好敵手
妹君の興奮具合は同じな気がするが、表情が反対だ。笑顔はどこへ行ったのかな?
しかし、我が巫覡は不動の無表情で頷いているし、たぶん妹君の態度の事は何とも思っていないだろう。
両隣をちらっと確認すると、フィダは渋い顔をしていてイヴは平然とお茶を飲み始めている。アールテイもイヴと同じく通常通り、兄君は椅子に肘をついて顔に当てて苦笑しているみたいだ。
妹君のあの態度は通常なのだろう。
蒼炎を理解していると言われた俺は褒められ、巫女を理解していると言われた我が巫覡には敵意むきだしだ。俺は巫女を悲しませ困らせた蒼炎をヘタレと言ったのを褒められたと考えると、巫女の事を理解した我が巫覡を認めるが気に食わないってことかな。
あれだ、妹君が一番巫女の事を理解していると自負していて、他人が巫女を理解しているのは当然だと思うが、理解されたらされたで少し……違うな、大分……いやかなり気に食わない、と。
巫女を我が巫覡に置き換えて考えたら、その気持ちは理解できる。
我が巫覡のちょっとした無表情の違いを、巫女が見分けた時は寂しい気持ちが湧き上がってきたもんな。
「そうですのよ! ああ、やはり貴方はわたくしの考えをよく理解なさっていますのね。ご理解いただけてうれしいわ!」
「うぉぅ……」
笑顔だが気配は険しい妹君を、なんとなく見つめ考えていた。そしたらまたもや妹君が迫ってきて、視界が妹君の顔に占められてかなり驚いた。
「お姉さまの事はわたくしが一番理解していて、それでいいのですわ。でも、周囲があまりにも不理解ではお姉さまが窮屈でしょう? けれど、少しお姉さまを理解したと思ったら、大きな顔をする輩が多くて困りますのよ」
「ああ、分かります。我が巫覡が居心地わるそうになさっているのに、自分の意志を押し付ける阿呆が多く居ます」
「彼の表情は読みにくそうですものね」
「しかし、巫女サマも表情を作るのがお上手じゃないですか。ご苦労されているんじゃないですかね」
「お分かりになります? お姉さまが気を使って笑顔になったからって、調子に乗ってさらに図々しい態度で迫ってくる馬鹿が多くて、本っ当に困りますの」
「あー。巫女サマだと、邪魔だって切り捨てる事はしなさそうですもんね」
「それが、お姉さまはそういう輩を笑って拒否できるけれど、そういうのを気にせず寄ってくる鈍い阿呆ばかりで……」
困ったわ、って眉を寄せて溜息をつく妹君。
そうなんだよなぁ、我が巫覡にも恐れ知らずに寄ってくる馬鹿が多くて。いやまあ、排除するのは簡単だが数が多くて面倒なんだよなぁ。
「筆頭、話がずれているぞ。今は巫女の記憶の話をしていただろう」
「そうですよ。小姫様も、今はお姫様に近寄る輩の事はどうでもよろしい。巫覡に思うところがあっても、話を進めてください」
しみじみと頷きあう俺たちにフィダとイヴから静止の声が割って入る。
あ、ついうっかり我が巫覡への想いが止まらなくなっていた。しかし、なんでフィダは同調もしてないのに俺の考えてる事を知っているんだろう?
「あのな、筆頭はティ……巫女と同じで、考えている事を小声で口にする癖があるんだよ」
「そうですね。まあ、気心知れた仲間と居て油断している時、という条件は付きますがね。それに、たぶん小姫様とグラテアン公爵のお姿をされている方、それにアールテイ様は我々の思考を読むことが出来るのだと思いますよ」
「嫌だわ、侍従イヴ。誰彼かまわず思考を読むことなどしなくてよ。侍従殿はお姉さまと同じく表情が読みやすいし、考えていること全部が口に出ているのですもの。まあ、思考の深いところは口にしないし、思考も上手に隠しておられますけれどね」
そう言って妹君は後ろに下がり、席へと戻っていった。そして椅子に座ると、深々と頭を下げて言った。
「巫覡はああ仰いましたが、咄嗟の行動をする場合にいちいち今の話を思い出すなど無理な事です。けれども、余裕のある場合は出来るだけ気に留めて似たような場面を回避してくださる様、お願い申し上げます。わたくしはカリタリスティーシアという方が、これ以降は穏やかに天寿をまっとうするまで幸せに生きていける様に全力を尽くすつもりですの」
妹君の真摯な言葉に、しん、と部屋の音が無くなる。
承知しました、了解です、はい喜んで!
うん、どれも俺が反応したら軽すぎて駄目なやつ。どうしたもんかなぁ、と冷や汗が出そうになった頃に、凛とした声が響いた。
「承知しました。尊き姉上の妹君の望みの通り、全力を持ってカリタ様をお守りしましょう」
「気持ち悪い呼び方をしないでくださる? 先ほどのようにヴァニトゥーナとお呼びくださいな。あと、姉上という呼び方もダメ」
「はい、侍女ヴァニトゥーナ。では姉上、いえカリタ様に確認後に呼び方を変えます」
妹君は素直に引き下がる我が巫覡を、口を歪め睨みつけるだけで何も言わなかった。
それを見ていた兄君が呆れたように言う。
「ニィ、いやヴァニ。巫覡にはお前の態度は逆効果だと思うぞ。いつもの様に、カーリィをかっ浚われるのがオチだ」
「エゥヴェお兄様、いいえお父様ですわね。今まで通り、彼に良い様にさせませんことよ。今度は巫覡の魔手から、カーリィねぇさまを守ってみせますとも」
まだまだ兄君に勢いよく言い返す妹君だったが、兄君はにこにこ笑って聞き流している様だった。アールテイが妹君へ気の毒そうな視線を送っているのを見ると、いつもあんな感じなのかもしれない。
「妹君の巫女サマへの愛が深い。これは、我が巫覡はけっこうどころか、かなり大変なんじゃないか?」
「いや、そんな事はないと思う」
「そうですね。巫覡はあの容姿をお持ちですから、厳しいのは小姫様の方じゃないですかね」
「そうは言っても、妹君はしばらく巫女サマの側に居るんだろ? 妹君があんなに敵対心に満ちてたら、巫女サマは我が巫覡から離れてくんじゃねぇの?」
という俺の言葉を聞いたフィダとイヴは、顔を見合わせてそれぞれに言うのだった。
「いや、それはない。彼女は、巫女のことをよく理解している」
「ええ。美しい容姿の巫覡は、お姫様の好みに合致していますからね。お姫様の前では最大の理解者であり良い顔をしたい小姫様が、お姫様に好みの顔を見るな近づくな、とは言えないんですよ」
「なるほどなぁ。じゃあ我が巫覡と妹君は、好敵手ってやつだ!」
理解できた、と笑う俺。
左右から「違う!」という声と共に背中を強打された。
なんでだ?




