「っきゃぁあ~!! また笑顔ぉ。なにこれぇ……眩しいけど、眩しくないってどいう事なの?! メトゥスってばアルドール殿下よりすごい効果を背負ってる気がするわー」
小さな心の声は、本当に留まる事を知らない。ちょっと油断しすぎてません? って突っ込みたい。
「他人事ではないというのに、何を言っているのでしょうね」
「イヴさん、筆頭も考えを口にしてるって気が付いてませんよ」
我が巫覡と巫女(と、その後ろの妹君の表情)に意識を持って行かれている俺は、当然イヴとフィダの言葉は聞いちゃいなかった。
「余計な記憶に振り回されて倒れたんだ、気分はどうだ?」
「そうだったの? 今はなんともないよ、エゥヴェ兄さま」
「それは良かった。ニィとそこの巫覡が、それは心配していたぞ」
含み笑いで言う兄君に、巫女はすっと真面目な顔になり身体を起こした。
我が巫覡の腕は、まだ巫女を抱いている。頑張ってますね、我が巫覡。その調子ですよ!
「ヴァニもメトゥスも、ごめん。ヴァニの気配を感じるから、何か術をかけてくれたんでしょ?」
「大したことはしておりませんわ。お姉さまが回復されたなら、なによりでしてよ」
まだ我が巫覡に抱かれた巫女の側に寄り、膝を着いて笑顔で見上げる妹君はやさしく声をかけて満面の笑みを浮かべる。
小さく「ふぉぉぉぉ! うちの妹、最高に可愛い」という色気もくそもねぇ叫び声が聞こえてくるのは、空耳じゃないな、うん。「綺麗な顔がふたつって、ここは神の住まう国なのかしら」とかなんとか、呟きはまだ続いている。
巫女サマ、ねぇちょっと落ち着いて。
「さあさ、お姉さま。もういちど、わたくしによく診せてくださいまし。巫覡、お姉さまをお離しになって?」
妹君はにこにこと笑って右手は巫女の手を握り、左手は巫女を抱く我が巫覡の腕を掴む。
声音も、態度も、気配もとっても穏やか。
しかし、我が巫覡の腕を掴む左手から二の腕にかけて物凄い筋が浮かび上がっているし、心なしか掴む手が震えてねぇ?
我が巫覡の腕は巫女をがっちり抱えたまま、微動だにしない。妹君の左腕の筋がハッキリしてきたのは、幻覚だと思いたい。
険しい声で言いあいもないし、殺伐とした気配もない。部屋の中の温度も快適で、静かで穏やかな空間だ。我が巫覡と妹君の視線がぶつかる所以外は。
笑顔のおふたりの視線の間に、幻の火花が見えてきた。
穏やか、穏やかって何だったっけ?
「お離しに、なって?」
左腕を振るわせ笑顔で静かに繰り返す妹君の額に、青筋が浮き上がる幻覚が追加された。
対する我が巫覡はそんな妹君には何も言わず、もういちど巫女に輝く笑顔を向けて、そっと巫女を椅子へと座らせるのだった。巫女の顔は我が巫覡にがっつり固定されているからか、妹君の口が舌打ちする様に動く。
が、空気すら漏れないって、どうやってんだろう。
しっかり起き上がる巫女の視線が妹君に戻るまでに、妹君の表情は剣呑なものから女神の様に穏やかで美しい笑顔になる。
器用だ。
「ありがとうメトゥス。ヴァニもありがとうね、でも今はまだいいよ。ヴァニも疲れているんだから、無理しないで」
「無理だなんてこと、ありませんわ。お姉さまが心配で、それこそ体調を崩してしまいわすわ。わたくしを安らかに休ませるためにも、診せてくださいません?」
「……本当に大丈夫?」
「ここへ来るまでずっと休んでいましたのよ、大丈夫です」
「じゃ、お願いする」
「はいっ」
ちいさく頷いて静かに離れる我が巫覡を冷たく一瞥して、巫女へ一段とにこにこ笑い輝きを増した妹君は巫女へと手をかざす。
我が巫覡は近くでそれを見つめ、そんな彼らを少し離れて見つめる俺たち。
俺はうっかり思ったを口にした。
「妹君、巫女の扱いが上手すぎる」
「そりゃ、小姫様と巫覡とでは年期が違いますよ。今の所、小姫様の方が何枚も上手ですよ」
「その割に、我が巫覡は余裕有り気だな?」
「巫覡は巫覡で、ご自分の使い方をしっかり確立したんでしょうね」
「自分の方が見慣れていないだけ有利だ、とか思っていそうだな」
俺たちに寄ってきたアールテイの言葉で、イヴと顔を見合わせて納得した。
「ああ、巫覡も小姫様に負けないほどに図ぶと……肝が据わっていますものね」
「お前、もう少し言葉を選べよ」
「命知らずだな、おい」
「イヴさん……」
俺、アールテイ、フィダに次々と言われても、しれっと巫女と妹君を見ているイヴこそ図太いと思うぞ。俺、敬愛する我が巫覡にそんなこたぁ言えないし、妹君にだなんて怖くて無理。
「なんの異状もありませんわね。でも念のため、今日は早く休んでくださいね」
「うん、わかった。ありがとうね、ヴァニ」
巫女を診終った妹君が立ち上がってこちらを振り向いた。満面の笑みだ。
なんというか、緑の女神とは違った方向で、怖い。
温か笑顔なのに額には幻の青筋が浮き上ってるし、なんというか俺たちに向いてだけ温度が低く感じられる。どうやってんの、あれ。
目だけでイヴとフィダを見ると、イヴはいつも通りでフィダは心なしか顔色と居心地も悪そう。うーん、これもいつもの事なのか。
俺にも同じってことは、俺は我が巫覡の侍従ってことで敵認定されてるのね。
俺、イヴみたいに慣れることが出来るんだろうか。なんてフィダと同じく、背中に冷や汗をかき居心地悪くて身動きしそうになるのだった。




