お褒めいただきました!
「まああぁっ! よくお分かりですのね、貴方」
どうしよう、どうしよう、と焦る俺に明るい言葉が降ってきた。しかも、内容は同意っぽい。
えっ? 同意なの?!
思わず俯いていた顔を勢いよく上げれば、目の前に整った顔の中に朱色の瞳と髪を持つひとが、満面の笑みで立っていた。
「素晴らしい意見ですわ、本当に!」
めっちゃ笑顔で、お褒めいただきました!
そして妹君の言葉は続くよ、どこまでも。
「カルゥお兄様ときたら、あのクソ女に嫌われたくないからって全肯定、全力で協力が基本なのですもの。いくらクソ女の為にならないと忠告しても、あれこれ言い訳して良いように使われて…… それできょうだいが被害を被ってもすまなそうに謝りはするけれど、それだけ。いくら能力が強かろうが、クソ女の言いなりならば持ち腐れというものじゃありません? 貴方もそう思うでしょう? ねえ?」
近い。
柔らかそうな朱色の髪を暖炉の炎みたいに揺らし、髪とおなじ朱色の瞳は力強く煌めいて、美しい唇から紡がれる言葉も力強い。
そして、近い!
勢いよくこぼれる言葉と一緒に吐き出される吐息が、俺の顎をくすぐってくるんですよ。巫女もなのだが妹君も意外と身長が高くて、高身長と言われる俺と頭ひとつと半分くらいしか差が無い。
俺を見上げて喋りまくる妹君は俺の顔を見ているのだが、見えているのは俺の顎なんじゃないだろうか。当の妹君は、そんなこたぁ関係ないとばかえりに兄とその恋人への悪口? 愚痴?が止まらない。
どうすりゃいいの、これ。
「ニィ姉さま、イーサニテルが困ってる。離れてやって」
「あらっ? いつの間に、こんなに近寄ってしまったのかしら。困らせてしまいまして、ごめんなさいましね」
アールテイの言葉に我に返り、頬を朱色に染めて恥ずかしそうに席へと戻っていく妹君だった。
あれ、無意識だったの?
「兄上とルーシェム嫌いは相変わらずだな、ニィ。まあ長い間、愚痴を言える相手が居なかったのだから仕方ないと言えば仕方ないが、ふっ」
「笑い声が聞こえていましてよ。アールテイが、かなり抑えてくれていたのですけれどね。あいつらときたら、それでも好き勝手するんですもの。カリタお姉さまが蒼炎を支配下に置いていなかったら、紅天は喜んで裏切っていたことでしょう。ルーシェムに忘れられたカルゥお兄様が、ちょっとだけ元に戻りかけていたのが幸いでしたわ」
「具体的に、どう助かったのですか? ……今まで通り、小姫様とお呼びしても?」
イヴに問いかけられたお妹君は、唇だけを上に上げていい笑顔だ。ああいう笑い方をすると、巫女とよく似ていると思う。
「もちろん、よろしくてよ。侍従イヴセーリス」
「ありがとうございます。しかし小姫様、いま私はイヴ・ルースと名乗っておりますので『イヴ』とお呼びください」
「あらまぁ。貴方も、そうなるのね」
「はい?」
「いえ、こちらの話ですわ。承知しました侍従イヴ。カルゥお兄様が戻りかけて助かったというのは、カリタお姉さまを守ってくれたからですわ。まともだった頃のカルゥお兄様は、カーリィねぇさまをとても慈しんでいらしたから」
「確かに戦闘ではカリタを守るために全力を出していたな。それに、紅天がカリタにちょっかいをかけようとしてたのを、さりげなく気をそらせたりしてましたね」
「紅天よりも先に、あなたがカリタお姉さまにちょっかいをかけていたじゃないの」
「紅天が何かする前に俺が手をだした方が、紅天の機嫌がよかったんですよ。カリタの記憶の俺とも合っていたのか、カリタの方も安定していたじゃないですか」
「そうねぇ。カリタお姉さまの記憶のアーフは、いつまでもやんちゃ少年ですものね」
うふふ、と笑い合う妹君とアールテイの和やかな気配が満ちる。
そんな気配を断ち切る兄君の声が割って入った。
「今のカーリィの状態は分かった。それで、ニィは今後どうするつもりだ?」
「このままカーリィねぇさまの記憶を封じたまま、次の生に行ってもらいます。その頃には蒼炎を亡くした衝撃も薄らいで、カーリィ本来の記憶を取り戻しても問題ないと思いますの」
「フィアウェル様やコンニウェンテ様のことを思い出して大丈夫だと?」
「ええ。ラエティラミスもクピフィーニートも消滅しました。それに、『コンニウェンテ』様も、今や存在しないのですもの」
悲しげな妹君の言葉に、兄君の眉が少しだけ上がった。兄君がもの問いたげな視線をアールテイに向けると、アールテイが静かに言った。
「ウェテ兄上は調和の神『コンニウェンテ』の名を捨てて、新しい神に成りました。眠られていた所でネウティーナに復讐をしてる最中でしょうし、我々が消滅しても復讐していると思いますよ」
「そうか。今のあの方は、それなりにお幸せなんだろうな」
「いっそ、あのクソ女も送り込んでやれば良かったのに。色々な記憶を無くして幸せに死んでいったなんて、贅沢というものだわ」
「忘れられた兄上は気の毒じゃないのか?」
「はぁ? 忘れられたのも、カルゥお兄様の自業自得ではありませんか。クソ女をちゃんと制御していれば、いっとき痛い思いをした程度で許されていたのに」
兄に対する侮蔑を顔に浮かべ吐き捨てる様に言う。ぼろくそに言われた兄君を気の毒と思うが、越えてはいけない所で留めておかないのだから仕方ないか、とも思う。
「では、我々が姉上……カリタ様に対して、してはいけない事などはありますか」
「何もありません。あなた方は、変わらずお過ごしくださいませ。ただし、今回の様にカリタお姉さまが混乱したと思った時は、遠慮なくわたくしかアーフをお呼びくださいな」
我が巫覡の問いに返ってきた妹君の返事に、その言葉には無かった兄君へ俺たちの視線が集中した。
「ああ、エゥヴェお兄様は呼んでも助けに行けませんもの、呼ぶだけ無駄ですわ。わたくしたちが直ぐに駆け付けなった場合は、各々のお仕えする方へ語りかけると良いでしょう。巫覡や侍従方ならおじい様、侍従方ならおばあ様へ」
助けには行けない、って何でだ?
兄君は生きてて良かった、って巫女の表情は明るかったと思うんだが。
「ああ、カリタ様には『兄君が目の前に飛び込んでくる』という場面が、良くない記憶になっているからでしょうか?」
「お分かりですのね、その通りですわ」
我が巫覡の答えに、妹君の表情は柔らかくなる。我が巫覡は巫女を抱きしめる腕に、少しだけ力を入れてはっきりと言った。
「では私がカリタ様を庇うとしたら、攻撃とカリタ様の間に入っていくという行動を避けなくてはいけませんね。もちろん、私が庇われるという状況を作ってもいけない」
自分に言い聞かせるように言う我が巫覡に、妹君が笑顔で答えた。
「ええ、それが正解ですわ! 貴方も、カリタお姉さまの事がよくお分かりですのね。全然、これっぽっちも嬉しくも楽しくもないですけれど!」
我が巫覡が妹君にお褒めいただいた、お褒めいただきはしたんだが。
いやしかし、さっきの俺に対してと表情が全然違いませんか?




